■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター②】決裂②

 

 

 ナグサは言葉を失った。

 ほんの数秒。それだけだった。だが次の瞬間、彼女は首を横に振った。

 

「倒れない」

 

 即答だった。

 迷いがない。

 事実を述べるような口調だった。

 私は静かに問い返す。

 

「人間だから倒れることもあるよ」

「ない」

 

 ナグサは再び否定した。

 

「アヤメは違う」

 

 アヤメが困ったように眉を下げる。

 

「ナグサ……」

 

 私はナグサに正面から向き合う。

 

「違わないよ」

「違う」

 

 今度はアヤメの言葉すら遮った。

 私は思わず目を細める。

 ナグサはアヤメを見ている。

 真っ直ぐ。真っ直ぐ過ぎるほどに。

 

「アヤメはずっとやってきた。誰もできないことをやってきた。皆を守ってきた。失敗しても立ち上がった。苦しくても前へ進んだ」

 

 だから。

 

「だから倒れない」

 

 それは信頼だった。だけど同時に信仰だった。

 私は少しだけ胸が痛くなる。ナグサはアヤメを見ている。でも本当に見ているのだろうか。

 アヤメという人間を。

 それともアヤメという理想を。

 

「ナグサ」

 

 私は静かに呼ぶ。

 

「アヤメは人間だよ」

「知ってる」

「じゃあ」

「でもアヤメだから」

 

 また遮られる。

 ナグサの声は震えていた。怒っているわけではない。怯えているのだ。

 

「アヤメは強い。優しい責任感がある。だから大丈夫」

 

 私はアヤメを見る。

 アヤメは苦しそうだった。その表情を見ていると分かる。アヤメがなぜナグサへ強く出られなかったのか。

 ナグサはアヤメを責めない。攻撃しない。否定しない。むしろ褒める。肯定する。持ち上げる。だから拒絶しにくい。だけど、その肯定はアヤメが弱音を吐く場所を奪っている。

 

「ナグサ」

 

 アヤメが小さく言った。

 

「私も辛いことはあるよ」

「知ってる」

「疲れることもある」

「知ってる」

「苦しいこともある」

「知ってる」

 

 ナグサは頷く。そして優しく微笑んだ。

 

「でもアヤメなら大丈夫」

 

 私はアヤメの顔を見る。

 傷付いた顔だった。

 本当に傷付いた顔だった。

 まるで助けを求めて伸ばした手を、優しく握り返されながら崖の上へ押し戻されたみたいな顔だった。

 ナグサは悪くない。本当に悪くない。むしろ善意しかない。だけど善意だからこそ残酷だった。

 

「アヤメなら大丈夫」

 

 その言葉は励ましではない。

 期待だ。願望だ。祈りだ。そして。呪いだ。

 ナグサは怖いのだ。

 アヤメが弱い存在だと認めることが。

 アヤメが倒れる可能性を認めることが。

 アヤメが助けを必要とする人間だと認めることが。

 

 それを認めた瞬間、自分の世界が崩れてしまうから。

 

 アヤメは英雄でなければならない。

 アヤメは強くなければならない。

 アヤメは優しくなければならない。

 アヤメは自分を見捨てない存在でなければならない。

 ナグサは無意識にそう願っている。だから、アヤメを否定する。

 弱音を否定する。

 疲労を否定する。

 限界を否定する。

 人間らしさそのものを否定する。アヤメを守るために、アヤメを失わないために、アヤメを英雄のまま固定しようとしている。

 

「……」

 

 私は静かに息を吐いた。

 アヤメの問題。

 ナグサの問題。

 アヤメは「助けてほしい」と言えない。

 ナグサは「助けが必要なアヤメ」を受け入れられない。だから二人は同じ場所を見ているようで、全く違う場所を見ているのだった。

 

 私は内心で舌打ちした。

 まずい。思った以上にまずい。私はアヤメを助けようとしていた。アヤメの苦しみを理解しようとしていた。アヤメが一人で抱え込まなくて済むようにしたかった。

 そのつもりだった。だけど私は問題を一人分として扱っていた。しかし実際には違う。

 

 これはアヤメ一人の問題じゃない。

 アヤメとナグサ。

 二人で成立している問題だった。そしてその二人は、百鬼夜行紛争調停委員会の中枢そのものだった。

 私は視線を動かす。

 アヤメ。そしてナグサ。

 

 両者を見る。

 アヤメの瞳は揺れている。

 今まで理解されなかった部分を理解されている。助けてほしいと言えなかった部分を見つけてもらった。だから嬉しい。だから救われている。

 

 だから――危険だ。

 人は苦しみの最中に救いを見つけると、その救いへ強く引き寄せられる。

 それ自体は悪いことじゃない。だけど今のアヤメは正常な判断ができる状態ではない。

 長年の疲労。

 自己否定。

 孤独。

 責任。

 その全てを抱えている。

 そんな人間が突然、

 

 「私はあなたを理解している」

 

 という存在に出会ったらどうなるか。

 答えは簡単だった。

 依存する。

 それも強烈に。

 昨日からのアヤメの様子を思い出す。やたら近い距離感。私を探す視線。嬉しそうな笑顔。

 私の言葉一つで浮き沈みする感情。

 既に兆候は出ていた。私は少しだけ眉を寄せる。

 助けるつもりが今度は私がアヤメの病巣そのものになりかねない。

 

 それは違う。それでは根本解決にならない。支柱がアヤメから私へ移るだけだ。

 組織構造としては何も変わっていない。そしてもっと危険なのはナグサだった。

 私はナグサを見る。彼女は無表情だった。だけどあまりにも静かだった。

 それが逆に怖い。

 ナグサは今、自分の居場所が揺らいでいることを感じている。

 長い時間をかけて築いてきた関係。

 

 アヤメと自分。

 

 その間へ私が入り込んだ。しかもアヤメは私へ心を開き始めている。ナグサから見れば、突然現れた外部の人間が突然アヤメの理解者になった。

 そう見えていても不思議ではなかった。

 もしここで私がアヤメだけを救おうとしたら。

 ナグサはさらに不安定になる。

 不安からアヤメへ依存する。

 アヤメはナグサを見捨てられない。

 結果。

 委員長は更に疲弊する。そして最悪の場合、紛争調停委員会そのものが割れる。

 

 私は深く息を吐く。

 会話をするべきではなかった。いや、正確には違う。

 順番を間違えた。

 アヤメへ踏み込む前に、ナグサも含めて考えるべきだった。

 アヤメだけを救うことはできない。

 ナグサだけを救うこともできない。

 二人は絡み合っている。片方だけ引っ張れば千切れる。そして千切れた先にあるのは救済じゃない。

 崩壊だ。

 

 私はゆっくりと考える。

 今やるべきことは何か。

 答えは一つ、アヤメを私へ依存させず、ナグサを敵にしない。

 

 そして二人がお互いへ本音を言える環境を作る。

 私が解決するんじゃない。

 私は仲介者だ。

 調停者だ。

 この問題を解決するのは、最終的にはアヤメ自身とナグサ自身でなければならない。

 

 だから私は口を閉じる。

 今ここで更に言葉を重ねるのは危険だった。

 救うために踏み込んだはずなのに、気付けば私は、二人の均衡そのものを揺らしてしまっていたのだから。

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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