暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「そろそろトドメるとするか……」
瑞子はそう言いながら、大の字になって倒れる
そして手を水流に変化させ、拳銃型に練り上げるとその銃口で饕餮の眉間に狙いを定めた。
「想像以上の耐久力だったが、貫通に特化させた攻撃は十分通じるのはわかってる。"
「…………」
「今度こそ死ね」
冷徹に言い放ち、瑞子は水鉄砲の引き金を引く──
「ウプッ」
「!」
「オボッ……ゴッ、ゴボボォッ…………!」
仰向けになっていた饕餮が、突然喉奥から水音を響かせ始めた。
嘔吐が起こる前兆──反射だった。
「チッ……!」
異変を察知した瑞子はすぐにその場を跳び退き、饕餮から距離を取った。
ただの嘔吐ではない。
根拠は無いが、千年以上戦いの中に身を置いてきた瑞子の直感がそう告げていたのだ。
「ウウボォオオオエエえええぇぇっ!!」
「…………!!」
(き、きったねェ…………)
饕餮の胸、喉、頬が順番にボコボコっと膨れ上がる。その次の瞬間、爆発させるかのように
最初はただの透明な水であったが、徐々に黒い濁りが混ざっていき、やがて饕餮が元々操っていた黒い粘液をぶちまけるように。
高く吹き上げられた吐瀉物は高く舞い上がると、そのまま吐いた本人にかかっていく。
饕餮の全身を、粘液が包んでいった。
「ゲボッ……う、うぅ〜〜〜〜……き、気持ちわる……。ゲェェっ、ゲホっ、ゲフッ」
「……。マジに何なんだこいつ……」
饕餮が咳や
体の痛みや瑞子にまず言及しないことから、彼のその様子を見ていた瑞子は「やはり大したダメージは与えられていない」と推察していた。
加えて、粘液をかき分けて姿を現した饕餮は、先程まで瑞子と戦っていた狩猟形態ではなく元の捕食形態に戻っていた。
「ハァ……ハァ……いやぁ、中々やりますねぇ瑞子さぁん。まさか、あっちの姿で負けるとは……初めての経験でしたよぉ」
「相性だろ。さっきまでの姿じゃあ、俺の水は飲みづらいんじゃなかったか? だから物量で押し切られたら負ける。
「はぁい、一長一短ということですねぇ〜〜」
肩で大きく息をする饕餮。
傷こそ与えられていないが、体力は確実に削られていた。
「今度はそっちの姿でやろうってか?」
「ええ、どうやら本気の
ニヤリと笑いそう言った饕餮に、瑞子は間髪入れず水鉄砲を向ける。
音速を超える水流の一閃が放たれた。
「うぎゃっ」
饕餮は悲鳴を上げ、後ろへ倒れる。
当たった感触は確か。瑞子は狙った箇所への直撃を確信する。
が、妖力は消えない。
「……ウフフフフっ、甘いですねぇ〜〜!」
まるで背骨が存在しないかのように、粘液に覆われた体をぐねりと曲げて上体を起こすと、瑞子に口の中を見せつける。
水流は口でしっかりと受け止められ、飲まれてしまっていた。
「ハッ、食うことに関しちゃあスピードも馬鹿にできねェか。嘘ばっか吐きやがって」
「なんのスピードが
饕餮は妖力を
再び全てを喰らい尽くし、自身の体積を増やして瑞子を呑み込むつもりである。
「フン……」
瑞子は鼻を鳴らすと、水鉄砲の形を崩す。
ただの水にして、自身に吸収した。
それを見ていた饕餮は、煽るように声を上げる。
「おお〜〜っ、諦めモードですか。それも良いでしょう! 私の胃袋は、まさしく虚無! 底なしの無そのものなのです。何者も等しく、歓迎しますよぉ」
「バカ、諦めるわけねェだろ。ただ一つ……聞いときてェことがあってな」
瑞子は装束となっている水に手を突っ込み、ポケットに両手をしまう格好をとった。
何かを企んでると考えたい饕餮は、少し考えて聞き返した。
「ほう……何です?」
「お前さ──」
「──好きな料理なに?」
「……え?」
一瞬動きが完全に止まり、間抜けな声を出してしまう。
予想外な質問、ただの一つだけで。
「フン!」
「うぐあっ!?」
瑞子はポケットに入れた手から、高圧水流を撃ち出す。
反応しきれない饕餮は"口"を展開するのが遅れてしまい、とっさに首をかしげて水流を避けた。
しかし、彼の右耳は犠牲となり。血の
「くあっ……! くぅっ、くだらないっ……味なマネをッ!」
「オラァァッ!」
「ゴハァッ」
してやられた饕餮は怒りをにじませるも、痛みに意識を向けてしまったことで全てが後手に回る。
瑞子の急接近を許し、蹴り上げを顎に食らう。
水流と化して宙に浮いている瑞子は粘液に足をつけておらず、そのまま饕餮に殴る蹴るのラッシュをお見舞いした。
「うがッ、ぶはっ……くぅあッ、"
「っ!」
顔面に執拗に攻撃をもらう饕餮は、逆転に賭けて胴体に大きな口を生成。
歯茎を剥き出しにした巨大な口は、目の前に浮遊する瑞子を呑み込まんと勢いよく吸引を開始する。
水と化した瑞子の体は分離しやすく、無数の水滴となって大口の中に吸い込まれつつあった。
「……! 掴みやすいのがあんじゃねェか!」
「んがっ」
瑞子は饕餮の頭部に目をつけると、そこに生えるねじれた山羊角を鷲掴みにする。
そうして体が吸い込まれないようにすると、液体化を解除して饕餮の顎に膝蹴りを食らわせた。
「ゴヘェェっ!?」
体勢を崩す饕餮は、背中から粘液の海に倒れ込む。
瑞子は巻き込まれないように再び液体化し、粘液が呑み込んでいないガレキの上へと逃れた。
「たしかにな。さっきよりお前、鈍臭くなってるぜ。もっと言うと弱くなってる」
「く、くぅ〜〜……!」
「あれか、あらかじめ色々準備しとかないとあんまり強くねェタイプか? 俺がビルの中でやられかけた時も、お前が先に粘液を建物の中に広げてたもんな。よーいどんで始まる殴り合いは苦手らしい」
「……ウフフ……知った風な口を聞きますねぇ。果たして本当にそうですかぁ?」
「実際、俺の方が有利だろうが。何見て言ってんだ」
瑞子は冷たく言い返す。
悔しそうに口をゆがませる饕餮だが、すぐにおどけた表情に戻る。
「なるほど……。そこまで言うのであれば、お見せしましょうか。私の、本当の"
「なんだと……?」
「とくと見なさい──"
饕餮がそう
黒い粘液が細く伸び、先端に口がついたそれは瑞子の方へ向けられた。
「なにを……」
瑞子が警戒すると、触手の先端の口が開き、ドス黒い妖力を昂らせた。
真っ黒な光という、あり得ない
「ッ……!?」
瑞子はガレキの上で身を
標的を失い、ひたすらに直進する妖力光線はそのままビルの残骸を貫通していく。
完全な円形の穴を穿たれたガレキだったが、直後、異変が起こる。
『くわああああっ』
『ぎゃああああああっ』
『がああっ、くああっ』
饕餮の妖力を当てられたコンクリートのガレキの表面に、無数の"口"が出現する。
それらは唾をまき散らし、舌を振り乱し、鳴き声を上げていた。
瑞子の背に鳥肌が立つ。
「こ、これは……!?」
「ウハハハハハハ! どうです、素晴らしいでしょう! これぞ、まさしく『四凶』の本質です!」
調子を完全に取り戻した饕餮は、上機嫌のまま言葉を続けた。
「『四凶』とは、"祝福"を受けた存在なのですよ。我々の生涯は血塗られ、呪われていると言われてきましたが……私はそうは思いません」
「いきなり何の話だ」
「言ったでしょう。『
「…………!?」
「人間が否定した、人間の
『四凶』は間違いなく人間に産まれたが、その異形や異能から捨てられた過去を持つ。
貪食の饕餮、瞋恚の檮杌、愚痴の渾沌、暴慢の窮奇。人間の毒そのものとして育った彼らは、それを恐れる者たちからすれば呪われた運命を辿っている。
が、饕餮はそれを否定した。
「我々の背後には"神"がいる。我々は認められているのです。人間が捨て去ろうとした毒、実際に捨てた『四凶』……しかし、我々こそが祝福を受けている。呪いという名の、
「てめェらのことなんざどうでもいい。興味ねェその話を続けるってんならッ──」
聞いてもいない話を続ける饕餮にしびれを切らし、瑞子は彼の元に再び飛び出そうとする。
が、足がガレキから離れることはなかった。
瑞子が足元に目をやってみれば、彼が乗るそのガレキにも"口"が現れており。足を噛み、捕らえていた。
「チッ!」
「我々という毒は、毒ゆえに伝播する。人間と社会に滅びをもたらす『四凶』は、ただ破壊によってそれを行うのではなく……人に眠る"
「!?」
(口調が……また……!?)
ガクガクと震え始める饕餮の体。
瑞子が気づいたように、彼の口調も丁寧語ではなく尊大なものへと変化しつつあった。
広がっていた粘液は本体の方へと収束していき、饕餮の体を駆け上がる。
白い腕を覆い、首を覆い、そして頭部にも絡んでいく。
饕餮の体はメキメキと音を立てながら再び巨大化を始め、まとわりつく粘液は鎧となった。
「毒に抗う者よ……
「……てめェ……何モンだ!?」
「我が名は
黒い粘液が硬質化した、二本の曲剣を握る彼の者。
彼こそが饕餮に力を与えていた、偉大な意志の正体だった。
戦乱と反逆。それらを司る、蚩尤の顕現である。