暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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101.茨木の焔

 空を覆い尽くすほどの爆撃機の群れ。

 鬼童丸がその光景に呆気にとられているうちに、B-29は焼夷弾(しょういだん)の投下を始める。

 先程彼の視界の端に映ったのは、まさしく投下された焼夷弾の一発だったのだ。

 

「っ……!?」

 

 雨のように落とされていく焼夷弾。

 目下に広がる、黒焦げの動物園。その外にまで着弾は免れないほどに、爆撃機は広がって飛んでいたのだ。

 ただひとつ、従来の戦闘機ではあり得ない点があり、それはB-29の飛行速度である。

 無数の機体は確かに飛んでいるが、それらは全てその場でほとんど進まず、滞空していた。

 

「ハハハッ、炎の雨が降るぜェェ!」

 

 檮杌の雄叫びと共に、落下していく焼夷弾がついに地面に激突。

 塔の下で、いくつもの爆炎が広がった。 

 飢野動物園が存在する、胎東(たいとう)区。その空から降る鉄の雨は止まることを知らず、地面を打つ。

 街中では空を指差し怯える人々の姿があり、彼らは炎に呑まれて焼かれていった。

 

「……!」

 

 焼夷弾は鬼童丸の頭上にも降り注ぐ。

 傘よりも一回り大きい鉄の棒が、彼らが立つ長屋の塔すらも焼き尽くさんとしていた。

 

「フッ……!」

 

「フン! 流石にこの塔崩されちゃあ、たまったもんじゃねぇからな。俺もこの高さから落ちたこたぁねぇからよ、いてーのは困るし」

 

 鬼童丸はスピードに特化した平手で焼夷弾をはたき、塔の外へと打ち落とす。

 檮杌も焼夷弾を手で掴んで遠くへ放り投げるなど、塔を守るように徹していた。

 木造の塔を崩されては、二人は数百メートルの高さから落下し硬い地面に叩きつけられることになる。その上、体も燃やされるのだ。

 いくら不滅の檮杌でも、尋常でない再生力と耐久性をもつ鬼童丸であろうと、ただでは済まないダメージになるのは確実だった。

 

「…………」

 

 檮杌は鬼童丸よりも数十メートル上の足場にいる。

 焼夷弾はなおも降り注いでおり、地上はもはや火の海と化していた。

 鬼童丸は、決着を急ぎたい一心である。

 彼の目的は『四凶」の討伐と、瑞子戦の準備を整えること。瑞子が本気で暴れ出した際には、東饗(とうきょう)そのものが全て水に押し流されて終わる。

 檮杌との戦いを終わらせて、茨木童子と合流することを急がねばならなかった。

 

「──!」

 

 覚悟を決め、鬼童丸は足場を駆け上がる。

 途中で靴を脱ぎ捨て、空からの焼夷弾を回避して足場に着弾した瞬間に跳躍。炎上から逃れる。

 ただし、地上の塔の根本や途中の一部、今の回避による焼夷弾着弾により、火の手は塔にも及んでおり。

 もろい木造の塔の寿命は、数分に縮まっていた。

 

「そういうの、"蛮勇"って言うんじゃなかったか? 鬼童丸。だがいいぜ、ケリつけてぇのは俺も一緒だからな!」

 

「ッ!」

 

「炎の海でラストダンスだ!」

 

 下から迫る鬼童丸を、ニヤけながら誘う。

 檮杌もまた足場を蹴飛ばし、鬼童丸に迫った。

 

「カァアアアアアッ」

 

 叫びながら拳を掲げ、飛び込んでいく檮杌。

 再び殴り合いが起きる……かと思えば、鬼童丸は拳を握らずに檮杌を迎えるように両腕で構えを取った。

 突っ込んでくる檮杌の拳を避け、彼の体を抱きとめると、上から下へ向かってきた勢いを利用して体を回転。

 右足の指で塔の足場を掴むと、上空へ檮杌を投げ返す。

 

「なにッ」

 

「フッ──!」

 

 鬼童丸はその足趾(そくし)の握力で体を塔へと引き戻し、足場に立つ。

 体を放られた檮杌へ、両手を合わせて妖力を昂らせた──

 

「ッ…………!?」

 

 突如、彼の真横の壁が破壊される。

 突き破って出てきたのは、B-29であった。機体の先端で体を打たれ、鬼童丸もまた空中に投げ出されてしまう。

 だが、彼は攻撃態勢を解かなかった。

 背後に昇る"火焔光背(かえんこうはい)"。その炎をさらに巨大に燃え上がらせれば、鬼童丸の背後で、炎が大きな翼を広げるように形を変える。

 

「ッと……! あ、危ねぇ……で、今度はなんだ!?」

 

 なんとか同じように足場に戻った檮杌は、鬼童丸の爆発的な妖力の上昇に気がつく。

 だがその時には、全てが遅かった。

 焼夷弾の炎の海に落ちゆく鬼童丸は、全身全霊の鬼火を湧き上がらせ、檮杌、そして天空の鉄の凶鳥たちに向けて放った。

 

 

 ──"鬼火・迦楼羅(かるら)"

 

 

 "火焔光背"が巨大な鳥の頭に変化。

 塔よりも太い体を持つ巨鳥となった鬼火の奔流(ほんりゅう)は、鬼童丸の体があるよりも上の足場を全て呑み込みながら檮杌へ迫る。

 

「こ、こいつは流石にまッ──」

 

 檮杌はなす術なく炎の鳥に呑み込まれる。

 迦楼羅はそのまま翼を広げて大空へ飛び立ち、体を回転させて炎の翼を街一つ分を覆い尽くすほどに広げれば、B-29の編隊を全て焼き払う。

 甲高い咆哮を上げ、迦楼羅は窮奇(きゅうき)の影響による曇天で閃光を放ちながら爆発、胎東区上空の雲を全てを晴らしてしまった。

 

「……──」

 

 妖力を使い果たした鬼童丸は、薄目をなんとか開けつつも力無く地面へ落下。

 300メートルを超える高さから、真っ逆さまに。頭から落ちていった。

 

 

───────────

 

 

「………………!」

 

 鬼童丸はパチリと目を開ける。

 彼は地面に激突した後、しばらく気を失っていたのだ。

 なんとか命だけは守られたが、彼の右半身は強打した衝撃でぐちゃぐちゃにひしゃげており、鬼の再生力をもってしても治癒することができなくなっていた。

 

「…………」

 

 力を振り絞って上体を起こそうとする鬼童丸。

 体をろくに動かせない中、周囲も火に包まれており絶体絶命という状況を切り抜けられてはいなかった。

 近くのガレキに背中を預け、上空を見上げてみれば、(そび)えていた長屋の塔は消え去っており。檮杌の能力が、消失したことを表していた。

 

「ハァ……」

 

 やっと終わったか。

 そう断じて、鬼童丸はため息を吐いた。

 が──

 

「ウ、ガ……ァァ…………」

 

「……!?」

 

「ア、ァァ……キ、ド……マァル……!!」

 

 炎が揺らめくガレキを押しのけ、黒い存在がよろめきながら立ち上がる。

 檮杌である。

 人間の形をかろうじて保っており、真っ黒に焦げたまま()れた声で鬼童丸の名を呼ぶ。

 焼夷弾の炎と、鬼火。消えにくい二種類の炎で焼かれたために、彼は現在進行形で火だるまになっていた。

 

「ガァ、アアアアッ!」

 

「……」

 

「…………ふぅ。ったく、クソっ、あちいじゃねぇかよ! 全然消えねぇじゃねぇか!?」

 

 檮杌は体を激しく震わせる。

 その勢いで炎は消えはしなかったが、勢いは弱まり、檮杌の焦げた姿も治ってしまう。彼はまだまだ余裕を持ち、大袈裟なリアクションをあえてとる。

 体中に小さな火をまといながら、檮杌は満身創痍(まんしんそうい)の鬼童丸に近づいた。

 

「フハハッ、この勝負、俺の勝ちだな! 俺は鬼より圧倒的に強いことが証明された!」

 

「……っ」

 

「くぅやしいか〜〜? 安心しろよ、テメェの肉は俺がおいしくいただいてやるからよ!」

 

 鬼童丸の目の前に腰を下ろし、舌なめずりをする。

 完全なる決着。勝負の覇者は檮杌となった。

 彼が(うそぶ)く"自然の世界"では、弱いものが肉となり、より強いものに食べられる。

 鬼童丸に腕を伸ばす檮杌が、勝者として淘汰する。

 そうなるはずだった。

 

 

「てめぇにやる肉なんてねぇんだよ」

 

 

「……あ?」

 

 檮杌の背後に人影が現れる。

 挑発的な言葉を投げかけたその者は、本来右腕がある場所に一本軸の通った部位はなく。パタパタと、風ではためく袖だけがあった。

 鬼童丸は、無事な左目でその者を見上げる。

 檮杌は、戦意をむき出しにして振り返った。

 

倅殿(せがれどの)が世話になったな」

 

「てめぇは……茨木ど──オガァアアアッ!?」

 

 立ち上がり、振り向いた先にいたのは茨木童子だった。

 身長では檮杌の方がずっと高く、彼が見下ろす形になるも、言葉が紡がれる最中に茨木童子の左裏拳が顔面に炸裂。

 檮杌の長身が、ガレキに当たりながら吹き飛ばされてひしゃげてしまう。

 

「……いつまで手こずってると思って来てみれば、派手にやられたじゃないか。俺の右腕ともあろう者が……」

 

「……」

 

 隻腕の若社長。そうした風貌でありながら、茨木童子の威圧感は尋常ではない。

 手負いで動けない鬼童丸は、彼の言葉を聞いて申し訳なさそうに視線を伏せた。

 

「とっとと終わらせて、『虎水館』へ行くぞ」

 

「おおぉお終わるかよぉお〜〜っ……! あたらしいヤツが来たってんなら、俺と遊んでけよ!」

 

 突っ込んだガレキを吹き飛ばし、檮杌が無傷のまま立ち上がる。

 彼の目にもはや鬼童丸は映っておらず、自身を殴り飛ばした茨木童子だけを見ている。

 新たな獲物。標的。敵。

 道理も都合も解さぬ獣もといバトルマシーンは、拳を掲げて鬼の長に挑んだ。

 

「……"鬼炎(きえん)二河白道(にがびゃくどう)"」

 

 茨木童子は手の中に、小さな鬼火を生成する。

 陰陽玉のように赤と青の火が混ざったそれを、人差し指と中指で弾き、檮杌へと飛ばした。

 

「ハッ、しゃらくせぇ!」

 

 ピンポン玉程度の鬼火を、檮杌が警戒するわけがなく。

 腕を振るって消し飛ばそうとした。

 が、彼の腕が鬼火に触れた瞬間、爆発。

 

「ンバッ──」

 

 爆発は赤と青の炎が入り混じる、巨大な柱となって。

 檮杌を呑み込んで天に昇った。

 

「うっとうしい。消えてろ」

 

 茨木童子はそれだけ言うと、鬼童丸の左腕を掴んで引っ張り上げる。

 そうして左肩に忠義の部下を担ぎ上げると、悠々と歩いてその場を去っていった。

 炎に包まれた檮杌は、その体が完全に焼き切れ、細胞の一つも残らなくなるまで燃やし尽くされ──再生する間もなく、即死に導かれたのだった。

 

「──檮杌(あいつ)といい、玉藻といい……。どいつもこいつも勘違いしてやがるな。なあ、倅殿(せがれどの)

 

「……」

 

「酒呑殿が不在の中、戦っているのは倅殿。だからなんだろうが。どいつもこいつも忘れてやがる。今この日本で最強の鬼は、この茨木童子だということを」

 

 

 

 




キャラクター紹介
檮杌(とうこつ)
種族:半人半妖 年齢:3000歳以上
身長・体重:190cm・86kg
古代中国を支配していた、三皇五帝の末裔たる人間である。しかし生まれながらに持っていた異形と異能を理由に、捨てられた過去を持つ。
気性が荒く、極めて野蛮で戦闘狂な性格をしている。人間からは「瞋恚(しんに)(=わがままで激しい怒りに駆られる)」の化身とも呼ばれ、恐れられていた。後述の能力により不死性を発揮しており、とにかく戦うことを好む。戦いの果てにやがて相手が体力を消耗していき、身体能力の差があろうとも勝利することができていた。
能力は"本能と記憶の解放"であり、本能の解放により自身の強化や周囲の動物の凶暴性を高めることができる。記憶の解放では、その土地の歴史を実体化させて戦場を書き換えたり、無傷の自身を解放させ続けることで無限の再生を実現していた。
饕餮に次いで貪欲でもあり、玉藻による復活後は人間社会の恩恵を饕餮と共に貪っていた。また、彼の能力は檮杌本人にとって都合の良い方向に、無意識に発動する。彼に味方する者の意志は、ここに現れている。
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