■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!!   作:あばなたらたやた

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【チャプター②】不信の軍勢①

 

 私は静かに立ち上がった。足音を立てないように、一歩ずつアヤメとの距離を縮めていく。

 何か気の利いた言葉を探そうとして、やめた。

 励ましも、慰めも、正論も今はきっと違う。

 彼女が欲しいのは、正しい答えじゃない。誰かが隣にいるという事実、そのものなのだから。

 

 窓の外では、百鬼夜行の街が静かに広がっていた。

 壊れた屋根。修復途中の塀。足場を組んだ建物。人々は今日も、それぞれの生活を取り戻そうと動き続けている。

 アヤメは、その景色をじっと見つめていた。

 

「……ねぇ、カノ」

 

 小さく名前を呼ばれる。

 

「うん」

「私ね」

 

 そこで彼女は言葉を止めた。

 言葉が見つからないのではない。言葉にしてしまえば、本当に弱くなってしまう気がしている。

 そんな躊躇いだった。

 私は急かさなかった。

 待つ。ただ待つ。長い沈黙のあと、アヤメさんはぽつりと呟いた。

 

「羨ましかったんだ」

 

 私は何も言わない。

 

「カヨコさん、ナギサさん。カノを助けてくれる人達。そういうのが羨ましかった」

 

 震える声だった。

 

「誰かが困ったら、皆すぐにカノを助ける。カノも助けてって言える。でも私は……」

 

 彼女は小さく笑った。笑っているのに、泣いているような顔だった。

 

「助けてって、どう言えばいいのか分からない」

 

 その一言が、胸の奥へ静かに沈んでいく。

 アヤメは知らない。

 助けを求める方法を。

 今まで何度も誰かを助けてきた。傷付いた人を支えた。泣いている人の話を聞いた。迷っている人の背中を押した。だけど、自分が助けられる側になる経験だけが、決定的に欠けていた。

 

 だから分からない。頼り方や甘え方。そして弱くなる方法がわからない

 

「私が言ったら」

 

 アヤメさんは窓ガラスへ映る自分の姿を見つめる。

 

「皆、困るよね。委員長が弱音を吐いたら、不安になる。だから言えなかった。」

 

 私はその横顔を見つめる。

 なんて長い間、一人だったんだろう。

 どれだけ苦しくても。

 どれだけ疲れても。

 どれだけ怖くても。

 誰にも見せられなかった。

 委員長だから。

 皆の前では笑わなきゃいけないから。

 強くなきゃいけないから。

 その積み重ねが、今のアヤメを作ってしまった。

 

「でも」

 

 私はようやく口を開く。

 

「さっきのアヤメの言葉、すごく嬉しかったよ」

 

 彼女が驚いたようにこちらを見る。

 

「え……?」

「『カノはいいね、助けてくれる人がいて』って。それは紛れまない本音だった。だよね?」

 

 アヤメさんは恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「……うん」

「ありがとう、その言葉を聞けて、私は嬉しかった」

「どうして?」

「初めて、アヤメが私に弱さを言ってくれたから」

 

 彼女は目を丸くする。

 

「それって、すごく勇気がいることでしょ。だから私は、その勇気を大事にしたい。否定したくない。見なかったことにもしたくない」

 

 私は彼女の隣へ並ぶ。

 復興が進む街を、一緒に見つめる。

 

「だからお願い。今日だけで終わらせないでほしい。苦しい時は苦しいって、怖い時は怖いって。分からない時は分からないって。少しずつでいいから、私にも教えてほしい」

 

 私はアヤメの手を握る。

 

「私は全部解決できるほど強くない。でも」

 

 私はゆっくりと息を吸う。

 

「隣で一緒に悩むことならできる。一緒に迷うことならできる。一緒に背負うことならできる。だから」

 

 私は彼女の方へ向き直る。

 

「一人で歩かないで」

 

 夕陽を受けたアヤメの瞳が、大きく揺れた。

 その瞳には、今まで何度も見てきた”委員長”はいなかった。

 そこにいたのは誰よりも頑張って、誰よりも傷付いてそれでも誰かを守ろうと歩き続けてきた、一人の少女だった。

 

――ドォォォォンッ!!

 

 轟音が百鬼夜行の静寂を引き裂いた。

 窓ガラスが激しく震え、床の上に置かれていた湯呑みが音を立てて揺れる。棚の上の小物まで細かく跳ね、部屋の空気そのものが一瞬で張り詰めた。

 私は反射的に窓の外へ視線を向けた。

 

 黒煙。

 

 復興途中の町並みの一角から、太い煙が空へと立ち昇っている。まだ新しい木材の匂いが残る通りに、焼け焦げた臭いが混じり始めていた。

 

 続けざまに二発、三発。

 

 耳をつんざくような爆発音が連続し、地面そのものが震える感覚が足裏へ伝わってきた。遠くで誰かが悲鳴を上げ、次の瞬間にはそれが別の叫び声にかき消される。

 

 さっきまで瓦礫を運び、屋根を修理し、人々が笑いながら復興作業を続けていた場所が、一瞬にして悲鳴の渦へ飲み込まれていく。

 

 積み上げてきたものが、音を立てて崩れていく。その現実が、あまりにも唐突で、あまりにも残酷だった。

 

「……テロ!」

 

 私が叫ぶのとほぼ同時だった。

 アヤメの表情から迷いが消える。

 

 ほんの数秒前まで、一人の少女として涙を見せていた彼女は、瞬く間に百鬼夜行紛争調停委員長の顔へ戻っていた。

 

 瞳の奥に宿る光が変わる。感情に流されるのではなく、状況を見極め、次に何をすべきかを即座に判断する者の目だ。

 

「行こう!」

 

 そう言いかけた、その瞬間。

 街中へ設置されていた防災用スピーカーから、不快なノイズが響く。

 ザーッ、と耳障りな雑音。

 そして。

 

『百鬼夜行の生徒諸君』

 

 若い少女の声だった。

 感情を剥き出しにした怒声。

 まるで演説でもするかのように、街中へ響き渡る。怒りと憎悪を無理やり押し込めたような、鋭く張り詰めた声だった。

 

『我々はアリウス。偽りの秩序に抗う者』

 

 私は窓から身を乗り出した。

 煙の向こう側。

 統率された隊列で進軍する武装集団が見える。

 

 全員が小銃や爆薬を携え、無駄のない動きで建物へ爆薬を設置していく。誰一人として足を止めない。誰一人として周囲を見失わない。まるで何度も同じ訓練を繰り返してきたかのような、冷徹で整った動きだった。

 

 その動きだけで理解できた。ただ暴れるだけの不良でも、偶発的なテロリストでもない。

 軍隊だった。訓練を受けた兵士達。そして黒を基調とした制服の肩に刻まれた紋章を見た瞬間、私は息を呑む。

 

「……アリウス」

 

 だが、その隊列の中には、もう一つ見覚えのある制服が混ざっていた。

 白い制服。

 胸元へ刺繍された百合の校章。

 誰が見ても分かる。

 トリニティの制服だった。

 

「そんな……!」

 

 思わず声が漏れる。

 アヤメも目を見開いていた。

 信じられないものを見るような顔だった。百鬼夜行とトリニティの関係が協力へ向かい始めた、その矢先に起きた光景としては、あまりにも悪質すぎる。だが違和感があった。

 

 制服こそトリニティだが、部隊運用は完全にアリウス式。

 歩幅。索敵。援護。突撃。

 全てが統一されている。誰かが命令を出せば、全員が一糸乱れずに動く。個々の判断ではなく、組織としての完成度がそこにあった。

 最初から一つの部隊として育てられてきたかのようだった。

 再び拡声器が叫ぶ。

 

『聞け、百鬼夜行! トリニティは平和を語りながら、裏では数え切れないほどの罪を重ねてきた! 弱者を踏みにじり! 異端を排除し! 己達だけが正義だと叫び続ける腐敗した存在だ!』

 

 その言葉は、ただの罵倒ではない。聞く者の胸に疑念を植え付けるための、計算された言葉だった。

 次の瞬間、爆薬が炸裂する。

 轟音が弾けてて、瓦礫が降り注ぐ。

 悲鳴。

 復興途中だった家屋が崩れ落ち、人々が必死に逃げ惑う。木片が飛び、窓枠が吹き飛び、土煙が視界を覆う。さっきまで整えられていた道が、あっという間に戦場へ変わっていく。しかし武装集団は止まらない。

 

 破壊しながら、叫びながら、その思想を街へ撒き散らしていく。

 

『そのトリニティへ味方する者もまた同罪! 百鬼夜行は腐敗した秩序を受け入れた! 偽りの平和に加担する裏切り者だ! 正義には制裁が必要だ! 罪には罰が必要だ! 我々はその執行者である!』

 

 私は歯を食いしばる。

 違う。これは復讐ではない。

 思想戦だ。

 百鬼夜行へ被害を与えることが目的ではない。目の前の破壊は、あくまで手段に過ぎない。狙いはもっと深いところにある。

 アリウスという敵勢力の中に、トリニティの制服を着た武装勢力を混ぜることで、「トリニティが百鬼夜行を襲撃した」という印象を植え付ける。

 

 百鬼夜行とトリニティの同盟。

 復興支援。共同声明。築き始めたばかりの信頼。その全てを、一度のテロで崩壊させようとしている。

 

 もしこのまま誤解が広がれば、両校の関係は一気に冷え込むだろう。互いに疑い、責め合い、やがては武力衝突にまで発展しかねない。

 それが敵の狙いだ。

 

「……情報戦」

 

 私は小さく呟く。

 

「私達を戦わせるための」

 

 アヤメさんも静かに頷いた。

 その瞳には、先程までの涙は残っていない。代わりにあるのは、調停者としての強い決意だった。怒りに飲まれるのではなく、怒りを力へ変える覚悟。彼女はもう、ただ守られるだけの存在ではない。

 

「カノ。この襲撃は百鬼夜行だけが標的じゃない。トリニティも同時に狙われてる」

「うん」

 

 私は頷く。

 敵は建物ではなく、人でもなく、信頼そのものを爆破しようとしていた。そしてその爆発は、今まさに始まっている。

 

 

交流がみたい元カノは?

  • 桐藤ナギサ(孤立操作
  • 白石ウタハ(献身依存
  • 調月リオ(崇拝偏愛
  • 鬼方カヨコ(他者排除
  • 仲正イチカ(自傷憎悪
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