『危険から財産を守れ』
自分の信念を曲げちゃいけない。
富を得ても、自分自身を見失わないことの大切さを学びました。
GⅢレースでの勝利は、アオイとホシノステラの名前を一躍有名にした。学園内はもちろん、ウマ娘ファンやメディアからも注目される存在となった。スポーツ新聞の一面には、ステラの写真と共に「貧乏トレーナー、GⅢ制覇!」という見出しが踊った。テレビのニュース番組でも、アオイとステラのサクセスストーリーが取り上げられた。
貧乏トレーナーだった頃には考えられなかった状況に、アオイは戸惑いながらも、喜びを感じていた。自分の努力が認められたこと、そしてステラの才能を多くの人に知ってもらえたことが嬉しかった。学園内の他のトレーナーたちの見る目も変わった。以前アオイを馬鹿にしていた者たちも、今では尊敬の念を込めた視線を向けてくる。
そんなアオイの元には、様々な依頼や誘いが殺到していた。他のウマ娘の担当トレーナーになってほしいという依頼、高額な報酬を提示する企業の顧問の話、最新のトレーニング機材のモニター依頼、メディアからの取材申し込み、そして怪しい投資話や共同事業の誘い……。
「アオイトレーナー、この度はおめでとうございます! 実は、素晴らしい投資のお話がありまして。元本保証で、年利がなんと……」
「アオイさん、ぜひうちの会社の顧問になっていただけませんか? トレーナーとしての経験を活かして、高額な報酬をお約束します」
「アオイ先生、この度開発した最新のトレーニング機材、ぜひ試していただけませんか? 今なら特別価格でご提供できます。先生の評価があれば、飛ぶように売れるでしょう」
「アオイさん、一緒に新しいトレーニング施設を作りませんか? 資金は私が全て出しますから、先生には名前を貸していただくだけで……」
様々な人物が、甘い言葉と共にアオイに近づいてきた。中には、明らかに怪しい儲け話や、アオイの名声だけを利用しようとする者もいた。以前の貧乏なアオイなら、こうした誘惑に簡単に乗ってしまっていたかもしれない。目の前の大金や、楽に儲けられるという話に、飛びついてしまっていたかもしれない。
しかし、アオイはツムギ老人から学んだ教えを忘れていなかった。
『危険から財産を守れ。儲け話には必ず裏があると考えろ。それは、甘い蜜で誘惑する毒だ。お前さんが理解できないものには、決して金を投資してはならぬ。それは、見知らぬ土地で道に迷うようなものだ。そして、信頼できない者の話には耳を傾けるな。彼らはお前さんの金を奪おうとしているかもしれぬ』
アオイは、一つ一つの誘いを慎重に吟味した。本当に信頼できる相手なのか? その話は、自分自身が理解できるものなのか? そして何よりも、その話は自分の信念、つまり担当ウマ娘の育成と自身のスキルアップに繋がるものなのか? お金儲けのためだけに、トレーナーとしての本分を忘れてはならない。
怪しい儲け話や、自分の名声だけを利用しようとする誘いは、全て断った。高額な報酬に目が眩みそうになることもあったが、ツムギ老人の言葉を思い出し、欲望を統制した。それはアオイにとって、欲望という獣との終わりのない戦いの一つだった。しかし同時に、アオイはもう、欲望の奴隷ではなかった。
一方で、アオイは自身の知識やスキルアップに繋がるものには、惜しみなく投資した。最新のトレーニング理論に関するセミナーへの参加、ウマ娘の心理学に関する書籍の購入、そして他の分野の専門家との交流。これらは、アオイのトレーナーとしての幅を広げ、より多くのウマ娘の才能を引き出すための力となった。それは、アオイ自身の「稼ぐ能力」を高めるための、最も確実な投資だった。
■
ある日、アオイはツムギ老人の元を訪れた。最近の状況を報告し、名声と誘惑の中で、自分がどのように判断しているかを話した。始まりの日に受け取った、今にも吹き飛びそうだった布袋の中の金は、GⅢの賞金も加わり、以前とは比べ物にならないほど重くなっていた。
ツムギ老人は、アオイの話を静かに聞いていた。その目は、アオイの成長を心から喜んでいるようだった。
「うむ。お前さんは、富を得るための七つの知恵を実践し、成功を収めた。貧乏から身を起こし、富を築き、そしてGⅢレースを制した。それは素晴らしいことだ。多くの人間が、
老人は、アオイに穏やかな視線を向けた。
「だが、お前さんは違う。お前さんは、富を得ても、自身の信念を見失わなかった。誘惑に打ち勝ち、自身の道を歩んでいる。それは、
アオイは、ツムギ老人の言葉に深く頷いた。自分が欲しかったのは、単なるお金ではなかった。お金によって得られる、担当ウマ娘の夢を叶えるための力であり、自分自身がトレーナーとして成長するための機会だった。そして、何よりも、自分の力で人生を切り開いていくための自由だった。
「ツムギさん。私は、ツムギさんから教えていただいた知恵のおかげで、ここまで来ることができました。貧乏だった私に、希望を与えてくださった。本当に、感謝しています」
アオイは、心からの感謝を伝えた。ツムギ老人の存在なくして、今の自分はあり得なかった。
ツムギ老人は、静かに微笑んだ。その笑顔は、まるで長年育ててきた弟子を見守る師のようだった。
「感謝するならば、その知恵を活かし続け、さらに大きな富を築くことだ。そして、その富を、お前さん自身の、そしてお前さんの大切な者たちの幸せのために使うことだ。富は、お前さんを幸せにするための道具だ。道具は、正しく使えば役に立つが、間違った使い方をすれば、自身を傷つけることもある」
老人は、遠い空を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「バビロンの賢者たちは、こうも言っていた。『富は、それを分かち合うことで、さらに大きくなる』と……。それは、富という名の種子を、他の土地に蒔くようなものだ。蒔かれた種子は、やがて芽を出し、成長し、新たな富を生み出す」
富を分かち合う。アオイは、その言葉の意味を考えた。自分が得た知識や経験を、これからトレーナーを目指す若者たちに伝えることだろうか? 経済的な問題で夢を諦めそうになっているウマ娘たちを支援することだろうか? あるいは、ウマ娘の世界全体を、より良いものにしていくために、自分が貢献できることは何だろうか?
アオイは、まだその答えを明確に見つけられてはいなかった。しかし、自分が得た富と知識を、自分だけのものではなく、誰かの役に立てたいという思いが、アオイの心の中に芽生え始めていた。それは、アオイの新たな目標となるだろう。
GⅢレースでの勝利は、アオイに名声と富をもたらしたが、それ以上に、自分自身の信念を確認し、将来について深く考える機会を与えてくれた。貧乏トレーナーだったアオイは、ツムギ老人から学んだ知恵によって、単なる成功者ではなく、人間的に成長したのだ。そして、その道の先には、まだ見ぬ、さらなる高みが待っていた。それは、ウマ娘の頂点、GⅠレースへの挑戦だ。