古戦場はクソ。はっきりわかんだね。
トレーナーの心は不動だった。
フェブラリーSの帰り。あの日に流した涙がトレーナーを強くした。
全ては、彼女の支えとなる為に。
「キング」
控え室。
十一度目の挑戦が間も無く始まる。
「ええ」
ただ一言だけ言葉を交わす。
交わった視線に迷いは無い。
交わった視線に怯えは無い。
彼女を示す。
その在り方に胸打たれたが故に。
成すべきを成す。
今成せる、悉くを注ぎ込んで。
「………」
「………」
両者の微笑みが互いの瞳に映る。
僅かな見つめ合いの後、緑の勝負服が翻る。
確かな歩みで進んだ彼女は淀み無く扉を開けると、振り返る事無く控え室を後にした。
【高松宮記念 芝1200m 曇 良】
かつてはGⅡ2000mレースであり、ハイセイコーやオグリキャップなどの名ウマ娘達も勝ち星を挙げたレース。
GⅠ昇格に伴い距離が改正された現在は[春の最強スプリンター]を決める一戦となっている。
そのターフにキングヘイローは立った。
ーー名前は……ま、呼ばれないわよね。
ファンファーレが奏でられ、ゲート入りが続く中で実況者からキングヘイローの名は挙がらない。
呼ばれるーー期待されるのは、ワールドワイド、キュートピュープル、クロノホークなど。
かつては黄金世代とまで呼ばれたはずの[キングヘイロー]の名は全てのゲート入りが完了しても呼ばれる事は無かった。
「…構わないわ」
それでも彼女の心は平静そのものだった。
[他者の為の]では無く、[己の為の]一流を志すキングヘイローにとって期待されているかどうかなどは最早些事でしか無い。
今望むは、ここで至れる一歩先に在る一流のみ。
自分で自分を認められるかどうかだけ。
そして、叶うのならば。
《さぁ、寒風を吹き飛ばせ。春一番、GⅠレースのスタートです!》
特徴的な音と共にゲートが開く。
一斉に飛び出すウマ娘達。
四種ある距離の中で最も短い短距離を象徴するが如く、皆飛ぶように駆け出した。
目まぐるしく行われる位置取り争いは瞬きも許されない。
ーーフランスGⅠの覇者にスプリンターズステークスの覇者。それにこのレースを既に経験している娘……。
後方より六番手、外目に着いたキングヘイロー。
彼女の前後左右の隣接位置には誰も居ない。
ーー全く、不足の無いレースね。このキングの名が呼ばれないのも納得よ。
六百メートル地点でそれぞれの位置がおおよそ確定する。
だが、そんなものは一時の安らぎにも満たない。
誰もが突風を全身に浴びている。
踏み砕いた芝が落ちるよりも速くそこを通過していく。
他の距離ではまず起こり得ない烈風のような速度の中で、ただただ蹄鉄の音だけが響く。
まるで[自分を示す全て]と言わんばかりに駆け抜けていく。
刹那の中に佇む刹那の為に。
《さぁ!三、四コーナーの中間です!!》
端をゆくはキュートピュープル。
背後より迫る十六の圧に肩を脚を掴まれながらもなお駆ける。
「纏わり付くんじゃねーんですの…!こいつぁ
「知らないですよそんなのは!いつまでもアタシの前を……!邪魔なんです!!」
最終コーナーを抜けて直線。
それまで先頭を護っていたキュートピュープルのすぐ横を二番手に甘んじていたワールドワイドが仕掛け、僅かに交わす。
「こぉんのぉ…!!」
「もぅ…。もっと周りを見ないとダメですよ?…ほぉら、この通り!!」
先頭が入れ替わり始めると同時、クロノホークが溜めた脚を爆発させ一気に蹴散らしていく。
位置がキュートピュープルと替わる。だが、先頭には躍り出れない。
何故なら。内より切り込んでくるウマ娘がいるからだ。
「ここだ、ここなんだ!!ボクが勝てるのは、きっと!!」
射殺す眼光で無垢なる風を浴びるのはジーオーディーシャイン。
交わし、交わされを演じた三者を彼女が一息に置き去っていく。
「くッ…!ああああ!!」
ゴールまで残り僅か。
身体一人分抜けた彼女はひたすらに全霊を振り絞る。
その姿は、観客達に勝利を思わせるに足る走りだ。
《先頭はジーオーディーシャイン!ジーオーディーシャイン!!》
ーーだが。
「……悪いわね」
「なん…!?」
後方より五番手大外。
最早気にもならないはずの遥かな深みにジーオーディーシャインは全身が軋むような怖れを覚える。
身構えなければならない相手がいる、と。
「
誰よりも強烈な踏み込みが響く。
抉れた芝が道を創っていく。
越えた敗北の、その価値が開いていく。
「誰にも譲らないわ!!!」
伸びる。
伸びる。
伸びる。
未だ伸びていく。
誰の目にも何が起きているか理解できない速度で伸びていく。
「退きなさい!!!!」
《さぁ大外から!大外からやはりキングヘイロー!キングヘイロー飛んで来たァッ!!》
「嫌だ、嫌だ嫌だ!!二度も見た背に、また…!」
「知っているわ!そんな事!!!」
「勝つのは!勝つのは……!!!」
眼前に迫るゴール板。
その僅か手前で両者はただ一瞬だけ競り合う。
「うっ…わああああ!!!!」
「はぁぁぁぁあああ!!!!」
そして、それは。
《キングヘイローか!?キングヘイローが撫で切ったァッ!!!》
後ほんの少し距離が短ければ答えの変わる刹那に決着が着いた。
「はっ、はっ、はっ……!」
「くっ……あぁ…あああ……!!」
ゴール板を過ぎ、誰よりも早く膝を付いたのはジーオーディーシャイン。
彼女は掲示板を見なかった。
否、見れなかった。
《キングヘイロー!》
「ああぁ…わぁぁぁ…ぅわああああ!!」
《キングヘイローがまとめて撫で切ったァ!!》
一気に溢れ出た涙が芝を濡らし、両腕で二度地面を叩くとそのまま突っ伏し、彼女は声の限り泣いた。
……対し。
「………………………」
キングヘイローは掲示板を見上げたまま。
荒ぶる呼吸を治める為の動きしか見せない。
《恐ろしい末脚!遂に、GⅠに手が届いたッ!》
実況者の声が高らかに、何より平等に降り注ぐ。
観客に、敗者に、そして勝者に。
「…キング……ヘイロー……?」
己の名を溢し、何に突き動かされるでも無くキングヘイローは観客席の方を向く。
その目が最初に捉えたのはトレーナーだ。
「………、…………!!」
初めはハンカチで、けれど気が付けばスーツの袖で、目元を何度と拭っている言葉を失ったトレーナーの姿だ。
「そう、そうなの。……やったのね」
勝利の実感よりも先に湧くのはトレーナーを喜ばせる事が出来たという幸福。
次いで。
小さな笑みだった。
「おばか。このキングの
未だ泣き続けるトレーナーにーー観客席に背を向け、キングヘイローはもう一人の涙している相手に近づく。
「来ないで、貰えますか……!」
「……嫌よ」
突っ伏したままの彼女の真正面に立つキングヘイロー。
涙声こそ治まったジーオーディーシャインは、しかし顔を上げはしない。
「……弥生賞と皐月賞、それにダービー」
「!!!!」
キングヘイローの言葉にジーオーディーシャインの身体が僅かに反応する。
「そのままじゃ、キングの勝ち越しね」
「貴女は…!」
弾かれたようにジーオーディーシャインの面が上がる。
恨みが込められた眼光。
それをキングヘイローは彼女を直視する瞳で受け止めた。
「そっちの方が似合っているわよ、ジーオーディーシャインさん?」
「貴女に言われるまでもありません!!!」
立ち上がり、恨みの籠った声と視線を浴びせてくるジーオーディーシャインにキングヘイローは、しかし、笑う。
「そ。やればできるじゃない」
「まっ…!」
呼びかけられようと止まらずに踵を返したキングヘイロー。
彼女は三着以降のウマ娘達全員の姿をーー中には共走った相手もーー目に焼き付けながら再び観客席へと身体を向けた。
「おーーーーっほっほっほっほ!勝ったのはこの、キングヘイローよっ!!!」
会場全体に響き渡っていてもおかしくの無い高笑いが上がる。
いつものように、右手を腰に左手を逆の頬に添えた高飛車な姿で、万感の想いを悟られないように。されど憚るモノは何も無いと。
……しかし。
キングヘイローの笑い声が聞こえていた観客達は、聞こえるはずの無い位置に居る彼女のファン達は、その声と姿に共感し、感化され、涙を流した。
或いは、喝采で応えた。
to be next story.
一人称とか口調とか全部勝手にやってます。
元の馬名と私の考えた作中名から連想するモノを使ってるんで勘弁してください。
その馬の気性とかそういうのも分かる範囲でなんとなく調べましたけど、よー分からんかったのでほぼ妄想で書きました。
てかあの実況さん、谷山紀章みたいな声じゃない?
あと多分、次か次で終わりです。