■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
ほんの数分前まで復興作業をしていた街は、再び戦場へ変わっていた。崩れた壁、ひび割れた道路、倒れた看板。さっきまで人の手で少しずつ戻りつつあった日常が、たった一度の襲撃で簡単に壊されていく。
「右から来る!」
アヤメの声と同時に、路地から数人の武装した女子生徒が姿を現す。
迷いのない銃口。
こちらを視認した瞬間、一斉に発砲してきた。
私は反射的に体を低く落としながら、近くの壊れた車の陰へ滑り込む。その勢いのままバーストアサルトライフルを構えた。呼吸を整える暇はない。それでも、指先だけは妙に冷静だった。
照準を合わせる。
引き金を引く。
乾いた三連射が街へ響いた。
ダダダッ!
三発ずつ区切られた弾丸は正確に相手の武器と足元を撃ち抜き、敵が体勢を崩した瞬間、私は左手のバーストサブマシンガンへ持ち替える。
間髪入れずに引き金を絞る。連続した短い射撃が敵を圧倒し、武装勢力は次々と倒れていく。
銃を落とす者、瓦礫の陰へ転がり込む者、仲間を庇おうとして逆に隙を晒す者。戦場の動きは一瞬ごとに変わるが、こちらの足は止めない。
その横では、アヤメさんが静かに百蓮を構えていた。
百蓮の通常形態。
長大なスナイパーライフル。
彼女は無駄な動きを一切見せず、まるで最初からそこに立っていたかのように銃身を安定させる。風向きを読むようにわずかに目を細め、呼吸を整える姿は、戦場の喧騒の中でもひどく静かだった。
息を吸う。
吐く。
引き金を引く。
パンッ。
乾いた一発。
遠距離で味方へ狙いを定めていた狙撃手のライフルが弾き飛ばされる。銃口ごと腕を撃ち抜かれた相手は、驚愕の表情のまま後方へ倒れ込んだ。
続けてもう一発。爆薬を持った兵士の手元だけを正確に撃ち抜き、爆薬を地面へ落とさせる。爆発は起きない。起こさせない。その一瞬の判断が、周囲の被害を確実に減らしていた。
射撃に迷いがない。
正確。冷静。委員長として積み重ねてきた経験が、そのまま銃声になっていた。
私達は互いの死角を自然と補いながら、瓦礫の間を駆け抜けていく。言葉を交わさなくても、次にどこへ動くべきかが分かる。背中を預けるというのは、こういうことなのだろう。
その最中だった。
「カノ」
アヤメが前を向いたまま問い掛けてきた。銃声の合間を縫うような、落ち着いた声だった。
「本当のトリニティって、どんな学園なの?」
私は敵を制圧しながら答える。
「良いところも悪いところもあるよ」
ライフルを撃つ。
一人。
「規律は厳しい」
もう一人。
「伝統も誇りもある」
さらに射撃。
「でも」
私は苦く笑った。
「だからこそ派閥争いもあるし、理念同士で衝突することもある」
アヤメは静かに耳を傾けている。戦闘中だというのに、彼女の視線は少しも揺れない。私の言葉を急かすことも、否定することもなく、ただ受け止めていた。
私は続けた。
「皆が善人ってわけじゃない。権力を求める人もいる。自分達こそ正義だって思い込む人もいる。でも逆に、人を助けたいって本気で考えてる人もたくさんいる。ナギサも、その一人」
アヤメは敵を撃ち抜きながら、小さく頷いた。
「……そう」
少しだけ考え込むような間が生まれる。
銃声が遠くで鳴り、瓦礫の向こうで誰かが叫ぶ。けれど、彼女の声はその喧騒に埋もれなかった。そして彼女は率直に言った。
「辛口で言えば」
銃声。
一発。
敵が倒れる。
「トリニティは組織として完成され過ぎてる」
私は彼女を見る。
その横顔は、戦場の中でも驚くほど整っていた。感情を抑えているわけではない。ただ、感情に流されずに物事を見ているのだと分かる。
「完成されてるから、自分達の常識を疑わなくなる」
もう一発。
「正しいことをしているという自信が強い。だから外から見ると、正しさを押し付けているように見える時がある」
私は思わず苦笑した。
「……否定できない」
実際、その通りだと思う。トリニティは美しく、気高く、そして時に頑なだ。誇り高いという言葉は、裏を返せば融通が利かないということでもある。
「規律も秩序も大切」
アヤメは照準を変える。
「でも、それを守ることが目的になった瞬間、人は簡単に他人を裁ける」
彼女は静かに息を吐いた。
「百鬼夜行も同じ。私も同じ。正義は、放っておくと独り歩きする」
私はその言葉に頷く。だからこそ。アヤメは調停者なのだ。
どちらかの正義を押し付けるのではなく。
互いの正義を理解し、その間に立ち続けようとしてきた。
その優しさを。
今、この街を襲う者達は踏みにじろうとしていた。
遠くで再び爆発が起きる。地面が小さく揺れ、崩れかけた壁から砂埃がぱらぱらと落ちた。私は一瞬だけ視線を上げる。煙の向こうに、まだ敵の影が見える。数は多い。けれど、怯む理由にはならない。
「アヤメ」
「何?」
「今の話、あとでちゃんと続き聞かせて」
彼女は一瞬だけ目を細め、それからほんの少しだけ口元を緩めた。
「うん、生き残れたらね」
「もちろん」
私はそう返し、再び前へ踏み込む。
瓦礫を蹴り、遮蔽物を乗り越え、次の敵へ銃口を向ける。
戦場はまだ終わっていない。けれど、少なくとも今は一人じゃない。
その事実だけで、足はまだ前へ出せた。
アヤメは百蓮を構えたまま、静かに息を吐いた。
戦場の喧騒とは対照的に、その横顔は不思議なくらい穏やかだった。銃弾が飛び交い、爆発の熱が頬をかすめても、彼女だけはまるで別の時間を生きているみたいに落ち着いている。
そして次の瞬間。
彼女は、敵から奪った拡声器を握り締めた。
ザッ、と雑音が走る。耳障りなノイズの向こうから、アヤメの声が百鬼夜行中へと響き渡った。
「百鬼夜行の皆、落ち着いて聞いて」
銃声の中でも、その声はよく通った。強く、はっきりしていて、迷いがない。周囲で動揺していた百鬼夜行の生徒たちが、思わず足を止めるのが見えた。
「今、この場でトリニティの制服を着た者達が襲撃している」
一拍置く。
「だけど、彼女達はトリニティじゃない」
私は思わずアヤメを見る。
アヤメは迷わない。視線を前に向けたまま、まるで最初から結論だけを知っていたように続けた。
「彼女達はアリウスっていう武装勢力。制服は偽装。目的は百鬼夜行とトリニティを対立させること。」
その言葉に、周囲の空気がわずかに変わるのが分かった。疑念が、怒りが、混乱が、少しずつ別の形へと組み替えられていく。
「百鬼夜行紛争調停委員長、七稜アヤメの名において断言するよ。トリニティは今回の襲撃とは無関係です」
その宣言は、ただの説明ではなかった。委員長という立場そのものを担保にした、重い言葉だった。
彼女は証拠を示してはいない。調査も終わっていない。それでも断言した。
百鬼夜行で最も信用されている人間だからこそできる、極めて政治的で、そして危うい判断だった。
拡声器を下ろしたアヤメは、小さく私へ笑いかける。
「これで少しは混乱も収まるかな。」
私は頷きながらも、その横顔を見つめた。戦場の真ん中で、こんなにも大胆に、こんなにも真っ直ぐに動ける人間がいるのかと、改めて思う。
「……ありがとう、助かった。正直、あのままならトリニティへの疑いは一気に広がってた」
私がそう言うと、アヤメはどこか悪戯っぽく微笑んだ。
「そう? じゃあ」
彼女は百蓮を肩へ担ぎ直し、私の方へ身体を向けた。戦場の騒音の中でも、その動きだけは妙にゆっくり見えた。
「一つお願い」
「お願い?」
「うん」
その笑顔が、少しだけ変わる。
優しい。けれど、逃げ場を与えない笑みだった。まるで、こちらが断れないことを知っているみたいに。
「黙っていて欲しかったら」
彼女は私の手を取った。
戦場の真ん中だった。爆発が響き、銃声が鳴り止まない。誰かの叫び声が遠くで上がり、瓦礫の匂いが風に混じる。それなのに、その手だけが驚くほど温かかった。
「私と一緒にいて」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「私と一緒にあって」
彼女は私の手をぎゅっと握る。指先に力がこもる。ほんの少し、震えていた。
怖いのだ。
失うことが。
また独りになることが。
そのことを、私はようやく理解した。アヤメは強い。誰よりも強く見える。けれど、その強さは、何かを守るために無理やり積み上げたものなのだろう。だからこそ、崩れるのが怖いのだ。
「一生、一緒にいて」
私は黙った。
冗談ではない。
からかいでもない。
その瞳は真剣だった。真剣すぎて、こちらが軽く受け流すことすら許してくれない。だからこそ次の言葉は、私の予想を超えてきた。
「もし断るなら」
アヤメは静かに言う。
「百鬼夜行のみんなには、トリニティは私達を騙していたって言う。私が脅されていたって言う」
私は息を止めた。
それは、紛れもない脅迫だった。でも、その声には怒りも悪意もない。相手を傷つけるためのものではなく、ただ必死にこちらを繋ぎ止めようとする、切実な願いの形をしていた。
溺れる人が最後の一本の縄を掴もうとしているような。
そんな危うさと、痛々しさだけがあった。
私は長く息を吐いた。
「……参ったな」
空を見上げる。
煙が流れていく。焼けた匂いの向こうで、まだ戦いは続いている。今日だけで何度目か分からないため息だった。
「分かった」
私は小さく頷く。
「でも、一つだけ条件」
アヤメは素直に私を見る。
「何?」
「ナグサと話し合うこと。ちゃんと。逃げないで。これはお願い」
私は彼女の手を握り返した。
「今の仕組みを続けても、百鬼夜行紛争調停委員会に未来はない。アヤメが倒れる。ナグサも壊れる。組織も壊れる。私は、それを見たくない」
しばらく沈黙が流れた。
戦場の音だけが遠くから聞こえる。誰かが指示を飛ばし、誰かが応じる声が重なっていく。その中で、私たちの間だけが妙に静かだった。
やがて、アヤメは少し困ったように笑った。
頬を赤く染めながら、視線をわずかに逸らす。
「……恋人のためなら」
照れ隠しのように小さく続ける。
「頑張ってみる」
その返事に、私は苦笑した。
「まだ恋人じゃないよ。」
「……じゃあ」
アヤメは悪戯っぽく微笑む。
「予約」
その一言に、私はもう一度だけ、大きくため息をついた。
まったく、この人は。
どこまでも強引で、どこまでもずるい。けれど、そのずるさが嫌いになれない自分もいる。むしろ、そうやって私の反応を楽しんでいる顔を見ると、少しだけ悔しくなる。
だから私は、彼女が次の言葉を口にする前に、そっと顔を寄せた。
アヤメの目が、驚いたように見開かれる。
その隙を逃さず、私は彼女にキスをした。
短く、けれど確かに、逃げ道のない距離で。
唇を離したあと、呆然とするアヤメを見上げて、私は言う。
「私を飼い慣らせると思わないでね」
アヤメは一瞬だけ言葉を失い、それから、まるで心の底から満たされたみたいに目を細めた。
恍惚として笑った。
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