暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「瑞子がなぜ、人間を強く憎むのか」
地下神殿にて、茨木童子が口を開く。
テント下のデスクチェアに座り、その前には鴉と鬼童丸。そして生き残った『
「やつには妻がいた。元々やつらは
「……妻か。まさか、人間に殺されたのか? だから憎んでると?」
「ああ。ついでに、子どももな」
鴉の予想は的中した。
瑞子とその妻は、中国にいた時には力が弱かった。
競争に負け、日本に流れ着いた時。瑞子は"メイコウ"、妻は"ミズコ"と名乗り、ある山に住みつき始める。
「それが大体千年前。まあ、平安の頃だな。俺や
山に住むあらゆるものに、共通する価値観というものがある。
山に在るすべては、山の所有物。
神の所有権がはたらく。
それを手に入れるためには、狩り──すなわち、力が必要となる。
人間よりもずっと早く、自然の中で社会主義は生まれていたのだ。
メイコウとミズコもまた、その
「日本に渡ってきたメイコウとミズコ……。やがてそのつがいは、子を成した」
「……」
「……」
鴉と鬼童丸は黙って耳を傾けている。
茨木童子も、淡々と告げる。
「だが、その子どもは産まれることはなかった。産まれる前に死んだ」
「死産か」
「いいや、母親もろとも殺されたんだ。人間にな」
メイコウはある時、山の中で牛を見つけた。
妊娠しているミズコのため、食料を蓄えておきたかった彼は迷うことなく牛を狩り、その死体を棲み家に持ち帰った。
だが、その光景を人間に見られていたことに、メイコウは気づいておらず。
次の日、メイコウが狩りや採集から戻った時には──
「ミズコの腹が切り裂かれ、胎児を外に引きずり出されていた。とっくに冷たくなっていた二つの死骸は、メイコウが強者であった故に、隙をつかれて殺されたというわけだ」
「人間は、なぜそんなことを?」
「簡単だ。メイコウが狩った牛が、人間のものだったのさ。人間の所有物は、変わらず人間のもの。たとえ、山に迷い込もうとも……。価値観の違い、そうとしか言えぬことだ」
淡々と言い放つ茨木童子。
「隙をつかれて」という部分に鬼童丸は一瞬反応し、視線を落とす。
鴉も瑞子の過去を聞き、自身に重ねた。
価値観の違い。
加山は、『四大財閥』の作り上げた時代に染まらなかった。
それゆえに、過酷な戦いに身を投じ、命を落とした。
「…………」
(月兎が、死にゆく加山に何を言ったのか。それはなんとなくわかる)
ただ幸福を目指し、それを与える自分に酔う妖怪。
人間と妖怪は、決して相容れない。
(自らの意思で、試練の道を歩めること。それが、加山のような人間の本質であり、人間に潜在する美徳なんだろう。だが、現代の日本人の多くにそれは無い。玉藻に挑もうとする『
黄泉の使者『鴉』として、加山の意志を継ぐ者として、茨木童子や瑞子は肯定できない。
それでも、彼らには
鴉はそう感じてしまう。
「メイコウはそれ以来、人間を憎悪する。山に最も近かった人里を襲撃し、老若男女問わず殺害した。その殺し方も特徴的なもので、男の首を切り落とし、女の
「その憎しみを、今の今まで背負ってるってことか。だが、あいつは一度死んで黄泉から蘇った妖怪だろう? 妻とは、黄泉で再会できたんじゃないのか」
「そこまでは知らん。が、やつの憎しみが緩和していないところを察するに、答えはノーだろう。黄泉は黄泉で、
黄泉の国はその狭さにより、妖怪たちが自身の居場所をかけて争っていた。
力の弱い妖怪はその争いに巻き込まれ、魂ごと消え去る。
それは決して珍しいことではなかった。
「……茨木童子、お前なんで瑞子の過去なんて知ってる? 本人から聞いたのか」
「いや。千年来の妖の間じゃあ、広く知られてる話だ。だから多少、誇張は入っているかもな。気になるなら、瑞子に直接訊くといい」
「……遠慮しておく」
「フッ、そうか」
冗談を口にした茨木童子は、少しだけ口角を上げていた。
だが次の瞬間には、すぐに周囲を威圧するような元の表情へ戻る。
「──メイコウの名を捨て、妻の名前と自身の名前をもじり、
「……!」
鴉は固唾を飲む。
茨木童子は鴉に目線を合わせ、確かめるように言った。
「鴉、お前は加山優香の意思と、その復讐で動いてるよな」
「……ああ」
「なら、この世で一番瑞子に近い存在は……お前だ」
「!」
「どちらも亡き者のための復讐。人間への憎悪か、妖への
低く笑って見せる茨木童子。
それがむしろ、鴉の後ろに控える『赫津鬼会』に息の詰まるような緊張を与える。
そして同時に、地下神殿全体が轟音とともに揺れた。
テントやデスクが激しく揺れる──震度5強相当の、強い震動だった。
「……いよいよか」
茨木童子は、それが瑞子の放った洪水によるものだと推察する。
デスクチェアから立ち上がると、声を張り上げた。
「聞けッ、『赫津鬼会』! 東饗はついに水に沈んだ! 都内の人間どもは死に果て、日本社会もいよいよ終わりだ」
「「「……!」」」
「俺たちの目指す、"鬼の世"の
茨木童子は慢心しない。
倒そうとしている瑞子と玉藻を、少なからず強者としては認めるその敬意こそが、茨木童子を最弱から次なる最強まで引き上げた"肝"である。
「我々の戦いは、謳われる。そして、真の王が帰ってくる。我らが酒呑童子の王座、我らの手で奪い取るぞッ!!」
「「「おおオオォォッ!!」」」
二十八名の鬼の雄叫びが、地下中に響き渡る。
力強く、信念と忠誠に満ちた声は、同時に地上にも届いていた。
地下神殿を揺らす震動はさらに激しさを増し、鬼たちの足元には水たまりが広がりはじめていた。
「──今こそ
茨木童子は地下神殿の最奥を睨みつけ、爆発させるかのように妖力を解き放つ。
焼けつく妖力の波動に、鴉や周囲の鬼たちは思わず身じろぐ。
何事かと、鴉は茨木童子が妖力を放った方を振り向いた。
「……! 瑞子」
水たまりもとい、
そして、茨木童子の妖力に呼応するように。
水が空中へと持ち上がると、人型を形成する。
激流の装束をまとった、瑞子鳴河が姿を現した。
「──決着つけようぜ、鴉。『赫津鬼会』!」
「望むところだ」
瑞子は両手に巨大な水鉄砲を生成。
さらに足元の水から巨大な水の虎と、単眼の龍をも顕現させ、両脇に従える。
茨木童子は部下たちの前に立つ。
鬼童丸、そして鴉も彼に続いて立ちはだかった。
「
「ああ」
「……」
鴉は腰から刀を引き抜く。
鬼童丸も、シャツを脱ぎ去って上裸姿となり。
妖力を
「知ってるぜ。てめェらにも、譲れねェものがあるってことはな。だがそれは俺も同じだ。野望を叶えたいなら、超えていきな。この俺をッ!」
地下神殿全体を揺るがすほどの大音圧で、水の虎と龍が
炎と水。
怨嗟と憎悪。
玉藻への挑戦者が、決まる。
四大財閥・
瑞子鳴河