■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
私は静かに立ち上がった。足音を立てないように、一歩ずつアヤメとの距離を縮めていく。
何か気の利いた言葉を探そうとして、やめた。
励ましも、慰めも、正論も今はきっと違う。
彼女が欲しいのは、正しい答えじゃない。誰かが隣にいるという事実、そのものなのだから。
窓の外では、百鬼夜行の街が静かに広がっていた。
壊れた屋根。修復途中の塀。足場を組んだ建物。人々は今日も、それぞれの生活を取り戻そうと動き続けている。
アヤメは、その景色をじっと見つめていた。
「……ねぇ、カノ」
小さく名前を呼ばれる。
「うん」
「私ね」
そこで彼女は言葉を止めた。
言葉が見つからないのではない。言葉にしてしまえば、本当に弱くなってしまう気がしている。
そんな躊躇いだった。
私は急かさなかった。
待つ。ただ待つ。長い沈黙のあと、アヤメさんはぽつりと呟いた。
「羨ましかったんだ」
私は何も言わない。
「カヨコさん、ナギサさん。カノを助けてくれる人達。そういうのが羨ましかった」
震える声だった。
「誰かが困ったら、皆すぐにカノを助ける。カノも助けてって言える。でも私は……」
彼女は小さく笑った。笑っているのに、泣いているような顔だった。
「助けてって、どう言えばいいのか分からない」
その一言が、胸の奥へ静かに沈んでいく。
アヤメは知らない。
助けを求める方法を。
今まで何度も誰かを助けてきた。傷付いた人を支えた。泣いている人の話を聞いた。迷っている人の背中を押した。だけど、自分が助けられる側になる経験だけが、決定的に欠けていた。
だから分からない。頼り方や甘え方。そして弱くなる方法がわからない
「私が言ったら」
アヤメさんは窓ガラスへ映る自分の姿を見つめる。
「皆、困るよね。委員長が弱音を吐いたら、不安になる。だから言えなかった。」
私はその横顔を見つめる。
なんて長い間、一人だったんだろう。
どれだけ苦しくても。
どれだけ疲れても。
どれだけ怖くても。
誰にも見せられなかった。
委員長だから。
皆の前では笑わなきゃいけないから。
強くなきゃいけないから。
その積み重ねが、今のアヤメを作ってしまった。
「でも」
私はようやく口を開く。
「さっきのアヤメの言葉、すごく嬉しかったよ」
彼女が驚いたようにこちらを見る。
「え……?」
「『カノはいいね、助けてくれる人がいて』って。それは紛れまない本音だった。だよね?」
アヤメさんは恥ずかしそうに目を伏せた。
「……うん」
「ありがとう、その言葉を聞けて、私は嬉しかった」
「どうして?」
「初めて、アヤメが私に弱さを言ってくれたから」
彼女は目を丸くする。
「それって、すごく勇気がいることでしょ。だから私は、その勇気を大事にしたい。否定したくない。見なかったことにもしたくない」
私は彼女の隣へ並ぶ。
復興が進む街を、一緒に見つめる。
「だからお願い。今日だけで終わらせないでほしい。苦しい時は苦しいって、怖い時は怖いって。分からない時は分からないって。少しずつでいいから、私にも教えてほしい」
私はアヤメの手を握る。
「私は全部解決できるほど強くない。でも」
私はゆっくりと息を吸う。
「隣で一緒に悩むことならできる。一緒に迷うことならできる。一緒に背負うことならできる。だから」
私は彼女の方へ向き直る。
「一人で歩かないで」
夕陽を受けたアヤメの瞳が、大きく揺れた。
その瞳には、今まで何度も見てきた”委員長”はいなかった。
そこにいたのは誰よりも頑張って、誰よりも傷付いてそれでも誰かを守ろうと歩き続けてきた、一人の少女だった。
――ドォォォォンッ!!
轟音が百鬼夜行の静寂を引き裂いた。
窓ガラスが激しく震え、床の上に置かれていた湯呑みが音を立てて揺れる。棚の上の小物まで細かく跳ね、部屋の空気そのものが一瞬で張り詰めた。
私は反射的に窓の外へ視線を向けた。
黒煙。
復興途中の町並みの一角から、太い煙が空へと立ち昇っている。まだ新しい木材の匂いが残る通りに、焼け焦げた臭いが混じり始めていた。
続けざまに二発、三発。
耳をつんざくような爆発音が連続し、地面そのものが震える感覚が足裏へ伝わってきた。遠くで誰かが悲鳴を上げ、次の瞬間にはそれが別の叫び声にかき消される。
さっきまで瓦礫を運び、屋根を修理し、人々が笑いながら復興作業を続けていた場所が、一瞬にして悲鳴の渦へ飲み込まれていく。
積み上げてきたものが、音を立てて崩れていく。その現実が、あまりにも唐突で、あまりにも残酷だった。
「……テロ!」
私が叫ぶのとほぼ同時だった。
アヤメの表情から迷いが消える。
ほんの数秒前まで、一人の少女として涙を見せていた彼女は、瞬く間に百鬼夜行紛争調停委員長の顔へ戻っていた。
瞳の奥に宿る光が変わる。感情に流されるのではなく、状況を見極め、次に何をすべきかを即座に判断する者の目だ。
「行こう!」
そう言いかけた、その瞬間。
街中へ設置されていた防災用スピーカーから、不快なノイズが響く。
ザーッ、と耳障りな雑音。
そして。
『百鬼夜行の生徒諸君』
若い少女の声だった。
感情を剥き出しにした怒声。
まるで演説でもするかのように、街中へ響き渡る。怒りと憎悪を無理やり押し込めたような、鋭く張り詰めた声だった。
『我々はアリウス。偽りの秩序に抗う者』
私は窓から身を乗り出した。
煙の向こう側。
統率された隊列で進軍する武装集団が見える。
全員が小銃や爆薬を携え、無駄のない動きで建物へ爆薬を設置していく。誰一人として足を止めない。誰一人として周囲を見失わない。まるで何度も同じ訓練を繰り返してきたかのような、冷徹で整った動きだった。
その動きだけで理解できた。ただ暴れるだけの不良でも、偶発的なテロリストでもない。
軍隊だった。訓練を受けた兵士達。そして黒を基調とした制服の肩に刻まれた紋章を見た瞬間、私は息を呑む。
「……アリウス」
だが、その隊列の中には、もう一つ見覚えのある制服が混ざっていた。
白い制服。
胸元へ刺繍された百合の校章。
誰が見ても分かる。
トリニティの制服だった。
「そんな……!」
思わず声が漏れる。
アヤメも目を見開いていた。
信じられないものを見るような顔だった。百鬼夜行とトリニティの関係が協力へ向かい始めた、その矢先に起きた光景としては、あまりにも悪質すぎる。だが違和感があった。
制服こそトリニティだが、部隊運用は完全にアリウス式。
歩幅。索敵。援護。突撃。
全てが統一されている。誰かが命令を出せば、全員が一糸乱れずに動く。個々の判断ではなく、組織としての完成度がそこにあった。
最初から一つの部隊として育てられてきたかのようだった。
再び拡声器が叫ぶ。
『聞け、百鬼夜行! トリニティは平和を語りながら、裏では数え切れないほどの罪を重ねてきた! 弱者を踏みにじり! 異端を排除し! 己達だけが正義だと叫び続ける腐敗した存在だ!』
その言葉は、ただの罵倒ではない。聞く者の胸に疑念を植え付けるための、計算された言葉だった。
次の瞬間、爆薬が炸裂する。
轟音が弾けてて、瓦礫が降り注ぐ。
悲鳴。
復興途中だった家屋が崩れ落ち、人々が必死に逃げ惑う。木片が飛び、窓枠が吹き飛び、土煙が視界を覆う。さっきまで整えられていた道が、あっという間に戦場へ変わっていく。しかし武装集団は止まらない。
破壊しながら、叫びながら、その思想を街へ撒き散らしていく。
『そのトリニティへ味方する者もまた同罪! 百鬼夜行は腐敗した秩序を受け入れた! 偽りの平和に加担する裏切り者だ! 正義には制裁が必要だ! 罪には罰が必要だ! 我々はその執行者である!』
私は歯を食いしばる。
違う。これは復讐ではない。
思想戦だ。
百鬼夜行へ被害を与えることが目的ではない。目の前の破壊は、あくまで手段に過ぎない。狙いはもっと深いところにある。
アリウスという敵勢力の中に、トリニティの制服を着た武装勢力を混ぜることで、「トリニティが百鬼夜行を襲撃した」という印象を植え付ける。
百鬼夜行とトリニティの同盟。
復興支援。共同声明。築き始めたばかりの信頼。その全てを、一度のテロで崩壊させようとしている。
もしこのまま誤解が広がれば、両校の関係は一気に冷え込むだろう。互いに疑い、責め合い、やがては武力衝突にまで発展しかねない。
それが敵の狙いだ。
「……情報戦」
私は小さく呟く。
「私達を戦わせるための」
アヤメさんも静かに頷いた。
その瞳には、先程までの涙は残っていない。代わりにあるのは、調停者としての強い決意だった。怒りに飲まれるのではなく、怒りを力へ変える覚悟。彼女はもう、ただ守られるだけの存在ではない。
「カノ。この襲撃は百鬼夜行だけが標的じゃない。トリニティも同時に狙われてる」
「うん」
私は頷く。
敵は建物ではなく、人でもなく、信頼そのものを爆破しようとしていた。そしてその爆発は、今まさに始まっている。
交流がみたい元カノは?
-
桐藤ナギサ(孤立操作
-
白石ウタハ(献身依存
-
調月リオ(崇拝偏愛
-
鬼方カヨコ(他者排除
-
仲正イチカ(自傷憎悪