■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
キヴォトスの雨は止む気配もなく、ゲヘナの自治区を冷たく叩き続けていた。カヨコの部屋の窓を雨粒が絶え間なく叩く音が、静かなリズムを刻んでいる。
私はカヨコの大きめのシャツを借りて、ソファに並んで座っていた。髪はまだ湿気を帯びていて、コーヒーの残り香が部屋に漂っている。
カヨコはカップをテーブルに置いて、赤い瞳で私をじっと見つめてきた。
「なんでカノは、そんないっぱい恋人を作るの? 貴方なら、一人と長く関係を続けることもできるでしょ?」
その声はいつものクールさそのままだけど、どこか私の本質を探るような鋭さがあった。
私はキャンディーを舌で転がしながら、少し考えて答えた。
「できる。できるけど、そうなると気持ちに嘘をつくことになる。そもそも恋人を作るのは、その人と一緒に居続ける努力をしたいと思うからであって、それがなくなれば関係を続ける必要性がない」
カヨコは眉を軽く上げて、続ける。
「なら単純に飽きっぽいってこと? それとも釣った魚に餌をやらないみたいな恋人になるまでの過程が楽しいタイプ?」
私はキャンディーを口から外して、肩をすくめた。
「……どちらかといえば飽きっぽいが近いと思う。でも、その人に飽きた、というより慣れるといったほうが近いのかも」
「慣れる? どういうこと?」
「恋人でいる状態に慣れる。刺激に慣れる。関係のマンネリ。そういう感じ。同じ料理ばかり食べていたら、別の料理も食べたくなるからさ」
カヨコの赤い瞳が細くなる。
「人の味に慣れるってこと? でも、だとしてもあまりに節操がないんじゃない? 多すぎるでしょ」
「それはそうなんだよね。知らない世界が見たい、知らない味を食べたい、知らない価値観を聞きたい。私は識り、考え、行動することへの欲望と結果が恋愛に絡んでいるんだよ」
私は軽く笑ったけど、心の奥では自分の言葉がどれだけ冷たく聞こえるかを自覚していた。カヨコはコーヒーを一口飲んで、静かに言った。
「それだけ聞くと、好奇心かな。人との関わりが好奇心で成り立って、そのまま深い部分まで潜って、底が見えると捨てるって印象」
「それだけ聞くとクズだね」
自嘲的に笑ったら、カヨコはソファに深く腰掛けて、私をまっすぐ見た。
「カノはクズだよ。でも、相応に能力はあるんだよね。人を惹きつける……いや、人を堕落……依存させる能力かな」
私は目を丸くして、からかうように返した。
「そんな能力が私にあるの!?」
「あるよ。一緒にいると、なんとなく安心するし、気分が良い。そんな感じ。いつもいるのが当然気になってる感覚というのかな。だからこそ無くなった時に、とても痛い」
その言葉が胸に刺さった。カヨコの声はクールだけど、過去の寂しさが微かに滲んでいる。私はキャンディーをポケットにしまい、静かに言った。
「なるほど……カヨコは人をよく見ているね」
カヨコはカップを握りしめて、続ける。
「カノを見てれば誰でも気付くよ。たぶん恋人になるのは結果なんだろうね。この人と一緒にいたいと思うからこそ恋人になり、下振れを恐れて小さくまとまる。けどカノが求めてるのは外れ値だから、安定すると恋人でいる意味を無くす」
私はソファに背を預けて、頷いた。
「うーん、確かに。そんな感じはする」
カヨコは軽く笑って、カップをテーブルに置いた。
「まぁ、どうでも良いけどね。別れた後も関係が続くなら、お互い納得済みでしょ」「その割に過去の女の子は、寄りを戻したがるんだよね。なんで?」
「寂しいからでしょ。カノは……空気みたいなものだから。ある時は気にしないけど、無くなると困る。依存させる体質。もしくは麻薬。ともかく人体に有害な毒だよ」
私は目を細めて笑った。
「ファム・ファタール?」
「傾国の美女かな。あとは毒婦」
カヨコの声には皮肉と、でもどこか優しさが混じっていた。私はキャンディーを噛み砕いて、肩をすくめた。
「私に愛されるとみんな不幸になるのか、辛いね」
カヨコは私の肩に軽く手を置いて、言った。
「愛さなければ良い。好意だけ受け取って、告白を断れば?」
私はその手を握り返して、笑った。
「せっかく勇気出して告白してくれたのに、みんなに悪いじゃん」
「そこで無意味な誠実さを発揮しても意味ないよ……」
カヨコのため息が部屋に響いた。私は彼女の肩を抱いて、軽く笑った。
「まあ、カヨコにはこれからも迷惑かけるよ。友達としてね」
「仕方ないな、でも良いよ。友達だからね」
雨音が続く中、私たちは静かにコーヒーを飲み続けた。
「今日は泊まっていく? 外は凄い雨だよ」
カヨコの声はクールだけど、気遣いが滲んでいた。私はキャンディーを舌で転がして、軽く笑った。
「じゃあお言葉に甘えて」
カヨコは小さく頷いて、キッチンに向かった。私はソファから立ち上がって、キャンディーをポケットにしまった。
「じゃあ、夜ご飯でも作ろうかな」
「手伝うよ」
「ありがとう!」
狭いキッチンで並んで、シチューの準備を始めた。カヨコがジャガイモを切り、私が玉ねぎを炒める。鍋から立ち上る湯気とバターの香りが、雨の冷たさを忘れさせてくれた。
「シチューか、食べるの久しぶり」
「簡単だからこそ、作らないよね。基本的に外で食べても良いわけだし」
カヨコの言葉に、私は笑った。
「カヨコは料理良くするの?」
「自炊は一通りするかな。さすがにデザートとかは作らないけど」
シチューが完成して、小さなテーブルに向かい合った。クリーミーなシチューとパンの香りが部屋を温かくする。
一口食べて、カヨコが静かに言った。
「美味しい」
「それは良かった!」
カヨコはもう一口食べて、私を見た。
「カノの料理、悪くない」
「カヨコの手際も良かったよ。便利屋68の料理番長って感じ?」
「ムツキやハルカが台所を爆発させるからね。私がやるしかない」
食事が終わって、皿を片付けたあと、私たちはソファに並んでテレビをつけた。ニュースがキヴォトスの不穏な情勢を映している。
「今多い事件はゲヘナとトリニティ関連か」
「エデン条約が近いからそれでピリピリしてるんだろうね」
私はゆっくりカヨコに寄り添って、体をぴったりくっつけた。カヨコは私の手を見て、面倒臭そうに言った。
「なに、この手は」
「ちょっと変な気分になっちゃってきた」
「ご飯食べたら、次は性欲とか、動物かな? え、本気でこんな馬鹿みたいな手の出し方してるの? 他の人にも」
「え、うん、まぁ、大抵」
カヨコはため息をついて、私の指の動きに気づいた。
「自分で誘って、自分で捨てるって……頭おかしすぎない? ……ちょっと。手がいやらしい動きしている。やめれ」
私はカヨコの肩を抱いて、囁いた。
「いーじゃん、いーじゃん。そろそろ寝るだろうし、気持ち良くなって寝ようよ」
カヨコは深くため息をついて、赤い瞳で私を見た。
「はぁ、わかった。少しだけなら」
私は目を輝かせて笑った。
「大好きだよーカヨコ」
彼女をソファに押し倒して、首筋にそっとキスをした。カヨコの白い髪が広がり、赤い瞳が一瞬揺れる。雨音が私たちの時間を包み込んだ。
私は静かに家を出た。
カヨコは目が覚めたとき、カヨコはベッドに一人になっている。私の温もりはもうなくて、枕元に書き置きと封筒が置いてあるのだ。
『ありがとう』
シンプルな文字と、夕食の材料費だろう現金。私はもういない。
私は書き置きを手に取って、ため息をつくだろうな。
「ホント……自分勝手な女」
そんな言葉を呟くだろう。苛立ちと諦めが混じった感じ。
それを想像すると、どこか愛おしい気持ちが残る。
窓の外は晴れ渡っていて、昨夜の雨が嘘みたいに晴れている。
カヨコは今日も便利屋68の日常に戻る準備を始めることだろう。
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