バビロンの蹄鉄   作:灯火011

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少し余裕ができて、初めて将来を考えられました。

『将来の備え』

あの頃の不安が、少しずつ安心に変わっていったんです。


第六話:住居と将来、安定への第一歩

 アオイの経済状況は、目に見えて改善していた。収入の十分の一を貯蓄し、欲望を統制し、知識と自身に投資した成果が、少しずつ、しかし確実に現れてきたのだ。

 担当ウマ娘たちの成績が向上し、模擬レースで結果が出始めたことで、学園からの評価も上がり、収入が増えた。布袋の中の金は、以前の数倍にも膨れ上がっていた。それは、アオイの努力が積み重なった、確かな証拠だった。

 

 ついには以前のような極貧生活からは脱却し、食事も栄養バランスを考えたものを摂れるようになった。コンビニ弁当やカップ麺、もやしだけの料理に頼ることはついになくなり、自炊で栄養のある食事を摂るようになった。

 ボロボロだったジャージも、新しいトレーニングウェアに買い替えた。学園寮の部屋も、以前より快適になり、集中して仕事に取り組める環境が整った。壁の剥がれはウォールステッカーで覆われ、安価な棚には資料が整理され、デスクライトの光が手元を明るく照らしている。小さな観葉植物は、アオイの心を癒してくれた。

 

 経済的な余裕ができたことで、アオイは将来について具体的に考えられるようになった。これまでは、日々の生活とウマ娘の育成で精一杯で、将来のことなど考える余裕はなかった。

 明日どうなるかも分からないのに、遠い未来のことなど考えられるはずもなかった。しかし、今は違う。足元が安定したことで、顔を上げ、遠くの未来を見据えることができるようになった。

 

 ツムギ老人は、バビロンの第七の知恵として「将来の備えをせよ」という教えを説いていた。

 

「人生には、予期せぬ出来事が起こるものだ。晴れた日ばかりではない。突然の嵐に襲われることもある。病気、怪我、あるいは予期せぬ大きな出費。そういった困難に立ち向かい、自身と大切な者を守るためには、日頃からの備えが必要だ。それは、嵐に備えて避難場所を用意しておくようなものだ」

 

 老人は、ウマ娘の世界における「将来の備え」について語った。

 

「担当ウマ娘が怪我をした場合の治療費。それは、時に莫大な金額になるかもしれぬ。彼女たちが選手生命を終えた後のセカンドキャリア支援。そしてお前さん自身の老後の生活。トレーナーとして、いつまでも最前線で働けるわけではない。これらは、今から備えておくべきことだ。それは、お前さんの未来を守るための、強固な貯水池のようなものだ」

 

 アオイは、ステラのことを考えた。彼女はまだ若いが、いつか必ず引退する日が来る。その時、彼女が安心して次の人生に進めるように、トレーナーとして何かできることはないだろうか。ウマ娘の中には、引退後に苦労する者もいると聞く。ステラには、そんな思いをさせたくない。

 

 アオイは、貯めた金の一部を、将来のための備えとして別の口座に移すことにした。それは、布袋の中の金とは別の、特別な金だ。これは、すぐに使うための金ではない。ステラの引退後の支援や、自分自身の不測の事態に備えるための金だ。

 額はまだ少ないが、将来への漠然とした不安が、少しだけ和らいだ。それは、心の重荷が一つ降りたような感覚だった。

 

 また、アオイは自身の住居についても、改めて考えるようになった。学園寮の部屋は快適になったとはいえ、いつまでも寮に住み続けるわけにはいかない。将来的に、自身の事務所を構えたり、担当ウマ娘たちのための専用施設を整えたりすることも考えたい。それは、アオイにとって、トレーナーとしてのさらなる飛躍を意味する。

 

 ツムギ老人の「住居を資産にせよ」という教えは、アオイの中でより具体的な意味を持つようになった。それは、単に快適な空間を作るだけでなく、将来的な資産形成に繋がるような住まいを選ぶことかもしれない。例えば、将来的に売却益が見込めるような物件や、事務所としても利用できるような物件のこと。

 

 もちろんアオイは、今すぐに大きな家を買うことはできないが、将来的な目標として、自身の事務所兼住居を持つことを考え始めた。それは、アオイにとって、トレーナーとしての独立と成功の象徴となるだろう。そのためには、さらに貯蓄を増やし、賢く投資していく必要がある。アオイの新たなモチベーションが生まれた。

 

 そして経済的な安定は、アオイの精神的な安定にも繋がった。以前のような焦りや不安は減り、落ち着いて物事を考えられるようになった。それは、ステラとの関係にも良い影響を与えた。アオイが経済的に安定し、将来について真剣に考え始めたことで、ステラもアオイに対する信頼を一層深めた。

 以前はアオイの貧乏さを心配したり、不満を口にすることもあったが、今は違う。アオイの努力と成長を認め、彼に全幅の信頼を寄せている。

 

「トレーナー、次のレース、どこに出るか決めた?」

 

 ステラが、アオイに尋ねた。アオイは、予算ノートとレースカレンダーを見ながら、慎重に検討していた。経済的な余裕ができたことで、以前は諦めていた、遠征費が高く、ステラの適性にも合ったGⅢレースへの挑戦を視野に入れることができるようになった。それは、ステラの才能を、より大きな舞台で輝かせるためのチャンスだ。

 

「うん、ステラ。考えているレースがあるんだ。少しレベルは上がるけど、ステラならきっとやれる。君の力を、もっと大きな舞台で試してみたい」

 

 アオイがそう言うと、ステラの瞳が輝いた。それは、まるで夜空に輝く星のような、希望に満ちた光だった。

 

「もしかしてGⅢ!? 本当に!? やった! トレーナー、私、頑張るよ! トレーナーと一緒なら、どんなレースでも頑張れる!」

 

 ステラの嬉しそうな顔を見て、アオイは胸が熱くなった。経済的な問題で、彼女の可能性を狭めることはもうない。彼女の夢を、全力でサポートできる。それは、アオイにとって何よりの喜びだった。

 

 経済的な安定は、アオイに新たな自信を与えた。それは、単にお金を持っているということではなく、自分自身で富を築き、それを管理できるようになったという自信だ。それは、誰かに頼るのではなく、自身の力で道を切り開いてきたという自負だ。

 

 貧乏トレーナーだったアオイは、ツムギ老人から学んだ七つの知恵を実践することで、着実に、しかし確実に、一流トレーナーへの道を歩み始めていた。そして、その道の先には、ステラと共に掴み取る、輝かしい未来が待っているはずだった。それは、単なる物質的な成功ではなく、アオイとステラの絆が試される、そしてさらに深まる未来だ。

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