■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
そこには、“壁”があった。
ただ大きいだけではない。
ただ硬いだけでもない。
それは、こちら側と向こう側を明確に分断するために存在している、巨大な意思そのものだった。
雪原を横断するように築かれた鋼鉄の防衛線は、吹雪の中でも圧倒的な存在感を放っている。
見上げるほど高い外壁。
幾重にも重ねられた装甲。
規則的に配置された無数の砲台。
その砲口は、まるで侵入者を待ち構える獣の眼みたいに、静かにこちらを睨んでいた。さらに地上では、四脚型作業重機が巡回している。
本来は採掘用の機械。
でも今は違う。装甲が増設され、マシンガンとグレネードランチャーを搭載され、戦闘用兵器へと変貌していた。
四本の鋼鉄脚が雪を踏み潰すたび、低い振動が地面を伝ってくる。
その姿は、巨大な蜘蛛にも見えた。
吹雪。
白い視界。
鋼鉄の要塞。
その光景を前に、私は無意識に小さく息を吐いていた。
『ミッション開始です』
通信機から、ナギサの声が響く。
静かな声だった。落ち着いていて、冷静で、いつも通り感情を抑えている。でも、その声を聞くだけで、胸の奥にあった余計な雑音が消えていく。
私は銃を握り直した。
「了解」
視界の先。
正面には巨大橋。
その向こうで、ガトリング砲台がゆっくりと旋回している。
赤いレーザーサイトが吹雪を切り裂き、橋全体を覆っていた。
正面から行けば、数秒で終わる。
『正面橋梁ルートは推奨しません』
「うん。わかってる」
私は小さく頷く。
「左から回る」
通信越しに、ナギサがほんの少しだけ息を吐いた気がした。
『ええ』
一拍。
『あなたなら、その方が速いでしょう』
隣でイチカが小さく笑う。
「ナギサ様、完全に信頼しきってるっすね」
「期待されてるだけだよ」
「いやぁ、期待だけじゃない気がするんすけどねぇ」
「何それ」
「なんでも」
イチカは肩を竦めながらスナイパーライフルを担ぎ直す。その何気ないやり取りが、不思議と緊張を薄くしてくれた。
私たちは雪原を大きく迂回する。
吹雪が頬を叩く。
視界は悪い。でも、その悪天候のおかげで敵の索敵精度も落ちていた。
私は低姿勢のまま壁沿いへ接近する。
足音を殺す。
呼吸を整える。
視線の先には固定砲台。
その周囲を巡回する警備兵。
まずは砲台。
これを減らさないと後が苦しくなる。私は壁面の陰へ滑り込み、右肩の拡散バズーカを展開した。
金属音。
ロック完了。
照準。
発射。
轟音と同時に、巨大な砲台が内側から吹き飛ぶ。
爆炎。
火花。
砕けた鉄片が雪原へ降り注いだ。
『固定砲台、一基破壊確認』
ナギサの声。
同時に、近くを巡回していた四脚重機がこちらへ振り向く。
赤いセンサー光。
警告音。
マシンガン展開しているが、でも——遅い。
私は地面を蹴って一気に間合いを詰める。
吹雪を裂きながら加速。左肩のミサイルポッドが開く。
白煙。小型ミサイルが四脚重機の関節部へ突き刺さる。爆発して巨体がわずかによろめく。そこへ真正面から飛び込む。
右手のバーストライフル
左手のバーストサブマシンガン。
両方の引き金を引き切ると耳を裂くような連続射撃音が鳴った。超高密度の弾幕が、至近距離から重機の装甲へ叩き込まれる。
火花。
警告灯。
装甲破断。
内部フレーム露出。
そこへ更に撃ち込む。
止まらない。
撃つ。
撃つ。
撃ち続ける。数秒後、四脚重機のコックピットが爆散した。
巨体が崩れ落ちる。
雪煙が舞い上がる。
「次」
自分でも驚くくらい、感情が薄かった。
敵を倒すことに躊躇いがない。
壊すことに抵抗がない。まるで、“前へ進むことだけ”に最適化されているみたいだった。
その感覚に、少しだけ寒気がした。
砲台を壊す。
重機を潰す。
索敵兵を排除する。
その繰り返し。でも、不思議なくらいスムーズだった。
私が前へ出て、イチカが後ろを守る。
私が敵を引きつけ、イチカが狙撃で要所を抜く。
呼吸が合っていた。戦闘のリズムが自然に噛み合う。背中を預けることに、一切の不安がない。
『外周火力の大半が沈黙。侵入口を確認しました』
ナギサの声。壁下部の鋼鉄扉が半壊している。内部へ続く暗い通路。
「行こう」
「了解っす」
壁内部は薄暗かった。
非常灯だけが赤く点滅している。警報音や怒号が響き渡り、慌ただしい足音がやってくる。温泉開発部の隊員たちが、次々とこちらへ向かってくる。
「強引に突破する」
私は走り、撃つ。
敵が倒れる。
その横を通り抜ける。
また撃ち。足を止めない。
迷わない。ただ前へ進む。
イチカの狙撃が背後を守る。
死角を埋める。敵が私へ銃を向ける前に、頭を撃ち抜いてくれる。
「余裕っすね」
イチカが軽く笑う。私は敵を撃ちながら答える。
「うん」
倒れた敵を飛び越える。
「そうだね」
その瞬間。
自分の言葉に、少しだけ違和感を覚えた。
本当に余裕なのか。
それとも。
“余裕だと思い込もうとしているだけ”なのか。
最近、ずっとそうだった。
壊れた都市。再会した元恋人たち。
カヨコ。
ナギサ。
みんな、私を見ている。
必要としていて、求めている。
でも私は『その場で大切だと思ったものを大切する』。無理なら無理で次の大切なものを前へ進もうとしている。
昔から、何も変わっていない。
誰にでも優しくして。
誰も嫌えなくて。
その結果、誰かを傷つける。
それをわかっているのに、やめられない。
「変なこと考えちゃうな」
エレベーターへ辿り着く。
重厚な防爆扉が閉じる。
低い駆動音と共に上昇していく。
静かな密室。イチカが壁にもたれながら、小さく息を吐いた。
「……なんか嫌な予感するっすね」
「珍しいね」
「こういう“最後の部屋”って、大体ヤバいのいるじゃないっすか」
私は少し笑った。
「ゲームみたいに言う」
「いや、だいぶゲームっすよこれ」
その時。
エレベーターが停止する。
重いロック解除音。そして——巨大シャッターが、ゆっくりと開いた。
吹雪が流れ込む。
冷たい風。
視界が開ける。
壁の最上階。
そこに——いた。
鋼鉄の怪物。
巨大砲身。
分厚い前面装甲。
無限軌道。
多連装ミサイル。
『重装機動砲台』
見た瞬間、脳裏にブリーフィング映像が蘇る。
雪原を進む無人兵器。
最新鋭装甲車。
空中支援ドローン。
全部。
全部、数秒で吹き飛ばされていた。
爆発して、黒煙がたちのぼり、沈黙する。
ミレニアム機械化部隊壊滅。
その記録映像が、頭から離れない。
私は無意識に息を呑んでいた。
「……これを壊すんだ」
イチカが乾いた笑いを漏らす。
「いや〜、厳しそうっすね」
私は視線を逸らさないまま答える。
「頑張ろう」
「そうっすね」
その瞬間。
『重装機動砲台』のセンサーが赤く発光した。
次の瞬間、世界が爆発した。
ロケット、ミサイル、榴弾。それらの砲撃。
壁上全体が、一瞬で火炎地獄へ変わる。
「っ——!」
私は横へ飛ぶ。
爆風の熱。
衝撃が体を硬直させる。
着地した瞬間、また爆発して床が抉れる。吹雪すら熱風で吹き飛んでいた。
硬い。
速い。
それ以上に火力が異常だった。
撃っても効かない。回り込もうとしても砲撃が止まらない。
『重装機動砲台』はまるで、“絶対に前へ進ませない”という意思そのものだった。
「右っす!」
イチカの声で私は反射的に跳ぶ。
直後、巨大砲弾が地面を抉った。
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
イチカは笑いながら、爆炎の中を駆ける。スナイパーライフルを抱えたまま。吹雪と火炎の間を真っ直ぐ。
「イチカ!?」
「センサー潰すっす!」
無茶だ。
近すぎる。でも、彼女は止まらない。
ジャガーノートの副砲が展開する。
赤い照準。
嫌な予感。
私は叫んでいた。
「下がって!!」
間に合わない。
轟音が響き渡り、閃光が爆ぜる。イチカの身体が爆風で吹き飛ばされる。細い身体が宙を舞う。そのまま——『重装機動砲台』の巨大キャタピラの進行方向へ落ちた。
「……え」
世界の音が消えた。
次の瞬間。
鋼鉄の無限軌道が、イチカの身体を踏み潰す。
「イチカっ!!」
喉が裂けるくらい叫んでいた。
頭が真っ白になる。呼吸が止まる。心臓が痛い。視界が揺れる。理解したくなかった。
理解した瞬間、壊れてしまいそうだった。でも『重装機動砲台』は止まらない。
私は銃を握っている。戦わなきゃいけない。わかってる。でも。身体が動かない。
怖い。苦しい。嫌だ。
「っ」
私の動揺その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。移動型重装砲台の主砲が、ゆっくりと私へ向く。
赤い照準光。
逃げられない。近すぎる。間に合わない。
私は思わず、目を閉じた。
——終わった。
そう思った、その瞬間。
「やらせない」
静かな声だった。でも、聞き間違えるはずがなかった。
「……え?」
次の瞬間、身体が強く引っ張られる。
景色が横へ流れる。直後、さっきまで私がいた場所を、主砲の閃光が貫いた。
轟音と爆炎。遅れて熱風。でも、私は生きていた。
誰かの腕に引き寄せられたまま。
ゆっくり目を開く。
そこにいたのは——爆炎を背に立つ、黒い影。長い前髪。静かな目。そして、懐かしい横顔。
「……カヨコ」
カヨコは、私を庇うように立ちながら、小さくため息を吐いた。
「情けない」
その声は、いつも通り淡々としていた。
「やっぱり私がいないとダメみたい」
カヨコは銃を肩に担ぎ直しながら、移動型重装砲台を睨む。
「あんな雑魚に、やられかけるなんて。昔のアンタなら余裕だったでしょ」
「返す言葉がない。」
「アンタの相棒は生きてるよ。そこらへんに捨てたけど」
「え」
「ほら、早く立って。死ぬよ」
私は、思わず笑ってしまった。
こんな状況なのに。
こんな戦場なのに。
彼女の声を聞いた瞬間、少しだけ安心してしまった。
「……共闘してくれるの?」
カヨコは視線をこっちへ向けないまま答える。
「今は一人なんでしょ。カノを攻撃する理由はないし、襲ってくるヤツもいる。手伝うよ」
「わかった」
私は銃を握り直した。
「感謝するよ、カヨコ。ありがとう。嬉しい、ありがとう」
その瞬間。
カヨコの肩が、ほんの少しだけ揺れた。
「……そういうところ」
小さく呟いて。
彼女は首を横に振る。
「何でアンタは……」
最後までは言わなかった。代わりに、彼女は一歩前へ出る。その背中は、小さく見えるのに。不思議なくらい、頼もしかった。爆炎の向こうにそびえる、鋼鉄の怪物。
それを真っ直ぐ見据えながら、カヨコが静かに言う。
「行こう」
一拍。そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「壁越えを成すんでしょ? アンタの敵は全部消してあげる」
「久しぶりのツーマンセル。モリモリ行こうか」
私は隣に並び、笑った。
交流がみたい元カノは?
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桐藤ナギサ(孤立操作
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白石ウタハ(献身依存
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調月リオ(崇拝偏愛
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鬼方カヨコ(他者排除
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仲正イチカ(自傷憎悪