■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
被災地域の視察を終えた私たちは、紛争調停委員会の本部へ戻るため街中を歩いていた。
途中、復興が進んでいる商店街を通る。壊れていた建物も少しずつ修復されていて、人通りも増えてきていた。
そんな中だった。
「あ」
ナグサが何かを見つけたように立ち止まる。
「どうしたの?」
アヤメが尋ねる。
「少しだけ」
そう言うとナグサは近くの雑貨店へ入っていった。
私たちは店の外で待つことになる。数秒。沈黙。そして「……何やってんの」とアヤメがぼそりと呟いた。
本当に小さな声だった。聞こえないふりもできた。だけど私は聞いてしまった。声に混じっていた感情も苛立ち。ほんの少しだけ。本当に少しだけ、けれど確かに、私は思わずアヤメを見る。
彼女はいつもの笑顔を浮かべていた。しかし視線だけが店の入り口へ向いている。待たされること自体への不満。あるいは別の何か。
私には分からない。ただ夢で見た内容を知っているからこそ、少しだけ胸がざわついた。
数分後。
ナグサが店から出てきた。
小さな紙袋を抱えている。
「ごめん」
少し急ぎ足で戻ってくる。
「待たせた」
「何買ってたの?」
アヤメが尋ねる。するとナグサは少しだけ視線を逸らした。
「その……」
珍しく歯切れが悪い。紙袋を開く。中から取り出されたのは綺麗な髪飾りだった。
淡い花を模した装飾。百鬼夜行らしい和風の意匠。派手ではない。けれど上品で綺麗だった。
ナグサはそれを両手で持つ。
そして。
「アヤメに」
差し出した。
一瞬だけ。
アヤメが固まる。
「え?」
「似合うと思ったから」
ナグサは少し俯く。
「いつも頑張ってるし」
「ナグサ……」
「だから」
言葉に詰まりながら続ける。
「お礼」
アヤメはしばらく髪飾りを見つめていた。
そして。
「……ありがとう」
嬉しそうに笑った。本当に嬉しそうだった。今まで見た中で一番自然な笑顔かもしれない。
「凄く綺麗」
髪飾りを手に取り、光にかざす。
「センス良いじゃん」
「そうかな」
「うん」
アヤメは即答した。
「好きかも」
ナグサの肩がぴくりと震える。
「本当?」
「本当」
「似合う?」
「絶対似合う」
そう言いながらアヤメは髪に当ててみる。
ナグサはじっと見ていた。まるで判決を待つ受験生みたいに。そしてアヤメが笑う。
「どう?」
「……うん」
ナグサも少し笑った。
「似合う」
心から安心したような声だった。
私はその様子を眺める。さっきの店に入った時のアヤメの小さな苛立ち。
それは今、綺麗に消えていた。いや、もしかすると最初から怒っていたわけではないのかもしれない。
忙しい時に急にいなくなったことへの不満。
予定が狂うことへの焦り。そういうものだったのかもしれない。だけど、それでも私は引っかかっていた。
ナグサはアヤメへ贈り物をした。
アヤメは喜んだ。それ自体はとても微笑ましい光景だ。けれど私は夢で見た未来を知っている。だからどうしても考えてしまう。
ナグサはアヤメへ価値を渡し続ける。
アヤメはナグサを肯定し続ける。
その循環は二人を支えている。
同時にどこか危うくも見える。隣ではアヤメが髪飾りを眺めながら嬉しそうに笑っていた。その笑顔を見つめるナグサもまた、幸せそうだった。
今だけは、本当に仲の良い友達同士にしか見えなかった。紛争調停委員会の本部へ戻った後、今後の協力体制についてまとめるため、共同声明の作成を行うことになった。
場所はアヤメの家。
仕事の効率を考えてのことらしい。ナグサとカヨコは別行動だった。復興中の自治区を見回り、住民からの相談や紛争の芽がないか確認する仕事が残っているらしい。
「ごめんね。仕事ばっかりで」
アヤメはそう言いながら湯呑みを差し出した。
「いえ。むしろ勉強になります」
「そんな大したものじゃないよ」
苦笑するアヤメ。
その顔は今日一日で何度も見た。誰かを安心させるための笑顔。自分を後回しにする人の笑顔。私たちは机を挟んで座り、資料を広げる。
共同声明。
物資支援。
情報共有。
今後の連携体制。
話し合うことは多かった。
アヤメは優秀だった。
文章の整理も早い。必要な情報も頭に入っている。相手が理解しやすい形へまとめるのも上手い。だからこそ私は時折見える疲労が気になった。
言葉の端や視線。
僅かな沈黙、集中が切れた瞬間にだけ見える空白。
それらが夢の内容と重なってしまう。
「……」
私は席を立った。
「少しお手洗い借りますね」
「あ、うん。廊下の奥」
「ありがとうございます」
部屋を出ると静かな廊下。古い和風建築らしい落ち着いた空気。私は案内された方向へ歩く。
その途中だった。何気なく視界に入ったゴミ箱。
中に何かが見えた。
私は足を止める。
「……え」
一瞬、意味が分からなかった。見覚えがあった。ついさっき見たばかりだった。いや、今日の出来事の中でも印象に残っていた。だから覚えていた。
綺麗な花を模した髪飾り。ナグサが商店街で買ったもで、アヤメへプレゼントしたものと、嬉しそうに受け取っていたもの。
その髪飾りがゴミ箱の中に捨てられていた。
私は動けなかった。
頭が理解を拒否する。だっておかしい。あの時のアヤメは本当に嬉しそうだった。演技には見えなかった。
少なくとも私には、なのに帰宅して、誰も見ていない場所で…………捨てた。
私はゴミ箱を見つめる。綺麗なままだった。壊れていない。汚れてもいない。つまり事故じゃない。意図的だ。捨てたのだ。アヤメ自身が帰宅してすぐ、片手間に『要らな』、と。
「……」
胸の奥が重くなる。怒りではない。悲しみでもない。もっと嫌な感覚だった。危機感。人の心が壊れる前兆を見つけてしまった時の感覚。
夢の中のアヤメは苦しんでいた。だけど今の私は、それを未来の話として認識していた。
まだ間に合う。
まだ大丈夫。
そう思っていた。だけど違った。違ったのだ。アヤメは今この瞬間も苦しんでいる。しかも想像以上に深刻だ。
ナグサはアヤメを褒め、頼る。肯定を求める。アヤメはそれに応え、優しく受け止めた。励まし、笑い、認める。そして家に帰ったら捨てる。
誰にも見られない場所で。
それはナグサが嫌いだからではない。むしろ逆だ。私はそんな気がした。ナグサはアヤメを見ている。頼っている。期待している。肯定を求めている。そしてアヤメはその期待に応え続けている。
もう限界なのに。
苦しいのに。
疲れているのに。
それでも応え続けている。だから、その髪飾りを見るたびに思い出してしまうのかもしれない。
自分を必要とする誰かを。休めない理由を、委員長であり続けなければならない現実を。
私はそっと目を閉じる。
夢の中で見た言葉が脳裏をよぎる。
『助けてほしい』
『頑張ったねと言ってほしい』
『少し休んでいいと言ってほしい』
あれは未来の叫びだと思っていた。
違う。あれは今の叫びだ。ずっと前から出ていたSOSだ。ただ誰にも聞こえなかっただけだ。
私は静かに息を吐いた。そして髪飾りから視線を外す。今ここで問い詰めるのは違う。アヤメはきっと笑う。
「気にしないで」
と言う。
「大したことじゃない」
と言う。そしてまた自分を後回しにする。だから私は部屋へ戻る前に一つだけ理解した。七稜アヤメは思っていたよりずっと危うい。百蓮に否定される未来など関係ない。
あれは引き金に過ぎない。
既に彼女は、壊れ始めている。
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