暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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113.『一目連』

「瑞子がなぜ、人間を強く憎むのか」

 

 地下神殿にて、茨木童子が口を開く。

 テント下のデスクチェアに座り、その前には鴉と鬼童丸。そして生き残った『赫津鬼会(あかつきかい)』の構成員たちが勢ぞろいしている前で。

 

「やつには妻がいた。元々やつらは大陸(中国)出身の水虎(すいこ)だが、若いときに()()()で日本に渡ってきたそうだ」

 

「……妻か。まさか、人間に殺されたのか? だから憎んでると?」

 

「ああ。ついでに、子どももな」

 

 鴉の予想は的中した。

 瑞子とその妻は、中国にいた時には力が弱かった。

 競争に負け、日本に流れ着いた時。瑞子は"メイコウ"、妻は"ミズコ"と名乗り、ある山に住みつき始める。

 

「それが大体千年前。まあ、平安の頃だな。俺や倅殿(せがれどの)とは同期のようなものだ。そして、運命が変わったのも、俺たちと同じ時期……」

 

 山に住むあらゆるものに、共通する価値観というものがある。

 山に在るすべては、山の所有物。

 神の所有権がはたらく。

 それを手に入れるためには、狩り──すなわち、力が必要となる。

 人間よりもずっと早く、自然の中で社会主義は生まれていたのだ。

 メイコウとミズコもまた、その(ルール)の中で生きていた。

 

「日本に渡ってきたメイコウとミズコ……。やがてそのつがいは、子を成した」

 

「……」

 

「……」

 

 鴉と鬼童丸は黙って耳を傾けている。

 茨木童子も、淡々と告げる。

 

「だが、その子どもは産まれることはなかった。産まれる前に死んだ」

 

「死産か」

 

「いいや、母親もろとも殺されたんだ。人間にな」

 

 メイコウはある時、山の中で牛を見つけた。

 妊娠しているミズコのため、食料を蓄えておきたかった彼は迷うことなく牛を狩り、その死体を棲み家に持ち帰った。

 だが、その光景を人間に見られていたことに、メイコウは気づいておらず。

 次の日、メイコウが狩りや採集から戻った時には──

 

「ミズコの腹が切り裂かれ、胎児を外に引きずり出されていた。とっくに冷たくなっていた二つの死骸は、メイコウが強者であった故に、隙をつかれて殺されたというわけだ」

 

「人間は、なぜそんなことを?」

 

「簡単だ。メイコウが狩った牛が、人間のものだったのさ。人間の所有物は、変わらず人間のもの。たとえ、山に迷い込もうとも……。価値観の違い、そうとしか言えぬことだ」

 

 淡々と言い放つ茨木童子。

 「隙をつかれて」という部分に鬼童丸は一瞬反応し、視線を落とす。

 鴉も瑞子の過去を聞き、自身に重ねた。

 価値観の違い。

 加山は、『四大財閥』の作り上げた時代に染まらなかった。

 それゆえに、過酷な戦いに身を投じ、命を落とした。

 

「…………」

(月兎が、死にゆく加山に何を言ったのか。それはなんとなくわかる)

 

 ただ幸福を目指し、それを与える自分に酔う妖怪。

 (けが)らわしい幸福に溺れることなく、闇を暴こうとした加山。

 人間と妖怪は、決して相容れない。

 

(自らの意思で、試練の道を歩めること。それが、加山のような人間の本質であり、人間に潜在する美徳なんだろう。だが、現代の日本人の多くにそれは無い。玉藻に挑もうとする『赫津鬼会(こいつら)』や、瑞子の方が、ずっと──)

 

 黄泉の使者『鴉』として、加山の意志を継ぐ者として、茨木童子や瑞子は肯定できない。

 それでも、彼らには()()()()()()()()心を確かに宿している。

 鴉はそう感じてしまう。

 

「メイコウはそれ以来、人間を憎悪する。山に最も近かった人里を襲撃し、老若男女問わず殺害した。その殺し方も特徴的なもので、男の首を切り落とし、女の(はら)を切り開いて詰めていった。自分の妻を殺した、意趣返しでな」

 

「その憎しみを、今の今まで背負ってるってことか。だが、あいつは一度死んで黄泉から蘇った妖怪だろう? 妻とは、黄泉で再会できたんじゃないのか」

 

「そこまでは知らん。が、やつの憎しみが緩和していないところを察するに、答えはノーだろう。黄泉は黄泉で、(あやかし)の戦いが勃発していたからな」

 

 黄泉の国はその狭さにより、妖怪たちが自身の居場所をかけて争っていた。

 力の弱い妖怪はその争いに巻き込まれ、魂ごと消え去る。

 それは決して珍しいことではなかった。

 

「……茨木童子、お前なんで瑞子の過去なんて知ってる? 本人から聞いたのか」

 

「いや。千年来の妖の間じゃあ、広く知られてる話だ。だから多少、誇張は入っているかもな。気になるなら、瑞子に直接訊くといい」

 

「……遠慮しておく」

 

「フッ、そうか」

 

 冗談を口にした茨木童子は、少しだけ口角を上げていた。

 だが次の瞬間には、すぐに周囲を威圧するような元の表情へ戻る。

 

「──メイコウの名を捨て、妻の名前と自身の名前をもじり、瑞子鳴河(みずこめいが)と名乗る。それが、今のやつさ。俺たちが相手にしようとしているのは、そういう大妖怪だ」

 

「……!」

 

 鴉は固唾を飲む。

 茨木童子は鴉に目線を合わせ、確かめるように言った。

 

「鴉、お前は加山優香の意思と、その復讐で動いてるよな」

 

「……ああ」

 

「なら、この世で一番瑞子に近い存在は……お前だ」

 

「!」

 

「どちらも亡き者のための復讐。人間への憎悪か、妖への怨嗟(えんさ)か。どちらがどちらを破るのか、見ものだな」

 

 低く笑って見せる茨木童子。

 それがむしろ、鴉の後ろに控える『赫津鬼会』に息の詰まるような緊張を与える。

 そして同時に、地下神殿全体が轟音とともに揺れた。

 テントやデスクが激しく揺れる──震度5強相当の、強い震動だった。

 

「……いよいよか」

 

 茨木童子は、それが瑞子の放った洪水によるものだと推察する。

 デスクチェアから立ち上がると、声を張り上げた。

 

「聞けッ、『赫津鬼会』! 東饗はついに水に沈んだ! 都内の人間どもは死に果て、日本社会もいよいよ終わりだ」

 

「「「……!」」」

 

「俺たちの目指す、"鬼の世"の開闢(かいびゃく)は近い。瑞子鳴河、玉藻草司。残る二体の強者を排除すれば、それは確実となる!」

 

 茨木童子は慢心しない。

 倒そうとしている瑞子と玉藻を、少なからず強者としては認めるその敬意こそが、茨木童子を最弱から次なる最強まで引き上げた"肝"である。

 

「我々の戦いは、謳われる。そして、真の王が帰ってくる。我らが酒呑童子の王座、我らの手で奪い取るぞッ!!」

 

「「「おおオオォォッ!!」」」

 

 二十八名の鬼の雄叫びが、地下中に響き渡る。

 力強く、信念と忠誠に満ちた声は、同時に地上にも届いていた。

 地下神殿を揺らす震動はさらに激しさを増し、鬼たちの足元には水たまりが広がりはじめていた。

 

「──今こそ涅槃(ねはん)、入滅の(とき)

 

 茨木童子は地下神殿の最奥を睨みつけ、爆発させるかのように妖力を解き放つ。

 焼けつく妖力の波動に、鴉や周囲の鬼たちは思わず身じろぐ。

 何事かと、鴉は茨木童子が妖力を放った方を振り向いた。

 

「……! 瑞子」

 

 水たまりもとい、(くるぶし)まで浸るほどの池は、地下神殿の奥から広がっていた。

 そして、茨木童子の妖力に呼応するように。

 水が空中へと持ち上がると、人型を形成する。

 激流の装束をまとった、瑞子鳴河が姿を現した。

 

「──決着つけようぜ、鴉。『赫津鬼会』!」

 

「望むところだ」

 

 瑞子は両手に巨大な水鉄砲を生成。

 さらに足元の水から巨大な水の虎と、単眼の龍をも顕現させ、両脇に従える。

 茨木童子は部下たちの前に立つ。

 鬼童丸、そして鴉も彼に続いて立ちはだかった。

 

倅殿(せがれどの)、鴉。俺が両脇の邪魔者を相手する。お前たちで本体をやれ」

 

「ああ」

 

「……」

 

 鴉は腰から刀を引き抜く。

 鬼童丸も、シャツを脱ぎ去って上裸姿となり。

 妖力を(たかぶ)らせて、背後に"火焔光背(かえんこうはい)"を出現させた。

 

「知ってるぜ。てめェらにも、譲れねェものがあるってことはな。だがそれは俺も同じだ。野望を叶えたいなら、超えていきな。この俺をッ!」

 

 地下神殿全体を揺るがすほどの大音圧で、水の虎と龍が()える。

 炎と水。

 怨嗟と憎悪。

 玉藻への挑戦者が、決まる。

 

 

 

 四大財閥・一目連龍水道(はじめれんりゅうすいどう)社長"一目連(いちもくれん)"

 瑞子鳴河

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