ステラの走りが変わり、私の収入も増えたんです。
『稼ぐ能力を高めよ』
お金だけじゃない、自分の力で道を切り開く喜びを知りました。
収入の十分の一を貯蓄し、欲望を統制し、知識や環境に投資する。アオイはツムギ老人から学んだ教えを愚直に実践し続けた。それは、決して楽な道ではなかったが、アオイの心には確かな手応えがあった。
その結果、布袋の中の金は、ゆっくりだが確実に増えていった。それは、アオイの努力が形になったものだ。そして、アオイ自身のトレーナーとしての知識とスキルも、着実に向上していた。それは、アオイの頭の中に蓄積された、誰にも奪われることのない財産だ。
学んだ栄養学を活かした食事管理、専門書で得た最新のトレーニング理論、そして予算管理で培った効率的な資金運用。これらを組み合わせることで、アオイは限られた予算の中でも、担当ウマ娘たちにとって最も効果的かつ効率的な育成プランを立てられるようになっていた。
無駄な支出を抑え、本当に必要なものにだけお金を使う。それは、アオイの得意技になりつつあった。
特に、ホシノステラとのトレーニングには目覚ましい変化が現れていた。スタート練習では、アオイが自作した補助具と、セミナーで学んだ視覚誘導の理論を組み合わせた独自のメニューを取り入れた。管理された食事やサプリメントは、高価ではないが、ステラの体質やトレーニング内容に合ったものを選んだ。アオイは、ステラの些細な変化も見逃さず、トレーニング内容を柔軟に調整していった。
その努力はついに実を結び、ある日の模擬レースで、ステラはこれまで課題だったスタートを、驚くほどスムーズに決めた。それは、まるでゲートから飛び出す矢のようだった。そして、終盤の末脚を最大限に活かし、見事に一位でゴールした。タイムも、これまでの自己ベストを大きく更新した。
「やった……! ステラ、素晴らしい走りだった!」
アオイは思わずガッツポーズをした。スタンドから、ステラに大きな拍手を送った。ステラも、自分の走りに手応えを感じたのか、いつになく晴れやかな、達成感に満ちた顔でアオイの元へ駆け寄ってきた。
「トレーナー! 今日のスタート、すごく良かったでしょ!? なんか、ゲートが開いた瞬間、体が自然に反応したっていうか! 最後までスパートをかける感じも、前よりずっと良くなった気がする!」
「ああ、ステラ! 素晴らしい走りだった! ステラの努力の成果だよ! 本当に強くなった!」
アオイはステラを称賛した。彼女の笑顔を見るのが、アオイにとって何よりの喜びだった。しかし、アオイ自身も分かっていた。これは、ステラの才能と努力だけでなく、自分がこれまでに投資してきた知識と、それを実践するための資金管理の成果でもあるのだと。それは、アオイの金が、アオイの頭の中で働き、ステラの体の中で働いた結果だ。
■
模擬レースでのステラの活躍は、学園内で小さな話題となった。これまでアオイを馬鹿にしていたライバルトレーナーたちも、少し驚いたような顔をしていた。彼らの間で、アオイの育成手腕について囁かれているのが、アオイの耳にも入ってきた。
カネモチトレーナーは、アオイの元へやってきた。彼の顔には、以前のような嘲笑はなく、露骨に不機嫌そうな色が浮かんでいた。
「へえ、アオイ君のところも、少しはやるようになったじゃないか。まあ、模擬レースなんて、所詮遊びみたいなもんだけどね。本番で勝てなきゃ意味ないさ」
相変わらず嫌味な言い方だったが、以前のような見下した態度は少しだけ和らいでいるように感じた。アオイは、カネモチの言葉に動揺することなく、静かに、しかし力強く答えた。
「ありがとうございます。でも、私たちにとっては、どんなレースも真剣勝負です。そして、本番でも勝つつもりです」
アオイの毅然とした態度に、カネモチは一瞬言葉を詰まらせた。そして、鼻を鳴らし、去っていった。アオイは、彼の後ろ姿を見送りながら、心の中で誓った。いつか、本当のレースで、彼をギャフンと言わせてやる、と。そして、お金の力だけが全てではないことを、証明してみせる、と。
ステラの模擬レースでの結果は、他の担当ウマ娘たちにも良い影響を与えていた。アオイのトレーニング方法に対する信頼感が増し、彼女たちの練習への取り組み方も真剣になったのだ。アオイは、それぞれのウマ娘の個性や適性に合わせたトレーニングプランを、予算内で最大限に効果が出るように調整した。彼女たちの小さな成長を見るたびに、アオイはトレーナーとしてのやりがいを感じるようになっていった。
そして、彼女らの実力が向上する事と時を同じくして、アオイの「稼ぐ能力」も、少しずつ向上し始めていた。ウマ娘のトレーニング効果が上がり、模擬レースで結果が出始めたことで、学園からの評価が少し上がり、担当できるウマ娘の数が増えた。それに伴い、収入もわずかではあるが増加したのだ。それは、アオイの努力が、ついに金という形になって返ってきたものだ。
増えた収入の一部は、もちろん「十分の一の貯蓄」に回された。布袋の中の金は、以前よりもさらに厚みを増した。残りの九分は、以前よりも少しだけ余裕を持って、生活費やウマ娘の育成費に使うことができるようになった。高価なトレーニング機材はまだ買えないが、以前は諦めていたサプリメントや消耗品を、少しだけ質の良いものにすることができるようになった。それは、小さな変化だが、アオイにとっては大きな進歩だった。
ツムギ老人は、アオイの報告を聞いて、静かに微笑んだ。その目は、アオイの成長を心から喜んでいるようだった。
「うむ。バビロンの第六の知恵は、『稼ぐ能力を高めよ』だ。お前さんは、自身の知識と努力によって、自分の稼ぐ能力を高めた。それは、富を得るための最も確実で、最も尊い方法の一つだ。それは、誰かに頼るのではなく、自身の力で道を切り開くことだ」
老人は続けた。
「金は、お前さんの奴隷だ。だが、その奴隷を増やし、より多くの仕事をさせるためには、お前さん自身がより優れた主人となる必要がある。知識を深め、スキルを磨くこと。それは、お前さんがより多くの金に命令するための力となる。それは、お前さんが富という軍隊を率いるための、指揮能力だ」
アオイは、自分が歩んできた道を振り返った。貧乏で、どうすればいいのか分からず、ただお金がないことを嘆いていた日々。カネモチトレーナーに馬鹿にされ、担当ウマ娘に申し訳ない気持ちでいっぱいだった日々。それが、ツムギ老人との出会い、そして「バビロンの大富豪」の教えによって、少しずつ変わり始めた。
お金に対する考え方が変わった。お金は、単に使うものではなく、自分のために働かせるもの。そして、そのお金を働かせるためには、自分自身が賢くならなければならない。欲望を統制し、知識に投資し、稼ぐ能力を高める。それは、アオイにとって、新しい生き方そのものだった。
アオイは、布袋の中の金を見つめた。以前よりも厚みを増した布袋。それは、アオイの努力と成長の証だった。この金が、これからもっと、自分のために働いてくれるだろう。そして、ステラをはじめとする担当ウマ娘たちの夢を叶えるための力になってくれるだろう。
貧乏トレーナーの黄金の道は、アオイ自身の汗と、そして少しずつ増えていく黄金と共に、力強く続いていた。それは、単なる物質的な富を築く道ではなく、アオイ自身の人間的な強さを築く道でもあった。そして、その道の先には、かすかな光が、より明るく輝き始めていた。