エッセル超越終わった。
自分達の掴め得なかった冠は大きかった。
『負けたわ。それも小細工無しに。…速かったわね、スカイさん』
ウィニングライブの後、学園へと向う自分の車の助手席に座ったキングは溢した。
顔は正面に。瞳は道の先を。
夜の灯火と帳で交互に映ろう彼女の心境を、自分は読み解く事が出来たんだろうか。
『速かった。そして強かった。あの瞬間の彼女は、確かに皐月の冠に相応しかった』
『…良かった。ここで下手に私を慰めていたら怒ってるところだったわ』
『認めるからこそ君は強い。知ってるよ』
『よろしい。次のメニュー、明日から考えましょ』
微笑んだ顔を見せてくれるキングに頷き、学園に到着するまでの間彼女は眠りにつく。
その道中で。灯火の照らした一筋の光はきっと見間違いではない。
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翌日、キングと共に立てたトレーニングメニューは、菊花賞も見据えたスタミナトレーニングと末脚の強化を軸にしたものだ。
次走の東京優駿ーー日本ダービーは皐月賞に比べて四百メートルも長く、キングの適性から見て少し不安が出る距離だ。
更にその後に控える菊花賞は三千メートルという長距離。トレーニングで見れば長距離を走れそうな様子はあるものの本来はマイル・短距離向けの彼女にはあまりに長い。
また、皐月賞の勝利に必要だったのは最後の末脚。
トレーニングを怠ったつもりは毛頭無いが、鉈のような切れ味の素養に甘えていたかと問われれば頷く他ない。
それらを加味してキングと決めた。
彼女の意見も十全に組み込み、完成したプランは抜けが無いと思えた。
実際、トレーニングを始めてからの彼女の伸び方は目を見張るものがあった。
自己分析を既に終えているキングヘイローの意見をしっかり取り入れれば成長も早いだろうと思ってはいたが、まさかこれほどとは思わなかった。
およそひと月半。たったそれだけの期間でキングは長距離にも適性を見せた。
これだけの地盤が出来れば東京優駿後から菊花賞までの体力作りは今回のを継続するだけでも問題ないんじゃないかと思えたほどだ。
対し、末脚はまだまだ上が見えると言う贅沢な悩みを抱えてしまった。
一流を知らしめるため、妥協は許さないキングはその贅沢な悩みに囚われている節もある。
東京優駿を明日に控えた今、そのメンタル状態はあまり好ましいとは言えないのは分かっている。
このレースで最も気を付けなければならないのはスペシャルウィークという事もあり、彼女の諦観すらしたくなる圧倒的な末脚と自身の末脚を重ねているんじゃないかという不安すらある。
だが、明日に決戦を備えた今、すっと不安を取り除く事は出来ないだろう。
…だったら、自分に出来る事は一つしかない。
「お疲れ、キング。テストはどうだった?」
「誰に聞いてるのよ。完璧に決まってるじゃない!」
「そっか、それは良かった」
終礼の鐘が鳴って少し。トレーナー室に訪れた制服姿のキングに小テストの様子を聞いて得意げに答えられる。
レースだけでなく学業にも抜かりが無い彼女の事だ。言葉通り、テストは満点かそれに近しい点数だろう。
「で、ダービーは明日よね?今日はどうするの?」
「…そうだね、軽い練習を用意してあるよ。これまでのおさらいみたいなやつだ。一通りやったら最後はダービーと同じ距離を何度か走ろう」
「分かったわ。じゃあ、先に行っててちょうだい?私は着替えてから……」
「いや、その前に少し話をしよう」
「…話?」
普段彼女が座っているソファの上に通学鞄を置いたキングに提案する。
それを小首を傾げつつも受け入れ、彼女は自分の隣に腰を下ろしてくれる。
「トレーニングの前に話だなんて、きっと大事な事でしょう?」
「はは、敵わないね。本当に学生?」
「まさか。キングよ!それも一流のね!!」
「おーっほっほっほ」と、いつもの調子で笑ったキング。
そうして笑い終えた彼女の顔は真剣さが滲んでいた。
「…東京優駿の話だ」
「重ねてなんていないし、囚われてもいないわよ?キングはキング。そうでしょう?」
「……驚いた。そこまで分かっていたの?」
「いいえ?ただ、あなたの独り言を聞いてしまった。それだけよ」
両膝に肘を置き、手を組んで語り出して知ったのは自分の失態だった。
[自分の走りをしよう]そう伝えようとしたけれど、そんな必要はもうなさそうだ。
……少しだけ、キングの表情が苦しそうに見えた。
「そっか……。情けないな、自分は君の
「何を言ってるんだか…。寧ろ誇るべき事なのよ?あなたには私を信じるだけで無く、疑う権利もあげたの。そうでなければ私は傲慢な王になってしまう。そうでしょう?だからそれで良いの。キングの期待に応えているあなたは立派よ」
「……君はやっぱり一流だね」
「……?どうしてそんな当たり前の事を急に言うの?」
「それだけ自身を律せているからだ。それも決して驕りでは無い。そんな相手はそういないからね、だから君は一流だ」
「…そ。ありがと。でも、私なんてまだまだ。妥協を知らないのは欠点でもあるし、それに意地になると、ね」
「あぁ、クジの話だね。あれはまぁ…可愛い部分って事でいいんじゃない?」
「おばか!お財布の中身が無くなるまで引く姿のどこが可愛いのよ!欠点よ欠点!ウィークポイントよ!」
「弱点…かは分からないけど、まぁ、うん…」
「そこはフォローしなさいよ!このへっぽこ!」
少しムキになったキングがソファから立ち上がって自分に怒った顔を見せて来る。
それが少しおかしくて、真面目な話をしていたはずなのに思わず笑ってしまった。
「全くもう。何笑ってるのよ。…それで、話はまだあるのかしら?」
ほんのりと機嫌の悪そうなキングに問われて首を振る。
「いいや、もう大丈夫だ。トレーニングに行こう」
「…そ」
キングに答え、立ち上がり、テーブルに置いておいた荷物を手にする。
杞憂だった。やっぱり彼女は一流だ。今の自分達が憂慮すべきは走る相手の事。
特に、スぺシャルウィークとセイウンスカイ。この二人のウマ娘だ。
「キング」
「なぁに?」
出口付近に通学鞄を持ったまま待っていた彼女を呼び止める。
内容は、きっと聞きたく無いだろう事。
「明日、もしも君が負けるとしたら。その相手は誰だと思う?」
「スペシャルウィークさん」
「それはどうして?」
「あなたとの会話からと、私もスカイさんも[運]に頼る走りはしないからよ」
「スペシャルウィークはそうだと思うの?」
「…彼女は頑張り屋よ。だから彼女自身はきっと認めないでしょうね。そのトレーナーやファンだってきっと認めない。彼女と親しい相手に言えばきっと怒られるでしょうね」
「…でも?」
「彼女の心根には誰も歯が立たない程のド根性があるわ。計算できない運を引き付けるのは、勝利の女神の心すら奪う諦めない想いだけよ」
そう答えてくれたキングヘイローの目に、背筋がゾクリとした。
彼女の心は既に明日のレースにある。
まるで『勝てない』と言っているのに、『勝つのは自分だ』と信じて止まないその瞳。
正に、キングヘイローの心根を語っているようだ。
…だったら、これ以上自分が何かを言うのは返ってやる気を削いでしまうだろう。
何故なら。この学園で最も諦めない心を持っているのはキングヘイローだと、自分は知っているから。
「さ、そう言う事だからトレーニングに行きましょう?」
「そうだね、やろうか」
「…なんだか嬉しそうね?」
「そりゃあ、新人一年目でダービートレーナーだからね。にやけもするよ」
「あら…ふふっ、さっきの話、聞いて無かったの?」
「聞いてたよ?だからかな」
「…変な人」
トレーナー室から出て鍵を閉めながらした会話は軽口の様だろう。
けど、それは気恥ずかしさから来るモノであって、本心は違う。
疑う心はもう、無い。
to be next story,
超越しか終わってねぇ。クソが。