バビロンの蹄鉄   作:灯火011

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お金を増やすって、危険もいっぱいあるんです。

『危険から財産を守れ』

そして『知識は最大の財産』だと学びました。

自分自身を磨くことの大切さを知ったんです。


第四話:知識という財産、危険への備え

 小さな投資の効果は、すぐに劇的な形で現れたわけではない。購入したトレーニング補助具は確かにステラのスタート練習に役立っているようだが、彼女のスタートが劇的に改善されたわけではない。専門書を読んだだけで、アオイのトレーナーとしてのスキルが飛躍的に向上したわけでもない。

 しかし、アオイは欠かさず、収入の十分の一を布袋に入れ続けた。そして、貯まった金の一部を、ウマ娘の育成や自身のスキルアップのための「投資」に回した。

 高価な機材は買えないが、安価でも効果が期待できるもの、そして何よりも自分自身の知識を高めるための書籍や資料に重点を置いた。それは、ツムギ老人の教えを愚直に実践する日々だった。

 

 ある日、アオイは学園の掲示板で、興味深いセミナーの告知を見つけた。「最新のウマ娘栄養学」と題されたそのセミナーは、参加費がそれなりにかかる。今の収入から見れば、決して安い金額ではない。布袋の中の金を使わなければ、参加することはできない。

 しかし、ステラをはじめとする担当ウマ娘たちのコンディション管理に役立つ、最新の知識が得られるかもしれない。ウマ娘の体調管理は、レースでのパフォーマンスに直結する重要な要素だ。

 

 アオイは迷った。このお金があれば、ウマ娘たちのためのサプリメントを少し良いものにできるかもしれない。あるいは、自分の生活を少しだけ楽にできるかもしれない。美味しいものを食べたり、新しい服を買ったり……欲望という獣が、アオイの心の中で囁いた。

 

「いや、そうじゃない。欲望の主人になるんだ」

 

 そういったアオイの脳裏には、ツムギ老人の言葉が過ぎる。

 

『お前さんの金が最もよく働く場所は、お前さん自身の中にある』

 

 そして知識は最大の財産であり、稼ぐ能力を高めるための投資は、最も確実な投資の一つだと老人は言っていた。それは、誰にも奪われることのない、アオイ自身の力となる。

 

 アオイは意を決し、布袋からセミナー参加費を捻出した。布袋の中の金が減るのを見るのは、やはり少し抵抗があった。まるで、自分の体の一部が削り取られるような感覚だ。しかし、これは浪費ではない。未来への投資なのだと、自分に言い聞かせた。

 

 結果的にセミナーは非常に勉強になった。最新の栄養学に基づいたウマ娘への食事管理、レース前後の栄養補給の方法、そして安価でも効果的なサプリメントの選び方など、これまで知らなかった知識をたくさん得ることができた。

 講師は、実際にトップウマ娘の栄養管理を担当している専門家で、その話は非常に実践的だった。アオイは熱心にメモを取り、休憩時間には講師に積極的に質問した。他の参加者との情報交換も、アオイにとって貴重な経験となった。

 

 セミナー後、アオイは学んだ知識を早速ステラの食事管理に取り入れた。これまでの食事メニューを見直し、栄養バランスを考慮した献立を考えた。高価な食材は使えないが、安価でも栄養価の高い食材を組み合わせる工夫をした。例えば、特定のビタミンを多く含む野菜を増やしたり、疲労回復に効果があると言われる食材を取り入れたりした。

 

 数週間後、ステラから思わぬ言葉を聞いた。

 

「トレーナー、最近、体の調子がいい気がする。なんか、疲れが残りにくくなったっていうか……朝起きるのが楽になったし、練習後の回復も早い気がする」

 

 アオイは驚いた。食事管理を変えたことの効果が、こんなに早く出ているのかもしれない。小さな変化だが、アオイにとっては大きな喜びだった。自分の知識への投資が、確かにステラの役に立っている。それは、布袋の中の金が、アオイの頭の中で働き、ステラの体の中で働いている証拠そのものだ。

 

 一方で、アオイは投資の危険性についても学ぶことになった。学園内で、あるトレーナーが「絶対に儲かる」という怪しい投資話に乗ってしまい、大損をしたという噂を聞いたのだ。そのトレーナーは、担当ウマ娘の育成資金まで失ってしまい、学園にいられなくなったという。彼の担当ウマ娘たちは、突然トレーナーを失い、途方に暮れていると聞いた。

 

 アオイは背筋が凍る思いがした。もし、あの時ツムギ老人の教えを知らなかったら、自分も安易な儲け話に飛びついて、同じようなことになっていたかもしれない。高額な配当を謳う、実態の分からない投資話。それは、貧乏なアオイにとって、非常に魅力的に見えただろう。しかし、ツムギ老人の言葉が、アオイを立ち止まらせた。

 

 ツムギ老人は、アオイにこう言っていた。

 

「バビロンの第四の知恵は、『危険から財産を守れ』だ。()()()()()()()()()()()と考えろ。それは、甘い蜜で誘惑する毒だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、見知らぬ土地で道に迷うようなものだ。そして、信頼できない者の話には耳を傾けるな。彼らはお前さんの金を奪おうとしているかもしれぬ」

 

 老人は、さらに続けた。

 

「お前さんの財産を守るためには、お前さん自身が賢くなる必要がある。知識は、お前さんの財産を守る盾となる。それは、お前さんを危険から守る強固な壁だ。そして、お前さんの稼ぐ能力を高める剣ともなるのだ。それは、お前さんが富を切り開くための鋭い刃だ」

 

 アオイは、知識の重要性を改めて痛感した。金融知識も、トレーナーとしての専門知識も、どちらも自分を守り、そして未来を切り開くための力になる。それは、お金と同じくらい、いや、お金以上に価値のある財産なのかもしれない。お金は失うことがあるが、一度得た知識は、誰にも奪われることはない。

 

 そしてアオイは、自分の住環境についても考えるようになった。学園寮の部屋は狭く、設備も古い。集中して勉強したり、トレーニングプランを考えたりするのに、あまり適した環境ではなかった。部屋が散らかっていると、心も落ち着かない。

 

 ツムギ老人は、バビロンの第五の知恵として「住居を資産にせよ」という教えを説いていた。これは、現代においては必ずしも家を買うことだけを意味しない。自分が生活し、働く場所を、より快適で効率的な空間にすること。それは、自分自身への投資であり、将来の生産性を高めることに繋がる。自分の時間を有効に使うための投資だ。

 

 アオイは、布袋から貯めた金の一部を使って、部屋の環境を改善することにした。高価なリフォームはできないが、安価でも質の良いLEDデスクライトを購入したり、資料を整理するためのシンプルな棚を設置したりした。また、心を落ち着かせるために、小さな観葉植物を置いたり、壁にステラたちの写真を飾ったりもした。部屋の壁の色が剥がれている部分は、安価なウォールステッカーで隠した。

 

 部屋が少しだけ明るく、整理整頓されたことで、アオイはより集中して仕事に取り組めるようになった。夜遅くまで資料を読んだり、トレーニングプランを練ったりしても、以前ほど苦にならなくなった。部屋に戻ってくるのが、少しだけ楽しみになった。それは、単なる住居ではなく、アオイ自身の成長を支える「基地」のような存在になったのだ。

 

 それは、直接的にお金を生み出す投資ではないかもしれない。しかし、アオイは感じていた。この快適な空間が、自分自身の心と体を休ませ、明日への活力を与えてくれる。そして、それが結果として、トレーナーとしてのパフォーマンス向上に繋がり、ステラの育成に良い影響を与え、将来の収入増に繋がるのだと。

 

 知識への投資、そして住環境への投資。それは、派手さはないが、アオイの足元を確実に固めていく作業だった。それは、貧乏の泥沼から抜け出し、黄金の道を歩むための、地道で確実なステップだった。貧乏トレーナーの黄金の道は、着実に、しかし着実に、アオイを前へと進めていた。そして、その道の先には、かすかな光が見え始めていた。

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