暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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104.蚩尤

「我が名は蚩尤(チーヨゥ)

 

「くっ…………!?」

(この威圧感……まさか本物の、神なのか!?)

 

 元の身長の倍近くに巨大化した饕餮(とうてつ)の体。

 粘液を鎧や武器に変化させ、三メートルを超える筋肉質な巨躯となったそれは、自身を"蚩尤"と名乗った。

 古代中国において悪逆を尽くした戦神。饕餮ら『四凶』の先祖である三皇五帝の一角、黄帝に牙を剥いた伝説を持つ。

 

『『『ぎゃははははははははははは』』』

 

「……チッ、うるせェな……!」

 

 饕餮の広げた、黒い粘液は消え去った。

 だが、その代わりに破壊され尽くした街中のガレキ、道路に無数の"口"が出現し、無機質な笑い声を響かせる。

 再び戦況を変えられ、余裕を奪われた瑞子は苛立ちを隠せない。

 

「毒に抗う者よ、この"蚩尤(チーヨゥ)"にも牙を剥くか」

 

「……饕餮はどうなった。いきなり割って入って何のつもりだ、てめェ」

 

「我は饕餮に()ばれ、赴いたにすぎぬ。戦の神に用があるとなれば、それは一つ。己が前に立つ敵を、打ち砕くため……」

 

 蚩尤は二本の曲剣を構えてみせた。

 

「ハッ……神ともあろうもんが……。饕餮とてめェの関係なんざ知らねェが、あいつも元々人間なんだろ? それでいいのかよ、神が人間の言うこと聞くばっかでよ──」

 

 瑞子の言葉をさえぎるように、蚩尤の剣が高速で振るわれる。

 趣も何もなく、一撃で命を奪おうと。

 その首を真っ二つにする薙ぎ払いが繰り出された。

 

「──神に作法も説くのもおかしな話かァ? まだ話してんだろうが」

 

「ほう、不死か。首を断ったというのに死なぬとは」

 

 瑞子の首が飛ぶが、すぐに胴体と頭部の断面から水流が伸びて結合。

 引き戻して頭がくっ付き、再生する。

 

「……」

(俺の液体化、もしかしてこいつ知らねェのか……? さっきまでの饕餮の戦いを、蚩尤(こいつ)は全く見てなかったのか)

 

「フム……。ならば──」

 

「……!」

 

 蚩尤は体から"力"を発する。

 彼は本来妖怪ではない。神やそれに連なる者が扱う力は全て、"神通力(じんつうりき)"と呼ばれ、妖力とは全く違う。

 "禺強(ユーチアン)"と対峙した(からす)が、その攻撃に妖力を感じられなかったように。

 

『くわああああっ』

 

『あがああああ!』

 

「なにっ!?」

("口"が増えやがった……!)

 

 鳴き声を上げる"口"がさらに数を増し、コンクリートやアスファルトに現れる。

 

「これだけではない。(くう)にもまた、我が貪欲の(しるし)は現れる」

 

 蚩尤がそう言うと、何もない空中にピピッと亀裂が走り。そして粘り気のある唾を撒き散らしながら、"口"として開いた。

 瑞子は驚愕する。

 

「空中に…………!」

(クソッたれ……! 戦の神とか言う割に饕餮と似た悪食野郎じゃねェか! 粘液に触れなきゃいいとか、そんなレベルじゃねェ!)

 

 蚩尤は確かに戦禍の神である。

 しかしその本質は貪欲さと狡猾さの極致であり、饕餮とも共通している。

 『四凶』らがそうであるように、蚩尤もまた、黄帝から王座を奪おうとしていた。

 その野心を持つからこそ、宿った先の饕餮もまた飽くなき渇望に狂う存在となったのだ。

 

「名も知らぬ水の戦士よ、この蚩尤の刃から逃れてみせよ」

 

()()()()()、あんま舐めんなッ!」

 

 瑞子は両手に巨大な水鉄砲を生成。それを抱え蚩尤に飛びかかる。

 空中に現れた"口"はさらにその数を増やし、瑞子の体を食い破っていく。

 それでも彼は怯まず、蚩尤の顔面に二つの銃口を向けて激流の弾丸を放った。

 

「ムン!」

 

「なっ」

(水を……ぶった斬りやがった!?)

 

「フンアァッ!」

 

 蚩尤の動きはあまりに速く。片手の曲剣だけで、二発の水流弾を真っ二つにして無力化してみせる。

 その動作を途切らせず、身をよじるように、腰を切るように高速の一閃を瑞子に繰り出す。

 

「んな攻撃効かねェよ!」

 

「無論、理解している。我が刃に、殺生の意図は無い」

 

「なんだと……」

 

 胴体を上下に分断される瑞子。

 もちろんこの程度では瑞子にダメージは無い。

 蚩尤が狙っていたのは、この後である。

 

『がああああっ』

 

『ぐああああっ』

 

「……!?」

 

 瑞子はまだ無事なガレキの上に着地すると、その体を再生させる。

 すると、あの"口"の笑い声が至近距離で響いた。

 おもむろに自分の体を見下ろした彼の目に、恐るべき光景が飛び込んできた。

 

「なッ……!?」

 

『ぎゃははははは』

『あはははははっ』

 

 瑞子の体の表面に、いくつも"口"が現れていた。

 

「どっ、どうなってんだこりゃあッ!? クソっ、気持ちわりィ!」

 

『あぎゃああああ』

 

「うっ……!?」

 

 自分の体に生成された"口"に、瑞子はどうすることもできず狼狽(うろた)えることしかできない。

 そうしているうちに、なんとまた胴体が分離してしまった。

 下半身側の断面を見て、瑞子は恐怖する。

 "口"があった。体の内側に現れたそれが、彼の胴体を食い破ったのだ。

 

「そなたの不死性、周囲から潤いを得て実現させていることは理解した。我が"口"は、あらゆるものに伝播する。この(くう)の、潤いにも……」

 

「空中の水にもっ……口を出してやがったのか!?」

 

左様(さよう)。ならば、それを取り込んだそなたにも口が現れるのも必然」

 

 再生をすれば、むしろ喰われる。

 だが再生をしなくては命を保てず、戦えもしない。

 スピード勝負に強引に立たされた瑞子は、意を決して再生を再開した。

 

「ッ……! 喰われ切る前にてめェをぶっ殺せばいいだけだ!」

 

「それが叶えばな」

 

 蚩尤も再び武器を構える。

 瑞子はガレキから降り、"口"が無数に開く地面を走り蚩尤に向かった。

 

「はァァァッ!!」

 

「ンンンッ!」

 

 瑞子は高圧水流を連射しながら接近。

 蚩尤は周囲をなぎ払う、曲剣の剣舞で応戦する。

 スピードならば瑞子も負けてはおらず、蚩尤の大振りの攻撃ならば難なく回避。鎧の隙間を狙って、水流を撃ち出す。

 だが蚩尤もまた本気を出しておらず、少し剣の動きを速めるだけで瑞子の体を刻むことができた。

 水と剣が入り混じる近接戦は激しさを増し、再生を繰り返す瑞子の全身に"口"が現れてしまう。

 

「その腕前……見事と言わざるを得ない。水の戦士よ」

 

「くうっ……!!」

 

 蚩尤も体表面のところどころから血を流し、瑞子の攻撃から確実にダメージを負っていた。

 しかし連戦と終わりのない貪りを受け、瑞子の疲労はすでに限界に達している。

 彼の動きは徐々に鈍っていき、大きな隙を見せたところで蚩尤の蹴りを受けて吹き飛ばされてしまった。

 

「うッ、がッ……!」

 

『あぎゃああああっ』

 

『くわああああ』

 

「我と一時的にでも肉薄できた者は少ない。己の力を誇るがいい、水の戦士よ」

 

 倒れる瑞子。その体には、大小さまざまな"口"が現れて「喰わせろ喰わせろ」と開閉している。

 体の内側では貪りが進み、彼の体がゆっくりバラバラに別れつつあった。

 

「貪りに果てるがいい」

 

 蚩尤は瑞子に背を向け、そう言った。

 瑞子は今にも去っていきそうな黒い鎧の背に手を伸ばすも、腕が内側から食い破られて落ちてしまう。

 断末魔は無く。一言も発ぬまま、瑞子の体は食い尽くされていった。

 

「……用は終わりか。饕餮よ、体を──」

 

 

 バキンッ!!

 

 

「…………?」

 

 蚩尤は本来の持ち主に体を返そうと、()()にいる饕餮に声をかける。

 その次の瞬間、硬い物が砕ける音が響いた。

 蚩尤の耳のすぐそばで鳴っており、「何事か」と周囲を見回す。

 が、何も変化は無い。

 最後に視線を落としてみると──

 

「…………!? これは……」

 

 黒いモノが落ちていた。

 それは、ねじれた山羊の角。つまり饕餮のものである。

 蚩尤は左角のあった場所に手をやるが、やはり何も無い。突如として、何かに角を破壊されたのだ。

 

「何者だ……。一体どこから」

 

 再び周囲に目を配るが、何もいない。

 ただ、頭上に暗い曇天が広がるばかり。

 

 

 ドン!!

 

 

「……!」

 

 今度は鈍い音が鳴る。 

 距離は耳から遠かったが、足に音と同時に振動が伝わった。

 見下ろす蚩尤。 

 足の近くに、丸い小さな穴が空いていた。

 

「一体、なんだと──」

 

 顔を上げた直後、彼の視界を上から下へ何かが横切った。

 そしてまた、鈍い音。

 地面に穴が一つ増えていた。

 蚩尤は空を見上げる。

 曇天。灰色どころではない、黒色に近い圧倒的な曇天が広がっていた。

 雲から降ってくるものなど。この夏では、一つしかあり得ない。

 

「まさか──」

 

 言いかけたところで、蚩尤の肩が血を噴いた。

 丸い、弾痕のような穴がそこにはあった。

 

「雨か!」

 

 攻撃の正体は雨だった。

 ポツ、ポツという一滴ずつの降下からすぐに小雨に移る。

 一滴のスピードと硬さは弾丸を超え、アスファルトに簡単に穴を空ける。蚩尤の鎧さえも、貫くほどだった。

 

「くうっ、何者の……まさか、先の水の戦士の……!?」

 

 蚩尤は黒い粘液を操り、盾を生成する。

 15センチの厚さを誇る盾は流石に貫けず、鈍い騒音を響かせながら雨粒は弾かれていった。

 瑞子の仕業。蚩尤はそう結論づけ、彼が倒れていたはずの場所に目をやった。

 いない。影も形も無くなっている。

 食い尽くして殺したのだから、生きていようとも死んでいようとも、その場にいないのは当然だった。

 

「ぐおおおっ!?」

 

 雨はより勢いづく。

 小雨を超え、雨粒が増える。

 スピードも更に増し、機関銃の掃射のように──そんなゲリラ豪雨が蚩尤を遅い、分厚い彼の盾さえも砕いて、その身を削り取り始めた。

 

「ぐおあああああ!!」

 

『ぎゃあああああ』

 

『ああああああっ』

 

 無数の"口"でさえも、その雨を食い尽くすことはできず。

 歯を砕かれ、舌をちぎられ、一つ一つ殺されていく。

 蚩尤も鎧を操って尚も防御に徹しようとするが、全てを貫く水のシャワーをどうすることもできない。

 おびただしい量の血を流しながら、叫ぶことしかできなかった。

 

「…………」

 

 そんな豪雨の中で、平気で立っている者がいる。

 雨はその者の体に当たると吸収され、攻撃としてはたらかない。

 誰あろう、瑞子である。

 

「……てめェを殺せたら、俺も"大妖魔"かな」

 

 瑞子は豪雨の中で曇天を見上げる。

 雲から地上に向けて、水でできた巨大な(つぼみ)が生えていた。

 彼が目をやると同時に、ゆっくりと開いていく。

 天に(かお)る、水の(はす)

 

「"天馨水蓮(てんきょうすいれん)"」

 

 瑞子の最大の奥義が今、発動する。

 

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