■元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
崩れた街の中心部。
黒煙が空を覆い、燃え残った木材がぱちぱちと音を立てる。
風が吹くたび、黒い灰が雪のように舞い上がった。その静寂を切り裂くように、地面へ黒い泥が滴り落ちる。
ぴちゃり。
ぴちゃり。
不快な音と共に、瓦礫の隙間から影が這い出してくる。
私は銃を構えた。隣ではアヤメも百蓮を静かに構え、その表情を強張らせている。
「……来る」
空気が重くなる。
肌を刺すような悪寒。
デカグラマトン反応。
クロカゲ反応。
二つの異質な気配が、一つへと溶け合っていく。
黒い泥が人の形を取り始めた。
長い銀髪。
夜桜の刺繍が施された羽織。けれど、その羽織は泥と返り血に染まり、もはや本来の美しさを失っている。
頭上には歪んだ光輪。
赤黒い演算式が絶え間なく明滅し、耳障りな電子音を響かせていた。
顔を覆う鏡面の鉄仮面。
そこへ映る私の姿は、ぐにゃりと歪み、人ではない何かへ変わって見える。
右腕は巨大な長銃と完全に融合していた。まるで骨と鉄が区別なく癒着した、生きた兵器。
その銃口が、ゆっくりと私へ向く。
「……ナグサ」
私が名を呼ぶ。
返事はなかった。代わりに仮面の奥から、小さな笑い声が漏れた。
「……ふふ。」
獣が喉を鳴らすような笑い。
壊れた機械のノイズが混ざった、不気味な声だった。
彼女は銃口を微かに震わせながら、一歩踏み出す。
「見つけた」
その声に、私は息を呑む。
ナグサの声だ。
間違いない。だけど、その響きは、あまりにも空虚だった。
「元鞘カノ」
私の名前を呼ぶ。
その瞬間、仮面へ映る私の姿が赤黒く滲んだ。
「貴方が全部、全部、奪った」
私は黙って彼女を見つめる。
否定はできない。
少なくともナグサには、そう見えてしまったのだから。
彼女はゆっくりと首を傾げる。
「アヤメは、本当は分かってた。分かってたはずなの。私達が、一緒にいる場所が。私達の帰る場所が」
その声は震えていた。
怒りではない。悲しみだった。
「なのに。偽物」
銃口が私を捉える。
「偽物の可能性が、私達から、アヤメを連れて行った」
電子音が激しく鳴る。光輪が赤く点滅する。泥が彼女の足元から噴き上がり、獣の四肢のように蠢き始めた。
彼女は一歩。
また一歩。
私へ近付いてくる。
「私は何でもできなかった。アヤメみたいじゃなかった。でも」
仮面越しでも分かるほど、その身体が震える。
「アヤメの隣だけは私の場所だった」
一瞬、泣きそうな声になった。
「そこまで、奪わないで」
その言葉に、胸が締め付けられる。
これは憎悪じゃない。
喪失だ。
自分の居場所を失った少女の、最後の悲鳴だった。けれど、もう、その悲鳴は彼女自身のものだけではない。
デカグラマトンの演算が混ざる。
クロカゲの怨念が囁く。
二つの異物が、その悲しみを際限なく増幅していく。
「今は、違う。これは間違っている」
ナグサは首を横へ振る。
「これは全部、貴方が悪い」
銃身が唸る。
赤い照準線が私の胸へ重なった。
「元鞘カノ。貴方さえ消えればアヤメはきっと私のところへ帰ってくる」
彼女はゆっくりと引き金へ指を添える。
その指は震えていた。
恐怖で。悲しみで。
それでもなお、止まれない狂気によって。
「だから消えて」
銃声が轟いた。
それは開戦の合図だった。
轟音。
大気を裂くような銃声と共に、神鉄長銃から放たれた一撃が一直線に私の胸を貫こうと迫る。
私は咄嗟に地面を蹴った。
頬を掠める熱風。
直後、背後の蔵が轟音と共に爆散し、太い柱が紙細工のように吹き飛んだ。
「威力が違う……!」
以前のナグサなら、こんな火力は出せない。
クロカゲ。
デカグラマトン。
その二つが融合した結果なのだろう。
着地と同時に私はバーストアサルトライフルを構え、三点射を繰り返した。
ダダダッ!
ダダダッ!
正確に胸部と肩を狙う。しかし。ナグサの姿が消えた。
「速い!」
四足獣のような低い姿勢。
瓦礫を蹴り、地面を滑り、常識ではあり得ない軌道で私の視界から消えていく。
次の瞬間、背後に気配。
私は振り返ることなく前方へ飛び込んだ。
ゴォン!!
巨大な銃床が地面を叩き潰す。石畳がめくれ上がり、破片が雨のように降り注ぐ。
その衝撃波だけで身体が吹き飛ばされた。
「カノ!」
アヤメの声。
同時に乾いた狙撃音が響いた。
百蓮、スナイパーライフルモード。
超高速弾がナグサの肩を正確に撃ち抜く。しかし黒い泥が蠢き、傷口を覆う。
まるで生き物のように弾丸を飲み込み、数秒で傷が消えていく。
アヤメの表情が曇った。
「再生……!」
ナグサさんは撃たれたことなど意にも介さず、仮面越しにこちらを見る。
「アヤメ」
その声だけは少し柔らかかった。
「どうして? どうしてその人を守るの?」
返事を待たず、長銃が縦に裂ける。
ギギギギ……。
金属が悲鳴を上げる。内部から溢れ出した黒い泥が巨大な刃を形成し、長銃は異形の大剣へと姿を変えた。
私は息を呑む。
「変形……!」
直後、視界から消えた。
速すぎる。
反応が一瞬遅れる。
横薙ぎ。
私はバーストサブマシンガンを交差させて受け止めた。
ガァァン!!
凄まじい衝撃。
腕が痺れる。
そのまま十メートル近く吹き飛ばされ、瓦礫へ叩き付けられた。
「くっ……!」
肺から空気が抜ける。
立ち上がるより早く、黒い泥が足元へ広がってきた。
靴裏へまとわりつく。
重い。
足が動かない。
嫌な感覚が頭の奥へ染み込んでくる。
不安。焦燥。恐怖。誰かの負の感情が、自分のもののように流れ込んでくる。
「これが……クロカゲの泥!」
私は泥を避けるように跳び退きながら、サブマシンガンを乱射した。
弾丸が泥を弾き飛ばす。しかし、その奥からナグサさんが飛び出してくる。
「元鞘カノ!」
大剣が振り下ろされる。
私は横へ転がる。
轟音。
地面が真っ二つに割れ、黒い泥が噴水のように噴き出した。
「邪魔、邪魔、邪魔!」
振るう。
振るう。
振るう。
その剣筋は獣のように荒々しい。けれど、その一撃一撃は恐ろしいほど正確で、私の回避先を読んで置かれている。
「演算してる……!」
デカグラマトンの計算能力。
クロカゲの怪異。
二つが完全に噛み合っている。
「カノ!」
アヤメが叫ぶ。
「三秒!」
私は意味を理解した。
時間を稼げということだ。
「了解!」
私はナグサへ真正面から駆け出した。
恐怖を押し殺す。この距離なら考えるより反射だ。
大剣が振り下ろされる。
一歩、二歩、三歩。
私は紙一重で懐へ潜り込み、ライフルをゼロ距離で撃ち込む。
連続する銃声。泥が弾ける。
ナグサさんの身体がわずかによろめいた。
その瞬間だった。
遠方。
アヤメが静かに息を整え、百蓮を構える。
引き金が引かれる。
一発。
世界が静止したかのような精密射撃。白い光が一直線に走り、ナグサさんの仮面へ命中した。
甲高い破砕音が戦場へ響く。
鏡面の鉄仮面に、一本の亀裂が走った。
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