何の因果か現実でもシングレでもダービーをやっている日に私もダービーの話を書き始めました。
恥じない作品にしたいものです。
爽やかな風が吹く。
芝を揺らし、勝負服がはためき、髪が靡く。
ただ、ここに立つ者達全ての心だけが不動。
根ざした夢だけが揺らぐ事無く凛然と血を脈動させる。
あまねくウマ娘達が望む、頂点の一つ。
レースを知らぬ者ですら知っている、知れ渡った栄光の一つ。
そのファンファーレが鳴り渡る。
ゲートへと足を運ぶウマ娘達。
誰もが既に一級品の存在へと至り、黙しているだけで見ている者に雄弁と言葉が過る。
ーー恐怖は捨てた。蘇るのは私以外だ。
勝利を知り、敗北を知り、不調を知り、暗い夜も知っているからこその自信だった。
総勢十八名。全員が己が勝つと信じて疑わなかった。
その中で。多くのファンからも信じられた三者が居る。
スペシャルウィーク、キングヘイロー、セイウンスカイ。
三番人気までを分けた彼女達の発する気迫はモノが違かった。
触れれば気圧される。触れれば身が切れる。触れれば呑まれる。
そんな恐ろしさがあった。
「来ましたね、キングちゃん、セイちゃん」
「そうね。お互いに…いえ、ここに居る誰もが、悔いの無い走りが出来るようにしましょう」
「そうだねぇ~」
一言だけ言葉を交わした彼女達は己のゲートへと向かっていく。
《まだ歓声が止みません。とても珍しいですね、こんなに歓声が残っているなんて》
《そうですね、これは凄い事です》
ゲートインが始まりだした頃、実況の二人の会話が流れる。
そこで次いで話題にされたのはセイウンスカイのゲート入りが少し遅れているという旨。
ーー……結局、完成しなかったなぁ。嫌いなんだよね、土壇場ってさ…。
彼女がゲート入りを僅かに渋ってしまった理由を知る者は彼女とそのトレーナーしかいないだろう。
その後、残りのウマ娘達も続々と空白を埋めていく。
やがて枠入りが終わり、止まぬ歓声が止まる。
ーー負けません、絶対に。このレースだけは、絶対に!
ーー…やっぱり調子がいい。今までで一番だわ。……これなら。
数秒の沈黙。
そして。
《二千四百メートル彼方栄光はただ一つ。日本ダービー、スタートしました!!!!》
実況が上がり、ゲートが開き、歓声が再び爆発する。
出遅れは無い。殆ど横並びの駆け出し。
一名だけが敢えて後ろへと下がり、残りは前へ。
幕開けの戦いは先行争い。
《セイウンスカイは……いや、誰が行くんだ?何が行くんだ!?》
およそ五名のウマ娘による先行争い。
その中には当然と言わんばかりにセイウンスカイがいる。
だが、ただ一名だけが、誰もが想定していなかった一人のウマ娘がそこに居る。
ーーキング!?な…どうして!?
ーーキングちゃん!?
彼女を公私共によく知るセイウンスカイとスペシャルウィークは度肝を抜かれる。
いや、観客やファン、それに実況者さえも驚きを隠せ無い。
トレーナーさえも。
「キング…!?」
ーーえぇ、えぇ。私だって驚いているわ。でもね、今日は本当に調子が良いの。今までに無いくらい、これから先にも無いくらい。…だから。
「……だから、掴んで見せるわ」
ーー運がこのレースを支配していると言うのなら、その支配を己のモノとしてこそ一流よ!
「く…!速い!」
《先行争いはキングヘイロー!!セイウンスカイは二番手に抑えるのでしょうか!?》
ハナを切ったキングヘイローは堂々と前を走る。
流れるような走りはとても初めての逃げとは思えないほどに軽々としている。
ーー完成しなかった上に前を譲ったなんて…。このレース、どう勝つ?
キングヘイローの真後ろを走る二番手セイウンスカイ。
予定を大きく崩された彼女はレース全体の様子を伺う。
その中でも特に意識を向けた先。
《スペシャルウィークは中団!少し掛かり気味か?》
実況者の言葉通り、精神的なペースを乱されて僅かに掛かっているスペシャルウィークだ。
ーーなん…どうしてキングちゃんがあそこに…!?どんな作戦が…!?
全くの想定外に整理が追い付かないスペシャルウィークは驚きを基にした推測によって焦りが生まれ、絶対に勝ちたいという強い意思が返って恐怖を呼んでしまっている様子だった。
ーーもしキングちゃんの作戦が私の末脚を殺すためのものだったら…、ここで溜めていたら危ない?でも、ずっと苦しいはずのキングちゃんだって、思った通りに行くはずない。でも、あのキングちゃんなら……。
《さぁ向こう流しに入ります。先頭は変わらずキングヘイロー、二番手にセイウンスカイ!》
コーナーに入っても先頭は変わらない。
変ったのはセイウンスカイとの差。
そしてキングヘイローの様子だけだ。
ーー辛い、苦しい。聞いただけで、知っただけで、分かっていたつもりになってた。逃げは、こんなにも怖い。
苦悶がキングヘイローの顔を酷く歪めている。
滝のように流れ出ている汗、大きく上がった息、苦しさに落ちる左瞼。
どれもがレースを妨げる。どれもが彼女に彼女の走りをさせてくれない。
何より、背後にぴったりと付いたセイウンスカイからの圧が、彼女の体力を大きく奪っていた。
ーー凄いよ、初めてでここまで私に抜かせ無いなんて。私達の知らない所でいっぱい努力してるんだって分かる。
「…でもね、キング。私は……」
ーー私は、私の走りに全部を懸けて来たんだ。それなのに負けるわけ、無いよ。
ーー…分かりません。けど、私は、この日のために!
《スペシャルウィーク!バ群から出て来た!上手い、上手く外に出てきている!》
ーーだから、もう迷いません!勝つために、今出来る事をします!!
《三、四コーナーの欅を超えます!キングヘイロー、リードが無くなったか!?》
「嫌よ、負けない。勝つのは私よ!!」
「なら、私を追い越してみて。キング!」
四コーナーを超えて最後の直線。
限界に達したキングヘイローは鉛のようになった脚に鞭打ちスパートをかける。
だが、伸びたのはセイウンスカイ。
それまでの位置を一息に変えて先頭に躍り出る。
「く…っ!!諦めないわ……!!絶対に!!!!」
最早呼吸をする事すら困難となっているキングヘイローはそれでも脚を動かすのを辞めなかった。
今出来る最大の走りを。最高の走りを。最後の最後まで。
……けれど。
《キングヘイロー下がっていく!その間から!間を割ってスペシャルウィーク》
キングヘイローはスペシャルウィークと入れ代わるようにして沈んだ。
「負けません、絶対に!お母ちゃんと約束したんです!」
「…はは、やっぱり来るよね、スぺちゃん」
「日本一のウマ娘になるって!!」
「…うん、私だって」
セイウンスカイの背後より迫るスペシャルウィーク。
疾走と呼ぶにふさわしい走りで捲っていく。
一瞬で五人を置いて行き、セイウンスカイの真横を行く。
《やっと来たスペシャルウィーク!並…》
ーー…ば無いよ。
《ば無い!並ばない!あっという間に追い抜いていく!》
セイウンスカイの真横を駆け抜けていくスペシャルウィーク。
今の彼女に脇目を振る余裕はない。
前に誰がいるか、横に並んでいるのか、後ろから迫ってきているのか。
何も見えていない。
見えているのは夢だけ。
後僅かにまで迫った、夢と現実を区切るゴール板だけだ。
故に。
苦しさを滲ませているセイウンスカイに気が付く事は無かった。
「やっぱり、一流を叩いた代償は大きかったな…」
《スペシャルウィーク!夢を掴みましたスペシャルウィ――クッ!!》
「……!」
ゴール板を超え、夢を超え、現実へと成したスペシャルウィークは僅かに流した後に立ち止まって掲示板を見る。
映し出される着順。タイム。そして五バ身という差。
「……、…………。…ぅあああああ!!!」
両拳を固め、大きく身体を折ったスペシャルウィーク。
彼女は、その勢いのままに右腕を掲げてガッツポーズを大観衆に示した。
涙を溢し、暫くの間彼女は拳を掲げ続ける。
その姿を、キングヘイローはずっと見つめていた。
悔しさと、己の浅はかさに憤慨しながらも、夢を現実としたスペシャルウィークを称えた表情で。
to ne next story.
意地で書いた。
シングレが悪い。あんなおもろいの見せられたら負けられないやん。