暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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114.炎と水

「いくぞ、鬼ども!」

 

 瑞子が吠えるとともに、両脇にひかえていた虎と龍が動き出す。

 前方に固まって立つ『赫津鬼会(あかつきかい)』を粉砕せんと、二頭の激流の化身は大口を開けて迫った。

 

「上手くやれよ、二人とも」

 

「ああ!」

 

「……」

 

 鴉と鬼童丸に後を任せた茨木童子は、迫る虎と龍に立ちはだかる。

 全身に鬼火をまとい、火球そのものへ変化。

 そして二つに分裂し、虎と龍に体当たりを食らわせて破砕した。

 

「行くぞ、鬼童丸」

 

 茨木童子が虎と龍を撃破したことで、瑞子までの道が(ひら)かれた。

 鬼童丸に呼びかけ、鴉は刀を構えて蒸気の立ちこめる一本道を疾走する。

 

「……時間はかけねェ。まずはてめェからだ、鴉」

 

 射撃のタイミングを悟らせないよう、あえて水鉄砲を手元で回し、遊ばせる瑞子。

 鴉が蒸気のカーテンを突っ切って姿を現すと同時に、勢いよく銃口の狙いを定めた。

 

「死ね!」

 

「フッ──」

 

 銃口から高圧水流が放たれる。

 その速度は音速を超えるが──

 

「!? 見切っ──」

 

「はぁあああ!」

 

 鴉は水流を刀で弾き飛ばした。

 瑞子がその反応速度に驚く間、そうしている間に鴉は距離をぐんぐん詰める。

 走りながら、振り上げた刀を地面に沿わせるように構え直し。

 瑞子の胴体を斬り上げて切断しようと向かっていく。

 

「鬼童丸!」

 

「なにっ……」

(蒸気を目くらましにして……背後に回ってたのか!?)

 

 鴉の呼びかけに応じ、広がりつつある蒸気の中から鬼童丸が飛び出す。

 "火焔光背(かえんこうはい)"を輝かせ、炎をまとって瑞子の背後に回ろうとしていた。

 前方から迫る鴉、後方に回る鬼童丸。

 挟み討ちである。

 

「……甘ェな」

 

 だがその戦略に対する瑞子の反応は冷ややかであった。

 

「はぁあああッ」

 

「ッ──!」

 

 迫る二人にとった瑞子の行動は。

 その足下に大量の水を集め、自分の足場として水柱を持ち上げることだった。

 

「"淤加美神輿(おかみみこし)"」

 

「!?」

 

「……っ」

 

 足を止める鴉と鬼童丸。

 瑞子を持ち上げる水柱が弾け、大きな波を引き起こす。

 波は二人を呑み込み、圧倒的な圧力が押しつぶそうと彼らにはたらき始めた。

 

「ごぼッ、ぶぐっ……!?」

(なっ、なんだこの水圧……!? つぶれっ……体が、引きちぎれるッ!?)

 

「っ……!!」

 

 みかんのような、つぶれた楕円球の形の水圧の檻。

 その中に閉じ込められた鴉と鬼童丸は、苦悶の表情を浮かべながらもがく。

 "火焔光背"は周囲の水を沸騰させるが、脱出に至ることはできない。

 

「……ん?」

 

 水の檻の上に立つ瑞子は、足下の二人を尻目にあることに気がつく。

 地下神殿の壁際、鬼たちの簡易拠点が設営されている場所に積み上げられた、大量の木箱や段ボール箱の山。

 そこに『赫津鬼会』の構成員たちが群がっている光景が目に入ったのだ。

 

「何してる……。まあいいか。消せば何も問題ねェよな!」

 

 地下神殿の浸水は、徐々にその水かさを増していく。

 瑞子は水の虎を何体も出現させていき、鬼たちに向かわせた。

 

「! 茨木童子!」

 

 二つの火球は、すぐに虎の群れを粉砕していく。

 縦横無尽に飛び回る火球に、瑞子はすぐに水鉄砲の照準を合わせる。

 音速超えの水流を連射し、火球の中にあるはずの茨木童子本体を貫こうとする。

 

「……チッ! マジにただの炎になってやがんのか」

(俺の液体化みたいに……)

 

 蒸発するよりも速く放たれる、水流弾。

 中に本体があるのであれば、確実に貫くことができている。

 しかし茨木童子が変化した火球はその勢いを弱めることはなく。

 瑞子は自身の液体化のように、茨木童子が炎そのものとなっていると察した。

 

「……!」

 

 瑞子はふと、足下に目をやる。

 水圧に苦しめられているはずの鬼童丸が、水の檻の上に立つ瑞子に両の手を向けていた。

 

 

 ──"鬼火・燈明(とうみょう)"!

 

 

 妖力が炎となり、鬼童丸の手のひらから爆発するように放たれた。

 

「くっ!」

 

「ぶはぁっ! ガハッ、ハッ……!」

 

 瑞子は寸前に飛び退き、爆発を回避。

 敵を捉えることには失敗したが、鬼童丸は水の檻を完全に破壊することには成功した。

 やっと空気にありつけた鴉は、全力で酸素を肺に流し込む。

 

「たっ、助かったぜ……鬼童丸」

 

「……」

 

「他の鬼たちは?」

 

 鬼童丸は床に転がる鴉の手を掴み、引っ張り上げる。

 そして彼の質問に、顎で壁際の方を指し示した。

 

「……茨木童子が、ちゃんと守ってるわけだ。上手いことやってるな」

 

「……!」

 

 鴉が一息ついたのも束の間。

 水流の龍が二人の頭上から襲いかかる。

 鴉と鬼童丸は飛び退いて回避するが、龍の着弾地点から今度は水の触手が出現。

 二人を拘束しようと迫った。

 

「さて、どうするか。鴉の言葉から察するに、あの鬼どもは何かを企んでる……」

 

 鴉と鬼童丸を水の触手で襲い、相手させている間、瑞子は簡易拠点の鬼たちに目をやる。

 木箱、段ボール箱。

 いずれも、中に何かが入っていることに違いない。

 それが何なのか。

 

「鬼どもは必死にあの箱を守ってる……。ぶっ壊されたくねェものが、あの中に入ってるってことか。茨木童子は、さらにその鬼たちを守ってる……」

(それなら、あの箱の中身は武器か……? それとも玉藻戦に備えた、他の備蓄か)

 

 いずれにせよ、箱の中身は鬼にとって重要なものであると判断する。

 水の虎は絶えず生成させ続けているが、瑞子は確実に鬼たちの物資を破壊するために──

 

「俺自ら行こうじゃねェか!」

 

「!」

 

「させるか……!」

 

 二丁の水鉄砲を構え、悠然と歩いていく瑞子。

 鴉と鬼童丸は彼を阻止しようと、目の前の水の触手を焼き払い、斬り伏せ。

 同時に瑞子に背後から飛びかかった。

 

「させるかは……俺のセリフだ」

 

 瑞子の背後に、巨大な激流の壁がせり上がる。

 天井から床まで、壁と反対側の壁までを一切隙間なく激流で遮断し、鬼童丸と鴉を弾き出してしまう。

 

「クソっ」

 

「……」

 

 瑞子から無理やり離されてしまった鴉と鬼童丸。

 区切られた二人だけのその空間に、激流の龍と虎が出現する。

 茨木童子が相手するはずだった二頭が、今度はその二人に襲いかかった。

 

「……ッ、やるしかねぇか!」

 

「……」

 

 鴉は刀に"魂灰(こんはい)"を(まぶ)し直す。

 鬼童丸は火力を上げ、迫る二頭に立ち向かった。

 

 

 

「さて、しばらくは鴉と鬼童丸は来ねェわけだが……」

 

 虎の生成を止めた瑞子が、鬼たちと物資に歩み寄る。

 そんな彼に、二つの火球となった茨木童子が間髪入れずに突進をしかけた。

 

「そいつァ悪手だな。"水分神籬(みくまりひもろぎ)"」

 

 水面のベールの下で、瑞子は不敵に笑う。

 体を渦巻く水流の柱そのものに変え、茨木童子の攻撃に備えた。

 二つの火球は水流を挟み込むように直撃。 

 その瞬間、水流はその勢いを劇的に速める。

 ピッチングマシンのように、歯車代わりになった渦巻く水流が火球を弾き飛ばしてしまった。

 

「かっ、会長!」

 

「馬鹿な……水の勢いだけで逸らさせたのか!?」

 

 火球二つは壁に激突。

 物資の前に立ち塞がる鬼たちは、茨木童子があっという間に吹き飛ばされたことに驚きの声を上げた。

 瑞子はそんな彼らを嘲笑いながら歩を進める。

 

「ハッ、いくら戦闘種族の鬼だろうが、アタマがいなけりゃワケねェな! みっともねェ……わめくなよ」

 

「くっ、くそ!」

 

 瑞子は銃口を鬼たちに向ける。

 

「瑞子鳴河!」

 

「ん?」

 

「会長やカシラがおらずとも、『赫津鬼会(あかつきかい)』には俺がいる。相手してやる、この嵐童子(あらしどうじ)がッ」

 

「……若頭(カシラ)補佐か」

 

 黒々とした髭をたくわえた、嵐童子が前に出る。

 風を操る彼は、両腕に渦巻く旋風(つむじかぜ)をまとった。

 どのような攻撃がくるか、瑞子からすれば想像は容易である。

 

「くらえィ、"風鬼拳(ふうきけん)"!」

 

「効くかよ、ンなもん」

 

 両腕から放たれる螺旋状(らせんじょう)の破壊的暴風。

 しかし、『四凶』窮奇(きゅうき)のそれとは違い、妖力が込められているだけの風に瑞子をどうこうできるわけがなく。

 瑞子は正面から"風鬼拳"を食らいながら、水鉄砲の引き金を引いた。

 

「うぐぅ!!」

 

「アニキ!」

「大丈夫ですか!?」

 

「み、見えな、かっ────」

 

 嵐童子の胸には三つの穴が穿(うが)たれていた。

 彼はそのまま倒れ伏し、周囲の下っ端たちがなんとか助け起こそうと群がる。

 一方の瑞子は、暴風で少し体を削られてしまっただけで済み、すぐに水で体を修復する。

 

「ッ……!?」

 

「みっ、瑞子……!」

 

「邪魔だカス共。殺すぞ」

 

 物資の山に近づく瑞子を止めることができない。

 凄む彼の気迫に押されて、鬼たちは思わず道を開けてしまった。

 積み上げられた木箱の前に立った瑞子は、水鉄砲を向け、迷うことなく水流弾を発射した。

 

「……は?」

 

 穴を開けられた木箱。

 そこから、()()がこぼれ出す。

 直径1cmほどの穴から流れるように出てきたのは、真っ白な粉末であった。

 

「こっ、これは──」

 

 瑞子はすぐに気づく。

 それは、罠だったのだ。

 箱の中身は、全て"魂灰"。

 本来なら触れられない瑞子を、触れられるようにするために──

 『赫津鬼会』が用意した、10トン分の灰である。

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