元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
秘密基地の休憩スペースは、静かすぎて息苦しかった。鉄骨の隙間から漏れる薄暗い光が、テーブルの上のりんごジュースのグラスに淡く映っている。
私は椅子に凭れかかり、ウタハを眺めていた。彼女は前のめりになって両手をテーブルに押し付け、私の目を必死に捉えようとしている。
その視線が痛いほど熱くて、でもどこか遠く感じられた。
「私の何が駄目だい? 何が足りない? 新しく好きな人ができたのかな?」
ウタハの声は震えていた。彼女の瞳は、私の心の奥を探るように揺れている。私は一瞬、目を細めてその言葉を飲み込んだ。彼女の執着が、私の胸を締め付ける。でも、同時に冷めた部分が顔を出す。
「君の好きな人を教えてほしい。できるだけそちらへ近づけるよ」
彼女の声はほとんど懇願だった。自分を変える覚悟まで見せてくる。でも、私は小さく首を振った。
「まぁ、今のトレンドはあるけど、それに合わせて恋人関係になったとして、ウタハは幸せかい?」
「…………幸せだよ。君と共にいられるのならば」
その言葉に、私は少しだけ息を吐いた。
「ホントかなぁ。常に仮面をかぶって恋人付き合いするのって辛いと思うよ。ウタハが私といて楽しかったのは、気取らずいられるからでしょう?」
私の言葉が、彼女の胸を抉ったのが分かった。彼女の表情が一瞬で曇る。確かに、ウタハは私の前でだけ素のままでいられた。
あの頃の私たちは、互いにプレッシャーから解放される唯一の場所だったはずだ。
「そうかも知れない。そうかも知れないが……だけどカノがいない世界なんて考えられない。戻れるなら戻りたい。恋人に戻りたい」
彼女の声は掠れていて、命を懸けた告白のようだった。私は目を閉じて、ポケットからキャンディーを取り出した。包みをゆっくり剥がす動作は、感情を抑えるための儀式みたいだった。
キャンディーを口に含んで、静かに言った。
「じゃあさ、私のためにロマンを捨てれる?」
「ロマンを捨てる?」
「恋人のために、信頼を、信用を、先輩を、後輩を、未来を、過去を、全て捨てれる?」
ウタハが息を呑む音が聞こえた。彼女の拳が震え、テーブルを握る指が白くなる。私はそんな彼女を静かに見つめながら、続けた。
「私はさ、お金が好きなんだ」
「……?」
「何故かと言えば、お金は全ての代用品となる。物も、命も、人も、心も、幸せも、夢も買える。そして、それでいてかけがえのないじゃないから好き」
私の声は冷たく響いた。ゲマトリアにいる今、私はすべてを分解して代用品として見る術を身につけていた。
かけがえのないものは、失う痛みを伴うから危険だ。ウタハとの愛も、そうだったからこそ手放した。
「何の話かな?」
「逆に言えば希少価値があるものが嫌いなんだ。これしかない、あれしかない。一つだけ、替えがない、一点もの。私はさ、これが駄目なら次へ行く、そういう価値があるけど代用品であるものが好きなんだ。ウタハ……君は私が好きかい?」
「好きだ。愛している」
その言葉は、彼女の魂からの叫びだった。でも、私は静かに続けた。
「それは本当なのだろうね。だけど、それは私じゃなくても良いと思うんだよ。私も、一緒にバカをやって、好きなものを語り合って、切磋琢磨する関係が好きだった」
ウタハの顔が一瞬で蒼白になった。彼女の心が砕ける音が、基地の静寂に響いた気がした。
「ならば……なぜ!」
「ウタハが言ったんだろう? 別れようと。恋人よりも、ロマンに熱中したい、と。それを打ち捨てて私を求めるのは元の木阿弥だ」
彼女の表情が凍りついた。
あの夜の記憶が、彼女の脳裏に蘇っているのが分かった。事故の後、追放された私を支える代わりに、彼女はロマンを選んだ。
あの選択が、今、彼女自身を刺している。
「……厚顔無恥とは自覚している。自分で振って、自分で関係を求めるなんて、無責任だと」
彼女の声は自己嫌悪に満ちていた。私は立ち上がり、一歩近づいた。
「君は、ロマンの為に生きるべきだ。私と恋人になることはできる。しかし、そうなれば私以外の全てを失わなければならない。それほどの価値が、私にはないよ。友達でいよう、ウタハ」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が軋んだ。「友達」という言葉は、私なりの最後の慈悲だった。ウタハは唇を噛み、涙をこらえている。
私はキャンディーを噛み砕いた。甘さが、ひどく苦かった。でも、次の瞬間――
「ウタハ……私は君を好きだったし、過去の思い出は色褪せない。だから、これで終わりにしよう。恋人には戻れない。忘れられないならずっと傷ついていれば良い。その痛みを抱いて生きよう」
言葉を吐き出した途端、ウタハの目から涙が溢れた。そして、彼女は突然叫んだ。
「い、嫌だ。一緒にいたい。ロマンも、カノも、全部欲しい! 全部、全部全部!! 私は欲しいんだ!」
彼女はテーブルを飛び越えるようにして私の腕をつかんだ。震える指が、私の服を強く握りしめる。
熱い涙がポロポロと落ちて、床に小さな音を立てた。私は一瞬、息を呑んだ。彼女の熱い手の感触、涙に濡れた顔が、私の心を激しく揺さぶる。
拒絶しようとした。でも、その脆さを見て、抑えていたものが溢れ出した。私はゆっくり立ち上がり、ウタハを抱きしめた。壊れ物を扱うように優しく、でもしっかりと。
「それはロマンだね、ウタハ。いいよ。強欲こそ人の性で、創る者には大切なものだ。なら、いつか迎えてきて欲しい。全部を掴めようになって、私を迎えに来て欲しい」
私の声は、拒絶でありながら、細い希望の糸を残していた。彼女の成長を信じているからこそ、言えた言葉だった。ウタハは私の胸に顔を埋めて、声を殺して泣いた。
彼女の涙が服を濡らし、私の心を焼きつける。私は彼女の背中を叩きながら、静かに夜を過ごした。
その夜、私たちは基地の片隅の寝床に横たわった。戦闘の疲れと、感情の嵐に疲れ果てて、互いの体温を感じながら眠りに落ちた。
翌朝、キヴォトスの朝日が錆びた窓から差し込んできた。柔らかな光がクレスト強襲型の装甲に反射して、冷たい鋼に一瞬の温かさを与えている。
私はまだ目を閉じたまま、隣で動く気配を感じた。ウタハがそっと身を起こし、私の額に軽く唇を寄せる。その感触は、まるで最後の約束のようだった。
「全てを手に入れて、君を迎えに戻るよ」
小さな囁きが耳に届いた。私は眠ったふりをしたまま、彼女の足音が遠ざかるのを聞いた。シャッターが軋む音。基地の外へ出ていく音。
私はゆっくり目を開けた。朝日の中に佇むクレスト強襲型のシルエットが、静かにそこにあった。ウタハの背中は、もう見えなかった。でも、彼女の言葉は、私の胸にしっかりと刻まれていた。
いつか、彼女がすべてを手に入れて戻ってくる日を、私は静かに待つことにした。
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