暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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100.塔

 

 『飢野(うえの)動物園』は鬼火に呑み込まれ、消滅した。

 人間の来園客、職員たちも。

 檻から飛び出した動物たちも。

 そして、戦っていた檮杌(とうこつ)も。

 鬼童丸は全てを焼き払い、決着をつけようとした。

 

「…………」

 

 天に昇る爆炎が晴れ、炭と化した動物園の跡地に一人。鬼童丸だけが立っている。

 彼自身もろとも鬼火で焼いたものの、超強力な再生力が命を守ったのだ。

 とはいえ、消費した妖力はあまりに多く。継戦は、『四凶』ほどの相手には難しくなっていた。

 

「ガッ…………ハァ……ッ……!」

 

「……!」

 

 鬼童丸の耳に咳の音が飛び込んでくる。

 音のした方にバッと顔を向ければ、真っ黒に焦げた何かがおもむろに立ち上がりかけていた。

 

「…………」

 

 鬼童丸は理解する。

 仕留めきれていなかったのだと。

 

「……まさかァ、そんな技まで持ってるとはな! 驚いたぜ、鬼童丸……。そして案外、効いたよクソッタレ!」

 

「……」

 

 焦げた肉体は、鬼童丸が(まばた)きをする間に治癒。無傷の姿の檮杌が、顔を上げた。

 口汚く(ののし)りながらも、檮杌の顔には笑みが浮かんでおり。ポーカーフェイスながら、疲労が溜まってきている鬼童丸とは対照的だった。

 しかし変わったこともあり、それが彼の()()である。

 

「へっ……結構しぼんじまったぜ。てめぇに焼かれたせいで、妖力が逃げちまった。だがま、こっちの方がお前とはやりやすいかもな! パワーは出るが、あの姿はいかんせん鈍臭えからな!」

 

「……」

 

「なぁんだ、面食らってんのかぁ? だが当然か! なんせ俺は『四凶』最強の男! 饕餮(とうてつ)が仕切ってるように見えて、あいつは俺の舎弟(しゃてー)なんだ。真のボスは俺」

 

 まだマッシブさが残っているとはいえ、檮杌の体格は巨大な(サイ)のような肥大したものから細身姿に戻っていた。

 喋り方も流暢に戻っており、彼が言うように鬼童丸からの攻撃で元の姿を維持できなくなったのだ。

 また、饕餮は檮杌に従ってはいない。それでも檮杌は本気で自身が『四凶』のリーダーだと疑わないのは、知能の低さからくるもの。

 

「てめぇのおかげで俺も焼かれてよぉ。だが、イイ感じに熱かったぜ? お前も()()()()()()()()()()()()?」

 

「……!」

 

 往々にして、知能の低い動物というのは脳での思考にエネルギーを使わない。

 全てのエネルギーを、肉体に回すのだ。

 鬼童丸の脳に、最悪のシナリオがよぎる。

 

「そろそろいくか!? 100パーセント解放の次元によォ!!」

 

 檮杌の出力はこれまで八割。 

 それを全解放するつもりだった。

 妖力の奔流が真っ黒な荒野に解き放たれる。鬼童丸は「そうはさせまい」とすぐさま飛びかかるが、拳は檮杌に届くことはなく──

 

「さあ行くぜッ、フルパワーだぁああああッ!!」

 

「ッ──」

 

 鬼童丸は妖力の圧に押し出され、檮杌から吹き飛ばされて遠ざけられてしまう。

 次の瞬間、檮杌の足元が盛り上がり、黒く焦げたレンガタイルを突き破って巨大な存在が出現。そのまま勢いよく、空へと上昇していった。

 

「ギャハハハハハハハハハハ!!」

 

 檮杌の笑い声は、空へ空へと遠ざかる。

 地面から現れたのは、長く、高い巨影だった。

 焼き払う前の動物園に現れていた、木造の長屋。それらが練りかたまり、塔のようにして。地下から際限なく伸びていったのだ。

 

「…………」

 

 塔を見上げる鬼童丸。

 長屋の塔は、彼の目測では300メートルを超える高さになっていた。

 そしてその頂上に、檮杌が待っている。

 鬼童丸はフッと息を吐くと、姿勢を低くする。地面を脚力だけで抉り、猿やリスよりも速く、塔を駆け上がった。

 長屋はもろく、鬼童丸のパワーでは片足で蹴った瞬間に崩れてしまう。

 が、彼はそれよりも素早く塔を登るため、体勢を崩したりするようなこともない。

 ピンボールマシンのように、跳ね上がっていく。

 

「へへっ……意外と速ぇじゃねえか」

 

 異常なスピードで下から迫る鬼童丸。

 彼を上から見下ろしながら、檮杌が素敵に笑った。

 

「今度こそ殺してやるぜ、鬼童丸!」

 

「ッ……!」

 

 笑う檮杌を見上げながら駆け上がる鬼童丸。拳を握り、振りかぶって迫る。

 

「オルルアァッ!!」

 

「フッ──!」

 

 同時に拳を放つ。

 クロスカウンターを決めるように。二人の腕がすれ違い、互いの拳が顔面をしっかりと捉えて殴りつけた。

 

「んガッ……!」

 

「っ……」

 

 次の一手が早かったのは、鬼童丸。

 檮杌の頬にめり込ませた拳を開き、彼の顔の左半分を思いきり掴みあげる。

 そしてそのまま、全力で──

 

 

 ブチブチブチィィッ!

 

 

「うギャアァアアアアアァァッ!!?」

 

 檮杌は大口を開け、思わず絶叫した。

 鬼童丸は彼の左顔の皮膚を無理やり引っ剥がし、頬を引きちぎる。

 左の口角が裂けて広がり、左頬から口の中が丸見えになっていた。

 

「フゥゥッ……!!」

 

「あがッ、ビャッ…………!?」

 

 檮杌の顔の皮を放り捨てると、鬼童丸は彼と同じ足場に飛び上がる。

 そして拳を構えて腰を落とすと、彼の両手の中に赤く燃える鬼火が揺らめいた。

 

「うがああぁああああ────ッ!!」

 

 鬼童丸は超高速で拳を檮杌に叩き込み、いくつもの拳の痕を刻みつけていく。

 鬼火により、拳の痕には焦げ目もついており。

 極め付けには、むき出しになった檮杌の口がのぞく左頬に、鬼火の塊をねじ込んだ。

 体が浮き上がるほどの威力で殴られた彼は、口の中に突っ込まれた拳ごと鬼火を爆破され──頭部が、弾け飛ぶ。

 

「おバッ……バッ……!!」

 

「フンッ──!」

 

「バぁあああぁああっ!?」

 

 頭がバラバラになり、体勢を崩す檮杌。

 その心窩部に間髪入れずに拳を叩き込む鬼童丸は、そのまま塔から檮杌を叩き落とそうと押し出した。

 空中に体が放られる檮杌。そのまま地上へ落下──

 

「……!?」

 

「……ぶはぁっ! へはははは! まぁだまだ死なねえよォォッ!!」

 

 まるで檮杌を救おうとするように、塔から長屋が枝のように伸びて落下する彼を拾い上げる。

 頭部を再生させた檮杌は、床を蹴って再び鬼童丸に殴りかかった。

 もろく、狭い、不安定な足場で応酬は激化する。

 

「ッ……!」

 

「ハハッハーーッ!」

 

 檮杌の筋肉量は少なくなかったが、能力の影響により身体能力は高く保持されていた。

 彼と鬼童丸は互角に殴り合い、血飛沫を撒き散らす。

 皮膚を裂き、肉を潰し、骨を折る。

 そうした負傷をことごとく再生させ、無傷を上書きしあいながら、二人の戦いは繰り広げられ続ける。

 

「落ちるのはっ……てめぇの方だァッ」

 

「っ……!?」

 

「ハハッ、真っ逆さまに落ちていきなぁ!」

 

 隙をつき、鬼童丸の腹に鋭い蹴りを打ち込む。

 革靴のまま戦っていたのが災いし、鬼童丸は足元を滑らせて足場から落ちてしまう。

 檮杌の"記憶の解放"は彼にとっては都合よく働き、落下する際には足場を生成した。

 しかし公平な戦場としては機能せず、鬼童丸の落下には塔は反応しなかった。

 

「フッ!」

 

「ゲッ、嘘だろ!?」

 

 鬼童丸は背後に燃える"火焔光背(かえんこうはい)"を一際燃え上がらせると、ジェットとして働かせる。

 炎を背中から噴出させ、体を浮き上がらせて足場へと戻った。

 目を丸くして驚く檮杌は動きを止めてしまい、鬼童丸から着地と同時にアッパーカットを貰ってしまう。

 

「ぼがぁ!? やろっ──」

 

「フン!」

 

「うごおおっ……!?」

 

 顎を砕かれた直後に、前蹴りが鳩尾(みぞおち)に突き刺さる。

 前屈みになって悶える檮杌。

 丸めた背中に、鬼童丸は肘打ちを食らわせようと腕を振り上げる。

 

「ぉお返しだぁああ!」

 

「ッ……!?」

 

「ハハッ……もっとおもしれぇモン見せてやるよッ」

 

 怯んだと見せかけて、檮杌は仕返しのアッパーを鬼童丸に放った。

 見事に顎を打ち抜いた後、彼はそう言って鬼童丸から離れる。

 塔からまたも潰れた長屋が飛び出し、新たな足場となると、檮杌は伸びていく長屋の集合体に乗ってさらに上空へと昇っていった。

 

「……!」

 

 「もっと面白いもの」。

 檮杌がそう言い残したものが何なのか、鬼童丸には見当もつかない。

 だが、その正体はすぐに明らかとなる。

 鬼童丸は伸びていく長屋の枝を一瞬見送ると、床を破砕しながら飛び跳ねて檮杌を追った。

 

「!」

 

 鬼童丸が足を止める。

 視界の端に、一瞬黒い塊が見えたのだ。

 謎の物体に気づいた直後、すぐにそちらへ顔を向けたがそこには何も無く。そもそもそこは空中であり、何かあろうはずもない。

 だが、鬼童丸は確かに見えていた。

 

「ッ…………!?」

 

 直後、鬼童丸の頭上に大きな影が出現する。

 その巨影は十字架にも似た形をしており、彼は一瞬「巨大な鳥か」と疑った。

 だが実際は全く違うものだった。

 聞く者の耳を潰すほどの轟音。機械の駆動音を響かせるそれは、戦闘機であった。

 

「能力を十分に発揮するにはよぉ、やっぱそこで起きた出来事ってやつをしっかりおぼえとかねーとな!」

 

 目を見開く鬼童丸。

 彼を上の足場から見下ろす檮杌は、口を吊り上げて笑った。

 

「知ってるかぁ、鬼童丸ぅ? とーきょーだいくうしゅうをよ!」

 

 上空に現れたのは、爆撃機B-29。

 一機だけではない。

 鬼童丸が見渡す限りの空いっぱいに、鉄の塊が飛んでいた。

 東京大空襲。百年の時を超え、現代にて再び引き金が引かれたのだった。

 

 

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