■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター②】光と闇の流転③

 

 夕暮れだった。

 紛争調停委員会の一室を借りて、私は机の上に積み上がった資料を眺めていた。被害報告書、復興計画書、人員配置表、自治区ごとの被害状況。紙の束だけで、この街がどれだけ傷付いたのかが伝わってくる。

 

 窓の外では、今日も復興作業が続いていた。

 木材を運ぶ生徒に瓦礫を片付ける生徒。壊れた建物を補修する生徒。

 人は前へ進める。街も前へ進める。人の心だけはそう簡単ではない。

 私は資料を閉じて息を吐いた。

 

「これよりアヤメとナグサを改造するためのブリーフィングを開始します」

 

 半ば冗談のように宣言すると、目の前に座るカヨコが呆れたような視線を向けてきた。

 机の上に置かれたノートパソコンから、ナギサの声が聞こえた。

 

『リモート参加になりますが、よろしくお願いします』

「こちらこそ」

『しかしカヨコさんの意見には同意しますね』

 

 ナギサは小さく微笑む。

 

『復興支援というより、組織改革に近い気がします』

「だよねぇ」

 

 私は椅子にもたれた。

 

「トリニティから支援物資を出して、人員も出して、技術支援もして、その結果として特定個人二人を救済する方向へ向かうとは思わなかった」

「大掛かりだね」

 

 カヨコが淡々と言う。

 

「普通はそこまでしない」

「しないね」

 

 私も頷く。普通ならしない。普通なら、でも。

 

「まぁ、二人が消えると百鬼夜行紛争調停委員会が瓦解するからね」

 

 その瞬間、部屋の空気が少し真面目なものへ変わった。冗談では済まない話になる。

 私は資料を一枚引き抜いた。

 

「まず整理しよう」

 

 百鬼夜行紛争調停委員会。

 理念は健全だ。

 腐敗もない。

 構成員も真面目。

 現場能力も高い。

 問題は別にある。

 

「組織そのものは優秀なんだよ」

 

 私は資料へ視線を落とす。

 

「部下も優秀、参謀もいるし、現場指揮官も、戦闘要員もいる。でも」

 

 一枚の紙を指で叩く。

 

「政治判断、戦略判断、外交判断、組織全体の方向性が全部アヤメだけが担当しているのが問題なんだ」

 

 カヨコが頷く。

 

「アヤメが優秀すぎた。部下が無能だったわけじゃない。任せた方が早かっただけ。だから皆そうした」

 

 私は資料をめくる。

 

「結果として、経験も政治判断も謝罪も悩みも、全部アヤメに積み上がり、周りは『アヤメがいれば大丈夫』で済ませる」

 

 リモート画面の向こうでナギサが小さく頷く。

 

『非常に典型的な一極集中ですね。そして優秀な組織ほど発生しやすい問題でもあります。仕事ができる人間へ仕事が集まる。その結果、その人間が組織になる。そして組織は思考を放棄する。アヤメさんの場合は、調停の最終判断だけでなく、対外的な顔役としての役割まで背負わされているのが厄介です』

 

 ナギサは苦しそうにため息を吐く。

 

『本来なら複数人で分担すべき政治的な責任まで、一人に寄せられている。だから彼女が倒れると、単に一人の人間がいなくなるのではなく、組織の意思決定そのものが麻痺する。鏡を見ているようで心が痛い』

 

 私は頭を抱える。

 

「嫌な言い方すると。百鬼夜行紛争調停委員会って、アヤメの脳みそを外付けにしてるんだよね」

『はい』

 

 ナギサは即答した。

 

『極めて乱暴に言えばそうです。部下は手足。アヤメさんが脳。そして脳だけが疲弊している。しかも、彼女はただ命令を出すだけの上司ではありません』

 

 資料を見る。

 現場の空気を読み、相手の顔色を見て、落としどころを探し、必要なら自分で頭を下げる。つまり、判断・交渉・責任・謝罪の四つを同時に担っている。

 

『それを一人で続ければ、どれだけ優秀でも摩耗します』

 

 カヨコが補足する。

 

「だから周囲は気付けない。手足は元気だから、動いているように見えるうちは、誰も止めようとしない」

 

 私は思わず笑ってしまった。

 笑い事じゃないのに。

 あまりにも本質だった。アヤメは毎日死にかけている。だけど組織は動いている。だから誰も危機感を持たない。

 脳出血を起こしかけているのに、身体がまだ動いているから病院へ行かないようなものだ。

 

 優秀だから集まった。任せた方が早い。任せた方が正確。任せた方が失敗しない。だから任せる。

 結果として、アヤメしか経験値を得られなくなるそして更にアヤメへ依存する。

 綺麗な悪循環だった。

 

『組織そのものは腐敗していません』

 

 ナギサが続ける。

 

『むしろ健全です。問題は、健全なままアヤメさんへの依存が進んだこと』

「だから厄介なんだよね」

 

 私は額を押さえた。誰かが悪いわけじゃない。怠慢でもない。善意と合理性の積み重ねが今の状況を作っている。だから修正が難しい。

 カヨコが口を開く。

 

「ナグサも同じかな。能力は高いし、戦闘能力も高い。報連相かできる上で仕事もできる。でも」

 

 カヨコは少しだけ眉を寄せた。

 

「アヤメに依存してる」

 

 私はあの光景を思い出す。

 アヤメが褒める。

 ナグサが喜ぶ。

 アヤメが認める。

 ナグサが安心する。

 その繰り返し。

 

「アヤメは言ってた」

 

 私は呟く。

 

「私より強いのに、自分を弱く見せるって。肯定を求めてる」

 

 私は頷く。

 ナグサは無能ではない。むしろ有能だ。だけど自分で自分を認められない。だからアヤメへ認めてもらう。

 その構造が固定されている。

 

『何というか』

 

 ナギサが苦笑する。

 

『ちゃんと伝えて、ちゃんと聞く。という基本的な社会性の問題に見えてきますね』

「その通りなんだけど」

 

 私は笑う。

 

「それが一番難しい」

『ええ』

 

 ナギサも頷いた。

 

『立場ある人間ほど難しい。傷付くこともありますから』

 

 私はアヤメを思い出す。

 強くて、優しくて、責任感があって、だからこそ誰にも頼れなかった少女を。

 そしてナグサを思い出す。

 弱いふりをしているわけではない。

 ただ認めてもらいたかっただけの少女を。

 カヨコが静かに言った。

 

「怪物を排除してきた英雄の最後は」

 

 一拍。

 

「守ってきた人に討たれる」

 

 その言葉が妙に胸へ残った。

 部屋が静かになった。

 誰もすぐには言葉を発しない。

 カヨコの言葉が妙に重かったからだ。怪物を倒してきた英雄の最後は、守ってきた人々に討たれる。

 

 それは昔話でも神話でもよくある結末だった。けれど今のアヤメを見ていると、それは決して大袈裟な話には思えない。

 

 アヤメは百鬼夜行紛争調停委員会の中心に立つ人間だ。争いを止めるためなら、自分の睡眠も食事も後回しにする。誰かが困っていれば先に手を伸ばし、誰かが迷っていれば先に答えを出す。

 

 そういう意味で、彼女は確かに優秀だった。だが同時に、優秀すぎた。周囲が安心してしまう程度には、何でも一人でこなしてしまった。

 私は机の上へ置いた資料へ目を落とす。

 

 百鬼夜行紛争調停委員会。

 

 本来は、百鬼夜行の中で起こる小競り合いや利害の衝突を、武力ではなく調停と根回しで収めるための組織だ。

 

 理念もまとも。構成員も真面目。現場の人間も、誰かを踏みつけて出世しようとするタイプではない。腐敗も少ない。

 それなのに、中心にいるアヤメだけが壊れ始めている。

 

「皮肉だよね」

 

 私はぽつりと呟いた。

 

「皆がアヤメを信頼した結果、判断も責任も全部そこへ集まった」

 

 カヨコが頷く。

 

『もっと厄介なのは』

 

 ナギサが言う。

 

『本人がその状況を肯定していることです』

 

 私はため息を吐く。

 

「それね、一番厄介なんだよね』

『ええ、アヤメさんは責任感があります。自分が抱え込む。抱え込めてしまう。そして成功する。だから周囲も頼るんです』

「成功体験が悪循環を補強するしてるのかぁ」

『アヤメさん自身にとっては、誰かを見捨てるより自分が潰れる方がまだましだと思っている節があります』

「一方で周囲は、彼女が何でも引き受けてくれるからこそ、判断を先送りにできる。できてしまう。

『本人の献身と周囲の甘えが噛み合ってしまっている状態ですね』

 

 カヨコが静かに言った。

 

「依存って、される側も依存してるって場合があるんだよ」

 

 私は顔を上げる。

 カヨコは窓の外を見ていた。

 

「アヤメは必要とされることに依存してる。ナギサは肯定されることに依存してる。周囲は判断を投げることに依存してる。全員が依存してる」

 

 その言葉で全てが繋がった気がした。

 問題はアヤメ一人じゃない。ナグサ一人でもない。

 

 組織全体が、その形で均衡している。

 百鬼夜行紛争調停委員会は、誰か一人の突出した能力で回っているように見えて、実際には「責任を上に集めることで現場を軽くする」という仕組みそのものに依存している。

 

 現場は回るし、書類も進む。

 調停も成立する。だから外から見れば優秀だ。けれど、その裏では、判断する人間だけが削れ続ける。

 それは組織としての強さではなく、個人の消耗を前提にした脆さだった。だからアヤメを救うということは、アヤメだけを変えることではない。

 

 周囲も変えなければならない。組織も変えなければならない。ナグサも変わらなければならない。そして、アヤメ自身も変わらなければならない。

 

『つまり』

 

 ナギサが眼鏡を押し上げる。

 どっから出したの? それ。というかいつ付けのそれ。

 

『今回の問題は精神論ではありません。アヤメさんの根性が足りないとか、周囲の気遣いが足りないとか、そういう単純な話ではありません』

「というと?」

『組織構造の問題です。だから解決策も精神論ではなく構造改革になります』

「構造改革」

 

 私は天井を見上げた。

 

「復興支援のつもりなのに、気づいたら、組織改革コンサルタントになってるの、足を突っ込みすぎてるね」

 

 カヨコがため息をつく

 

「なんで復興支援が、人道支援

 

 その言葉に思わず苦笑する。

 

「それは私も思う」

 

 本当にその通りだった。私達は百鬼夜行の復興支援のために来たはずだ。物資を運び、人手を貸し、被害状況を調査し、復興を加速させる。

 それが任務だった。なのに気付けば、私はアヤメの精神状態を心配し、ナグサの依存体質を分析し、組織構造の欠陥について会議している。

 どう考えても仕事の範囲がおかしい。

 

『私も同じ感想です。しかしそれだけの価値があります。特に百蓮の技術は必ず手に入れたい』

 

 百蓮は『普通は倒せない敵』に有効打を与えられる超常特異現象の対抗策の一つだ。トリニティとしては手に入れたいだろう。

 ナギサも苦笑した。そして私は資料を閉じる。

 

「よし。じゃあ方向性は決まった。アヤメを休ませる。ナグサを自立させる。部下に責任を持たせる。そして」

 

 私は笑った。

 

「百鬼夜行紛争調停委員会から、アヤメという名の外付け脳みそを卒業させる」

 

 それが私達の次の任務だった。

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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