■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター②】アヤメとナグサ④

 

 共同声明の作成は思ったより順調に進んだ。アヤメは優秀だったし、私もトリニティ側の事情は把握している。お互いに必要な情報を出し合えば、文書そのものはすぐにまとまる。

 

「これでひとまず完成かな」

 

 アヤメが肩を回す。少し疲れたような笑顔だった。

 

「お疲れ様です」

「元鞘さんもお疲れ様」

 

 私は資料を整える、とその時だった。玄関の方から声が聞こえた。

 

「アヤメさーん!」

「いますかー!」

 

 アヤメの肩がぴくりと震えた。本当に一瞬だった。けれど私は見逃さなかった。

 

「あー……」

 

 ため息。

 小さいが、確かにため息だった。

 

「知り合いですか?」

「うん」

 

 アヤメは立ち上がる。

 

「ちょっと行ってくるね」

 

 玄関へ向かう。

 私も何となく後ろからついていった。そこには数人の生徒がいた。

 

「アヤメさん!」

「ちょうどよかった!」

 

 その顔を見た瞬間。

 私は理解した。

 夢の中で見た。アヤメを少しずつ削り続けた人達だ。もちろん悪人ではない。ただ自分で考えない人達だった。

 

「どうしたの?」

 

 アヤメが笑顔を作る。すると一人の生徒が言った。

 

「倉庫の整理をしたいんですけど、どこから手を付ければいいですか?」

「現場は見た?」

「まだです」

「じゃあまず見よう」

「どうやって?」

「……現地に行って」

 

 アヤメが優しく説明する。別の生徒が手を挙げた。

 

「屋台の場所決めなんですけど」

「うん」

「どこが良いと思います?」

「候補は?」

「考えてません!」

「……そう」

 

 アヤメが少しだけ遠い目をした。さらに別の生徒。

 

「復興計画の案なんですけど」

「うん」

「全部アヤメさんが決めてくれませんか?」

 

 私の眉が動く。アヤメは動じない。

 

「みんなで決めた方がいいよ」

「でもアヤメさんの方が正しいし」

「そういう問題じゃなくてね」

 

 笑っている……笑っているが。

 疲れている。明らかに疲れているし、苛立っている様子が私にはわかった。

 その時だった。

 玄関が開く。

 

「ただいま」

 

 ナグサだった。後ろにはカヨコもいる。ナグサは状況を見るなり嬉しそうな顔になった。

 

「アヤメ」

「おかえり」

「凄い」

「何が?」

「皆が頼ってる」

 

 アヤメの笑顔がほんの僅かに固まる。だがナグサは気付かない。

 

「やっぱりアヤメは人望がある」

「そんなことないよ」

「ある」

 

 即答。

 

「皆アヤメを信頼してる」

 

 生徒達も頷く。

 

「そうそう」

「困ったらアヤメさんだし」

「アヤメさんなら何とかしてくれるし」

「頼りになるし」

 

 私は黙っていた。なんというか。妙な気分だった。皆、アヤメを褒めている。悪意もない。

感謝もしている。信頼もしている。それは本当だ。だけど、その言葉の一つ一つが鎖みたいに見えた。

 

 頼れる。

 優秀。

 何とかしてくれる。

 大丈夫。

 

 そう言われるたびにアヤメは「大丈夫でなければならない」と、そうなってしまう。

 

「アヤメなら大丈夫」

 

 ナグサが言う。

 アヤメは笑う。

 

「買いかぶりすぎだって」

「そんなことない」

「あるある」

「ない」

 

 二人のやり取り。傍から見れば仲の良い友人同士だ。でも私は今日一日見てきた。ナグサはアヤメを持ち上げる。アヤメはナグサを肯定する。ずっとその繰り返しだ。そして今も、ナグサは無邪気にアヤメを評価している。

 その言葉がどれだけ重いのか気付かないまま。

 

 アヤメは優しい。だから否定しない。

 断らない、押し返さない。

 全部受け止め、受け止め続ける。壊れそうになるまで。

 私は隣を見る。

 カヨコが壁に寄りかかっていた。相変わらず無表情。静かだ。だけどその目だけは周囲を見ていた。観察していた。きっと気付いている。この状況の異常さに気付いている。

 アヤメが本来やるべき仕事は復興支援のための現地確認だった。

 

 全体を把握すること。

 優先順位を決めること。

 重要な問題を解決すること。

 

 なのに今やっているのは屋台の場所決めに倉庫整理の相談。自分で考えれば済む問題への回答。その一つ一つは小さい。本当に小さい。だけど数が多い。無数にある。そして誰も気付かない。その小さな石を積み上げられ続けた人間が、いつか潰れてしまうことに。

 

 私はアヤメを見る。

 彼女は笑っていた。

 誰よりも明るく。

 誰よりも優しく。

 誰よりも疲れているように見えた。

 私は黙ってその光景を眺めていた。

 アヤメを囲む人たち。相談する人。頼み事をする人。判断を委ねる人。そして、それを微笑ましく見守るナグサ。

 

「やっぱりアヤメは凄い」

「皆に頼られてる」

「人望がある」

「信頼されてる」

 

 そんな言葉が飛び交う。

 私は違和感を覚えていた。いや、違和感というより、もっと生理的な何かだった。

 

「気持ち悪いな」

 

 そう思ってしまった。もちろん、頼ること自体は悪いことじゃない。困った時に助けを求めるのは普通だ。人は一人では生きられない。

 それは正しい。だけど目の前の光景は何かが違った。

 

 誰もがアヤメを見ている。

 誰もがアヤメに答えを求める。

 誰もがアヤメを評価する。

 誰もアヤメを見ていない。

 

 私はそんな感覚を覚えた。見ているのは七稜アヤメじゃない。便利な委員長だ。優秀な調停者だ。頼れる責任者だ。何でも解決してくれる存在だ。つまり機能だ。役割だ。人格じゃない。人間じゃない。だから皆、平気で頼る。

 

 アヤメならできるから。

 アヤメなら大丈夫だから。

 アヤメは優秀だから。

 その言葉に悪意はない。だから余計に気持ち悪かった。

 もし悪意なら怒れるし、敵として認識できる。でも違う。

 

 皆、本気で感謝しているのだ。

 本気で尊敬し、本気で信頼し、その結果がこれだ。

 アヤメを休ませず、判断させる。

 アヤメに背負わせ、アヤメに責任を押し付ける。

 それを善意でやっている。

 私はふとアヤメを見る。

 笑っている。

 いつもの笑顔。疲労も隠して。苛立ちも隠して。弱音も隠して。笑っている。だから皆安心する。

 

「ああ、大丈夫なんだ」

 

 と。

 

 そしてまた頼る。

 その繰り返し。

 まるで井戸みたいだと思った。

 皆が水を汲む。必要だから汲む。感謝もする。大切にもする。だけど誰も井戸に水を足さない。

 

 いつか枯れることを考えない。

 

 ただ、

 

「この井戸は凄い」

「便利だ」

「ありがたい」

 

 と言いながら使い続ける。

 そんな光景に見えた。そして一番気持ち悪かったのはナグサだった。

 

「アヤメは凄い」

「アヤメなら大丈夫」

「アヤメは皆に愛されてる」

 

 嬉しそうに言う。

 本当に嬉しそうに。

 悪意なんて一切なく、純粋な善意しかない。だけど私は今日見てしまった。

 

 ゴミ箱の中の髪飾りを。誰もいない場所で捨てられた贈り物を。だから知っている。

 アヤメは大丈夫じゃない。全然大丈夫じゃない。限界に近い。それなのに周囲の人間は、頼られてるから幸せ、評価されてるから幸せ、必要とされてるから幸せ、と勝手に解釈している。

 

 気持ち悪い。

 本当に気持ち悪かった。

 

 誰一人、アヤメは疲れてない? と言わない。

 誰一人、今日は休む? と言わない。

 誰一人、私がやるよ、と言わない。

 

 皆がアヤメを褒める。

 皆がアヤメを称賛する。

 皆がアヤメを必要とする。

 そして。

 皆がアヤメを消費している。

 私はそんな風に見えてしまった。だから胸の奥が重い。夢の中のアヤメは『人間は弱い。だから私が管理する』という結論に辿り着いていた。

 その思想そのものは間違っている。

 絶対に認められない。だけど今なら少しだけ分かってしまう。なぜそんな場所まで追い詰められたのか。なぜ人の性能を信じられなくなったのか。なぜ自由より管理を選んでしまったのか。

 

 目の前の光景は、あまりにも人に優しくなかった。

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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