元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
静かな機械音が、部屋の隅々まで低く響いていた。
壁一面のモニターが青白い光を放ち、データが絶え間なく流れ続ける。床には太いケーブルが蛇のように絡まり、ところどころで小さなスパークが瞬く。
天井から細い光の粒子が降るように漂い、空中に浮かぶホログラムが淡く揺れている。ここはリオの拠点だ。
近未来の技術が無秩序に、でも確固たる目的をもって並べられた、終わらない博覧会のような空間。
金属製の重い扉が、ほとんど音を立てずに横に滑った。私はするりと中に入り、柔らかく声をかけた。
「やぁ、リオ。元気かい?」
リオは背もたれの深い椅子から、ほとんど跳ねるように立ち上がった。長い黒髪が肩を滑り、瞳に明らかな動揺が走る。
「……カノ?」
声がわずかに震えていた。
「どうやってここへ」
警戒と驚きが混じった短い問い。私はコートの裾を軽く払い、いつもの気楽な笑みを浮かべた。両手を軽く広げて、まるで
「大したことじゃないよ」と言いたげに。
「この程度、造作もないのさ」
片方の眉を少し上げて、昔と同じように彼女の緊張を解す仕草をした。
リオは唇を軽く噛み、視線を一瞬逸らしてから、ゆっくり息を吐いた。指先が無意識にデスクの端を叩いている。
「……世界を滅ぼすものへの対策はどう?」
私は静かに、でも真剣に聞いた。リオは椅子の背に手を置き、視線を中央の大きなモニターに移した。そこには複雑な数式と、赤と青の警告ラインが交錯している。
「貴方が手伝ってくれたおかげで……かなりの完成度よ」
一呼吸置いて、言葉を続けた。
「シミュレーションの収束率は99.7%。実機テストもあと二回で終わる予定。……礼を言うわ、カノ」
短く、抑揚もほとんどない。でもその一言の裏に、どれだけの重みと感謝が詰まっているか、私には分かった。
私は小さく首を振って、柔らかく笑った。
「いいよいいよ。友達だからね」
軽い調子で言ったけど、目尻にはかすかな温かさが浮かんでいた。かつて私たちは恋人だった。
リオの極端な合理主義は、時に冷たく、無慈悲に見えた。彼女の頭の中では常に最適解だけが優先され、人の感情や曖昧さは「非効率なノイズ」に分類されていた。
そのノイズが周囲との軋轢を生むたび、私はそっと間に入った。リオの言葉足らずな発言を拾い上げ、意図を正確に読み取り、角を丸くして、相手が傷つかずに受け取れる形に翻訳した。
頭の回転の速さも、人の心の機微を捉える繊細さも、そして何より「誰かを傷つけたくない」という静かな願いを、私は黙って管理し続けた。
それはリオにとって、初めて「必要」と感じた緩衝材だった。
今はもう恋人じゃない。それでも私はここにいる。リオはモニターからゆっくり目を離し、私をまっすぐ見た。長い睫毛が一度だけ揺れる。
「……ありがとう」
一言。短い。でもその声は、ほんの少しだけ——ほんの少しだけ、温かみを帯びていた。私は小さく頷き、いつもの笑みを戻した。
「どういたしまして」
部屋の中では、機械の低い唸りが途切れることなく続いている。かつての親密さと、今の静かな距離が、同時に存在していた。
ホログラムの光が私たちを淡く照らす。リオは再び椅子に腰を下ろし、指をキーボードに置いた。
私は少し離れた場所に立ち、壁に寄りかかるようにして彼女の背中を見ていた。部屋の中央で、ゆっくりと浮上した円形プラットフォームが、低い振動音を立てて静止した。
青白い光の粒子が渦を巻き、五体の黒銀の人型兵器が、眠りから覚めた巨人のように姿を現す。
単眼の赤いセンサーが一斉に点灯し、冷たい輝きを放った。リオはプラットフォームの縁に立ち、腕を組んでいたけど、指先がわずかに震えているのが分かった。
冷静を装う仮面の下で、心臓が速く、痛いほどに鳴っているのを、彼女自身が一番よく知っているはずだ。
「これが……現時点での主力兵器群よ」
声は抑揚を欠いていたけど、言葉の端に微かな誇りと、それ以上に隠しきれない不安が滲んでいた。
「アバンギャルド・シリーズ。一号機から五号機まで、それぞれの役割を最適化してある」
淡々と説明を続けたけど、視線は私の顔から離れなかった。かつての恋人が、今ここに立っている。それだけで胸の奥が熱くなり、息が浅くなるのを、私は感じ取っていた。
私はプラットフォームの前に立ち、五体を静かに見上げた。ポケットから薄い端末を取り出し、指を滑らせ始める。
データが次々と展開される。スペック、数値、シミュレーションの曲線、損傷耐性のグラフ……。
瞳が細くなり、眉間に小さな皺が寄る。瞬きを忘れたように画面を見つめ、指先だけが素早く動く。
リオはその横顔を、息を殺して見つめていた。集中しているときの私の表情。昔から大好きだったと言っていた。
真剣に何かを解きほぐそうとするときの、わずかに開いた唇。時折、息を止めてしまうような静けさ。
そして、すべてを理解した瞬間に浮かぶ、かすかな満足の光。やがて私が端末から顔を上げ、ゆっくり息を吐いた。
「どう?」
リオの声は、思ったより小さかった。期待と不安が、喉の奥で絡み合っていた。私はプラットフォームをもう一度見回し、言葉を選ぶように間を置いた。
「良いと思う。攻撃性能は言うまでもなく、防御力も十分だ。耐熱、耐衝撃、自己修復……どれも現行の最高水準を上回ってる」
軽く笑って続けた。
「雑魚散らしとしては、申し分ないね」
その一言に、リオの心がずしりと沈んだのが分かった。「雑魚散らし」——つまり、それだけ。本当の脅威、世界を滅ぼす者に対しては、決定打にはならない。
私の言葉は優しかったけど、言外に突き刺さる真実を、彼女は痛いほど理解していた。私は端末をポケットに戻し、両手を軽く広げた。
「本命は?」
ストレートな問いが、リオの心を抉った。彼女は唇を強く噛み、視線を逸らした。喉が詰まる。
「……それは貴方だとしても、見せるわけにはいかないわ。最重要機密だもの」
声は震えを抑えきれず、かすかに上擦っていた。私は小さく笑った。相変わらずだ、とでも言うような、柔らかく優しい苦笑。
その笑みに、リオの頬が一気に熱くなった。耳まで火照り、視線を床に落とす。指先で袖をぎゅっと握り、モジモジと体を揺らす。
「どうしたの?」
リオは答えられない。顔を背け、唇を震わせる。私は一歩近づき、穏やかに、けれどしっかりと繰り返した。
「リオ。どうしたの?」
長い沈黙。リオの胸の中で、何かが決壊した。
「……貴方は、手伝ってくれる?」
声は小さく、掠れていた。恥ずかしさと、怖さと、すがるような願いが、全部混じり合って溢れ出していた。私は一瞬、目を丸くした。それから深いため息をつく。
「リオ……はぁ」
呆れたような、でもどこか愛おしげな溜息。私はリオの肩にそっと手を置き、彼女の顔を覗き込むようにして言った。
「手伝ってほしい、とちゃんと言って。そうすれば全力で味方になってあげるから」
その言葉が、リオの心の最後の壁を崩した。顔が真っ赤になり、耳まで熱くなる。視線を完全に逸らし、唇を震わせながら、ほとんど聞き取れない声で呟いた。
「……ありがとう」
一言。けれどその声には、震えが、熱が、恥ずかしさが、頼りなさが、深い感謝が、すべて詰まっていた。
涙がこぼれそうになるのを、必死で堪えているのが、私には痛いほど伝わってきた。
私はふっと息を吐き、優しく笑った。
「どういたしまして」
リオの頭を軽く撫で、すぐに手を離した。けれどその一瞬の温もりが、彼女の胸に深く染み込んだはずだ。リオはまだ顔を背けたままだったけど、肩の力がゆっくりと抜けていく。
胸の奥で、何かが静かに解けていくのを感じているようだった。プラットフォームの上では、五体の兵器が冷たく光を放ち続けている。
機械の低い唸りが部屋を満たす。私たちの間に、言葉にならない信頼と、かつての愛情の残り香が、静かに漂っていた。
私はもう一度端末を取り出し、データを眺め始めた。リオはゆっくり息を整え、再びプラットフォームの方を向いた。頬はまだ赤いままで、けれど瞳にはわずかな決意の光が宿っていた。
「次は……実機の最終調整を見ていてくれる?」
声はまだ少し震えていたけど、そこには確かな願いが込められていた。私は笑って頷いた。
「もちろん。全力で付き合うよ」リオの口元に、ほんのわずか——けれど確かに、柔らかな笑みが浮かんだ。
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