■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター①】壁越え①

 

 

 トリニティ行政棟、地下第三戦術指令室。

 普段なら幹部クラスしか立ち入ることのないその空間には、今夜だけ異様な熱気が満ちていた。

 

 壁一面を覆う巨大な戦術モニター。

 無数に並ぶ補助端末。

 通信士たちの小さな囁き。

 キーボードを叩く乾いた音。

 電子機器が発する低い駆動音。

 

 それらすべてが混ざり合い、まるで作戦室そのものが一つの生き物みたいに脈動していた。

 私は入口近くの壁にもたれながら、室内を見渡す。

 

 トリニティの精鋭部隊。

 情報参謀。

 後方支援班。

 補給統制官。

 いつもは余裕を崩さない彼女たちですら、今夜ばかりは表情が硬い。

 それだけ、この作戦が重いということだった。

 

 視線を正面へ向ける。

 指令室最奥。

 一段高くなった戦術壇上。

 そこに立つのは、ナギサだった。

 白い制服に整えられた髪。

 真っ直ぐに伸びた背筋。

 余計な動きは一つもない。でも、彼女がそこに立っているだけで、この部屋の空気そのものが引き締まって見えた。

 

 イチカが隣で小さく呟く。

 イチカらしい、気の抜けた声だった。

 

「……毎回思うんすけど、ナギサ様が壇上に立つと、空気変わるっすよねぇ」

「それだけ信頼されてるってことじゃない?」

「いや、普通に怖いんすよ」

「聞こえてますよ、イチカさん」

 

 壇上から、即座に返ってくる。

 イチカが肩を跳ねさせた。

 

「うわ、聞こえてた」

「当然です」

 

 ナギサは一切表情を変えない。

 

 でも、ほんの少しだけ口元が緩んだ気がした。それも一瞬。次の瞬間には、戦術指揮官の顔に戻っている。

 ナギサはゆっくりと前へ出た。その足音だけで、室内のざわめきが自然と止まる。

 

「これより」

 

 静かな声だった。

 決して大きくはない。でも、不思議なくらい全員の耳に届く。

 

「壁攻略作戦の最終ブリーフィングを開始します」

 

 巨大モニターが一斉に切り替わった。

 そこに映し出されたのは、白銀の世界だった。

 一面の雪原。

 吹雪に削られた岩肌。

 凍りついた河川。そして、その中央を断ち切るように築かれた、巨大な鋼鉄の城塞。

 思わず、私は息を呑む。

 

「……でかい」

 

 全長数キロ。

 高さは高層建築に匹敵する。

 複数層の装甲壁。

 監視塔。

 ガトリング砲台。

 迎撃用ミサイルポッド。

 無数の赤いマーキングが、その危険性を示していた。

 

 モニター中央に、赤文字が浮かぶ。

 

 《温泉開発部防衛拠点——通称 “壁”》

 

 ナギサが静かに説明を始める。

 

「本作戦の目標は二つ」

 

 モニターがズームする。

 

「第一目標:温泉開発部が占有する交易上の要衝、および周辺街区の掌握」

 

 壁の周囲に広がる街区。

 物流拠点。

 物資集積所。

 エネルギー供給施設。

 雪の中でも機能し続ける輸送ライン。

 

「ここは単なる防衛拠点ではありません」

 

 ナギサの声が少しだけ低くなる。

 

「現在、北部交易の六割がここを経由しています。ここを押さえられている限り、トリニティ北部の補給線は慢性的に圧迫され続けます」

 

 一拍。

 

「取り返す必要があります」

 

 静かな声だった。でも、命令ではなく“決定事項”として響いた。

 

 モニターが切り替わる。

 壁の最上層。

 そこに鎮座する巨大兵器。

 鋼鉄の怪物。

 砲身。

 キャタピラ。

 多連装ミサイル。

 分厚い前面装甲。

 

「第二目標:壁上に配備された重装機動砲台の撃破」

 

 室内の空気が、さらに重くなる。

 私は無意識に腕を組み直した。

 画面には、過去の戦闘記録が流れる。

 雪原を進む無人兵器。

 最新鋭の装甲車。

 空中支援ドローン。

 そのすべてが、数秒で撃ち落とされていく。

 爆発。

 黒煙。

 沈黙。

 

「先行して攻略を試みたミレニアム機械化部隊は、ここで壊滅的損害を受けています」

 

 イチカが、珍しく真顔になる。

 

「……ミレニアムが、ここまでやられるんすか」

「ええ」

 

 ナギサは頷く。

 

「戦力差だけ見れば、温泉開発部は三大学園の脅威ではありません」

 

 一拍。

 

「ですが、この要塞だけは別です」

 

 ナギサの視線が、まっすぐ私へ向く。

 

「ここは、本物です」

 

 モニターが戦術マップへ切り替わる。

 

 開始地点。

 雪原。そして真正面に架かる一本の巨大な橋。その先に、複数のガトリング砲台。赤い射線が、橋全体を覆っている。

 

「第一フェーズ、侵入経路の選択です」

 

 橋全体が赤く点滅する。

 

「正面突破は可能」

 

 一拍。

 

「ですが、おすすめしません」

 

 イチカが吹き出す。

 

「その言い方、ほぼ“死ぬな”って意味っすよね」

「理解が早くて助かります」

 

 ナギサは平然と返した。そして、マップ左側に青いルートが表示される。

 

「開始地点から直進せず、雪原左側を大きく迂回してください」

 

 細いルートが、街区の裏手へ繋がる。

 

「多少砲撃は受けます。ですが、先に壁外周砲台を破壊可能。その結果、後続の四脚武装重機との交戦難度が大幅に低下します」

 

 私は頷く。

 

「真正面から殴るより、先に牙を抜くってことか」

「ええ」

 

 ナギサが、ほんの少しだけ微笑んだ。

 

「あなた向きの戦術です」

 

 ……まただ。

 その言い方だけ、少し特別扱いが混ざる。イチカも気づいているのか、小さくニヤニヤしていた。

 

 モニターが壁上へズームする。

 巨大砲台。

 赤い照準。

 発射予測円。

 

「第二フェーズ、壁上からの砲撃について」

 

 室内スピーカーから、電子警告音が流れる。

 ピーピー。

 ピーピー。

 

「この警告音。あるいは視界に表示されるHUD上の赤い矢印を確認した場合」

 

 一拍。

 

「考えず、横へ大きく跳躍してください」

 

 私は苦笑する。

 

「ずいぶんシンプルだね」

「あなたには、そのくらいが丁度いいでしょう」

「それ、褒めてる?」

「もちろんです」

 

 ナギサは真顔だった。

 本当に、どこまで本気かわからない。

 そして最後に。

 モニター中央に、《重装機動砲台》が映る。

 

 その圧迫感だけで、思わず息を呑む。

 

「最終フェーズ」

 

 ナギサの声が、ほんの少しだけ柔らかくなる。

 

「壁の守護者。重装機動砲台」

 

 前面装甲が赤く点灯する。

 

「正面攻撃は——無効です。キャタピラ部分も無効。上部、背面のみ有効」

 

 私は笑った。

 

「要するに、真正面から行くなってことだね」

「ええ」

 

 ナギサは静かに頷く。

 

 そして他の誰にも気づかれないくらい、ほんの少しだけ視線を柔らかくして、私を見る。

 

「ですが」

 

 一拍。

 

「あなたなら、問題ありません」

 

 そして、誰にもわからないくらい小さく。

 本当に小さく、彼女は続けた。

 

「……私が、見ていますから」

 

 その一言だけが、不思議なくらい胸に残った。

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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