■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
私たちは百鬼夜行の被災地域を歩いていた。
倒壊した屋敷。崩れた塀。砕けた石畳。巨大な嵐が街そのものを踏み潰していったような光景だった。
復興作業をしている人々の姿も見える。それでも被害の大きさは隠しきれない。
「ここは元々、お祭りの準備をしていた区域なんだ」
アヤメが説明する。
「屋台も並ぶ予定だったし、子供たちも楽しみにしてた」
少しだけ寂しそうに笑った。
「全部なくなっちゃったけどね」
ナグサが俯く。
「……ごめんなさい」
「なんでナグサが謝るの?」
「私がもっとちゃんとしていれば……」
「はい却下」
即答だった。
アヤメは苦笑する。
「何でも自分の責任にしない」
「でも」
「でもじゃない」
ぴしゃりと言う。
それでも口調は優しい。
「私だってもっとできたことはあったよ」
「アヤメは違う」
ナグサは首を振る。
「アヤメは頑張った」
「ナグサも頑張ったけど駄目で、私は違うの?」
「アヤメは凄いから」
「だから何でそうなるのかなぁ」
アヤメは困ったように笑う。私たちは歩きながら二人の会話を聞いていた。
ナグサは少し考えてから言った。
「アヤメは強い」
「普通だって」
「頭も良い」
「百鬼夜行ならもっといるでしょ。外も含めればたくさんいる」
「優しい」
「それは嬉しい」
「皆に頼られてる」
「疲れることもあるよ?」
「それでも助ける」
「助けたいからね」
ナグサは少し黙る。そしてぽつりと呟いた。
「私にはできない。私はアヤメの隣にいることしかできない」
アヤメが足を止める。
振り返る。
「隣、にね。私にできることはナグサにもできるよ」
「できない」
「できる」
「できない」
「できる」
「……できない」
子供みたいな押し問答だった。
アヤメは少しだけ呆れたように笑う。
「ナグサ」
「なに」
「私、何回も助けられてるよ?」
ナグサが目を瞬かせた。
「え」
「会議の資料まとめてくれるし」
「それは仕事だから」
「相談にも乗ってくれるし」
「大したことじゃない」
「夜遅くまで付き合ってくれるし」
「友達だから」
「ほら」
アヤメは指をさす。
「いっぱい助けられてる」
ナグサは言葉に詰まった。
「それは……」
「それは?」
「私でもできることだから」
アヤメは大きなため息をついた。
「あのねぇ」
少しだけ本気で呆れている声だった。
「ナグサ」
「うん」
「自虐も過ぎれば嫌味だよ」
ナグサがしゅんと肩を落とす。
「ごめんなさい……」
「謝るところじゃないでしょ」
アヤメは苦笑する。
「私が言いたいのはね」
少しだけ真面目な声になった。
「ナグサはもっと自分を評価していいってこと」
ナグサは黙る。
「優しいし」
ナグサの肩が揺れる。
「真面目だし」
耳が少し赤くなる。
「頑張り屋だし」
視線が泳ぐ。
「可愛いし」
「うん、それは知ってる」
「はーしょもな。ブン殴るよ」
アヤメが吹き出し、ナグサも少しだけ笑う。
ほんの少しだけ、それだけで空気が柔らかくなった。
「本当に」
アヤメは優しく言った。
「ナグサは凄いよ」
ナグサは俯く。長い銀髪が表情を隠した。けれど私は見逃さなかった。その奥で目が輝いていたことを。嬉しいのだ。アヤメに認められることが。褒められることが。肯定されることが。
「……アヤメがそう言うなら」
小さな声だった。
「少しだけ信じる」
「うん」
アヤメは笑う。
「それでいい」
その笑顔は優しかった。
本当に優しかった。だからこそ私は気づいてしまう。ナグサはアヤメを必要としている。そしてアヤメもまた、ナグサを放っておけない。
二人は互いを支えている。けれどその支え方は少し危うい。
ナグサはアヤメを理想化している。
アヤメはそんなナグサを否定できない。
信頼にも見えるし、依存にも見える。
私は隣を歩くカヨコを見た。カヨコも同じように二人を眺めていた。何も言わない。ただ静かに。何かを観察するように、じぃーっと見ている。
私は再び前を見る。崩れた街並みの向こうで、アヤメとナグサが並んで歩いていた。
仲の良い友人。
そう見える。だけど夢で見た未来を知っている私には、それだけには見えなかった。復興区域を歩きながら、私はなんとなくナグサの隣に並んだ。
少し距離を取って前を歩くアヤメ。
その背中を見つめるナグサ。
視線が本当に分かりやすい。だから私は素直な感想を口にした。
「ナグサさんって」
「……?」
「アヤメのこと好きなんだね」
ナグサが固まった。
数秒。本当に数秒。思考が停止したみたいに固まったあと、
「す、好きというか……」
視線が泳ぐ。
「その……」
耳が赤い。珍しく慌てている。私は少し申し訳なくなった。変なことを聞いただろうか。そう思った瞬間だった。
ナグサの口が開く。
「アヤメは凄いから」
始まった。
「責任感があるし」
始まった。
「優しいし」
始まった。
「頭も良いし」
始まった。
「頑張り屋だし」
始まった。
「誰かが困ってたら放っておけないし」
「うん」
「誰よりも周りを見てるし」
「そうなんだ」
「皆のこと考えてるし」
「それはそれは」
「本当に凄い人だから」
語る。語る。語る。語る。語る語る語る語る語る語る語るとにかく語る。言葉が止まらない。しかも、その間、ナグサの目はずっとアヤメを追いかけていた。
本人は気づいていないだろう。けれど本当にずっと見ている。その背中を、その横顔を、その仕草を。
そして。
「私とは違って」
やっぱり最後にそれが来た。
少し俯く。
「私は全然駄目だから」
ちらり。
アヤメを見る。
「アヤメみたいにはなれない」
ちらり。
また見る。
「私は足を引っ張ることばっかりで」
ちらり。
また見る。
「…………」
私は思わず黙った。なんというか違和感があった。もちろんナグサは本心で言っているのだと思う。
演技じゃない。嘘でもない。本当にそう思っているのだろう。だけど、なんだろう。上手く言葉にできない。
ナグサは自分を否定している。それは分かる。でもそのたびに視線はアヤメへ向く。まるで。
『そんなことないよ』
『ナグサも頑張ってるよ』
『私はナグサを認めてるよ』
そう言ってもらうのを待っているみたいに見えた。
もちろん違うかもしれない。私の考えすぎかもしれない。でも、そう見えてしまった。
私は小さく息を吐く。
嫌な見方だ。とても嫌な見方だ。誰かの弱さを見て『構ってほしいだけなんじゃないか』なんて考えるのは、あまりにも意地が悪い。
心が汚れている……そう思った。
ナグサはたぶん苦しいのだ。自己評価が低い。自分を認められない。だからアヤメの言葉に救われている。
それだけの話なのかもしれない。なのに私は、その姿を見て少しだけ別のものを感じてしまった。
依存。承認欲求。自己否定を通じた肯定の要求。
そんな単語が頭を過ぎる。私は慌てて思考を振り払った。違う。まだ決めつけるには早い。私は二人をほとんど知らない。夢で見た未来もある。だからこそ先入観に引っ張られている可能性だってある。
私が見ているのは現実のナグサじゃない。未来のナグサを重ねて見ているだけかもしれない。
そう考えていると、
「元鞘さん?」
ナグサが不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、いえ」
私は慌てて笑う。
「なんでもないです」
そして前を見る。少し先でアヤメがこちらへ振り返っていた。明るい笑顔。皆を安心させる笑顔。だけど夢の中で見たアヤメはあの笑顔の裏でずっと苦しんでいた。
そして今、ナグサもまたアヤメの言葉を求めているように見える。
もし私の見立てが正しいなら、この二人は支え合っている。だけど同時に、互いの傷を埋め合うことで立っている。
そんな危うさを感じた。そして私は、自分の胸の内に生まれた少し意地の悪い感想を誰にも言わないことにした。
人は誰だって、誰かに認められたい生き物なのだから。
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