■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
結局。
私たちは空崎ヒナとの会談を果たすことはできなかった。
ゲヘナ自治区へ到着し、迎撃システムの暴走を突破し、ようやく会談場所へ辿り着いたと思った矢先だった。
ゲヘナ内部で大規模な暴動が発生した。複数の部活動が衝突し、それに巻き込まれる形で各地で戦闘が発生。
風紀委員会は対応に追われ空崎ヒナ自身も前線へ出ているらしかった。
会談どころではない。
そう判断したナギサは即座に撤退を決断した。私はその判断を正しいと思った。
目的は会談だ。
戦争ではない。
無理に留まっても得られるものは少ない。
それに。
私は別に焦っていなかった。
空崎ヒナがいる。
桐藤ナギサがいる。
そして私がいる。なら、そのうちどうにかなる。そんな根拠のない自信が私にはあった。もちろん、状況が楽観できるものではないことくらい理解している。
ゲヘナとトリニティの関係は複雑だ。少し判断を誤れば、大きな衝突へ発展する可能性だってある。
エデン条約の締結も簡単な話ではない。多くの思惑が絡み合い、多くの人間が動いている。
それでも私は不思議と悲観していなかった。
ヒナは責任感の強い人だ。ナギちゃんもまた、自分の理想のために努力を惜しまない。
そんな二人がいるのなら、今は遠回りをしているだけで、いつか必ず同じ場所へ辿り着く。
そんな気がしていた。
◆
帰路。
輸送車両の窓から外を眺める。
夕暮れだった。
空は赤く染まり、壊れた建物の影が長く伸びている。煙が上がっている場所もある。遠くではまだ銃声が聞こえていた。
平和とは程遠い景色だった。道路脇には破壊されたバリケードが残されている。
戦闘の痕跡は至るところにあった。誰かが急いで撤退したのだろう。放置された車両や散乱した資材も見える。夕焼けの色がそれらを照らし出し、どこか物悲しい光景を作り出していた。
向かいの席ではナギサが紅茶を飲んでいる。
相変わらず優雅だった。
戦場帰りとは思えない。けれど少しだけ疲れているようにも見えた。
私にはわかる。
ナギサは強い。
賢い。
優秀だ。でも万能じゃない。むしろ本人は自分の弱さを誰より知っている。だからこそ準備する。だからこそ努力する。だからこそ恐れる。
その姿を私は知っていた。
人前では決して弱音を見せない。常に堂々としていて、自信に満ちているように振る舞う。けれど、それは彼女が何も感じていないという意味ではない。
責任を背負う人ほど、不安を抱えているものだ。
ナギちゃんもきっとそうなのだろう。
「残念だったね」
私が言う。ナギサはカップを置いた。
「ええ」
静かな返事だった。
「ですが仕方ありません。今のゲヘナにとっては内部の安定が最優先でしょう。会談の早期締結はもちろん、延期自体も想定内です」
理性的な答え。
いつものナギサ。けれど。ほんの少しだけ視線が窓の外へ向く。
それだけでわかった。
本当は悔しいのだ。
エデン条約と三大勢力の安定。
未来の秩序。
そのために彼女は危険を承知でここまで来た。だから少しくらい落ち込んでもいいと思う。
私は椅子に深く座った。そして何となく聞いてみる。
「平和になったらさ」
ナギサがこちらを見る。
「なんでしょう?」
「何したい?」
きょとんとした顔をした。
予想外だったらしい。そして少し考え込む。
政治。軍事。経済。
そういう話ではない。一人の少女としての願い。しばらくして。ナギサは小さく笑った。
「お洋服を見に行きたいですね」
「おお」
即答だった。
「そんなに好きなんだ」
「好きですよ」
ナギサは少し楽しそうになる。
「新作が出れば気になりますし。流行も確認しますし、自分に似合うものを探すのも楽しいです」
私は想像する。
ショッピングモール。
服を選ぶナギちゃん。
鏡の前で悩むナギちゃん。
なんか可愛い。
「試着とかするの?」
「しますよ」
「友人に意見を聞いたりもします」
「へえ」
「ですから」
ナギサが少しだけ笑う。
「その時は付き合ってください」
「もちろん」
私は即答した。友達の買い物に付き合うくらい簡単だ。むしろ楽しそうだった。
「他には?」
「そうですね」
ナギちゃんは少し考える。
「娯楽施設にも行きたいです」
「映画館とか?」
「映画館も良いですね」
「水族館も」
「ゲームセンターも」
「遊園地も」
私は思わず吹き出した。
「結構行きたい場所あるね」
「あります」
即答だった。少し意外だった。もっと真面目な答えが返ってくると思ったから。
「実は」
ナギサは少し照れたように視線を逸らす。
「雑誌などで紹介されている場所はよく確認しているんです」
「行ったことないのに?」
「ええ」
「いつか行けるかもしれないと思いまして」
その言葉に私は少しだけ胸が温かくなった。
忙しい毎日の中でも、彼女は未来を諦めていないのだ。
「戦争が始まってから」
ナギサは続ける。
「そういう場所へ行く機会が減りました」
その言葉には少し寂しさがあった。
私は黙って聞く。
「本当は普通の学生らしいこともしてみたいんです」
その言葉が妙に印象に残った。
普通の学生。
ナギサはトリニティの中心にいる。常に責任が付きまとう。
誰かを守るために。
誰かを導くために。
普通を諦めている部分もあるのだろう。
「放課後に寄り道をしたり、友人とくだらない話をしたり、試験前に慌てて勉強したり」
ナギサは少し笑う。
「そういうことにも憧れます」
「うん、学生っぽい」
「そうでしょうか」
「うん」
私は頷いた。
どれも特別なことではない。けれど彼女にとっては簡単に手に入らないものなのだ。
「美味しいご飯も食べたいですね」
「それはわかる」
「高級料理も好きですが」
ナギちゃんは少し笑った。
「話題になっているお店へ入ったり、偶然見つけたカフェに寄ったり、そういうこともしてみたいです」
「今でもできそうだけど」
「護衛や警備の方々が大変です」
「あー」
それは確かにそうだった。
私は納得する。
「それに」
ナギちゃんは続ける。
「誰にも気を遣わずに過ごすというのは案外難しいものです」
「なるほど」
「立場がある以上、どうしても周囲が気を遣いますから」
少し苦笑する姿は年相応だった。
生徒会の重鎮でも。
完璧なお嬢様でもない。
ただの一人の少女だった。
ナギサは窓の外を見る。
夕焼け。
壊れた街。
戦争の痕跡。
その景色を見ながら呟いた。
「そういう日常へ戻りたいですね」
静かな声だった。
「誰が敵で、誰が味方で、何を信じて、何を疑うべきか、そういうことばかり考える毎日は、少し疲れます」
私は返事をしなかった。
代わりに聞く。最後まで。
「平和な世界で」
ナギサは続ける。
「友人とお茶を飲み、買い物をして、好きな本を読み、美味しいものを食べて、何も起きない一日を過ごす」
少し苦笑する。
「意外と難しい願いですね」
私は首を横に振った。
「そうだね、でも叶うと思うよ」
ナギサがこちらを見る。
「根拠は?」
「私がいるから」
沈黙。そしてナギちゃんが吹き出した。
珍しく声を出して笑った。
「本当に貴方らしいですね」
「でしょ」
「ええ」
その笑顔は先ほどまでより少しだけ柔らかかった。
肩の力も抜けているように見える。
ほんの短い会話だったけれど、少しは気が楽になったのかもしれない。
私は笑う。本当にそう思っていた。私ならどうにでもなる。少なくとも、そう信じている限り前へ進める。だから私は諦めない。
ナギサも諦めない。なら大丈夫だ。きっとその平和な未来にも辿り着ける。
友人と笑い合い。
何気ない日常を過ごし。
今日のことを昔話として語れる日が来る。
そんな未来を想像しながら。
私は赤く染まる空を見上げた。
私はそう信じていた。
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