■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
トリニティ管理区画、第七居住ブロック。
壁越え作戦以降、この辺りの治安はかなり安定していた。
白を基調とした街並みに、整備された石畳と柔らかな街灯。
吹雪すらどこか上品に見える。
トリニティらしい、“秩序ある美しさ”が街全体に浸透していた。
私は石畳を歩きながら、小さく息を吐く。
今日の私は珍しく軽装だった。
右肩の拡散バズーカもないし、ミサイルポッドも背負っていない。
それでも腰には拳銃とナイフという最低限の装備だけは外さない。もう半分、癖みたいなものだった。
視線の先にはガラス張りのカフェがあり、柔らかな照明と静かなピアノ曲が流れている様子だった。
復旧需要で忙しいはずなのに、この辺りだけ妙に時間の流れが穏やかだった。
私は扉を押し開ける。
ベルが小さく鳴る。
暖かな空気が頬を撫でた。
窓際。
そこに、カヨコがいた。
黒いコート。
白い髪と黒い差し色。
気怠そうな姿勢。でも、その視線だけは鋭い。
私を見るなり、小さく鼻を鳴らす。
「遅い」
「ごめん。復旧部隊の護衛が長引いて」
「真面目過ぎ」
カヨコは呆れたように言った。
「前からそうだったけどさ」
私は向かいへ座る。
店員が静かに紅茶を置いていく。カヨコはすでにコーヒーを半分くらい飲んでいた。
窓の外では、トリニティの巡回部隊が通り過ぎていく。でも、このカフェには妙な安定的な静けさがあった。
最近の戦いが遠い場所の話みたいに。
「便利屋は?」
私が聞くと、カヨコは肩を竦めた。
「相変わらず、トラブルに巻き込まれてる」
「どこに?」
「全部」
即答だった。
私は少し笑う。
カヨコは気怠そうに続けた。
「護衛依頼、残党掃討、物資輸送、情報回収。最近は傭兵みたいな仕事ばっか」
「元から傭兵みたいなものじゃない?」
「あー……違うから。社長はアウトロー望んでるけど、ガチの潰し合いは違うんだよ」
カヨコはコーヒーを飲む。
「前は“便利屋”だった。今は“戦力”として数えられてる。他勢力を擦り潰す戦力としてね。相手を不幸にさせるための戦力」
一拍。
「私は面倒が嫌いなんだ」
でも、その口調の割に嫌そうではなかった。
戦場に立つこと。
危険地帯へ行くこと。
そういう空気に、カヨコも少しずつ馴染み始めているのがわかった。
私たちは少しの間、静かに窓の外を見る。
白い街。
巡回する装甲車。
空を横切る輸送ドローン。
復旧された街は綺麗だった。でも、その綺麗さの下に火薬の匂いがある。
私は自然と笑っていた。
「各地の学園間戦争、長引きそうだね」
「長引くよ、これは」
カヨコは即答する。
「特に最近はカイザーが動いてる」
その名前に、私は小さく目を細めた。
カイザーコーポレーション。
戦争の匂いを嗅ぎつけて肥大化していく企業。
復旧に物流。
治安維持と兵器供与。
全部に噛んできて、混乱が大きいほど利益が増えるタイプの存在だった。
「勢力拡大が露骨。最近は自治区単位で影響力持ち始めてる」
「へぇ」
「私たちにも接触してきた」
「便利屋に?」
「戦えるから」
それだけだった。
シンプルで、だからこそ厄介だ。
今の学園都市キヴォトスでは、“使える戦力”に価値が集中している。
組織より個人。
思想より実力。
綺麗事だけじゃ回らない。
私は紅茶を一口飲む。
温かい。少しだけ身体の力が抜ける。
「ミレニアムは?」
そう聞いた瞬間、カヨコの視線が少しだけ鋭くなった。
「あっちも動いてる。かなり大きい」
「兵器開発?」
「それだけじゃない」
「部隊編成が変わってる。明らかに大規模戦闘準備だ」
「へぇ」
「怖くないの?」
「別に」
自然と笑みが零れる。
「私ならどうにでもなるし」
それは強がりじゃなかった。
本気だった。
実際、ここまでどうにかなってきた。
壁も越えた。
重装機動砲台も壊した。
カヨコとも共闘した。どれだけ状況が悪くても、結局最後は前へ進めている。
私は昔からそうだった。
極限状況になるほど頭が冷える。
敵が強いほど、むしろ楽しくなる。
壊滅寸前くらいが丁度いい。そういう自分を、最近はちゃんと理解し始めていた。
カヨコがじっと私を見る。
「……そういうところ」
「何?」
「嫌い」
「好きなくせに」
「嫌い」
カヨコは少し笑っていた。
私は椅子に深く座り直す。
窓の外では雪が降っている。
綺麗な街。
静かなカフェ。でも、その向こうでは確実に学園間の戦争が広がっている。
「色々と大変だ」
カイザー。
連邦生徒会。
三大学園。
色々な勢力が動き始めている。状況はもっと悪くなるだろうし、もっと壊れる。もっと人が傷つく。でも不思議と恐怖はなかった。
むしろ、自分が必要とされる未来が見えていた。だから私は静かに笑う。
「……楽しみだね」
カヨコは呆れたように目を細めた。
「戦争狂」
「違うよ」
私は紅茶を飲みながら答える。
「ただ、“生きてる”感じがするだけ」
◆
カフェを出ると、外は静かな雪だった。
街灯の光が白い雪へ淡く反射して、石畳を柔らかく照らしている。
トリニティ管理区画の夜は静かだ。巡回部隊の足音も遠い。戦場の硝煙と爆音ばかり見ているせいか、こういう穏やかな時間は逆に現実感が薄かった。
私は吐いた白い息を眺めながら歩く。
隣にはカヨコ。
黒いコート姿の彼女は、相変わらず気怠そうに歩いていた。でも、その歩幅は自然と私に合わせられている。
昔からそうだった。
意識していないみたいに振る舞うくせに、距離感だけは妙に丁寧だ。
「……平和だね」
私が呟くと、カヨコが鼻を鳴らす。
「一時的かつ限定的」
「夢ないなぁ」
「実際そうでしょ」
「まぁね」
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
私は何となく、彼女の袖を軽く掴む。
カヨコがちらりとこちらを見る。
「なに」
「寒い」
「嘘」
「バレた?」
「バレる」
呆れた声。でも、振り払わない。だから私はそのまま腕を絡める。
コート越しの体温が伝わる。
カヨコは一瞬だけ身体を強張らせた後、小さく息を吐いた。
「……距離近い」
「嫌?」
「嫌じゃない」
即答だった。だから私は少し笑う。街のショーウィンドウを眺めながら歩く。復旧需要の影響か、通りには新しい店が増えていた。
雑貨。
本。
アクセサリー。
輸入菓子。
学園間戦争中なのに、こういう文化だけはちゃんと残っている。
私はある店の前で足を止めた。
「これ、似合いそう」
ショーケースの中。
銀色のイヤーカフ。
シンプルだけど細工が綺麗だった。
カヨコはちらりと見る。
「別に」
「欲しくない?」
「……」
沈黙。
わかりやすい。
私はそのまま店に入った。
数分後。
店を出る頃には、小さな箱が私の手にあった。カヨコは隣で不機嫌そうに歩いている。
「別にいらないって言った」
「でも欲しそうだった」
「……見てただけ」
「じゃあ付けて。はい、ほら。早く!」
「ウザイウザイウザイ」
私は箱を差し出す。カヨコは視線を逸らした。
耳がほんの少し赤い。
珍しい。
「アンタ、本当にそういうところ」
「何?」
「ズルい」
「そう?」
私は笑いながら箱を開ける。銀色のイヤーカフを取り出して、そっと彼女の耳へ付けた。
髪の隙間で銀が揺れ、似合っていた。
びっくりするくらい。
「うん、可愛い」
「……殺す」
「照れてる?」
「殺す」
カヨコは外さなかった。
私はそのまま自然に彼女の肩へ寄りかかる。カヨコが小さく息を呑む。
昔もこうだった。
私が距離を詰めるたび、カヨコは困った顔をする。でも結局、拒絶しない。むしろ少し嬉しそうにする。
私はその反応が好きだった。
「ねぇカヨコ」
「なに」
「今、楽しい?」
カヨコは少し黙る。
雪が降る。
街灯が白を照らす。しばらくして、彼女は小さく答えた。
「……楽しい」
「そっか」
「アンタは?」
私は少し考える。
学園間戦争の最中。
混乱と混乱が重なり、壊れた都市。
終わらない戦い。本当なら最悪な状況のはずなのに。でも今、隣にはカヨコがいる。
こうして歩いている。
触れられる距離にいる。
それだけで、不思議と胸の奥が静かだった。
「うん」
私は笑う。
「かなり楽しい」
その瞬間。
カヨコが急に私の腕を引いた。
「わっ」
そのまま身体が引き寄せられる。気づけば私は、彼女に抱きつくみたいな体勢になっていた。
近い。吐息が触れそうなくらい。カヨコは私を見下ろしながら、少しだけ拗ねた顔をする。
「……あんまり他の奴にもこういうことしないで」
私は目を瞬かせる。
「嫉妬?」
「そう」
隠さない。
そこがカヨコらしかった。私は少し笑って、そのまま彼女の肩へ額を預ける。
「安心して。今はカヨコといるから」
その言葉に、カヨコは一瞬だけ息を止めた。
そして小さく。
本当に小さく、嬉しそうに笑った。
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