割と挑戦的な内容かもしれないです。
キングは新しい目標を据えた。
『誰かの為では無い、自分の為の一流になる』。
誰もが認める、では無く、自分が認められる一流になる。
それは果ての無い道だ。彼女ほどの志を持っている人物ならきっと永遠に訪れる事は無い。
けれどそれはあくまでも終着点の話。
過程過程にある点……彼女の場合で言えば[レース]を、その時までに用意できる最高の少し上にまで至れれば、キングヘイローというウマ娘は自身を一流だと認められるはずだ。
難しいのは[勝つ]事がイコールでは無い事。勇敢と蛮勇が違うように、夢と現実、理想と事実を見定められる冷静さが必要だ。
例え最下位だったとしても、いつもの高笑いが出来れば。それはきっと自身で出来る最高の少し上に至れたという事なんだろう。
なら。自分が彼女にすべきはただ一つ。
キングヘイローの持つ能力の最大を常に更新し、最後の一押しの一つとして在り続ける事だ。
「有馬記念のグラスさん、凄かったわね」
「ああ。一番人気のセイウンスカイだけじゃない。エアグルーブ、メジロブライト、ステイゴールド…。その他の先輩ウマ娘達を差し切っての一着だ。春頃の骨折と、それが原因の骨膜炎を超えての勝利だから相当に凄い」
「えぇ。まるで不死鳥だったわ」
キングの予定には無かった有馬記念。しかし、人気投票での結果を鑑みての出走を終えた翌日に彼女とした会話の始まりはそれだった。
反省会と忘年会を兼ねた二人だけの食事会は騒がしいものじゃなかった。
ボブヘアの娘とネコ目の娘の二人も呼んだら?と言っても『ゆっくりと帰省できる数少ない時期よ?ご両親に恨まれちゃうわ』と笑って彼女は頷かなかった。
その為、少し寂しいかとも思ったこの会だけど、キングが居てそれは無かった。
楽しく、少しだけふざけられて、明るい。そんな、旧年を締めくくるのにふさわしい日だ。
「私達も負けていられないわ。来年からも気合いを入れるわよ」
「ああ!君の為に出来る事はなんだってするよ」
自分の作った鍋と、キングが作ってくれた卵焼きという少し変わった食卓での会話は殆どがレースの話だった。
それも反省会とは名ばかりの作戦会議で、忘年会の割には翌年のレースをどうするかの話の方が多かった。
「これじゃ鬼に笑われちゃうわね」
「その時は『キングはトークも一流なんだ』ってもう一笑い取っておくよ」
「おばか。相手にもしてもらえないわよ」
くすくすと笑うキングと、そう言われて笑う自分。
驚くほど穏やかな時間だった。
それもこれも、彼女の迷いを振り払ってくれたあの娘達のお陰だろう。
「次の有馬記念にも当然出るわよ、トレーナー」
「分かってる。またファンに選んでもらえるよう、全霊を捧げるよ」
微笑んでくれたキングに迷いや憂いは無い。
ファンに選ばれたレースで六着。菊花賞の日の覚悟が無いまま走っていれば間違いなく折れてしまっていただろう着順。
それでも彼女は自身の目指す一流に届く為に走り切り、そして届いた。そう言う事なんだろう。
自分自身、有馬での彼女の走りは今年の総決算に足るものだと思っている。
「…さて、もう遅いしそろそろ送るよ」
一通りの片付けを終えての時間は二十時少し過ぎ。
ウマ娘寮の門限には問題無く間に合う時間に送迎を提案すると、キングは少しだけ申し訳なさそうに笑った。
「…その、お鍋だけど。少し余ってるわよね」
「ん?ああ、確かにそうだね。けどまぁ、明日一日あれば食べきれるから気にしなくていいよ」
「えっ。……朝とかにじゃなくて、一日かけて…?まぁ、朝もどうかとは思うけど…」
「浪人生みたいな事してる時は一度に沢山作る事で節約してたからね。特に鍋は作れば温めるだけだし、冬なら痛むとかそんなに気にしなくていいしでお金が無い時の心強い味方だよ。……買った瞬間は目が飛び出るけど」
「そ、そうなの……。じゃなくて!」
自分の食事事情に若干驚いた…と言うか、引いていたっぽいキングは咳ばらいを一つしてからこっちを見る。
「…確か、年末年始はトレーナー業もおやすみで、実家に帰ったりするんでしょう?」
「そうだね。自分もそうしようかなって考えてるよ」
「…なら、暫くは電話でもしないとレースとかトレーニングの話もできないわけだし、今日は……その……」
そこまで言われてなんとなく察しが付く。
今のうちにある程度プランを固めて、休み明けに見直して良し悪しを見直せるようにしようって事なんだろう。
…なら、そのためにはキングが必要だ。
「分かった。今夜はとことん付き合うよ。今のうちにプランを固めて来年のレースに殴り込みだ!」
「…!え、えぇ!よく分かってるじゃない!」
「徹夜も覚悟してよ?」
「徹…!?ま、まぁ、ホドホドならね。一流は休息も怠らないんだから」
「…確かにそうだね。それに一度寝てからの方がよりブラッシュアップしやすい…。うん、キングの言う通りだ」
彼女の事だ。既に外泊許可を貰っているんだろうし、それなりに手荷物もあった。
キングヘイローの為に全霊を捧げると言ったばかりの自分が、彼女の申し出を断るなんてあり得ない。
「よし、そうと決めたらキング!まずはお風呂だ!さっぱりして目を覚まそう!」
「は、えぇ!?ちょ、いきなりそれは…」
「キングは先と後、どっちだったら不快にならない?必要ならお湯も張るよ」
「………後よ」
「分かった。なら、自分がシャワーを浴びてる間にお湯を溜めておくよ。そうすれば余計な心配もしなくて済むだろうしね」
「えぇ、そうね」
入る順番をキングの同意を得てから部屋を出て、優しく扉を閉める。
「…おばか。へっぽこ」
気を使ったにも拘らず少し嫌な音が鳴った蝶番。それが気になったのか、シャワーの後キングに『直しておきなさいよ』と、少し怒られ気味に言われてしまった。
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年は過ぎて一月四日。
キングと過ごした晩に創り上げたノートは一時封印し、今の自分がやるべき事をするためにここに来た。
とんでもない豪邸の前に。
ーー……都合は相手に任せたとは言え、よくアポ取れたなぁ。しかもこんな時期に。
我ながら中々にとち狂った行動だとは分かっている。
年明け三が日は避けているとは言え、忙しい事に変わりは無い時期に『会える』との連絡を貰えるとは思わなかった。
まさか、キングヘイローのお母さんと面会できるなんて。
「…ようこそ、トレーナー様」
シンプルながら品のある銀色の門扉の中央前で恭しくお辞儀をするのは御高齢のメイドさん。
こんな、新人もいいところなトレーナーに対してのこの待遇。
やはり、娘であるキングヘイローを担当している相手だから、という事なんだろう。
ーー間違っても失礼は出来ないな……。
立ち止まって軽い会釈をした後に歩み寄り、メイドさんの正面に立つ。
擦ろと彼女は面を上げて自己紹介をしてくれた。
「こちらでメイド長を務めている者です。途中までの案内を承っております」
「すみません、お待たせして。今日はよろしくお願いします」
「いえ、予定より五分ほどお早いご到着ですので、お気になさらず」
そう言ってメイド長さんが軽く振り向くと同時、門扉が両脇にスライドする。
からからから、と音がしながら全体の三分の一か少しくらい開くと止まる門扉。
その作られた道から吹き抜けた風に身震いが起きた。
「では、ご案内致します」
「お、お願いします……」
全く窮屈感無く門扉を抜け、先頭を歩いてくれるメイド長さんの後について行く。
ひたすらに広い庭、手入れされた芝生や生垣に噴水、端から端に行くまでに日が暮れてしまいそうな家……。
この様子だとどこかにトレーニングルームや、裏庭にはレース場もあるんじゃないだろうか。
「私は奥方様をお呼びして参ります。以降はこちらの者を付けますので、ご質問があればなんなりと」
眩暈がしそうなくらい豪華な玄関を通って直ぐ、メイド長さんは若いメイドさんを紹介してくれる。
その娘は二十五才くらいで、自分とそこまで変わらないように見えた。
「よろしくお願いいたします」
「見た目は若いですが七年は働いておりますので大抵の事には答えられるかと存じます」
「は、はは。なら社会人としての先輩ですね。頼もしいです」
失礼をしてはいけないと考えていたにも拘らず、反射のようにして出て来た軽口に一瞬で背筋が凍る。
失言一つで面会は中止になる事だって考えられるのに何をやっているんだ。
「……ありがとうございます」
「…ふふ、では案内を頼みましたよ」
「はい。畏まりました」
……と、思っていたのだけど、特に何も起きる事無く交代が行われた。
どころか、メイド長さんは笑ってくれていた?
軽口とか冗談とか結構大丈夫なんだろうか。
ーーいやいや、今回は偶々だ。それに元々そういう柄でもない。気を付けないと。
「……どうかされましたか?」
「あ、すみません。直ぐに行きます!」
先に進んでいたメイドさんに呼ばれて慌てて向かう。
……以降の道中、そのメイドさんとは少しだけ言葉を交わせた。
彼女はどうやらキングヘイローと何度もレースの映像を見た事があるらしい。
幼少期からトレセン学園への入学が決まる直前までというかなりの期間だ。
「正直に申し上げれば、私のここでの生活はキングヘイローお嬢様と過ごさせていただいた時間でございます。そのため、今のお嬢様の活躍は自分の事のように嬉しく、お嬢様の敗北は自分の事のように悔しい」
すたりと、メイドさんの歩みが止まる。
彼女の奥には誰かを部屋の中に入れるメイド長さんが見えた。
「…トレーナー業というモノがどれほど過酷で、どれほどままならないものかというのは十二分に理解しているつもりです。ですが」
「言い訳はしませんよ」
「…はい?」
少しだけ怖い顔をしたメイドさんの言葉を遮る。
当然彼女は不可解な顔でこちらを見てきた。ちょっと嫌われたかもしれない。
けど、彼女が聞きたいのはきっとキングのお母さんとどんな話をするのかって事だ。
「キングは…キングヘイローは自分のトレーニングに充分以上に応えてくれます。それで何故勝てないのかと、その理由を問われた時、自分は嘘偽りなく答えるつもりです」
「…これから勝たせる事は出来るのか?と問われたらどうされますか」
「共に勝利を掴む為努力を重ねる、とだけ。レースに絶対を示した皇帝ですら負けがあったんですから、大仰な事は言えません。失礼に当たりますからね。お母さんにも、キングにも」
「……そうですか」
九十度きっかり、メイドさんは頭を下げると振り向いて歩き始める。
どうやら最初の試練は突破できたみたいだ。
「…中で奥様とメイド長がお待ちです」
少し進んで、メイドさんに開かれた扉。
客間や応接間と、名称は色々あるだろう。
だが、中を見た自分が最初に感じたのは[断罪]という単語だ。
ーー……はは。今日はそういう目的で来たんじゃないんだけどな。
部屋の中には所狭しと置かれたトロフィーや表彰状。
それらが飾られている棚の下にはガラス張りでノートやレース名の掛かれたビデオテープなどなどが飾られているが、一つだけ妙なモノがあった。
ーー鯉の滝登りの絵…?それも色鉛筆とかだ。
絵の出来栄えや使われている道具から考えるに恐らく子供の絵。
考えられるのはキングのだ。
「ようこそ、おいで下さいました。キングヘイローのトレーナーさん」
向かい合った三人掛け程度のソファの間に大理石のテーブル。
その奥側中央に腰を下ろし、背後にメイド長さんを控えさせている方から声を掛けられる。
「本日の御用件を改めてお伺いさせてもらえますか?」
間違いない。彼女がキングヘイローのお母さんだ。
キングの大人になった姿を彷彿とさせる気品ある彼女の問いかけに呼吸が一瞬難しくなる。
それはきっと、お母さんが培ってきた経験の重み。
歩み抜いて来たこれまでの生涯がもたらす、触れ難い生命力だ。
「承知しました」
「そう緊張なさらず、楽にしてください」
辛うじて絞り出した言葉と、お辞儀。
この機会を逃してはならない。
ーーキングが勝つためならなんだってするって言ったんだろ。だったら、ここで気圧されるな。
そうとだけ言い聞かせ、お母さんの正面に位置するソファまで向かった。
to be next story.
名前は意図的に出してませんし、家がこんだけデカいのかも知らないです。
豪邸だとか使用人がいるとかってのは目にした記憶はあるんですけど、[母は家事が壊滅的にできず、使用人がいる]って言うのを見ると、規格外に家は大きく無いけど家事のために一人か二人をシフト制でお願いしてるとかって感じなのかなと思ってみたり。
でもまぁ、超良家のお嬢様って話なのでメジロほどでは無いけどやっぱヤベェって感じのイメージで家とか作りました。
使用人では無くメイドと書いたのはトレーナーがキングから家の話は特に聞いてないので直感的に思ったままとして書いてます。
キングから教えてもらったのはあくまで母親との関係のみ。なので他の事は特に知らず、家の場所もたづなさんを通して手に入れた感じです。
実際そんな個人情報教えてくれんのか?ってのはありますけど。
それ以外のメイドとキングの関係性は事実無根の妄想一気です。
無いもんは創るしかねぇんだ。