ゲート ジェダイ彼の地にて、斯く戦えり   作:d_chan

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第1話

 整備もままならない街道を、疲労の色濃い避難民の列がぎこちなく進んでいた。馬車の轍とわずかな往来に踏み固められただけの土道は歩きづらく、誰もが重い足取りだ。それでも彼らは背後に潜む恐怖に追われるようにして歩を速める。雲ひとつない快晴が憎らしいほど照りつけ、逃避行の苦しさを際立たせていた。――彼らをここまで追い立てたのは炎竜。黒鉄の鱗と業火をまとう災厄は、人の手では抗いがたい天災そのものだった。

 

 避難民を先導するのは、緑色の奇妙な戦闘服に身を包んだ小隊。日本国自衛隊――アルヌスの丘へと拠点を築きつつある、異世界からの来訪者だ。射撃用ゴーグルを額に上げた隊長格の男――伊丹耀司三尉が身振り手振りを交えながら声を張る。

 

「皆さん、ご無事ですか! 私たちが安全な場所へ案内します!」

 

 言葉は通じないはずだが、穏やかな抑揚と誠実な態度が怯える人々に安心をもたらしたらしい。隊員たちは馬車の車輪を押し、幼子を抱き上げ、小袋を落とした老婆を支えた。「悪い人たちではなさそうだ」と誰かが囁き、列は戸惑いながらも導かれるまま歩を進める。

 

 

 夕日が傾きはじめた頃、列の後方でひそやかなざわめきが起こった。黒いローブ姿の若い女――深いフードに隠れた兎耳のシルエットが揺れ、澄んだ琥珀色の瞳が前方の自衛官を鋭く射抜く。「お前たちは何者だ」と言っているような視線を感じ取った伊丹が振り返り、隊の名を名乗った。

 

「われわれは自衛隊――Ji-ei-taです」

 

 ――その瞬間、女の口元が震え、英語まじりの低い声が漏れた。

 

「What's JEDAI mean?」

 

 伊丹は眉をしかめる。なぜ特地で英語が? 別世界の住人が地球の言語を操る必然はない。だが追及する余裕はなかった。女は間をおかず問い詰める。

 

“I said, what’s JEDAI?”

 

「ジエイタイ。ジェダイじゃない」伊丹は慌てて発音を正す。ライトセーバーもヨーダも、彼の守備範囲ではない。だが女の目は疑念に燃えていた。「Are you Jedi orders?」――返答を待たず、女の細い指先が伊丹の装備品、特に小銃のマズルへ向けられる。その仕草は剣呑だったが、同時に彼女自身の理性が抑え込むかのように途中で止まった。

 

 後方から走り寄ったのは三等陸曹・栗林志乃。整った眉をきりりと上げ、英語で応酬する。

 

「Misunderstanding. We’re Jieitai, Japan Self-Defense Force, not Jedi. We protect these people, nothing more.」

 

 ローブの女は訝しそうに小銃と輸送トラックを見比べたが、やがて問いを変えた。

 

“Then why are you speaking in Galactic Standard Basic?”

 

 伊丹と栗林は顔を見合わせる。彼らにとってはただの英語、だが女は“銀河標準語”と呼んだ。突拍子もないが嘘とも思えない。伊丹はひとまず肩をすくめ「We are just speaking English」と返し、不穏な空気はかろうじて収束した。

 

 女は名を名乗らなかったが、手慣れた動きで他の避難民を促し、列の最後尾に戻った。その歩き方は兵士に近く、ただ者ではないと伊丹は感じる――だが追及はしない。重要なのは避難民をアルヌスの丘まで無事に届けることだ。

 

 日没前、避難民の列は森を抜け、臨時宿営地――フィアナ橋頭堡のはずれ、まだ設営から一週間足らずのアルヌス前哨陣地へ到達した。土嚢と鉄条網が簡素なジグザグを描き、迷彩幕を被せたテント群の間をハロゲン灯が照らしている。臨戦態勢のわりに、どこか文化祭の準備を思わせる温かみがあった。

 

 検問所で避難民の簡易登録が始まる。医官が傷病を確認し、炊事班が鍋いっぱいの豚汁を振る舞う。伊丹の第三偵察隊は資材運搬に回り、栗林は広報枠で通訳を兼ねた。外国語に堪能ではないが、伊丹よりは英語が通じる。

 

 ローブの女は集団検診が終わると即座に姿を消した。栗林は「また厄介な客を拾ったわね」と苦笑しつつ、避難民リストの名前欄に“Teule/姓不明”とメモしておく。

 

 テューレ――本名か暗号名かは分からない。だが彼女が軽やかにドラム缶と資材箱の隙間へ滑り込み、そこから周囲の動線を観察していることに、気づく者はほとんどいなかった。

 彼女の目的はただひとつ。自分を一族を救済してくれたシスの銀河皇帝に貢献すること。師であるシェーンコップのために、シス・アプレンティスとして暗躍するのだった。

 

 

 薄闇に紛れ、テューレはベージュの補給箱の陰へ沈む。ローブの袖から指先ほどのスリム・コンリンクを抜き取り、鍛えた耳で基地内の足音と発電機のうなりを聞き分けながらダイヤルを回す。微かな音波通信の後、ノイズ混じりの声が帰ってきた。

 

〈――こちらヒューベリオン。状況を報告せよ〉

 

 女は囁き声を漏らすことなく、喉奥で母音を震わせるだけの“影の言語”で応答した。

 

〈潜入成功。座標三二・五北緯一二。集結地はプリミティブな木造と帆布。防衛線は低いが、住民の支持厚し。現地部隊“ジェダイ”の真意は不明。観察を続行する〉

 

〈ジェダイは確認できたか〉

 

〈未確認。ただし実質的な指揮官と思しき男――伊丹耀司と名乗る――はフォースの残滓を纏わず。部下も同様〉

 

〈よろしい。目標は“門”と“炎竜”。五時間後に赤い運命の分岐が訪れる〉

 

 通信が途切れると、テューレはコンリンクを袖に戻し、漆黒のまなじりを細める。――自衛隊はジェダイでもシスでもない。だが“門”を潜ってきた存在として、銀河の均衡に影響し得る変数だ。いまは深入りせず、状況を計る。潜伏こそ最適の策。

 

 彼女は補給箱を離れ、テント裏の影へ溶けた。その足取りは砂を踏んでも音を立てず、そよ風すら足跡を消す。

 

 

 夜半、交代制の見張りが眠気と戦うころ。格納テントの一角――物資保管エリアに、栗林が背を伸ばして回収リストを眺めていた。視界の隅を黒影が過ぎ、彼女は反射的に踏み込み姿勢を取る。だが影は壁際で立ち止まり、ローブの袖をわずかに揺らして見せた。

 

「あなたね、テューレとか言ったかしら。避難民登録がまだ終わってない。医官の診察も。手伝うわよ」

 

 返事はない。テューレは視線の奥で栗林を測っている。栗林は半歩前へ出たが、女の喉元に潜む殺気を感じて足を止めた。――この距離はまずい。近接格闘に自信はあっても、相手がただの難民とは思えない。

 

 栗林は眉を下げ、警戒の色を隠そうと努める。

 

「怖がらせたなら謝る。私たちに敵意はないわ。あなたが探している“ジェダイ”とやらも、ここにはいない」

 

 テューレの唇がわずかに動く。声は出さず、口の形だけで〈分かっている〉と言ったように見えた。次の瞬間、影は倉庫棚を跳び越え、闇に消える。残されたのは銃声でも悲鳴でもなく、風に揺れる帆布の擦過音だけだった。

 

 

 翌朝。薄雲に隠れた朝日が頂を染める頃、アルヌスの丘南方から轟音が届いた。低くくぐもった振動が地面を這い、避難民が叫び声を上げる。――炎竜だ。夜間、集落を襲い損ねたのか、再び人の匂いを追ってきた。

 

 警報サイレンが鳴り響く。伊丹は本部テントの外へ飛び出し、既に展開を始めている87式対空高射機関砲の配置を確認した。栗林は避難民のテントへ走り、子どもと老人をトラック荷台へ押し込む。隊員たちは慣れた手順で散開し、セミトレーラーに積んだ携行地対空誘導弾の箱を開けた。

 

 炎竜の咆哮が山谷にこだまし、濁流のような翅音が風を巻く。だが自衛隊は動じない。伊丹の視線が射線を掃き、栗林の声が命令に変わり、二個分隊が榴弾を装填する。

 

 ――その時。丘の陰から舞い上がったのは黒いローブの影だった。テューレ。彼女は風を切る勢いで斜面を跳躍し、炎竜の正面へ踊り出る。爛々と輝く瞳孔が縦に細まり、ローブの裾が重力を無視するように翻る。

 

 伊丹が叫ぶ「危ない! 戻れ!」 声は届かない。テューレは両手を稲妻のように閃かせ、虚空を掴む仕草で何かを凝縮させた。次の瞬間、彼女は前方へ掌を突き出す――烈風が渦を巻き、炎竜の空を切り裂く火炎を押し戻した。

 

 周囲の空気が震え、砂塵が渦となり、伊丹は一瞬息を呑む。フォース……? 否、名はどうでもいい。問題は彼女の力が味方か敵かだ。

 

 炎竜は突如現れた障壁に驚き、翼を大きく振って方向を逸らす。自衛隊の射角から逃げる形になった。テューレは追撃しない。ただ軽く顎を引き、ヒラリと着地して砂を払う。炎竜の影が西の峰を越える頃には、彼女の姿は再び避難民の群れに紛れていた。

 

 ――これで十分だ。彼女は胸の内で呟く。自衛隊の実力、対応速度、火器運用。そのすべてを観察できた。ここで炎竜を討ち取る必要はまだない。標的は別にある。

 

 伊丹は銃身の熱を鎮めながら、小さく吐息を漏らす。栗林は避難民を落ち着かせつつ、テューレの背を遠目に追った。誰も彼女の正体を知らない。だが確かに命を救った。その事実だけが、彼女と自衛隊の間に細い橋を架けた。

 

 

 日の出から二時間後。司令部テントでは作戦会議が始まっていた。金森副司令が地図を叩き、炎竜の行動パターンを分析する。その隣、伊丹は炎竜を追い払った謎の突風の正体を報告しようとするが、言葉が見当たらない。フォースと説明して信じてもらえるだろうか。

 

 参謀長が眉をひそめる。「目撃者は?」 伊丹は栗林と目を合わせる。彼女は頷くが、一歩前に出る前に幕が揺れた。

 

 テューレが入ってきた。ローブの下に支給された薄手のTシャツを着込み、避難民用の紙バッジを胸に提げている。伊丹は驚きのあまり言葉を失った。

 

「診察と登録、済ませたわ」と栗林が説明しようとすると、テューレが通訳なしで言った。「協力したい。あなたたちの力は素晴らしい。だが、この地の情報が足りないだろう。私にできる範囲で、炎竜の情報を提供する」

 

 会議室の空気が一変した。参謀長は訝しげだが、情報は喉から手が出るほど欲しい。伊丹は慎重に促す。「君は炎竜の出現地点を知っているのか?」

 

「知っている。狩りの軌跡を読める」とテューレは短く答えた。「だが条件がある。私はあなたたちの行動を許可なく縛られない。私は私の目的を果たす。その代わり、避難民とこの拠点を守ることに協力する」

 

 副司令が口を開きかけたが、伊丹が制した。「ウィンウィンの関係、というわけだな」

 

 テーブルを隔てて視線が交錯する。――ここが分岐点だ。テューレは内心でダース・ローゼの囁きを思い出した。“赤い運命の分岐”。いまはまだ、その先を選ぶ権利が彼女の手中にある。

 

 

 こうして、自衛隊とテューレの奇妙な共闘が幕を開ける。だが両者の背後では、帝都の宮廷も、〈薔薇の小艦隊〉ヒューベリオンも、水面下の策謀を重ねていた。ゲートを巡る奔流は加速し、やがて炎竜討伐、帝国との交渉、そして銀河の暗き側面をも巻き込む戦いへ――。

 

 

 アルヌスの丘は、夜明けとともに霧のヴェールを脱ぎ捨てる。湿った空気が草壁の上を滑り、野営テントの帆布をしっとりと濡らしていった。自衛隊員たちは交代制の仮眠を終え、無線暗号で点呼を取り合う。避難民のテントでは、昨夜やっと安堵の眠りを得た子どもたちが、遠い故郷を求めるように眠り続けている。

 

 第三偵察隊の伊丹耀司三尉は、折りたたみ椅子に腰掛けたまま缶コーヒーを開けた。深煎りの苦味が眠気を追い払い、戦闘靴の足裏から冷気が抜けていく。昨日の“突風”事件は、報告書にどう記すべきかまだ悩んでいた——“未知の念力的干渉”などと書いても陸幕は眉をひそめるに違いない。

 

 静かな時間は長く続かない。携帯無線の受話器が震えた。警戒線北西セクターの監視哨から、ドラゴンの飛行を示すレーダー外乱波形が届いたのだ。伊丹は眉をしかめる。炎竜が戻ってきたわけではない。軌跡も高度も異なる。しかし異種飛行体の出現は、アルヌス全体を再び緊張させるに十分だった。

 

 半径三キロの移動式防衛線が再展開される。偵察用軽車両が丘を下り、ハンヴィー改造の高射隊が傾斜台に87式を据える。栗林三等陸曹は火器管制データリンクをチェックしながら、ちらりと後方テントの影を見た。テューレの所在が気になる。

 

 その頃、テューレは衛生班テントにいた。看護用の白布の向こう、負傷した若い帝国兵がうわ言を漏らす。彼は炎竜に襲われた村の民兵で、脱出の際に石垣の崩落で足を折ったらしい。自衛隊は敵味方を問わず治療するという原則で保護した。テューレは脈拍計の針を観察しながら、少年兵の胸ポケットから覗く帝国軍紋章を指でそっと撫でた。そこに憎しみはない。かつてのテューレなら考えられない感情だった。今はただ、師の役に立ちたい、それだけだった。

 

 カーテンの隙間から栗林が声を掛ける。「診察は終わった? 本部テントでブリーフィングよ」

 テューレは視線だけを動かし、小さく頷いた。口を開けば余分な情報が漏れる。沈黙は最善の盾だと教わってきた。

 

 

 十時。作戦会議用の折り畳みテーブルの上、合成紙の地図が重ねられる。北東二十キロ圏で近似波形が観測された飛行体——推定翼竜型の軌跡を示す赤線が引かれていた。まだ炎竜そのものではないが、似た種ならば周辺で狩りを行う。避難民を再び脅かす前に索敵し、進路を反転させるか、あるいは討伐するか。議題はその一点に絞られた。

 

 隊付き通訳の栗林が、テューレの隣に立つ。彼女は一言も発しないまま地図を覗き込み、指先で赤線の終端を叩いた。

「そこは渓谷よ。底に温泉が湧き出している」

 伊丹は目を見開く。「英語で話した?」

「あなたたちの言語で話した」とテューレが返す。日本語でも帝国語でもない。だが不思議と皆に意味が伝わる。不完全ながら、音としては英語に近い。テューレが“翻訳”のフォースを通し、複数の言語を共鳴させているのだと伊丹は直感した。

 

 副司令が咳払いをして本題へ戻す。渓谷は一方が垂直崖で、一方が急斜面の獣道になっている。対空火器を配置するには地理的に不利だが、獣道を登る大型生物の足取りは鈍る。炎竜クラスが飛び込めば、岩肌に翼をぶつけて速度を落とすはず——高射隊が至近距離で複合榴弾を叩き込める。

 

 問題は誘導役だ。囮となってドラゴンを峡谷へ誘い込まねばならない。伊丹が志願しようとして、テューレが先に声を上げた。「私がやる」

 室内にざわめきが走る。副司令が眉間を抑える。「素性も階級も不明の君を前線に出すわけには——」

 テューレは遮るように地図を指でなぞり、炎竜が潜む可能性のある狩り場を三カ所示した。そこには昨日まで誰も気づかなかった獣道が連絡線のように伸び、岩窟の空洞が隠れている。偵察衛星の低解像マップでは潰れて見えなかった穴だ。「……視てきた。夜の間にね」

 

 伊丹は瞬時に理解した。昨夜の巡回記録で、「不明な赤外線シグナル」が二度跳ねた地点があった。炎竜の爪痕を計測するため、テューレが単身で接近したのだろう。

「危険行為だが成果は大きい」と伊丹は判断を口にする。「ならば囮は彼女と、偵察隊の軽トラック一台で足を確保。高射隊は崖上隘路に伏せ、統合火器管制を俺が取る」

 

 副司令は渋ったが、結局ゴーサインを出した。アルヌスの防衛戦力はまだ脆い。炎竜が再度襲来する前に脅威を排除できるなら、手段を選んでいられない。

 

 

 翌日未明——氷点をわずかに下回る空気が峡谷に漂う。灰色の岩壁が夜の余韻を抱え込み、所々で硫黄の匂いを孕んだ蒸気が立ち昇る。テューレはローブの裾を結び、躯を軽く伸ばした。伊丹は直結通信器を装着し、トラックの荷台に89式小銃と信号弾発射筒を括りつける。

 

 五時。細い月が稜線に沈む頃、峡谷の底から乾いた咆哮が轟いた。炎竜ほどの巨体ではないが、翼長八メートル級の飛竜が湯気を纏って飛び上がる。テューレは走り出し、渓流の飛沫を踏んで対岸の獣道を駆けた。身軽な兎耳が岩影を跳躍し、翼竜の視界を翻弄する。

 

 伊丹はピックアップのエンジンを空ぶかしし、ブレーキを蹴って獣道へ進入した。翼竜が吼え、熱線を吐く。岩肌が赤熱し、弾ける火花がトラックのボンネットをかすめる。「ちょっと火力高すぎだろ!」伊丹はハンドルを切り、車体をスピンさせて熱線を躱す。続いて追撃してきた翼竜は、眼下のテューレに意識を奪われ、また急降下に転じた。

 

 崖上の榴弾砲座では、栗林が双眼鏡を握りしめる。視界に入るのは熱線状のパーティクルと、ピックアップのテールランプ、そして黒ローブの奔流。

「ターゲットレンジ200! 風向ゼロ・マイナス! 発射用意!」

 射手が引き金を絞る。複合榴弾が曳光して夜気を切り裂き、翼竜の胸膜へ直撃。衝撃波が岩壁に反射して轟き、火花が散った。翼竜は呻き声を上げて旋回し、方向を見失ったように天へ逃れようとする。

 

 そこでテューレが立ち止まった。細い腕を真横に伸ばし、指先で空気を裂く。フォースが渦となって翼竜の尾を捕らえ、瞬時に重力場の一点へねじ曲げる。翼竜は悲鳴も上げられぬまま墜落し、岩盤を叩いて動かなくなった……が、まだ終わりではない。岩陰から低く響く地鳴り——炎竜の咆哮が峡谷を震わせた。真打ちは遅れてやってくるものだ。

 

 

 赤黒い鱗に覆われた巨影が、峡谷の影からのそり出す。全長二十メートルを超えるその古強者は、翼竜を獲物としか見ていない。炎竜は低い姿勢でキャニオンを滑り、死んだばかりの同族に牙を突き立てた。川底の熱水が瞬時に蒸散し、白い噴霧が視界を覆う。

 

 伊丹は無線で叫ぶ。「計画変更! 本命が出た!」

 高射隊は位置がばれている。いったん崖の反対側へ後退し、指向性地雷を再設置するしかない。だが炎竜の首は巨木のように長く、高射隊の動きに気づくや緑黒迷彩の塹壕へ炎を浴びせた。最前列の土嚢が爆ぜ、粘性の高い火焔が草地を焦がす。隊員たちは腰を屈め、密着掩体へ退避した。

 

 テューレは濡れた岩床を蹴り、炎竜と高射隊の間に割って入った。片膝をつき、掌を開いてフォースの遮蔽を展開する。灼熱のブレスが空間で拡散し、蒸気となり霧散していく。しかしすべてを受け止め続ければ、彼女の体力は尽きる。伊丹はハンドルを切り返し、トラックを崖へ激突させる勢いで停車させた。

 

 荷台の信号弾を掴み、伊丹は立ち上がる。「栗林、援護射撃!」

「了解ッ!」89式が三点射で炎竜の眼窩を狙うが、鱗は重厚に跳ね返す。伊丹は信号弾を射出し、赤緑白の閃光が乱舞した。これは航空支援用のビジュアルマーカー——だが現在、航空部隊はアルヌスへの補給路確保に回っていて即応できない。伊丹はシェルの閃光をドラゴンの視界へ浴びせ、注意を自分へ向けるだけで十分だと考えた。無謀だが、仲間を守るならやるしかない。

 

 炎竜が顎を伊丹へ向けた瞬間、轟音が空を震わせた。山影を割く過給機のうなり。FH70榴弾砲を吊るしたCH-47が、ウインチを解きながら峡谷上空へ飛来する。木製パレットに縛られた炸薬弾頭付き臼砲弾が、航空投下モードへ切り替わった。

 

 指揮統制車のオペレーターが叫ぶ。「榴弾、GPS補正! 落下地点Δ40!」

 榴弾が三発、白いパラを開いて峡谷へ落ちる。伊丹は間一髪で視界を伏せ、爆風が岩肌を削る音を聞いた。炎竜が怒りの咆哮を上げ、砕けた鱗片が飛び散る。直撃ではない。しかし強烈な衝撃波が翼の骨を歪め、巨体がよろめいた。

 

 そこへテューレが躍り出る。彼女の両目に黄金の環が輝き、ローブの袖が風に翻る。フォースが収束し、空気が金属のように軋む。彼女は両の腕を交差させ、炎竜の前脚に狙いを定めた。血のように赤いライトセーバーを抜き放つと、その抑えきれない圧力が一点に集中し、鱗と骨を貫いてコアへ迫る。炎竜が悲鳴を上げ、崩れた。全身が傾き、峡谷の岩盤へ身を横たえる。火焔が喉奥で燻り、熱風が川面を波立たせたが、もう立ち上がる気配はなかった。

 

 谷を満たす蒸気が薄れ、朝日が峡谷に差し込む。硫黄の匂いと焦げた鱗の臭気が混ざり合い、伊丹は濃い息を吐いた。栗林は安全装置を戻し、銃口を下げる。

 

 静寂。テューレは土埃を払うように片手を振り、伊丹を見やった。「あなた達もなかなかやるわね」

 伊丹は苦笑する。「あんた1人で軍隊が圧倒されそうだよ」

 テューレは小さく肩をすくめた。そして崖上の栗林に目だけで挨拶を送ると、岩影へ歩み去った。――気配を薄め、再び潜伏者の顔へ戻る。

 

 

 アルヌスの丘では、避難民が震える声で炎竜討伐の報を聞き、歓声を上げた。医官が簡易診療所を駆け回り、重症者は早期にヘリで搬送されることになった。外周警備の兵士はホッとした表情を隠さず、しかし手を抜かず巡回を続ける。帝国軍の偵察騎兵が森のはるか向こうで双眼鏡を構える影がある以上、油断はできない。

 

 伊丹は報告書のドラフトをタフブックに入力しながら、テューレの行方を考えた。潜伏を黙認する決定をした以上、最低限のコンタクトラインは保たねばならない。栗林は彼女が医療テントの裏で炎竜の鱗片を採取しているのを見かけたという。侵入禁止区域へは立ち入っていない。敵意なし。ただし目的不明。

 

 夕刻、伊丹は炊事班の豚汁を一杯だけ念入りに具増ししてもらい、それを紙容器に入れて野営テント地区へ向かった。ローブの影を見つけるつもりはなかったが、強い勘が働いた。テューレは北側の緩斜面、森へ抜ける通用口の手前にいた。梢越しの夕陽を眺めている。

 

「腹減ってないか?」伊丹は豚汁を差し出した。

 テューレは意外そうに目を瞬かせ、やがて容器を受け取る。「ありがとう」とだけ言い、湯気を鼻先に浴びせる。匂いを嗅いだ表情に、ようやく年相応の少女の影が見えた。

「今日の働きに感謝する。だが……」伊丹はゆっくり言葉を選んだ。「もし君の“目的”が俺たちの安全を脅かすものなら、協力は続けられない。それだけは理解してくれ」

 テューレは視線を豚汁に落とし、ゆっくりと頷く。「――分かっている。ここは貴方たちにとって門(ゲート)の向こうだもの」

「その門について、いずれ話を聞かせてくれ」

 テューレは返答せず、一口すする。白菜と豚肉の甘味が広がり、僅かに目を細めた。感情が動いた証だと伊丹は気づく。彼は帽子のつばを指で押さえ、「ごゆっくり」とだけ残してテント区画へ戻った。

 

 

 

 帝都では、早朝の薄闇を裂くように駆ける伝令の蹄音が石畳を揺らしていた。皇帝モルトは寝所から玉座の間へ移ると、夜目も冴える冷たい眼光で報告を聞き取る。北方辺境——アルヌス丘陵の蛮族“緑服”が炎竜を退けたという風聞。さらに謎の黒衣が炎竜を屠った、と。

 モルトは杖を突き、重い息をつく。「門を越えた異邦人が、帝国の脅威の象徴たる竜を容易く退けるとは。支配の正統を脅かすわ」

 長子ゾルザルは拳を打ち鳴らし、即時討伐を主張する。「ドラゴンを従えぬ王朝など笑いものだ! 討伐軍を編成し、アルヌスを灰にせねば!」

 だが重臣たちは躊躇した。炎竜を倒す力を持つ相手と正面衝突するのは愚策。ならば——偵察、攪乱、同盟の切り崩し。陰謀が蠢き、密偵が暗い廊下を走る。

 

 

 一方、遥か上空の夜間成層圏。艦名〈ヒューベリオン〉を掲げる艦橋では、ダース・ローゼことシェーンコップが双眸を細め、ホログラムに映る門周辺のフォース渦を眺めていた。

 副官ドロイドが硬質な声で進言する。「アルヌス拠点の座標を特定。地表戦力は歩兵主力、機甲は軽装輪七両。防衛線は脆弱です」

 甘い微笑が浮かぶ。「ならばまだ介入の時ではない。ジェダイでも共和国でもない彼らはよい観測対象だ。テューレの潜伏を続けさせろ。炎竜というローカル・パワーをどう処理するか見届ける」

 艦橋全体が仄暗い薔薇色に染まり、ヒューベリオンは音もなく高度を下げた。

 

 

 アルヌスの丘では、炎竜を退けた祝宴の余韻がまだ残っていた。豚汁の鍋は空になり、避難民の子どもたちは焚き火を囲んで“竜退治の英雄譚”を即興で語り合う。第三偵察隊の面々は久しぶりに火器手入れを終え、簡易風呂の湯気に顔をほころばせた。

 テューレは人目を避け、野戦病院テントの裏で夜風を浴びていた。兎耳のシルエットを月が淡く縁取り、視線は遠い星へ向く。

「門が開く以前、あの星々はもっと鮮明に見えたのかしら」

 独り言を漏らした瞬間、背後で足音。栗林が蒸気立つカップを差し出す。「ホットワイン。帝国の修道女に教わった作り方らしいわ」

 テューレは警戒を緩めず、慎重に匂いを嗅いだ。葡萄酒と蜂蜜、微かなシナモン。「……甘いのね」

「炎竜の臭いを洗い流すのに効くってさ。飲まない?」

 テューレはひと口啜り、胸の奥が温かく満ちるのを感じた。しばらく沈黙が続き、栗林がぽつりと尋ねる。「あなた、本当は何者?」

 琥珀の瞳が月光を映す。「旅人よ。門を探し、フォースの歪みを測る者」

「フォース……?」栗林は首を傾げる。オタクでない彼女は残念ながらスターウォーズを知らなかった。

「魔法みたいな?」

「違うわ。けれど同じでもある。——説明しても、まだあなたが理解できる段階にない」

 栗林は苦笑し、「その言い方、まるで先生ね」と呟く。テューレは薄く笑い、湯気越しに彼女を見つめた。「あなた達が門を守る意思を示す限り、私は味方でいられる」

 

 

 祝宴から二晩。夜半に監視哨が閃光弾を発射し、警報が鳴り響く。帝国軍の先遣軽騎兵――数百がアルヌスへ向け進軍中。帝都からの威嚇示威だ。

 伊丹はすぐさま交渉チームと狙撃班を編成。夜目用暗視装置で騎兵を追跡し、拡声スピーカーで退去勧告を行う。歴戦の自衛官は無謀な接近戦を避け、圧倒的な火力差を誇示することで無血退却を図る。

 テューレは遠巻きにその様子を観察し、帝国軍の脆弱な戦列と自衛隊の非殺傷的優位を対比しながら、師より教わった銀河規模の戦術メモと対比し頭の中で綴った。——門は、技術格差が生む支配と解放の試金石。その構図はどの時代でも普遍だ。

 

 結局、帝国騎兵は初めて見る榴散弾の轟音に腰を抜かし、背を向けて退いた。死者ゼロ。伊丹は肩をすくめ「脅かすだけで済むなら魔法もミサイルも要らないさ」と呟く。だが、その声を闇の中で聴く者があった。

 

 

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