■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
少し離れた場所から、銃声とは違う破裂音が響いた。
乾いた音ではない。腹の底まで震わせるような重い爆発音。
地面が揺れ、黒い煙が空へと立ち昇る。
「っ!」
私は反射的に顔を上げた。
アヤメも同時に音のした方角を向く。
「本部じゃない……」
「西側」
短く呟いた彼女は、すぐに駆け出そうとする。
「待って」
私は腕を伸ばして制止した。
「私が先行する」
「でも──」
「今は状況確認が先」
そう言った瞬間、無線機から聞き慣れた低い声が飛び込んできた。
『……カノ。聞こえる?』
「カヨコ!」
思わず声が大きくなる。
『合流できる。座標を送る」
「無事なの?」
『私はね」
一拍。
その沈黙だけで嫌な予感が胸を締め付けた。
『……ナグサが連れていかれた」
「何……?」
『黒い影がナグサを連れて行った。怪異とか超常現象の類かな」
カヨコの声はいつも通り冷静だった。だからこそ、その報告の重さが際立つ。
『突然現れて、ナグサだけを狙って取り込んだ。追撃したけど間に合わない。今は現場を確保してる』
私は無意識に拳を握り締めていた。
アヤメも隣で息を呑んでいる。
「行こう」
私たちは同時に駆け出した。
◇
数分後。
爆発現場へ到着すると、そこには抉り取られた地面と、瓦礫、そして黒い泥のようなものが辺り一面に散らばっていた。
その中央で、カヨコがしゃがみ込んでいる。
「カヨコ!」
「遅かったね」
いつもの落ち着いた口調だったが、その足元には薬莢や破片だけではなく、黒い結晶のような欠片まで転がっていた。
「状況は?」
私は呼吸を整えながら問いかける。
カヨコは小さく頷き、地面を指差した。
「ここ」
私は膝をつく。
黒い泥。異様な臭気。そして、空気そのものが歪んでいるような違和感。
百鬼夜行のデータで見覚えがあった。
「……クロカゲ」
「そう」
カヨコが静かに答える。
「だけど、それだけじゃない」
彼女は黒い泥の中から、金属片を拾い上げた。
赤黒い光が微かに脈動している。
「この装備。普通じゃない」
私は携帯端末を取り出した。ミレニアムから提供された解析装置を起動する。淡い光が金属片を包み込み、情報が高速で表示されていく。
数秒後。
画面の文字を見た私は、思わず息を止めた。
「……嘘」
解析結果:デカグラマトン反応。
しかも極めて高濃度。私はもう一度測定する。結果は変わらない。
クロカゲ由来と思われる怪異反応。その内部に重なるように存在するデカグラマトン特有の超常演算反応。
あり得ない。
怪異と超科学。
本来交わらないはずの二つが、同じ場所に存在している。
私はすぐに通信回線を開いた。
「ナギサ」
数秒後、落ち着いた声が返ってくる。
『聞こえています』
「緊急報告。現場からデカグラマトン反応を確認した」
『……確定ですか?』
「二重確認済みです。さらに」
私は黒い泥へ視線を落とした。
「超常怪異現象の反応も同時に検出」
通信の向こうが静まり返る。
『……融合していますか」
「はい」
私の声も自然と低くなる。
「そして」
画面の最後の項目を見て、背筋に冷たいものが走った。
個体識別。
生体残留反応。
そこに表示されていた名前は、一つだけだった。
「ナグサさんの反応があります」
今度はナギサも言葉を失った様子だった。
数秒の沈黙。
その静けさが、事態の異常さを物語っていた。
『ナグサさんが媒介になっている可能性がありますね』
「はい」
私は静かに頷く。
「クロカゲとデカグラマトン。二つを繋ぐキーパーツとして、ナグサが利用されています」
その言葉を口にした瞬間、胸の奥が重く沈んだ。
これは偶然なんかじゃない。
ナさんを狙って攫った理由がある。
彼女の精神。
彼女の神秘。
彼女の絶望。
そのすべてが、誰かの計画に組み込まれている。
私は黒い泥を見つめながら、小さく呟いた。
「最初から……これが目的だったのか」
私は瓦礫の上で立ち止まり、大きく息を吐いた。
視界の端では、鎮火作業が続いている。
百鬼夜行の生徒たちが負傷者を運び、応急処置を施し、崩れた建物の中を必死に捜索していた。
その光景を見つめながら、私は静かに目を閉じる。
――やられた。
胸の奥から、苦い感情が込み上げてくる。
「……そういうことだったんだ」
誰に聞かせるでもない独り言だった。
私たちは、ずっとアヤメばかりを見ていた。
限界だった彼女を。
崩れそうだった彼女を。
百鬼夜行という組織を支えていた、唯一無二の柱を。だから私は、アヤメを助けることに全力を注いだ。
それ自体は間違っていない。
アヤメが倒れれば、紛争調停委員会は瓦解する。
百鬼夜行は混乱し、復興も止まる。
その先にはデカグラマトンやアリウス、そして黒幕との戦いで致命的な遅れが生まれる。だから私は、アヤメを支えた。
間違ってはいない。だけど黒幕は、そのさらに一歩先を読んでいた。
私はゆっくりと拳を握る。
「私がアヤメを助けることも……そのために、他へ割く余裕がなくなることも。全部、分かっていたんだね」
背筋が冷たくなる。
これは偶然じゃない。
計画だ。
私たちがアヤメを救うために動く。すると自然と警戒の中心はアヤメになる。ならば狙うべきなのは、その隣にいる人間だ。
ナグサ。
自己肯定感が低く、アヤメへ強く依存し、アヤメを失うことを誰より恐れていた少女。
あまりにも脆く、あまりにも壊れやすく、だからこそ、黒幕はそこへ手を伸ばした。
「……攫われたんじゃない」
私は小さく首を振る。
「選ばれたんだ」
コアとして。
媒体として。
デカグラマトンの『理』と、クロカゲの『怨』。
本来なら決して交わらないはずの二つを結び付けるための、最も都合の良い器として。
ナグサの心には、大きな空洞があった。
『私はアヤメじゃない』
『私は本物じゃない』
『私には価値がない』
その傷は、誰にも見えないほど深く刻まれていた。そしてアヤメが私へ心を開き始めた瞬間。
その空洞は、絶望へ変わった。
黒幕は、その一瞬を待っていたのだ。
人間の心が最も壊れやすい、その瞬間を。
希望が絶望へ反転する、その刹那を。
「……はぁ、辛いね」
私は思わず呟く。
「随分と視野が広い」
ナグサは兵器じゃない。
実験材料でもない。
一人の少女だ。
誰よりもアヤメを想い。
誰よりもアヤメを失うことを恐れていた。
その純粋さを利用し、怪異と超常技術を接続する鍵に変える。
そんなものは作戦でも戦略でもない。ただの冒涜だ。
私は空を見上げる。
黒煙の向こうには、曇った空しか見えなかった。けれど、その曇り空のさらに向こう側で、誰かがこちらを見下ろして笑っているような気がした。
まるで盤上の駒を動かすように。
私たちの選択も。
感情も。
出会いも。
別れも。
全部、計算の中だったとでも言うように。
「ふぅ、落ち着け」
私はゆっくりと息を吸う。
認めよう。
この一手は、私たちの負けだ。アヤメを救うことに成功した、その裏でナグサは奪われた。黒幕は一番弱い場所を、正確に撃ち抜いてきた。でも、だからこそ、次は違う。
私は静かに銃を握り直した。
「待ってて、ナグサ。今度はアヤメだけじゃない。あなたも助ける」
黒幕が人の心を材料にするというなら、その理屈ごと壊してみせる。
その誓いだけは、瓦礫の街に吹く風にも消えることはなかった。
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