■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
ミレニアムとの合同会議から数日後。
私はトリニティのティーパーティー専用テラスで紅茶を飲んでいた。
柔らかな陽光。
丁寧に手入れされた庭園。
遠くで揺れる花々。
戦争だの政治だのを忘れてしまいそうな穏やかな景色だった。
向かい側にはナギサが座っていて、相変わらず背筋は真っ直ぐで静謐だ。
紅茶を飲む所作一つ取っても絵になる。こういうところは本当に育ちの良さを感じる。
私は焼き菓子を一つ摘まみながら、のんびり空を見上げた。
「平和だねぇ」
「平和ではありませんよ」
即座に返ってきた。
予想通りだった。
私は苦笑する。
「ナギサらしい」
「現実を見ているだけです」
そう言いながらも、ナギサの表情はどこか柔らかい。最近は以前より余裕があるように見える。
壁越え後の各地の安定化に復旧活動。
問題は山積みだけれど、一つずつ前へ進んでいる実感はあるのだろう。
私はカップを置いた。
「それで? わざわざ二人きりってことは何かあるんでしょ」
ナギサは静かに頷いた。そしてテーブル上の端末を操作すると空中に戦術図が投影された。
三つの勢力圏。
トリニティ。
ゲヘナ。
ミレニアム。
学園都市を三分する巨大勢力。
「現在の情勢確認です」
ナギサが言う。
「まずトリニティ」
勢力図の一角が光る。
「内部に不穏因子を抱えています」
「それは知ってる」
「ですが戦力面では依然として強力です」
映像が切り替わる。
ミカ。
セイア。
ツルギ。
それぞれの戦闘記録が映し出される。
「圧倒的な個人戦闘能力と高い統率力。練度の高い通常部隊。そしてシスターフッドや正義実現委員会などによる補完戦力」
ナギちゃんは淡々と説明する。
「総合力では依然として最上位勢力です」
私は頷いた。実際そうだと思う。トリニティは派手さよりも安定感がある。一人が突出しているというより、全体で強い。
組織として完成されている。
続いてゲヘナが表示される。
「ゲヘナ」
私は少し笑う。
「問題児の集まり」
「否定はしません」
ナギサも珍しく否定しなかった。
「ですが空崎ヒナさんの存在は極めて大きい」
戦闘映像が流れた。敵部隊が消し飛ぶ。別の敵部隊も消し飛ぶ。さらに消し飛ぶ。
私は苦笑した。
「相変わらず理不尽だね」
「ええ」
ナギサも認める。
「単独戦力としては現状最高峰です。ただし、ヒナさんに依存している部分が大きい」
そこが問題だった。
ゲヘナはヒナがいるから回っている。逆に言えばヒナが倒れれば揺らぐ。
強力だが脆い。
そんな印象だ。
最後にミレニアムが映る。
「ミレニアム」
私は少し身を乗り出した。
最近一番読めない勢力だ。技術、資本、生産、組織どれも高い。しかも新兵器が次々出てくる。
正直、一番戦いたくない相手かもしれない。
「特記戦力こそ少ないですが安定性では三勢力随一」
ナギサが言う。
「つまり」
私は紅茶を飲む。
「三つとも強い」
「はい」
ナギちゃんが頷いた。
「だからこそ均衡している」
テラスに少し沈黙が落ちる。
私は戦術図を見つめた。
三つの巨大勢力。
どこか一つが傾けば戦争になる。大戦争だ。きっと学園都市キヴォトス全体を巻き込む。
「それで」
私は笑う。
「ナギちゃんは均衡を維持したいんだね」
「はい。私は三勢力が相互補助関係になるべきだと考えています」
その言葉に私は少し感心する。昔ならトリニティ優位を目指していたかもしれない。でも今のナギサは違う。
戦争を知った。
混乱を知った。
だからこそ安定を求めている。
「具体的には?」
「空崎ヒナとの接触です」
予想通りだった。
「エデン条約の締結時期を前倒しにして、さらにゲヘナとミレニアムの橋渡しも行う」
なるほど、確かに理にかなっている。
ヒナはゲヘナでも比較的穏健派だ。話が通じるだろうし、信頼もある。
最初の窓口としては最適だ。
「オンライン会議じゃ駄目?」
私が聞くと、ナギちゃんは首を横に振った。
「通信は傍受や妨害もされる可能性が大きいです。そして何より」
一拍。
「誠意が伝わりません」
私は少し笑った。それはナギサらしい。合理的なのに、そういう部分だけは妙に人間臭い。
「会話できなくても、歩み寄る意思を示したい」
ナギちゃんは静かに言う。
「こちらから会いに行くことに意味があります」
私は頷いた。たぶん正しい。信頼というのはそういう積み重ねだ。
「つまり、ゲヘナへ行く」
「ええ」
「護衛が必要」
「はい」
ナギサが私を見る。
真っ直ぐ。迷いなく。
「あなたにお願いしたいのです」
私は少しだけ考えるふりをした。
実際にはもう答えは決まっている。
ゲヘナ。
ヒナ。
外交。
面倒事の匂いしかしない。でも面倒事ということは、きっと何かが起きる。そして私は大抵のことをどうにかできる。
今までだってそうだった。
壁も越え、戦争も生き残り、死地も突破した。だから今回もどうにかなる。私は椅子にもたれながら笑った。
「いいよ。護衛くらい任せて」
「ありがとうございます」
ナギちゃんが微笑む。
本当に僅かな笑みだった。でも、それだけで十分だった。
私は立ち上がる。
青空を見上げる。
ゲヘナ行き。きっと面白くなる。
私はそんな予感に少しだけ胸を弾ませていた。
ナギサが紅茶を口元へ運ぶ。
その仕草はいつも通り優雅だった。背筋も伸びている。言葉も淀みない。外から見れば、自信に満ちたトリニティの指導者そのものだった。でも。私は知っている。
そんな単純な人じゃないことを。
私はテラスの向こうに広がる庭園を眺めながら、静かに考える。
ナギサは怖がりだ。
慎重で疑い深い。
最悪の可能性を考える。
失敗を恐れる。
裏切りを恐れる。
人が死ぬことを恐れる。
だから準備をする。
だから情報を集める。
だから考え続ける。
誰よりも。
私は戦場でそういう人を何人も見てきた。
自信満々な人。
恐怖を知らない人。
無謀な人。
そういう人は意外と多い。でも本当に強い人は違う。
怖いから考える。
怖いから備える。
怖いから責任を負う。
ナギサはそういう人だった。だから私は少しだけ笑う。
この人は、たぶん。本当はこんなことをしたくないのだと思う。
戦争なんて嫌いだろう。争いも好きじゃない。誰かと敵対することも苦手だ。できるなら平和に終わらせたいと思っている。
それでもやる。やらなければならないから。
トリニティのために。
生徒たちのために。
自分が動かなければいけないと思っているから。
私は目を閉じる。
エデン条約。ゲヘナとの接触。ヒナとの会談。
どれも危険だ。失敗すれば大問題になる。政治的にも、軍事的にも、命の面でも。
それをナギサ自身が一番理解している。理解した上で進もうとしている。怖くないわけがない。不安じゃないわけがない。
それでも歩く。立ち止まらない。
それがどれだけ難しいことか、私は知っている。
戦場でも同じだ。怖くない人間なんていない。本当に怖いのは怖いのに前へ進む人だ。
私はナギサを見る。彼女は今も次の計画を説明している。
地図。
補給路。
想定される妨害。
会談場所。
護衛配置。
全部を整理している。
たぶん昨夜も寝ていない。きっと何度も考え直した。何度も迷った。何度も不安になった。それでも結論は変わらなかった。
会いに行く。
歩み寄る。
戦争を少しでも遠ざけるために自分が動く。私は胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
ああ。
凄いと思った。
純粋に。本当に。凄い。
私は強いし、戦うことなら得意だ。撃つことも、壊すことも、突破することも。たぶん大抵の戦場はどうにかできる。
でも。ナギサがやっていることは違う。
誰かを撃つことじゃなく、誰かを守ることでもない。もっと難しい。互いに憎しみ始めた人たちを繋ぎ止めること。
壊れる前に支えること。
戦争を起こさせないこと。
それは私にはできない。
少なくとも今はできない。だから尊敬する。敬意を抱く。
この人は本気だ。言葉だけじゃない。理想論だけでもない。ちゃんと自分で危険を飲み込んでいる。自分が傷つく可能性も、失敗する可能性も、全部理解して、それでも前へ進んでいる。だったら私は自然と笑っていた。
助けようと思った。難しい理屈じゃない。損得でもない。義務でもない。ただ単純に友達だからだ。私が困っていた時ナギサは助けてくれた。
私を信じてくれた。危険だと理解した上で、それでも必要だと言ってくれた。だったら今度は私の番だ。
戦うことならできる。盾になることもできる。銃を向けられたら前に立てる。危険地帯を突破することもできる。それくらいしかできないけれど。それくらいなら、いくらでもやれる。
私はナギちゃんの説明を聞きながら、小さく頷いた。
大丈夫。たぶん何とかなる。いや、何とかする。だってこの人は、ここまで頑張っているのだから。それを支えないで友達を名乗るのは、少し格好悪いと思った。
ティーカップを静かに置く音が響く。
先ほどまで友人として話していたナギサの表情が、少しだけ変わった。
ティーパーティーの一員。
トリニティの政治家。そして、これから行われる作戦の責任者としての顔。
私は自然と背筋を伸ばした。ナギサはテーブルの上に資料を並べる。
そこにはゲヘナ方面の地図。
予想進行ルート。
危険地域。
過去の襲撃記録。
様々な情報が整理されていた。
「それでは改めてブリーフィングを開始します」
穏やかな声だった。けれど、その奥にある緊張も私は感じ取っていた。
「今回の目的は単純です」
ナギサは地図を指差す。
「ゲヘナ自治区へ到達し、風紀委員長である空崎ヒナとの接触をして、そして無事にトリニティへ帰還すること以上です」
私は頷く。
簡単なようで難しい。こういう任務ほど厄介だ。戦争なら敵を倒せばいい。でも護衛任務は違う。守り切らなければ失敗になる。
「想定される脅威ですが」
ナギちゃんが次の資料を開く。
「まずゲヘナの各部活動です」
私は苦笑した。それだけで十分危険だった。
ゲヘナは自由だ。自由すぎる。善意で爆発を起こす人もいる。面白そうだから襲撃する人もいる。善悪ではなく、ノリで動く。正直、予測が難しい。
「次にアリウス」
空気が少し重くなる。
「暗殺者たちです」
私は静かに頷く。こちらは笑い事ではない。
目的を達成するためなら手段を選ばない。真正面から来る保証もない。
毒。
狙撃。
爆発物。
なんでもありだ。
「そして最後に」
ナギちゃんが少しだけ困ったような顔をした。
「普通のチンピラです」
「普通かなぁ……」
「ゲヘナ基準なら普通です」
「なるほど」
妙に納得してしまった。私は椅子にもたれながら資料を見る。
危険だ。間違いなく。不思議と不安はなかった。今までだって似たような修羅場はいくらでもあった。
私は生き残った。今回もたぶん大丈夫だろう。そんな楽観が自然と湧いてくる。ナギちゃんは少し黙る。そして。今までの作戦説明とは違う声で話し始めた。
「一つだけ。作戦とは関係ありませんが」
私は顔を上げる。ナギサが私を見ていた。
真っ直ぐ。
逃げずに。
真剣に。
「みんなは貴方を恐れます」
静かな声だった。
「怒る人もいます。警戒する人もいます。危険だと思う人もいます」
私は黙って聞く。それは事実だから。壁越え以降、そういう視線には慣れていた。
猟犬。暴力装置。怪物。
色々言われた。別に気にしていない。そう思っていた。でも。次の言葉は少しだけ予想外だった。
「ですが」
ナギちゃんは微笑む。
「私は貴方を信じています」
私は目を瞬かせる。
「貴方がどんな人なのか知っています。どれだけ優しいか知っています。どれだけ誠実か知っています。どれだけ他人のために動けるか知っています」
その言葉は不思議なくらい真っ直ぐだった。
政治的な言葉じゃない。
上司としてでもない。
一人の友人としての言葉。
「そして」
ナギサは少しだけ視線を逸らして。
本当に少しだけ頬を赤くした。
「私は貴方のことが大好きです」
思わず笑いそうになる。でも茶化したくなかった。それくらい真剣な言葉だったから。
「素晴らしい人だと思っています」
テラスに風が吹く。
花びらが揺れる。
私は何も言えなかった。
ナギサは少し照れたように咳払いした後、再び責任者の顔へ戻る。
「だからお願いがあります」
その声は少しだけ弱かった。きっと本人は隠しているつもりなのだろう。でも私は知っている。ナギちゃんは怖がりだ。不安になる人だ。それでも前へ進む人だ。
「私は秩序と安定のために行動します。戦争を少しでも遠ざけたい。三勢力の衝突を避けたい。そのためにゲヘナへ行きます」
一拍。
「ですが危険です」
ナギちゃんは静かに言った。
「正直に言えば怖いです。何が起きるかわかりません。失敗するかもしれません。襲撃されるかもしれません。帰れないかもしれません」
その本音に、私は少しだけ目を細める。
この人は本当に正直だ。怖くないふりをしない。不安を隠し切れない。
それでも歩く。だから尊敬できる。
「ですから」
ナギちゃんは深く頭を下げた。
トリニティの指導者が。
ティーパーティーの一員が。
私に。
「どうか私を守ってください。貴方にしか頼めません」
私はその姿を見て自然と笑っていた。
大丈夫。
そんな言葉が自然と浮かぶ。だって、この人はここまで頑張っている。だったら私がやることは一つだけだ。
私は立ち上がり、胸を軽く叩いた。
「任せて」
そしていつもの調子で笑う。
「ナギサは難しいこと考えてればいいよ。危ないことは私が何とかするから」
それは根拠のない自信だった。でも不思議と。ナギサは少し安心したように微笑んだ。
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