暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
荒野に捨てられた『四凶』たちは、ただ己の力を振るい、生き延びた。
風を駆り、荒野を己のものとし、苦しみに溶け込み、全てを喰らい──
剥奪された王座を求めて。
──全てをこの口で呑み込んできた……。人間も、その集落も、家畜も、作物も、土地そのものも……
特に
生物非生物問わず、人間人外問わず、老若男女問わず……
しかし、怒りもあった。己を捨て、尊厳を踏みにじってきた人間に対して。
だから彼は、人間を口に収める時、その悲鳴を浴びることにこだわり続けてきた。
──しかし……どれだけ喰らっても、どう貪っても、私は決して満たされることはなかった。
癒えることのない渇きは、彼自身の呪われた運命を肯定しなくては和らげることもできなかった。
──神の力を宿していると知った時、私はやはり王道を征く存在だと信じられた……。しかし……
何を喰らっても満たされず、何を飲んでも潤わず、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って、奪って────
──奪われるぐらいなら、奪いましょう。この世の全てを貪りましょう……! たとえどれだけ、私の喉が「本当に欲しいものはこれでない」と叫んだとしても──
──貪欲さだけが、私の"王道"なのだから。
心が折れなければ負けではない。
求めれば、いつかきっと満たされる。
そう言うかのように、饕餮の腹は音を響かせた。
───────────
「…………!?」
水の装束を解除し、一息ついていた瑞子。
饕餮を始末し、ガレキに腰掛けて休んでいたところで、彼は巨大な
「……な、んだ……!? この感覚……!? 大気が……!」
全てが揺れている。
地震などではない。大気ごと、まるで悲鳴を上げているかのように──硬いものが、ゴリゴリ削られていくかのような振動が、空気を伝って瑞子の体を揺らしていた。
「何か……来る…………!?」
瑞子はバッと立ち上がり、手に水鉄砲を生成。
新たな敵の出現に備えた。
「ッ!? これはっ、この妖力はまさかッ!」
ドンッと鈍い音が空から轟く。
それは確実に、何かがぶつかった音だった。
しかし天にそのような物体があるわけがない。天に広がるのは、雲だけである。
瑞子はその雲の先に感じ取った。
──まだだ……まだ終わらない……
どこからか響く、瑞子にとって聞き覚えのある声。
──食餌は、まだ──
「ッ〜〜!! 饕餮ッ……!」
『おぉわりませんよおおおおおおおおお!!!』
瑞子の耳をつんざく轟音。
ガラスが割れるような大きな、大きな破裂音は、天という空間の崩壊と共に放たれた。
晴れつつある曇天の真下で、空間そのものが割れて現れた"穴"から、巨大な存在が身を乗り出す。
饕餮だった。
「なっ……何だ、あの姿は!?」
上空を見上げ、驚嘆する瑞子。
彼の目線の先にある饕餮の姿は、これまで見せた三つの姿のどれとも異なっていた。
体は街一つを呑み込めるほどに巨大化し、山羊角は更に
『ぅうへはははははははははは!!』
「まさか……あいつ、
『ぅうぅまかったですよぉおおおあおおお』
饕餮は焦点の合っていない目を地上へ向け、聞こえているかも怪しい瑞子の声に返答する。
もはやまともに言葉を発音することも難しくなっているが、これは彼の"貪り"の結果であった。
彼は確かに瑞子の手で死に、黄泉へと送られた。
が、黄泉の神がより堅牢に作り替えた国でさえ、饕餮の貪欲を押さえることはできず……。饕餮は、黄泉という世界そのものの境界を喰い破り、食べ進んで、無理やり現世へ復活を果たしたのだ。
彼が顔を出す"裂け目"こそ、彼が喰い進んできた世界と世界の隙間のトンネルそのものである。
「チッ……!」
(まさかここまでどうしようもねェ野郎だとはっ……! 俺が言えた話じゃねェが、何やってやがんだ黄泉の神はッ!)
瑞子もまた黄泉から蘇った存在であるが、この饕餮ほど強引な手を使ってはいない。
他の妖怪たちが逃げ出し、生じた黄泉の境界の
世界という概念そのものまで喰らいだされては、もはや饕餮に喰らえないものなど無い。
瑞子を、饕餮の底なしの胃袋の恐怖が支配していく。
『うひひひひひひひひ! "
壊れた玩具のように笑う饕餮は、その巨大な口をおもむろに開けていく。
"貪食世界"。世界を貪るという宣言でもあるその技は、もはや貪りではなく、「たいらげた」という結果だけを万物に押し付ける。
「ッ!」
(これは……ガレキが、崩壊して……)
瑞子の周囲のガレキが
崩壊し、その粒は天へと昇り、完全に消失。
ガレキだけではない。地面も、雲も、瑞子の体も、端から徐々に微小な粒へと崩れて消えていく。
ただ饕餮は口を開けているだけで、自動的に世界が喰われていくのだ。
「クソっ、面倒な能力だらけだなっ! 再生はできるが……水自体も消えていきやがる。蒸発じゃなく消失ってのが、タチが
瑞子は消えていく体をすぐに再生する。
まだ命をつないでいられる余裕はあるが、空気中の水分も饕餮に喰われており、やがて再生そのものに限界がくることが確定していた。
しかし、今の状態で瑞子が饕餮に反撃することも難しい。
「……やっぱ喰われるかよ……っ」
試しに饕餮に向けて高圧水流を放つ。
地上から饕餮までの高度は400メートルだが、瑞子は水そのものを操り重力と空気抵抗による威力減衰を極限まで抑えていた。
つまり当たれば貫くのは簡単だということである。
だが水流は饕餮に届くまでの間に消失し、完全に喰われてしまった。
『むぅぁだですよぉおおぉおおおおっ。わぁたしはたべぇて、たぁべて、たぁああぁあああ』
「うるっせェ……!! そのムカつく声で喋ってんじゃねェよ!!」
『うひひははひへははははひははは!!』
間延びした口調はさらに度を越し、飛行機の飛行音のような轟音で喋るために瑞子は耳を塞いで声を上げる。
サイズ差、能力の相性により、もはや敵ではないとたかを括っている饕餮は、狂ったように笑うのみ。
(どうする……!? どうすれば、この化け物をぶっ殺せる…………!?)
瑞子は戦闘体勢を崩さないが、心の内では頭を抱えていた。
実力は確かに瑞子の方が上だったが、饕餮は黄泉の境界、そして現世の境界も喰らい、そこに宿る"神性"をものにした。
そうすることで得た力は莫大であり、実力差を完全に覆すことになったのだ。
もはや彼を止められるのは、本物の神だけである。
『うがああっ!?』
「!? な、何だ……!?」
"裂け目"の奥、饕餮の背後から細長い何かが伸び、現世へ飛び出す。
『んなぁあっ、な、なぁんですかぁあああこれはああぁあああ!!?』
「……? 何が起こってんだよ……一体……!?」
『ぶがぁああっ、むがああ、くぅぅっ、くらえないぃいいいい!?』
饕餮に巻きつく光る
それは細かな輝く呪文の集まりであり、これが饕餮の貪食の影響も受けることなく彼を縛り付けているのである。
紐はさらに裂け目から出現し、饕餮の角や裂け目を押し広げようとする手にも巻きついていく。
そして、彼を引き戻そうと力を加えた。
『ぅうううああああああああああっ!? はぁっ、はあなせえええええええええ!!』
「……まさか、黄泉の……」
『まだぁあっ、まだたりないぃっ!! まだっ、すべてをくらってぇえっ……くぅわせええろおおおおおおおおおお!!!』
饕餮は抵抗するが、紐の力はそれを凌駕していた。
力負けした饕餮は、断末魔と共に"黄泉"へと引きずり込まれていった。
空間の割れ目、"穴"は饕餮の姿が見えなくなると共に徐々に修復。そこに最初から何も無かったかのように、ヒビの一つも無く、世界の境界は元通りとなった。
「…………」
饕餮を見送った瑞子は、そのままその場に立ち尽くす。
現世に執着する山羊角の怪物の姿に、
妖怪という存在が、神に対してあまりに無力であり。そして、その姿がこれほどまでに哀れだというのかと、思い知らされたのだ。
故に、大妖魔は偉大な存在であるのだと。
瑞子の脳裏には、"神喰らい"があった。
「……お前も、健啖家だったか。だが……饕餮とは全く違ったな」
欲望に支配され、その矛先を道として王座を求めた饕餮。
"神喰らい"は神を喰らうという同じような貪食を果たしながらも、饕餮とはあり様が違う。
"神喰らい"は王を目指してはいなかった。支配者にも興味を示さず。
ただ、神だけを狙い──世界の頂を目指していた。
「……全てが終わったら、会いにいくのもありか。蘇ってるのかも、知らねェが」
瑞子は液体となり、元
その場に近づいてくる、二つの鬼の妖力を避ける様にして。