■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

19 / 40
【チャプター①】壁越え③

 

 そこには、“壁”があった。

 ただ大きいだけではない。

 ただ硬いだけでもない。

 それは、こちら側と向こう側を明確に分断するために存在している、巨大な意思そのものだった。

 

 雪原を横断するように築かれた鋼鉄の防衛線は、吹雪の中でも圧倒的な存在感を放っている。

 見上げるほど高い外壁。

 幾重にも重ねられた装甲。

 規則的に配置された無数の砲台。

 その砲口は、まるで侵入者を待ち構える獣の眼みたいに、静かにこちらを睨んでいた。さらに地上では、四脚型作業重機が巡回している。

 

 本来は採掘用の機械。

 でも今は違う。装甲が増設され、マシンガンとグレネードランチャーを搭載され、戦闘用兵器へと変貌していた。

 四本の鋼鉄脚が雪を踏み潰すたび、低い振動が地面を伝ってくる。

 その姿は、巨大な蜘蛛にも見えた。

 

 吹雪。

 白い視界。

 鋼鉄の要塞。

 その光景を前に、私は無意識に小さく息を吐いていた。

 

『ミッション開始です』

 

 通信機から、ナギサの声が響く。

 静かな声だった。落ち着いていて、冷静で、いつも通り感情を抑えている。でも、その声を聞くだけで、胸の奥にあった余計な雑音が消えていく。

 私は銃を握り直した。

 

「了解」

 

 視界の先。

 正面には巨大橋。

 その向こうで、ガトリング砲台がゆっくりと旋回している。

 赤いレーザーサイトが吹雪を切り裂き、橋全体を覆っていた。

 正面から行けば、数秒で終わる。

 

『正面橋梁ルートは推奨しません』

「うん。わかってる」

 

 私は小さく頷く。

 

「左から回る」

 

 通信越しに、ナギサがほんの少しだけ息を吐いた気がした。

 

『ええ』

 

 一拍。

 

『あなたなら、その方が速いでしょう』

 

 隣でイチカが小さく笑う。

 

「ナギサ様、完全に信頼しきってるっすね」

「期待されてるだけだよ」

「いやぁ、期待だけじゃない気がするんすけどねぇ」

「何それ」

「なんでも」

 

 イチカは肩を竦めながらスナイパーライフルを担ぎ直す。その何気ないやり取りが、不思議と緊張を薄くしてくれた。

 私たちは雪原を大きく迂回する。

 吹雪が頬を叩く。

 視界は悪い。でも、その悪天候のおかげで敵の索敵精度も落ちていた。

 私は低姿勢のまま壁沿いへ接近する。

 足音を殺す。

 呼吸を整える。

 視線の先には固定砲台。

 その周囲を巡回する警備兵。

 まずは砲台。

 これを減らさないと後が苦しくなる。私は壁面の陰へ滑り込み、右肩の拡散バズーカを展開した。

 

 金属音。

 ロック完了。

 照準。

 発射。

 轟音と同時に、巨大な砲台が内側から吹き飛ぶ。

 

 爆炎。

 火花。

 砕けた鉄片が雪原へ降り注いだ。

 

『固定砲台、一基破壊確認』

 

 ナギサの声。

同時に、近くを巡回していた四脚重機がこちらへ振り向く。

 赤いセンサー光。

 警告音。

 マシンガン展開しているが、でも——遅い。

 

 私は地面を蹴って一気に間合いを詰める。

 吹雪を裂きながら加速。左肩のミサイルポッドが開く。

 白煙。小型ミサイルが四脚重機の関節部へ突き刺さる。爆発して巨体がわずかによろめく。そこへ真正面から飛び込む。

 右手のバーストライフル

 左手のバーストサブマシンガン。

 両方の引き金を引き切ると耳を裂くような連続射撃音が鳴った。超高密度の弾幕が、至近距離から重機の装甲へ叩き込まれる。

 

 火花。

 警告灯。

 装甲破断。

 内部フレーム露出。

 そこへ更に撃ち込む。

 止まらない。

 撃つ。

 撃つ。

 撃ち続ける。数秒後、四脚重機のコックピットが爆散した。

 巨体が崩れ落ちる。

 雪煙が舞い上がる。

 

「次」

 

 自分でも驚くくらい、感情が薄かった。

 敵を倒すことに躊躇いがない。

 壊すことに抵抗がない。まるで、“前へ進むことだけ”に最適化されているみたいだった。

 その感覚に、少しだけ寒気がした。

 

 砲台を壊す。

 重機を潰す。

 索敵兵を排除する。

 その繰り返し。でも、不思議なくらいスムーズだった。

 

 私が前へ出て、イチカが後ろを守る。

 私が敵を引きつけ、イチカが狙撃で要所を抜く。

 呼吸が合っていた。戦闘のリズムが自然に噛み合う。背中を預けることに、一切の不安がない。

 

『外周火力の大半が沈黙。侵入口を確認しました』

 

 ナギサの声。壁下部の鋼鉄扉が半壊している。内部へ続く暗い通路。

 

「行こう」

「了解っす」

 

 壁内部は薄暗かった。

 非常灯だけが赤く点滅している。警報音や怒号が響き渡り、慌ただしい足音がやってくる。温泉開発部の隊員たちが、次々とこちらへ向かってくる。

 

「強引に突破する」

 

 私は走り、撃つ。

 敵が倒れる。

 その横を通り抜ける。

 また撃ち。足を止めない。

 

 迷わない。ただ前へ進む。

 イチカの狙撃が背後を守る。

 死角を埋める。敵が私へ銃を向ける前に、頭を撃ち抜いてくれる。

 

「余裕っすね」

 

 イチカが軽く笑う。私は敵を撃ちながら答える。

 

「うん」

 

 倒れた敵を飛び越える。

 

「そうだね」

 

 その瞬間。

 

 自分の言葉に、少しだけ違和感を覚えた。

 本当に余裕なのか。

 それとも。

 “余裕だと思い込もうとしているだけ”なのか。

 

 最近、ずっとそうだった。

 壊れた都市。再会した元恋人たち。

 カヨコ。

 ナギサ。

 みんな、私を見ている。

 必要としていて、求めている。

 でも私は『その場で大切だと思ったものを大切する』。無理なら無理で次の大切なものを前へ進もうとしている。

 

 昔から、何も変わっていない。

 誰にでも優しくして。

 誰も嫌えなくて。

 その結果、誰かを傷つける。

 それをわかっているのに、やめられない。

 

「変なこと考えちゃうな」

 

 エレベーターへ辿り着く。

 重厚な防爆扉が閉じる。

 低い駆動音と共に上昇していく。

 静かな密室。イチカが壁にもたれながら、小さく息を吐いた。

 

「……なんか嫌な予感するっすね」

「珍しいね」

「こういう“最後の部屋”って、大体ヤバいのいるじゃないっすか」

 

 私は少し笑った。

 

「ゲームみたいに言う」

「いや、だいぶゲームっすよこれ」

 

 その時。

 エレベーターが停止する。

 重いロック解除音。そして——巨大シャッターが、ゆっくりと開いた。

 

 吹雪が流れ込む。

 冷たい風。

 視界が開ける。

 壁の最上階。

 そこに——いた。

 

 鋼鉄の怪物。

 巨大砲身。

 分厚い前面装甲。

 無限軌道。

 多連装ミサイル。

 『重装機動砲台』

 見た瞬間、脳裏にブリーフィング映像が蘇る。

 

 雪原を進む無人兵器。

 最新鋭装甲車。

 空中支援ドローン。

 全部。

 全部、数秒で吹き飛ばされていた。

 爆発して、黒煙がたちのぼり、沈黙する。

 

 ミレニアム機械化部隊壊滅。

 その記録映像が、頭から離れない。

 私は無意識に息を呑んでいた。

 

「……これを壊すんだ」

 

 イチカが乾いた笑いを漏らす。

 

「いや〜、厳しそうっすね」

 

 私は視線を逸らさないまま答える。

 

「頑張ろう」

 

「そうっすね」

 

 その瞬間。

 

 『重装機動砲台』のセンサーが赤く発光した。

 次の瞬間、世界が爆発した。

 ロケット、ミサイル、榴弾。それらの砲撃。

 壁上全体が、一瞬で火炎地獄へ変わる。

 

「っ——!」

 

 私は横へ飛ぶ。

 

 爆風の熱。

 衝撃が体を硬直させる。

 着地した瞬間、また爆発して床が抉れる。吹雪すら熱風で吹き飛んでいた。

 

 硬い。

 速い。

 それ以上に火力が異常だった。

 撃っても効かない。回り込もうとしても砲撃が止まらない。

 

 『重装機動砲台』はまるで、“絶対に前へ進ませない”という意思そのものだった。

 

「右っす!」

 

イチカの声で私は反射的に跳ぶ。

 

 直後、巨大砲弾が地面を抉った。

 

「ありがとう!」

「どういたしまして!」

 

 イチカは笑いながら、爆炎の中を駆ける。スナイパーライフルを抱えたまま。吹雪と火炎の間を真っ直ぐ。

 

「イチカ!?」

「センサー潰すっす!」

 

 無茶だ。

 近すぎる。でも、彼女は止まらない。

 ジャガーノートの副砲が展開する。

 赤い照準。

 嫌な予感。

 私は叫んでいた。

 

「下がって!!」

 

 間に合わない。

 轟音が響き渡り、閃光が爆ぜる。イチカの身体が爆風で吹き飛ばされる。細い身体が宙を舞う。そのまま——『重装機動砲台』の巨大キャタピラの進行方向へ落ちた。

 

「……え」

 

 世界の音が消えた。

 次の瞬間。

 鋼鉄の無限軌道が、イチカの身体を踏み潰す。

 

「イチカっ!!」

 

 喉が裂けるくらい叫んでいた。

 頭が真っ白になる。呼吸が止まる。心臓が痛い。視界が揺れる。理解したくなかった。

 理解した瞬間、壊れてしまいそうだった。でも『重装機動砲台』は止まらない。

 

 私は銃を握っている。戦わなきゃいけない。わかってる。でも。身体が動かない。

 怖い。苦しい。嫌だ。

 

「っ」

 

 私の動揺その一瞬の隙を、敵は見逃さなかった。移動型重装砲台の主砲が、ゆっくりと私へ向く。

 

 赤い照準光。

 逃げられない。近すぎる。間に合わない。

 私は思わず、目を閉じた。

 ——終わった。

 そう思った、その瞬間。

 

「やらせない」

 

 静かな声だった。でも、聞き間違えるはずがなかった。

 

「……え?」

 

 次の瞬間、身体が強く引っ張られる。

 景色が横へ流れる。直後、さっきまで私がいた場所を、主砲の閃光が貫いた。

 轟音と爆炎。遅れて熱風。でも、私は生きていた。

 誰かの腕に引き寄せられたまま。

 ゆっくり目を開く。

 そこにいたのは——爆炎を背に立つ、黒い影。長い前髪。静かな目。そして、懐かしい横顔。

 

「……カヨコ」

 

 カヨコは、私を庇うように立ちながら、小さくため息を吐いた。

 

「情けない」

 

 その声は、いつも通り淡々としていた。

 

「やっぱり私がいないとダメみたい」

 

 カヨコは銃を肩に担ぎ直しながら、移動型重装砲台を睨む。

 

「あんな雑魚に、やられかけるなんて。昔のアンタなら余裕だったでしょ」

「返す言葉がない。」

「アンタの相棒は生きてるよ。そこらへんに捨てたけど」

「え」

「ほら、早く立って。死ぬよ」

 

 私は、思わず笑ってしまった。

 こんな状況なのに。

 こんな戦場なのに。

 彼女の声を聞いた瞬間、少しだけ安心してしまった。

 

「……共闘してくれるの?」

 

 カヨコは視線をこっちへ向けないまま答える。

 

「今は一人なんでしょ。カノを攻撃する理由はないし、襲ってくるヤツもいる。手伝うよ」

「わかった」

 

 私は銃を握り直した。

 

「感謝するよ、カヨコ。ありがとう。嬉しい、ありがとう」

 

 その瞬間。

 カヨコの肩が、ほんの少しだけ揺れた。

 

「……そういうところ」

 

 小さく呟いて。

 

 彼女は首を横に振る。

 

「何でアンタは……」

 

 最後までは言わなかった。代わりに、彼女は一歩前へ出る。その背中は、小さく見えるのに。不思議なくらい、頼もしかった。爆炎の向こうにそびえる、鋼鉄の怪物。

 それを真っ直ぐ見据えながら、カヨコが静かに言う。

 

「行こう」

 

 一拍。そして、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「壁越えを成すんでしょ? アンタの敵は全部消してあげる」

「久しぶりのツーマンセル。モリモリ行こうか」

 

 私は隣に並び、笑った。

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。