元カノに未練たらたらの女✕女の話見てぇ!! 作:あばなたらたやた
特殊拘束室は、ミレニアムサイエンススクールの最深部にあった。厚さ一メートルを超える強化ガラスが四方を囲み、内部の空気は無機質で冷たく、わずかな換気音だけが響いている。
照明は淡い青白く、床に横たわる影を長く引き伸ばす。壁に埋め込まれた監視カメラの赤いランプが、静かに点滅を繰り返していた。
私と調月リオは、部屋の中央に並んで座らされていた。手首と足首は磁力拘束具で固定され、動くことすらままならない。リオの横顔は、いつも通り無表情に近い。
瞳の奥に宿るのは、静かな炎だけだ。ガラスの外に、三つの人影が立っている。
車椅子の明星ヒマリが中央に陣取り、その両脇に生潮ノアと白石ウタハが控えていた。ヒマリは膝に薄いブランケットをかけ、指先で車椅子のアームレストを軽く叩きながら、ゆっくりと口を開いた。
その声は、甘く、しかし底に棘を隠している。
「二人とも、どんな気分ですか? この深窓の可憐なる珠のような病弱天才美少女の頭脳に敗北した気分は」
リオは視線を上げ、ヒマリをまっすぐに見据えた。表情は変わらない。声も、静かだ。
「貴方ではなく、Keyに敗北したと思うけれど」
ヒマリは小さく笑った。車椅子の背もたれに体を預け、首をわずかに傾げる。
「あら、現実を正しく理解できなんて落ちぶれましたね。貴方は私達全員の絆と愛に負けたのですよ。アリスへの、ね」
リオは一瞬、目を伏せた。しかしすぐに顔を上げ、淡々と答える。
「……少なくとも彼女の人徳が貴方達を動かしたのは確かね。それは認めるわ」
ヒマリが目を細める。意外そうに、しかしどこか楽しげに。
「認めるのですか。それは意外です」
リオは肩を小さくすくめた。
拘束具がカチリと小さく音を立てる。
「ええ、少なくとも私の考えは一般受けするものではないでしょう。危険な可能性があるから先に排除する。そういう先制防御は、被害がないから評価されない」
ヒマリは指を顎に当て、ゆっくりと頷いた。
「理解はされなくとも、貴方に正義はあると?」
リオの瞳が、わずかに鋭くなる。
「正義や悪とか、善悪で行動するのは組織のリーダーとして適切ではないわ。それを利用するならともかく。私は生徒を守る義務がある。だからリスクは排除する」
ヒマリは静かに息を吐き、視線をリオから私へと移した。
「……立場の違いを主張するわけですか。それを踏まえて、貴方がどう思われているかご存知ですか?」
リオは迷いなく答えた。
「ドブカス女、でしょう。でもそれで良いと思うのよ。私には理解者がいる。私の考えを理解して、私と共に頑張ってくれる人が、私と共に嫌われてくれる人がいるのだから。それで十分なのよ」
ヒマリの視線が、再び私に注がれる。ノアが小さく息を呑み、ウタハが無言で拳を握りしめる。
「……元鞘カノ、ですか」
リオは、初めてわずかに口元を緩めた。それは、笑みというより、静かな確信だった。
「ええ。彼女は私よりも素晴らしく、私よりも頭が回り、私よりも強い。そんな人が私と共に在ってくれる。これほど心強いことはない」
私は拘束されたまま、ただリオの横顔を見つめていた。胸の奥が、熱く疼く。彼女の言葉は、いつもこうだ。冷たく、合理的に、しかしその奥に、私だけが知っている温かさが隠れている。
私は、彼女の影としてここにいる。彼女の罪を分け合い、彼女の覚悟を支えるために。ヒマリはゆっくりと車椅子のハンドリムを回し、わずかに前傾した。
「ふふ……本当に、立派な関係ですね。でもですよ、リオ。あなたがどれだけ正論を振りかざしても、アリスはもうここにいる。私達は、彼女を守った。あなたは、彼女を殺そうとした。その差は、永遠に埋まらない」
リオは静かに目を閉じた。そして、ゆっくりと開く。
「それでも、私は間違っていないと思うわ。世界が終わる前に、終わらせるべきものを終わらせる。それが、私の義務だから」
ヒマリは小さく笑い、車椅子の背もたれに体を預けた。
「義務、ですか。なら、あなたはその義務を、これからどう果たすつもりですか? ここに閉じ込められたまま?」
リオは答えなかった。ただ、私の方をちらりと見た。その視線に、私は小さく頷いた。言葉はいらない。私たちは、もう言葉を超えたところで繋がっている。ガラスの外で、ノアが小さく呟く。
「……本当に、終わったのでしょうか?」
ウタハは無言で、ただ私を見つめていた。その瞳には、複雑な光が宿っている。愛と、憎しみと、諦めと、未練。ヒマリは静かに車椅子を回し、背を向けた。
「さあ、行きましょう。彼女たちには、まだ少し、考える時間が必要みたいですから」
三つの影が、ゆっくりと廊下の奥へ消えていく。足音が遠ざかり、扉が閉まる音が響く。部屋に、再び静寂が戻る。
私はリオに視線を移して声をかけた。
「……大丈夫?」
リオは小さく息を吐き、初めて、わずかに疲れたような笑みを浮かべた。
「ええ。あなたがいるから」
私は拘束された手で、なんとか彼女の指先に触れようとした。届かない。でも、彼女は私の指を、静かに見つめ返した。
「これからも、共に嫌われてくれる?」
私は頷いた。
「もちろん。地獄の果てまで」
リオの瞳が、静かに輝いた。特殊拘束室の青白い光の中で。
調月リオは、特殊拘束室の青白い光の中で、静かに目を閉じていた。手首と足首を固定する磁力拘束具が、わずかに体温を奪う冷たさを伝えてくる。
それでも彼女の胸の奥は、熱く、静かに脈打っていた。それは、決して言葉にしない感情だった。
だが、今この瞬間、彼女の内側でそれははっきりと形を成していた。
リオは言う。
「貴方は私より優れた存在よ」
どうやらリオはそう考えているようだ。頭の回転の速さ、戦場での判断力、身体能力、精神の耐久力——どれを取っても、私はリオを上回る事実はある。
リオが何年もかけて構築した理論や戦略を、私は一瞬で読み取り、時にはリオが思いつかなかった角度から改良する。
リオは言う。
「そんな人間が、なぜか私の傍にいる。学園中からドブカス女、冷血のリーダー、人殺し、と罵られ、孤立を深めていくリオの隣に、わざわざ立ってくれる。それが、どれほど異常なことか。私は知っているわ」
「そう」
「貴方には選択肢がいくらでもあった。もっと安全な道、評価される道、誰も傷つけない道が。なのに、貴方は選んだ。私と同じ道を」
世間体が悪く、誰も褒めず、誰も感謝せず、ただ非難と孤立が待っている道を。
それを選んでくれた。その事実に、リオの胸は震えているようだ。安心感、という言葉では足りない。それは、もっと深い、骨の髄まで染み渡る安堵だった。
「孤独を積極的に引き受け、他者からの理解を最初から期待しない。それが調月リオの生き方だったはずなのに、元鞘カノという存在が現れた瞬間から、その前提が少しずつ崩れ始めた」
私はリオの冷徹な決断を理解し、批判せず、むしろその闇を自ら背負おうとする。リオが世界の終わりを防ぐためにアリスを殺そうとしたとき、私は迷わず影となり、共に罪を背負うと言った。
リオが「人殺しになる」と告げたとき、私は「地獄の果てまで」と答えた。そんな人間が、この世にいること自体が奇跡に近い。
リオは言う。
「その奇跡が、今、隣にいる」
リオは、目を閉じたまま、ゆっくりと息を吐いた。心の奥で、感謝が静かに渦を巻く。
「貴方への感謝を、言葉にするのは難しい」
感謝を口にすれば、それは弱さの露呈になるかもしれないから。でも、胸の奥では、確かに燃えている。
尊敬も、同じだ。リオにとって元鞘カノの強さは、ただの力ではない。どんなに非難されても、どんなに孤立しても、約束を守り抜く強さ。
リオの覚悟を、ただ受け止めるのではなく、自ら進んで共有しようとする強さ。
そんな人間が、自分を選んでくれた。
リオの傍にいてくれる。
それが、どれほど貴重なことか。
リオは、誰よりもそれをわかっているようだった。
部屋に、再び静寂が戻る。リオは、ゆっくりと目を開けた。
視線を隣の私に移す。
拘束されたままの彼女の横顔を、静かに見つめる。その瞳の奥で、言葉にならない感情が、静かに、しかし確かに息づいていた。
リオは言う。
「あなたがいてくれるから、私はまだ、前に進める。あなたが、私の選択を理解して、共に歩いてくれるから、私はまだ、自分を信じていられる。あなたが、私よりも優れているのに、私を選んでくれたから、私は、初めて——孤独ではないと思える」
リオの唇が、わずかに動いた。それは、誰にも気づかれない、外の世界がどう思おうと、ここにいる二人は、互いを必要としている。
それだけで、十分だった。
リオにとって、それは、もはやかけがえのない事実のようだった。
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