元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
暗闇に沈んだ管制室の片隅で、赤い警報灯がゆっくりと点滅を繰り返していた。その光が、壁に刻まれた無数の傷跡を、血のように浮かび上がらせる。
空気は冷たく、重く、金属と焦げた油の匂いが混じり合っていた。リオは椅子に浅く腰掛け、膝の上で両手を強く握りしめていた。
指の関節が白くなるほど力を込めても、震えは止まらない様子だった。
しかし彼女の瞳は、いつものように冷たく澄んでいて、でもその奥に、燃えるような決意が宿っているのがわかった。
「……リオ」
私はようやく声を絞り出した。喉が乾いて、言葉が掠れる。
「世界を救うために、一人を殺す。それについて……迷ったりは、したの?」
リオは一瞬も視線を逸らさなかった。
「迷わない」
即答だった。迷いの欠片すら感じさせない、鋼のような声。
「ミレニアムの長になった時点で、優先事項は明確よ。みんなを守る。それだけ。
揺るがぬ決意と行動が、明日を作り出すの」
私は唇を噛んだ。胸の奥で、何かが軋む音がした。
「それは……逆説的に、一々迷っている者には資格がないってことだよね。相手にも事情がある? 理由がある? だから? それが? それが何だっていうのか。関係ない。勝てばいいってこと?」
リオの表情は変わらない。ただ、わずかに眉を寄せただけだった。
「相手のことなど、二の次よ」
彼女は静かに、しかし力強く言い切った。
「重要なのは覚悟。気合と根性、精神力。それらを滾らせて、合理的で効率的な行動をする。理屈を捏ねて後回しにするから、失うの」
その言葉が、私の胸に深く突き刺さった。私はゆっくりと息を吐き、視線を落とした。床に散らばったケーブルや工具の影が、ぼんやりと揺れている。
「……そうだね」
自嘲の笑みが、唇の端に浮かぶ。それに向けて私は更に自虐しながら言った。
「私みたいなゴミクズを信じて頼っても、何の糧にもならない。ちゃんと自分から行動して、世界の破滅を防ぐ兵器を作り上げていた。だから……手を貸したい、と思えた」
私は無言で、リオの隣に腰を下ろした。椅子が小さく軋む。彼女はしばらく黙っていた。そして、静かに口を開いた。
「ありがとう」
リオのその声は、いつもよりずっと柔らかかった。
「でも、あなたはゴミクズなんかじゃない。少なくとも、私にとっては……違う」
私は顔を上げた。リオの横顔が、赤い警報灯に照らされて、血のように赤く染まっている。
私はリオの優しさに返礼する。
「ありがとう。そう言ってくれて。私も全力で、己の全てを賭けて、調月リオという光の英雄を支えるよ」
私は言葉を続ける。
「これから迫りくる過酷な運命を、自覚しているから……流れる罪業を、共に背負って受け持つ」
リオは小さく頷いた。
「全ては、より良い未来のために。勝つために。再び明日を照らすために。誰もが胸を張って、光の道を歩けるように……その足跡を、確かなものにしてみせる」
私は立ち上がり、ゆっくりとリオの方へ手を差し出した。
「自分には関係ないと、悲しい言葉を吐く必要は、この世のどこにもないのだから」
リオはその手を取った。冷たいはずの指先が、意外に温かかった。
「……行きましょう」
リオの声は、再び鋼のように硬くなった。
「アバンギャルド・シリーズは、もう灯を入れたわ。アリスを、殺すために」
私は立ち上がり、リオの隣に並んだ。管制室のモニターに映るのは、進軍する六つの巨体のシルエット。背部の法陣が、淡く青白く回転を続けている。
ガコン。遠くから、その音が響いてくる。私はリオの背中を見つめ、静かに呟いた。
「オールグリーン。問題はないよ」
「出撃フェーズへ移行」
次の瞬間、拠点全体が震え始めた。床が低く唸り、天井の照明が一瞬ちらつき、赤い警報ランプが点滅を始める。
遠くから、重低音のエンジン音が地響きのように迫ってくる。
ドン……ドン……格納庫の奥から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
アバンギャルド君・臨戦。全高三十メートルを超える鋼鉄の巨体。二本の脚が、コンクリートの床を砕きながら前進する。
右腕には要塞攻略用の大口径レールガン、左腕には六連ガトリング。肩には大型ミサイルコンテナがずらりと並び、背中には火炎放射器と液体窒素タンクが一体化している。そして何より——背部に刻まれた巨大な法陣が、淡く青白い光を放ちながら、静かに回転を始めた。
ガコン。
一回目のクリック音。
乾いた金属音が、私の心臓を強く打つ。まだ何も起きていないのに、すでに「適応」の準備が整っている。私はモニター越しにその姿を凝視した。
喉の奥が、熱く締め付けられる。
「……私が、作った最悪の怪物ね」
リオの口元を自嘲の笑みが、唇の端に浮かぶ。あの法陣は、私が何年も費やして設計した究極の循環機構。一度受けた攻撃に対して、完全な耐性と調和を獲得する。
肉体が損傷すれば、その損傷そのものに適応し、即座に全回復する。防御を破られれば、次の瞬間にはその防御を凌駕する攻撃手段を編み出す。
そして——最も恐ろしいのは、適応が「終わらない」ということ。戦いが長引けば長引くほど、相手のあらゆるパターンを学習し、予測し、完璧に上回っていく。
永遠に進化し続ける、終わりのない破壊装置。彼女が、静かに呟いた。
「面白いものを生み出してしまったね、リオ」
「……倒せるかしら、アリスを」
私は肩をすくめ、淡々と答えた。
「どうだろう。でも、倒せるかどうかより、その後が問題よね。君は人殺しになる。アリスはミレニアムの生徒として、みんなに受け入れられているんだから。それを殺せば——君は、キヴォトス中の憎悪を一身に背負うことになる」
リオは目を閉じ、深く息を吸った。肺の奥まで冷たい空気が流れ込み、わずかに震えが収まった様子だ。
「承知の上よ。世界が終わる前に、私がすべてを終わらせる。私が、すべての罪を背負うわ」
私は小さく笑って、リオの肩に手を置いた。その手は冷たい。
「なら私も一緒に、地獄の果てまでついていくかぁ」
「貴方はついてくる必要はないわ」
「私はもう追放者だもん。リオも、逃亡生活のノウハウがある私と一緒のほうが合理的でしょ?」
「……そうね」
リオは振り返らず、ただ小さく頷いた。
「……ええ。一緒に」
赤い警報灯が、私たちの影を長く伸ばす。これから始まるのは、終わりのための戦い。
一緒に、世界を救うために。
一緒に、罪を背負うために。
誰もが胸を張って、光の道を歩ける明日を、私たちは、血と覚悟と、静かな狂気で、切り開く。私はもう一度、深く息を吸った。
まだ、何も知らない無垢な少女。私は目を閉じ、ただ、静かに待った。
「これから始まるのは世界を救うための戦である」
リオのことは、考えれば考えるほど、まるで遠い星の光のように感じる。触れられない距離にありながら、確かにそこにあって、こちらの目を焼くような強さで輝いている。
彼女の精神は、純粋で、冷たく、まるで冬の朝に凍りついた湖の表面のようだ。そこに映るのは、ただ一つの目的——「世界を救う」という、揺るぎない一筋の線だけ。
他のすべては、その線から外れた曖昧な影に過ぎない。アリスの笑顔のことだって、彼女にとっては計算の数字の一つに過ぎないのだろう。
友人たちとの絆、毎日のささやかな喜び、未来に広がるはずだった無数の可能性。それらが永遠に失われることさえ、リオにとっては「必要経費」の欄に記されるべき項目でしかない。
迷うこと、葛藤すること、それ自体が彼女の目には「資格の欠如」として映る。理屈をこねくり回し、感情に足を取られ、立ち止まる人間を、彼女は静かに、しかしはっきりと軽蔑する。
その軽蔑は、決して声高に叫ばれるものではなく、ただ冷たい視線の中に、淡々と存在しているだけだ。
彼女は孤独を、まるで自分のコートのように羽織っている。他人からの理解を求めない。共感を期待しない。ただ目的に向かって歩き続ける。
感情を爆発させつつも内部に抑え込み、合理性と効率だけを頼りに、機械のように正確に、しかし人間らしく熱く、突き進む。
その姿は、宗教の信徒が神に身を捧げるように、目的と自己が完全に溶け合った状態だ。彼女にとって生きる意味とは、それ以外の何ものでもない。
そして私は——。私は、鏡の前に立って自分の顔を見るとき、いつも同じ言葉が浮かぶ。「ゴミクズ」。何の価値もない、誰の役にも立たない、ただそこに存在しているだけの、汚れた布切れのようなもの。自分をそう呼ぶことで、ようやく息ができる。
自分を徹底的に貶めることで、逆にリオという存在が、信じられないほど輝いて見えるようになる。
彼女の決断を、批判しようなどとは思わない。むしろその冷徹さ、その罪の深さこそが、眩しい光だと感じてしまう。彼女が背負う闇を、私も一緒に背負いたい。
彼女が血を流すなら、私も血を流したい。彼女が地獄に落ちるなら、私もその隣で落ちていたい。
そう思うことで、ようやく自分の無価値な人生に、わずかな意味が生まれる気がする。
多くの女が誰かに執着するように、私はリオに執着している。中毒のように、隷属のように、彼女なしでは息ができない。
自己を無価値化し続けることでしか、「彼女に仕える資格」を得られないと思っている。
脆い。あまりにも脆い。自分の存在を、他人の影に預けることでしか保てない、薄いガラスのような心。
それでも、私たちは互いに欠けた部分を埋め合っている。歪んだ形ではあるけれど、確かに補完し合っている。
リオは孤独な決断者として、光を追い続ける。私はその光の影となり、罪の重さを分け合うことで、自分の存在に唯一の正当性を与えようとしている。
彼女の冷たい覚悟と、私の熱くねじれた献身が、奇妙に絡み合い、普通の人間関係の枠組みからは大きく外れた、極端な共依存の形を作り出している。
それでもいい、と私は思う。結果として、私たちは「勝つため」「より良い未来のため」という、たった一つの大義のもとで、互いを必要不可欠な存在として結びついている。
リオが光を掴もうとするなら、私はその光に焼かれる影でいい。焼かれて灰になっても、灰になってなお、彼女の足元に残る影でいい。
私はゆっくりと立ち上がった。
膝が少し痛んだ。壁から離れると、背中に残った冷たさが、じんわりと体に染み込んでくる。モニターの光が、部屋の隅々まで青白く広がっている。
あなたは、光そのものだ。
私は、その光に焼かれることを望む影でいい。焼かれて、灰になって、風に飛ばされてもいい。それでも、最後の一粒の灰が、あなたの靴の先についているだけでいい。だから、行こう。
私は通信パネルに指を滑らせ、軽く微笑んだ。
「じゃあ、殺すか。アリスちゃんを」
リオは頷き、声を低くした。
「ええ。明確な殺意を持って、抹消する。でも、他の生徒には被害を出さないように」
「なら、一度だけ本気の退避勧告を。それでも逃げなかったら……攻撃を開始させる」
「それで、行きましょう」
リオは最後のスイッチを押した。
「アバンギャルド・シリーズ、全機、出撃」
「警告をするよ」
「了解」
私は小さく息を吐き、コンソールの端に置かれた赤いカバーをゆっくりとめくった。
その下に、単一のスイッチ。
世界の運命を分ける、最後の引き金。
「全生徒への緊急通達を開始します」
私の声が、管制室のスピーカーからキヴォトスの空へ響き渡るよう、システムに命じた。
「アバンギャルド・シリーズが起動しました。該当区域にいる全生徒は、直ちに退避してください。これは訓練ではありません。繰り返します——直ちに退避を。アバンギャルド・シリーズは、明確な殺意をもって行動を開始します。天童アリスを破壊します。天童アリスを破壊します」
言葉を言い終えた瞬間、彼女が小さく鼻で笑った。
「逃げる子なんて、ほとんどいないわよね。むしろ、見物しに来る子の方が多そう」
「……わかっている」
リオは唇を強く噛んでいた。歯が食い込む痛みが、わずかに現実感を呼び戻す。キヴォトスの生徒たちは、危険を前にしても好奇心と勇敢さで突っ込んでくる。だからこそ、私たちは「脅し」ではなく「殺意」を示さなければならない。指が、赤いスイッチに触れる。
金属の冷たさが、掌の中心に染み込む。
「……始めましょう」
カチリ。乾いた音が、管制室に響いた。
「……行きなさい、破壊の化身」
リオは静かに呟いた。
法陣が、神秘に適応する為に三度目の回転を始めた。ガコン。その音が、私の胸に深く刻まれる。もう、止まらない。
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