元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター②】光と闇の流転②

 

 

 少し部屋の空気が静かになった頃、私は窓際へ歩き、外を眺めた。

 復興途中の町や壊れた屋敷。

 資材を運ぶ生徒達と遠くから聞こえる金槌の音。

 人は少しずつ前へ進んでいる。だけど、人の心は建物ほど簡単には修復されない。後ろから湯飲みを置く音がした。

 振り返ると、カヨコが机へ二つのお茶を置いている。

 

「冷める前に飲んで」

「ありがとう」

 

 私は椅子へ腰掛ける。湯気が静かに立ち昇る。一口飲むと、ほんのり苦味が口へ広がった。しばらく無言だった。

 カヨコは私が話し始めるのを待っている。

 私は湯飲みを見つめたまま口を開いた。

 

「……ねぇ、カヨコ」

「なに?」

「アヤメのこと、どう思った?」

 

 カヨコはすぐには答えなかった。湯飲みを口へ運び、一口飲んでから静かに息を吐く。

 

「感情で言えば」

 

 一拍置く。

 

「気色が悪い」

 

 その言葉は随分と率直だった。

 私は苦笑する。

 

「そこまで言う?」

「うん。以前はクソ真面目なお人好しとして、潰れる未来がくるのはわかってて可哀想だと思ったけど」

 

 カヨコは表情一つ変えない。

 

「今日一日見ていて思った。カノが少し視界から消えただけで探す。何を見ても真っ先にカノへ話しかける。カノが笑えば笑う。カノが前へ出れば安心する……これは典型的な依存の兆候だよ」

「あー」

 

 私は頷く。

 

「そうだね」

「普通じゃない」

「普通じゃないんだよ、今のアヤメは。周りも、彼女自身も」

 

 部屋へ静寂が落ちる。窓の外では鳥が鳴いていた。カヨコは視線を外へ向けたまま続ける。

 

「……だけど」

 

 その一言で空気が少し変わる。

 

「心理的には理解できる部分もある」

 

 私は彼女を見る。

 

「どういうこと?」

 

 カヨコは腕を組み、ゆっくりと言葉を選び始めた。

 

「人間は極限状態になると、自分一人で立ち続けられなくなる。心にも重心がある。それを支える柱が必要になる」

 

 私は静かに聞く。

 

「アヤメには、その柱がなかった」

 

 カヨコは淡々と続ける。

 

「委員長。優等生。頼れる存在。誰からも期待される人間。その役割ばかり背負っていた。つまり、支える側しか経験していない」

 

 私は昨日のアヤメを思い出す。

 泣きながら。

 “助けてほしかった”と。

 ようやく口にした少女を。

 

「支える側には、支え方は教えても」

 

 カヨコは私を見る。

 

「支えられ方を教える人間はいない」

 

 私は息を飲んだ。

 その一言が、あまりにも本質だった。

 カヨコは静かに続ける。

 

「だから、カノが初めてなんだ」

「……うん」

「頼っても壊れない人間が。頼っても大丈夫な人間が」

 

 私は昨日のことを思い返す。

 アヤメの前へ立った。彼女を庇った。頼み事を断った。抱きしめた。頭を撫でた。話を聞いた。

 ただ、それだけだ。だけどアヤメにとっては違った。

 人生で初めて誰かが自分を守った奇跡的で、衝撃的な経験。

 

「だから心が傾いた」

 

 カヨコは言う。

 

「当然だね。砂漠にいた人間へ水を渡したようなもの。止まらなくなる」

 

 私は小さく笑う。

 

「随分分かりやすい例え」

「事実だよ」

 

 カヨコは相変わらず無表情だった。その無表情が逆に説得力を持っていた。

 

「……それで、カノは何を考えているの?」

「そうだね」

 

 私は湯飲みを置く。

 

「このままじゃ駄目だ」

「当然」

 

 即答だった。

 

「ストレスを回避する依存先がカノへ変わっただけ。救済じゃなく、置き換えだから、カノがいなくなれば元の木阿弥になるよ」

 

 私は深く頷く。

 それは私も考えていたことだった。

 私がいなければ笑えない。私がいなければ立てない。そんな未来は望んでいない。

 

「私がやりたいのは」

 

 私は静かに言う。

 

「私がいなくても、アヤメが自分で笑えるようになること」

 

 カヨコは小さく口元を緩めた。

 本当に僅かだった。知らない人なら気付かないくらい。

 

「だから、カノは止めなかった」

「うん」

「抱きしめた」

「うん」

「話を聞いた」

「うん」

「泣かせた」

「うん」

「全部必要だった」

 

 カヨコはそう結論づけた。

 

「腹が減っているなら、魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えろ……っていうのは有名だよね」

「まぁね。だけど、今は飢えている人間が、すぐに動けるわけもないし、技術っていうのは会得するのに時間がかかる」

「満たした次こそ魚を狩る方法ってこと?」

「物事には順序がある。それを無視したところで、答えには至れない。根気強く、自分が損をしながら、共に歩む必要がある」

 

 私はその言葉を胸の中で反芻する。

 焦ってはいけない。

 依存だからと突き放せばアヤメはまた、「助けを求めることは間違いだった」と学習してしまう。

 それだけは避けたかった。

 

「……ありがとう、カヨコ」

 

 私がそう言うとカヨコは肩を竦める。

 

「礼を言われることはしてないよ。私は見たままを言っただけ」

 

 そして少しだけ視線を細める。

 

「ただ一つだけ気になる」

「何?」

 

 カヨコは窓の外を見たまま呟いた。

 

「アヤメよりナグサの方」

 

 その一言で部屋の空気が少しだけ冷たくなった気がした。

 私も同じことを考えていた。

 今日一日、アヤメは光を取り戻した。けれど、その光を見つめていたナグサだけは終始、どこか寂しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 翌朝。

 私とアヤメは、紛争調停委員会の本部から復興地域へ向かう道を歩いていた。

 朝の空気は少しひんやりとしていて、山から吹き下ろす風が頬を撫でていく。

 昨日よりもアヤメの足取りは軽い。

 

 時折こちらを見て笑う姿を見ると、少しずつではあるが心は回復へ向かっているのだと実感できた。

 

 だからこそ私は昨日から気になっていたことを尋ねることにした。

 

「ねぇ、アヤメ。」

「うん?」

「アヤメにとって、ナグサって幼馴染とか親友なんだっけ?」

「そうだよ」

「どんな風な印象があるの?」

 

 その瞬間だった。さっきまで柔らかかったアヤメの表情が、少しだけ曇る。

 怒っているわけではない。

 困っているような。

 言葉を選んでいるような。

 そんな複雑な顔だった。

 

「ナグサは……」

 

 一度言葉を切る。

 何かを考えるように空を見上げ、それから静かに続けた。

 

「実力はある」

「うん」

「頭も良い」

「仕事もできる」

「格闘戦も強い。本気でやれば、私なんかよりずっと強いと思う」

 

 私は黙って聞いていた。

 アヤメは嘘を言う人ではない。だからその評価は本心なのだろう。

 

「だけど」

 

 その一言で空気が変わる。

 

「弱い立場でいたがる」

「……弱い立場?」

「うん」

 

 私は首を傾げた。

 

「それって、自信がないってこと?」

 

 アヤメはすぐに首を横へ振る。

 

「違う」

 

 その否定は強かった。

 

「ナグサは自分が強いことを知ってる。可愛いと自覚もしている。だから自信がないわけじゃない」

「じゃあ?」

 

 アヤメは苦笑した。

 

「弱者でいたいんだよ」

 

 私は少し考える。

 意味は分かるようで、まだ腑に落ちない。

 

「甘えてるってこと? それとも怠けたい?」

「それも違う」

 

 アヤメはゆっくり息を吐く。

 

「ナグサは努力家。誰より努力してる。誰より考えてる。だから怠惰なんかじゃない」

「じゃあ、どういうこと?」

 

 アヤメは少しだけ困ったように笑う。

 その笑みには諦めが混じっていた。

 

「意欲的なんだ」

「……え?」

「弱者になることに」

 

 私は思わず立ち止まりそうになった。

 その表現は初めて聞く。アヤメは歩きながら続けた。

 

「弱い立場にいる方が守ってもらえる。心配してもらえる。肯定してもらえる。安心できる。そういうことを、ナグサは知ってる」

 

 私は静かに聞く。

 

「だから」

 

 アヤメは少しだけ眉を寄せた。

 

「自分を弱く見せるし、できないって言う。私とは違って、って言う。私は駄目だから、って言う」

 

 昨日の光景が頭に浮かぶ。

『アヤメは凄い』『私とは違って』『アヤメなら大丈夫』『私は足手まといだから』

 何度も。何度も。ナグサはそんな言葉を口にしていた。

 そのたびにアヤメは「ナグサも凄いよ」と返していた。

 私は少しずつ繋がっていく感覚を覚える。

 

「それって」

「アヤメに肯定してほしいってこと?」

「うん」

 

 アヤメは静かに頷いた。

 

「私からナグサは強いよ、頑張ってるよ。凄いよって言われたいんだと思う」

 

 私は昨日のナグサの表情を思い出す。

 確かに。

 アヤメが褒めるたび。

 目が輝いていた。

 嬉しそうだった。

 あれは演技じゃない。

 本当に嬉しかったのだろう。

 

「それは……」

 

 私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「幼馴染だから?」

「ううん」

 

 アヤメは首を横へ振った。

 

「もっと昔から」

「昔から?」

「ナグサは昔から、私に認めてもらいたがってた」

 

 少しだけ寂しそうに笑う。

 

「でもね、私はそれが嫌だった」

 

 その言葉は意外だった。

 

「嫌?」

「うん」

 

 アヤメは小さく頷く。

 

「だってナグサ、本当は強いんだもん。私なんかより。ずっと」

 

 その声には苛立ちが滲んでいた。

 怒りというよりもどかしさだった。

 

「なのに私とは違って、って言う。私は弱いから、って言う。守って、って顔をする」

 

 アヤメは少しだけ視線を落とす。

 

「その度に私はナグサは強いよ。できるよ。頑張ってるよって言う」

 

 そして苦笑した。

 

「……疲れる」

 

 その一言には長年積み重ねてきた感情が詰まっていた。

 

「私だって本当は誰かに、頑張ったねって言ってほしかった」

 

 歩きながら、アヤメは静かに笑う。

 

「でもナグサは私から、それをもらいたがる。だから」

 

 少しだけ間を置いて、アヤメはぽつりと呟いた。

 

「正直、あまり良い気持ちにはなれない。」

 

 私はその横顔を見つめる。

 そこには嫌悪だけがあるわけではなかった。親しい存在だからこその情も、心配も、理解もある。だからこそ苦しいのだろう。助けたい。でも甘やかしたくはない。

 認めたい。でも、その認め方ではナグサのためにならない。アヤメはその矛盾を、ずっと一人で抱えてきたのだろう

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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