■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
爆炎が、夜の戦場を赤く染めていた。
四脚作業重機の残骸はまだ燃え続け、溶けた装甲が赤黒い雫となって地面に落ちている。火花がぱちぱちと弾け、そのたびに焦げた金属の匂いが熱気に混じって鼻を刺した。
その炎の向こうに、カヨコは立っていた。
肩に銃を担ぎ、長い前髪の隙間から、静かな目でこちらを見ている。
懐かしいと思った。
同時に、嫌な予感もした。
カヨコの視線が私から外れ隣に立つイチカへ向いた瞬間、空気が変わった。
ほんの少しだけ、彼女の眉が寄る。
「……私しか狙ってないっすね」
イチカが困ったように笑った。
カヨコは何でもないことみたいに答える。
「当たり前」
淡々と。
感情を押し殺した、いつもの声で。
「あの人は生きてもらう」
そして、銃口がゆっくりとイチカへ向く。
「でも、あんたは消せる」
次の瞬間。
カヨコの姿が、消えた。
「右っ!」
イチカの声が飛ぶ。
私は考えるより先に身体を投げ出した。
直後、さっきまで立っていた場所を白い閃光が貫く。
熱。
轟音。
コンクリートが斜めに切り裂かれ、赤い火花が散った。着地しながら、私は歯を食いしばる。
「速い……!」
「光学迷彩っす!」
イチカが後ろへ跳びながらスコープを覗く。
私は肩の武装を展開した。
左肩の追跡型レーザードローンが青白い光を放ちながら浮かび上がる。右肩では、拡散バズーカの重い駆動音が響いた。
通信機の向こうで、ナギサが一度だけ小さく息を吐いた。
『……鬼方カヨコの装備データを照合しました』
視界の端に、赤い戦術ウィンドウが展開される。そこに映し出されたのは、カヨコのシルエットだった。
細身。
軽量。
無駄がない。
まるで獲物を狩るためだけに生まれたみたいな構成。
ナギサが淡々と説明を始める。
『敵機——鬼方カヨコ。戦闘スタイルは種別は軽量型。機動力と潜伏性能に極端に特化した暗殺仕様です。主兵装は四つ』
画面に武装情報が順番に表示されていく。
『第一兵装、光学迷彩。被弾後十秒間、ダメージを受けなければ再起動します。起動中は熱源、視覚、音響の全てを低減。通常索敵では捕捉不能です』
情報が提示される。
『第二兵装——二挺式レーザーハンドガン。近距離での連続よろけ取りに特化。一度捕まれば、回避の猶予はほぼありません』
『第三兵装——高出力レーザーライフル。チャージ後の一撃は、イチカさんなら胴体直撃で戦闘不能です』
イチカの声が震える。
「さらっと怖いこと言うっすね……」
ナギサは無視した。
『第四兵装——緊急展開型のエネルギーアーマー。近距離での迎撃、もしくは撤退時の目くらましに使用されます。不用意に追撃しないように』
一拍。
ナギサの声が少しだけ低くなる。
『そして、最も警戒すべきは武装ではありません。彼女の思考です』
私は思わず口を開く。
「……思考?」
『ええ』
ナギサの声は、静かだった。
『彼女はあなたを優先しません。合理性ではなく、感情で行動しています。つまり——』
戦術マップの上で、イチカの位置が赤く点滅した。
『狙われるのはイチカさんです』
イチカが苦笑する。
「うわ、重いっすねぇ」
『ええ。非常に』
ナギサは何でもないことみたいに続けた。
『対策を共有しますまず第一にカノさん。あなたは囮に徹してください。派手に動き、熱源と視線を集めてください。そうすれば鬼方カヨコはあなたを無視できません』
続けてイチカに話しかける
『第二に——イチカさん。単独で高所へ移動しないこと。孤立した瞬間、カヨコさんの勝ちです。必ずカノさんの射線圏内で戦ってください』
そして言う。
『第三にお二人共通です』
戦術マップに二つの円が重なる。
『距離は十五メートル以内を維持。それ以上離れると、彼女は必ず分断を狙い、一方的に潰されるでしょう。そして最後に』
ナギサの声が、少しだけ柔らかくなる。
『彼女は一対二ではなく、一対一を作る戦い方をします。ですから、お二人がやるべきことは単純です』
一拍。
そして、確信に満ちた声。
『——絶対に、離れないこと』
「基本通りでいこう」
「了解っす」
短いやり取り。
それだけで十分だった。
私たちは、ずっとそうやって戦ってきた。
私が前に立ち、イチカが後ろから支える。
どちらかが見えない死角を、もう片方が埋める。
派手じゃない。でも、一番崩れない。
私は地面を蹴った。
砂が爆ぜ、視界が流れる。焼けた大地を滑るように駆け抜けながら、私はわざと派手に動いた。
遮蔽物を飛び越え、敵の残骸を蹴り飛ばし、土煙を大きく巻き上げる。
囮。
カヨコは私を撃たない。だからこそ、私が目立てば目立つほど、イチカを狙う角度が限定される。
「……来なよ、カヨコ」
返事はなかった。代わりに、背筋がぞくりと粟立つ。
左。
違う。
後ろ。
「イチカ!」
「っ!」
振り返った時には、もう遅かった。いつの間にか、カヨコはイチカのすぐ背後に立っていた。
黒い影みたいに、音もなく。
レーザーが閃く。
イチカが咄嗟にスナイパーライフルを盾のように構える。
甲高い金属音。
火花舞い散る。
「……っ、あぶなっ!」
後ろへ跳びながら、イチカが苦笑する。
「元カノさん、重すぎないっすか」
「当たり前」
カヨコは一歩踏み出す。
その声に怒りはなかった。
殺意すらない。ただ、静かだった。
「その場所は、私のだったから」
胸の奥が、少しだけ痛んだ。でも、立ち止まれない。
「イチカ、距離を取って!」
「言われなくても!」
イチカが遮蔽物の影へ飛び込む。
カヨコの姿が、また消える。
十秒。
無被弾。
再迷彩。
「また消えた……!」
私はドローンの索敵範囲を広げながら、周囲へ視線を走らせる。
熱気で揺れる空気。
燃える残骸。
崩れた壁。
どこにもいない。
でも。
「……見つけたっす」
イチカの声が、静かに響いた。
その瞬間。遠くの高架の上で、景色がほんの僅かに歪む。
スコープ越しに捉えたのだろう。
イチカが、迷いなく引き金を引いた。
轟音。
長距離弾が空気を裂く。高架の上で火花が散り、カヨコの姿が強制的に浮かび上がった。
今だ。
「捕まえた」
私は全力で地面を蹴った。
空気が裂ける。
一気に距離を詰める。
カヨコが後ろへ跳ぶ。
私は右肩の拡散バズーカを構えた。
彼女が回避行動を取る。
予想通り。だから、本命はそっちじゃない。
「そこ」
左肩のドローンが、青白い閃光を放つ。
逃げた先を正確に貫いた。
「……っ」
初めて、カヨコの表情が揺れる。
その一瞬。
イチカの銃声。
私のライフル。
二つの火線が交差し、逃げ場を塞いだ。
膝をつくカヨコ。黒煙が彼女の周囲をゆっくり流れていく。
私は息を整えながら、銃口を下ろした。でも、カヨコは最後まで私を見なかった。
彼女が見つめていたのは、イチカだった。
悔しそうに。
少しだけ、寂しそうに。
「……守られてるんだね」
その声が、妙に優しかった。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
カヨコは今でも——あの頃みたいに。
誰よりも、真っ直ぐ私を愛していた。
「ふぅ」
カヨコが膝をついたまま、荒く息を吐く。
黒煙が彼女の周囲をゆっくりと流れ、燃え残った残骸がぱちぱちと火花を散らしていた。
私は銃を構えたまま、距離を保つ。
油断はできない。
カヨコは、ここからでも逆転してくる女だ。
その時だった。
通信機から、澄んだ電子音が鳴る。
『二人とも、そのまま交戦を継続してください』
ナギサの声だった。けれど、その声音はさっきまでとは少し違っていた。
柔らかいのに、どこか冷たい。
何かを決めた人の声。
『用意が完了しました。遠隔スキャンを起動します』
次の瞬間、私の視界の端に青白い光が走った。
ヘイローの内側に、幾何学的な情報ウィンドウが次々と展開されていく。
地形データ。
熱源。
残骸の配置。
風向き。
敵性反応。
あらゆる情報が、一瞬で戦場に重なった。
イチカが思わず声を上げる。
「うわ……なんすかこれ」
『トリニティ管制システムによる広域戦術支援です』
ナギサが、当然のように告げる。
『お二人の感覚情報と私の演算を同期させました』
そして、一拍置いて。
『これで隠れる意味はありませんよ、鬼方カヨコ』
その瞬間。
視界の左端に、赤い輪郭が浮かび上がった。
瓦礫の影。誰もいないはずの場所。でも、そこに確かに“いる”。
光学迷彩で景色に溶け込んでいたカヨコの輪郭が、赤くマーキングされていた。
イチカが目を見開く。
「……マジっすか」
「見える……!」
カヨコが、初めて明確に表情を歪めた。
「……桐藤、ナギサッ」
低い声。
感情のない彼女にしては珍しく、ほんの僅かに苛立ちが混じっていた。
私は静かに拡散バズーカを構える。
イチカも同時にスコープを覗く。
もう、隠れる意味はない。
私が前から圧力をかけ、イチカが死角を塞ぐ。
カヨコの逃げ道が、少しずつ潰されていく。
右へ跳べば、私の射線。左へ逃げれば、イチカの狙撃圏。
上を取ろうとすれば、ナギサのスキャンが位置を暴く。
完璧だった。
カヨコはしばらく無言のまま立ち尽くし、やがて、小さく息を吐いた。
「……負けた」
彼女は銃を下ろした。
その視線が、真っ直ぐ私へ向く。
懐かしいくらい、優しい目だった。
「またね」
静かな声。でも、その奥にある感情だけは、昔と何も変わっていない。
「貴方と私の邪魔をする人たちは……」
そこで視線が、ゆっくりイチカへ向く。
「みんな消すように頑張るから」
イチカが苦笑する。
「物騒すぎるっすねぇ……」
カヨコは、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「そしたら、もう一度——」
最後まで言い切ることなく。彼女の姿が、黒煙の中へ溶けるように消えていく。
風だけが残った。
私はしばらくその場所を見つめていた。
胸の奥が、少しだけ痛かった。通信機から、ナギサの冷静な声が響く。
『ゲヘナ所属便利屋68、鬼方カヨコの撤退を確認しました。二人とも、任務を継続してください。残存する大型輸送ヘリ四機を破壊します』
私は小さく息を吐き、銃を握り直した。
「了解」
イチカも、いつもの調子でライフルを担ぎ直す。
「じゃ、後片付けっすね」
私たちは顔を見合わせ、小さく笑った。
次の瞬間、同時に駆け出す。残された輸送ヘリは、もう脅威じゃなかった。
ナギサの支援。
イチカの援護。
そして、私の突破力。
息を合わせるまでもなく、身体が勝手に動く。
一機目。私の拡散バズーカが機体を貫く。
二機目。イチカの狙撃がエンジンを撃ち抜く。
三機目。ドローンが制御系を焼き切る。
四機目。私の蹴りと銃撃で、そのまま地面へ叩き落とした。
爆炎が次々と空へ上がる。
ナギサの声が、静かに告げる。
『大型輸送ヘリ、全機破壊を確認——お見事です、二人とも。帰還してください』
交流がみたい元カノは?
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桐藤ナギサ(孤立操作
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白石ウタハ(献身依存
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調月リオ(崇拝偏愛
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鬼方カヨコ(他者排除
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仲正イチカ(自傷憎悪