■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
壁越えの準備を整えている間、ほかの部隊との兼ね合いもあるので数時間の休みが発生した。任務報告、装備整備、住民避難、各自治区との折衝。あれから息をつく暇もなく動き続けていた私は、ようやくほんの少しだけ時間を与えられた。
そして私はナギサに呼ばれた。
トリニティ行政棟、最上階。
ナギサ専用の執務室。
重厚な木製の扉が閉まる音が、静かな部屋によく響いた。
外の世界とは別空間みたいだった。
戦場では、銃声と爆発音と怒号が当たり前だったのに、ここには紙をめくる音と、時計の針が進む音しかない。
窓際まで歩く。
大きなガラス越しに見える学園都市は、夕暮れに染まっていた。オレンジ色の光が建物の輪郭を柔らかく縁取っている。でも、その景色のあちこちには、まだ生々しい傷跡が残っていた。
崩れた高架橋。
黒く焼け焦げた道路。
停止した輸送路。
仮設の医療拠点。
避難誘導の明かり。
そして、遠くに立ち昇る細い黒煙。
綺麗な景色の中に、壊れた現実が混ざっていた。
「……全然、終わる気配ないね」
思わず、そう呟いていた。後ろで、書類をめくっていた音が止まる。
静かな間。
それから、椅子が僅かに軋む音が聞こえた。
「ええ」
ナギサの声だった。振り返ると、彼女は執務机の向こうで紅茶のカップを片手に、静かにこちらを見ていた。
いつも通り、姿勢は綺麗だった。背筋は伸びていて、無駄な動きが一つもない。
視線は真っ直ぐ。
それだけで、“上に立つ人”なんだとわかる。
「むしろ、ここからが本番でしょう」
ナギサはカップをソーサーへ戻し、机の上に広げていた資料へ目を落とした。
《南部物流網、復旧率四十二パーセント》
《食料供給ライン、一部回復》
《避難民受け入れ施設、現在収容率八十八パーセント》
《ミレニアムは技術保護を理由に自治区封鎖》
《ゲヘナでは複数の部活動が自治権拡大を宣言》
淡々と。
感情を交えず。
ただ事実だけを並べられている。でも、その一つ一つが、この学園都市がまだ壊れたままだと物語っていた。
私は窓から視線を外し、ソファへ腰を下ろす。
柔らかい。
たぶん、この部屋で一番いい席だ。
……というか、毎回ここに座らされている気がする。
「つまり、全然平和じゃない」
「ええ」
ナギサは即答した。
「秩序とは、一度壊れると簡単には戻りません」
一拍。
彼女は資料を閉じる。
「建物も、組織も、人も、信頼も」
その言葉が、妙に胸に残った。
私は少し視線を落とす。
思い出すのは、最近再会した人たちのことだった。
カヨコ。
イチカ。
そして、まだ姿を見せていない元恋人たち。
一度壊れた関係。
一度離れた距離。
元に戻れるのかも、まだわからない。
「……そうだね」
私が小さく返すと、ナギサが少しだけ目を細めた。いつも冷静な彼女が、ほんの少しだけ柔らかく見える瞬間だった。
「ですが」
静かな声。でも、言葉には確信があった。
「悲観する必要はありません」
「どうして?」
私が聞くと、ナギサは迷いなく答えた。
「あなたがいるからです」
一瞬、意味がわからなかった。
「……私?」
「ええ」
ナギサは、まるで当たり前のことを言うみたいに頷いた。
「現場突破能力、危機対応能力、対人交渉能力、部隊統率能力、即応判断能力、住民信頼度」
次々と、私の評価が並んでいく。
私は思わず苦笑した。
「なんか、面接されてるみたい」
「適正な評価です」
ナギサは真顔で言った。
「あなたが介入した作戦区域では、治安安定化までの平均時間が三十七パーセント短縮され、敵勢力の降伏率も高水準。住民の協力率も非常に高い。トリニティ所属隊員からの信頼度は、現在最上位です」
そこまで言われると、流石にむず痒い。
「……そこまで調べてるんだ」
「当然です」
ナギサは一切迷わない。
「価値のある人材を正しく把握することは、上に立つ者の義務ですから」
合理的。
政治的。
指導者としては完璧な答え。
でも。
その言葉と一緒に、ナギサは何でもない顔で私のカップへ紅茶を注ぎ足していた。
私が手を伸ばしやすい位置へ、自然に寄せる。
書類も、私の前には絶対に積まれない。
お菓子も、私の好きなものばかり。
この部屋に来るたび、何も言わなくても全部用意されている。
最初は偶然だと思っていた。でも、何度も続けば気づく。
これは偶然じゃない。
明らかに。
明らかに、依怙贔屓されている。
私は紅茶を一口飲みながら、わざと何でもない風に聞いてみた。
「……ナギサって、私に甘くない?」
その瞬間だった。
ナギサの手が、ぴたりと止まった。
ほんの一秒。
本当に、それだけ。でも、私は見逃さなかった。
彼女はすぐに何事もなかったようにペンを持ち直す。
「気のせいでは?」
声は完璧だった。
表情も崩れない。
しかし耳が、ほんの少しだけ赤い。私は思わず笑ってしまった。
「そっか」
「ええ」
ナギサは咳払いを一つして、視線を資料へ戻した。そのページはしばらくめくられなかった。
沈黙。
静かな時間。
窓の外では、夕日が少しずつ沈んでいく。やがて、ナギサが小さく口を開いた。
「……少なくとも」
今度だけは、少しだけ言葉を選んでいるように見えた。
「現在のトリニティにとって」
彼女は、真っ直ぐ私を見る。
「あなたは、失ってはいけない存在です」
組織としての言葉。
戦力としての評価。
指導者としての判断。
——そう聞こえるように、彼女は言った。
その視線だけは、どう見ても違った。
静かで。
綺麗で。
どこか熱を隠していて。
それ以上を言わないように必死に抑えているみたいだった。
私は紅茶の湯気越しに、そんな彼女を見つめる。そして、改めて思う。
——私は、かなり深く寵愛されている。
たぶん、本人が隠しきれていないくらいに。
「貴方は自分がなんと呼ばれているか知っていますか?」
「え?」
「ロックスミスです」
「どういう意味?」
「直訳すれば鍵屋なのですが、鍵屋とは鍵を作る役職です。そして今、絶望という扉がキヴォトスの道を塞いでいる。その絶望の扉を開く鍵を作る者。それはつまり」
「希望。もしくは救世主?」
「はい。そういうニュアンスです」
私はため息を吐く。それにナギサは言う。
「重いね。私には受け止められないよ」
「ええ、貴方には似合わない。貴方は自分の欲望のまま行動するからこそ価値があると言うのに。下賤な者達は自分達の理想を貴方に押し付ける」
「火力が高いな」
「理解しておいてください。真なる理解者は私であり、他の者達は自分の理想を重ねる愚者だと」
「そう。真なる理解者さんは私の全ては知ってるんだ」
「知りません」
「え? それって真なる理解者じゃなくない?」
「いいえ、矛盾しませんよ。貴方を理解しようと歩み寄り、常に努力を怠らず、対話を重ねる者。それこそが真なる理解者でしょう」
その解釈は素晴らしいものだった。正直驚いた。ナギサは頭が良いがリスクを潰さないといけない真面目な人間だと思っていたからだ。しかし、今のナギサはかなり完成度が高い。
「すごく良い、最高」
「ありがとうございます」
交流がみたい元カノは?
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桐藤ナギサ(孤立操作
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