暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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102.激流の檻

 西神宿(にししんじゅく)の街並みは、荒れ狂う激流に呑み込まれていく。

 崩壊した『一目連龍水道(はじめれんりゅうすいどう)』本社ビルの前で、妖力を解き放った瑞子(みずこ)が引き起こした現象である。

 

「呑んでみろよ、饕餮(とうてつ)!」

 

「くっ……!」

 

 四方八方から荒れ狂う波が迫り、饕餮はたじろぐ。

 

(捕食形態(あっち)ならこの程度の攻撃、大したこたぁねぇが……変身までの時間がねぇ! 変身した瞬間、瑞子の水流弾の餌食になる!)

 

 完全に吹っ切れた瑞子は、饕餮を殺すのにもはや欠片の躊躇(ちゅうちょ)はない。

 彼の水鉄炮から放たれる水流弾、高水圧カッターは音速を超える。

 饕餮がこの大波が迫る中で変身するには、その攻撃を耐える必要があるった。

 

「ハッ……音速超えの攻撃ができるやつが、そんな隙くれるワケねぇよな」

 

 迫りくる激流。感覚を研ぎ澄ませている瑞子。

 変身途中、片方に意識を向けていれば、もう一方の攻撃をもらうことは確実である。

 饕餮は変身を諦め、地面を蹴って跳躍する。

 そして再び体を液体化させ、近くの背の低いビルへと空中を滑りながら向かっていった。

 

「逃げるのか?」

 

「!?」

(先回りしてやがった……!?)

 

 ビルの屋上に着地した饕餮の先には、なんと瑞子の姿が。

 先に動いたのは饕餮だったというのに、彼が気づかぬほどのスピードで瑞子が先回りしていた。

 

「別にいいんだぜ。それなら背中から殺すからよ」

 

「なっ、舐めるなぁ!!」

 

 饕餮は拳を握り、瑞子へ殴りかかる。

 

「今更当たらねェよ」

 

 瑞子はその場から一切動かず、饕餮の大振りのパンチを受ける。

 顔面に拳を受け、水風船が弾けるように瑞子の体も水飛沫(みずしぶき)を上げた。

 液体化による物理攻撃無効。瑞子にダメージは無い。

 

「狙いはお前じゃねぇよ!」

 

「なに?」

 

 饕餮はニヤリと口角を上げると、そのまま振り抜いた拳を屋上のコンクリートに打ち込んだ。

 現在の狩猟形態の饕餮は、無限の胃袋と口を弱体化させた代わりに、パワーとスピードが大幅に上昇している。

 その拳が一発でビル全体にヒビを入れ、倒壊させ始めた。

 

「……!」

 

「結局水に触れなきゃあ、てめぇは全く怖くねぇ! 環境の支配さえどうにかできれば、お前より俺の方が上だ!」

 

 饕餮は手のひらで瑞子の体に触れようと迫る。

 崩れゆくビルの上で、瑞子は思わず体勢を崩しその攻撃をもらいそうになった。

 

「そうかよ。めでてェ頭だ」

 

 饕餮の手のひらには、"口"がついていた。

 互いに液体化してからの激闘で、瑞子の体積を削っていたのはこれである。

 手の中の口で瑞子を吸い上げようとする饕餮だが、慢心する彼に対して瑞子は冷静に──冷徹に、妖力を操る。

 

「フッ──」

 

「うぐおあああ!?」

 

 饕餮の手が瑞子に触れる直前、ビルの一階から無数の水の槍が飛び出しその腕を串刺しにした。

 

「"淤加美神輿(おかみみこし)"」

 

 足場を失って落下する二人。

 瑞子はぐっと拳を握る動作を行うと、ビルを完全に呑み込むかのように巨大な波が建物を囲む。

 そして瑞子とビルごと、饕餮を水中に閉じ込めた。

 

「っ…………!?」

(くそっ……水の(おり)か!)

 

 呼吸ができない水の檻。

 四階建ての建物を包む水の塊は、中に封じた饕餮を逃すまいとどんどん巨大化していく。

 数十メートル離れた位置にある『一目連龍』本社、その四階までもを呑み込み、道路上では自動車や自転車も呑まれて浮いていた。

 

『逃げれるもんなら逃げてみな』

 

「ッ……!」

(瑞子!)

 

 もがく饕餮の前に瑞子が現れ、静かに言い放つ。

 水中では会話でのコミニュケーションが取れないため、彼は饕餮の魂に言葉を投げかける。

 

(上等だ……また液体化して、水面まで浮上してやる!)

 

 息を止めたまま、饕餮は肉体を黒い汚水へと変化させていく。

 だがその次の瞬間──

 

「ゴボガボッ……!?」

(んなっ……!? な、なんだっ……水流!?)

 

 体の末端から進めた液体化だったが、液状となったその肉体の一部はすさまじい勢いで水底へ引きずり込まれていった。

 それだけではない。

 足は底へ。手は、上へ引っ張られていった。

 

(うおおおおっ!? これはっ、水圧の操作で!? 向きがバラバラの細かい水流が、俺の体にはたらいてやがるんだ!)

 

『ご名答』

 

「!」

 

『一センチ四方ずつにかかる水圧のうち、上下にはたらく力を強化している。液体化してもいいが、その瞬間、お前の体はバラバラになって──消える』

 

 "淤加美神輿(おかみみこし)"はただの水の檻ではない。

 この巨大な水のドームを一センチ四方ずつに区分けし、それぞれ全く別の方向にかかる水圧を超強化している。

 並の人間ならば、一瞬で無数の肉片に引き裂かれるほどの水圧である。

 液体化すれば饕餮も細かくバラバラにされ、膨大な水によって希釈され、消滅する。

 むしろ固体のままの肉体が無事という事実は、饕餮の狩猟形態がそれだけ頑丈ということを表していた。

 

『このままチェックメイトでもいいが……。どうだ? まだ何か手があるか?』

 

「っ……!」

 

『早々に諦めりゃあよ、この世で一番苦しいらしい"溺死"ぐらいは勘弁してやるよ。諦めねェなら知ったこっちゃねェ。そのまま死ね』

 

 冷徹に言い放つ瑞子に、饕餮は悔しげに歯ぎしりする。

 しかし彼の息もすでに限界に近づいており、このままでは酸素不足により溺死におちいることは免れない。

 

(……プライドは捨てる、だったか? それでも調子に乗る悪癖は変わってないらしい……。とはいえ、俺がピンチってのもそうだがな……!)

 

 降参を促された饕餮だが、従う気はさらさらなかった。

 

(そんなに時間は経ってねぇな……。なら、()()使()()()()()())

 

 饕餮はおもむろに両手を重ね合わせると、妖力を充填し始める。

 その構えは、瑞子が屈していた玉藻のそれであり──

 

『! なにを──』

 

「ククク……!」

 

 瑞子が異変に気づくが、遅かった。

 ニヤリと笑う饕餮は、紫電色と黄金色の妖力を解き放った。

 

 

 ──"天魔照(あまてらす)"!

 

 

 放射線の性質を模倣した、圧倒的妖力の奔流。

 『四凶』全員で玉藻と相対した際、饕餮はこの技を喰らっていた。

 饕餮が模倣できるのは、その口で喰らってからおおよそ三時間までの間。

 "天魔照"を喰らってから、まだ模倣可能な時間の限界を迎えておらず使用することができた。

 

「ぶはぁっ! はぁ……はぁ……。どうだ、瑞子……鳴河!」

 

 光線ではなく、爆発として放たれた"天魔照"。

 饕餮を包んでいたスタジアムほどの体積の水の塊を吹き飛ばし、ようやく彼は解放される。

 なだれ込んでくる酸素を肺いっぱいに取り込み、水が引いたコンクリートの上に着地した。

 

「……!」

 

 "天魔照"の余波により、周囲の建物もガレキに変わり。

 西神宿一帯が破壊し尽くされた。

 人間たちも、津波と爆発により生存者は一人もおらず何も動くものは付近には無い。

 そう思っていた饕餮の視界の端で、何かが動いた。

 

「っ!? なっ!?」

 

 饕餮がそちらへ顔を向けた瞬間、水でできた巨大な存在が突進。大きな口を開け、彼を呑み込んでしまう。

 

「ガボボボッ…………!」

(なんだこりゃあっ……魚か!?)

 

 饕餮を呑み込んだのは、大型バスのようなサイズの魚だった。

 口の近くには(なび)く髭があり、魚の正体は(こい)であると饕餮は察する。

 水の鯉は饕餮を体内に捕えると、暴れながら地面を跳ね回る。そうして勢いをつけ、泳ぐようにして空へ上昇した。

 

(なっ、何をっ……)

 

 鯉の滝登り。

 水はないが、空中を泳ぎなら神宿区を一望できるほどの高さにまで昇る。

 すると鯉の体は弾け飛び、その水飛沫の中から瑞子が姿を現す。

 

「瑞子っ──!」

 

 名前を叫ぶ饕餮だが、瑞子は応えない。

 彼は饕餮の顔面の上半分を鷲掴みに、今度は地面へ真っ逆さまに落下していく。

 自由落下に加え、瑞子は体から激流をジェット噴射して加速。その水流の軌道が長い尾を引き、瑞子の体も龍のように変化していく。

 

「てめっ……ゴバボワッ……グゥッ」

 

 饕餮を掴む手も水に変わり、彼の顔のあらゆる穴に侵入して苦しめる。 

 その様は、巨大な水の龍が饕餮の体を咥えたまま地面へ突進していくというもの。

 池と化していた落下地点から一気に水が引き、硬いコンクリートが露出。

 龍となった瑞子は、そのまま饕餮の体をその場に激突させた。

 

 

 ──"昇鯉墜龍撃(しょうりついりゅうげき)"!!

 

 

「ッ…………ガッ……!!」

 

 百メートル以上の高さから、思いきり後頭部を打ちつけられた饕餮。

 衝撃により周囲には網目状に亀裂が走り、西神宿という土地そのものが砕かれてしまう。

 大気を揺るがす衝撃波は、ガレキすらも吹き飛ばしていた。

 

「あッ……あぐ…………」

 

「やるな。まだ生きてるのか。生命力だけは無駄にあるみてェだぜ」

 

 喀血(かっけつ)し、白目を剥いて痙攣(けいれん)する饕餮。

 間違いなくダメージは入ったものの、外傷はほとんどなく脳震盪(のうしんとう)だけで済んでいた。

 その異常な硬さに驚きつつも、瑞子は態度を崩さず、いよいよトドメを刺そうと迫った。




キャラクター紹介
鬼童丸(きどうまる)
種族:鬼 年齢:1000歳以上
身長・体重:191cm・97kg
極道組織『赫津鬼会(あかつきかい)』の若頭にして、酒呑童子の実子たる鬼。
恵まれた強力な肉体と、鬼火を操る並外れた才能を持つ。千年前から茨木童子の忠実な右腕であり、彼は鬼童丸に鬼火を教えた師でもある。
非常に寡黙で一言も言葉を発さない上、筆談もせず、日本語を扱うことを嫌っている。これは酒呑童子を討伐した人間を憎んでいるからであり、発声器官自体は存在している。
茨木童子が四大財閥『暁グループ』の運営にも追われる中、『赫津鬼会』の指揮の半分以上を鬼童丸がとっている。資金源は金融業(闇金)、風俗店などの後ろ盾となりみかじめの徴収、地上げ、違法売買(薬物、武器)。東饗(とうきょう)の暴力団組織の中では『赫津鬼会』は歴史が浅いが、鬼の力により他組織を跪かせ、吸収して巨大化した。
鬼童丸の父親は酒呑童子であるが、母親は不明である。いつの間にか茨木童子の側に現れたことから、鬼たちの間では「女に化けた茨木童子が、酒呑童子との間につくった子」と噂された。
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