暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「なっ、何だっこれは……!?」
(こいつは、鴉が使ってた──)
瑞子は木箱の穴から流れ出る、真っ白な粉末──"魂灰"から目を離せぬまま思い出す。
これはかつて鴉と戦闘を繰り広げた際、彼が使っていた灰。
液体化により、まともに触れられなくなった自身を捉えられるようにするための消耗品だった。
「まさか、鬼どもは
箱から流れ落ちる灰は、すでに足首まで
その様子を目にして、瑞子は察した。
物資を守りたいにしては、茨木童子も鬼たちも、守備が甘すぎる。
わずかばかり彼が抱いていた違和感の正体は、それだった。
「死ねッ、瑞子鳴河ァ!」
「ッ……!?」
瑞子の背後から、退いたはずの鬼たちが殴りかかる。
その拳は瑞子の頬をたしかに捉え、彼を殴り飛ばしてしまう。
「うぐッ…………! クソっ、雑魚どもがッ」
(妖力を込めりゃあ俺にダメージを与えることぐらいはできる……。だが、液体化はそのダメージを分散させることが本領だ。あの"灰"を使われたら──)
ダメージは100パーセント、瑞子に通用する。
鬼たちは次々に箱を破壊していき、白い灰を浸水していく床にぶちまける。
灰は水を通じて瑞子が吸収、実体をもつようになってしまう。
「こうなっちまえば、お前だって怖くねぇな!」
「カシラや鴉がいなくたって、仕留められるぜ」
「覚悟しやがれぃ!」
鬼たちは口々に強気な語彙を口にする。
瑞子は黙ったまま立ち上がり、鬼たちを見据えた。
「……液体化を阻害したぐれェで、俺に勝てると思ってるとは……めでてェもんだな、鬼ども。
「なんだとぉ!?」
「てめェらじゃあ、千年かかっても俺に勝てねェよ!」
瑞子は水鉄砲を構え、連射。
水流弾そのものは細く、鬼の体を貫いたとしても大量出血を招くことすらできない。
しかし並の鬼が防御できるようなものでもなく、ただ傷痕を残すだけの攻撃となり。
連射が終わった後には、鬼たちは自分たちの無事を確認して笑った。
「へへへ、なんだぁ? 今のは。全然効かないぜ。ちくっとしただけだ!」
「やっぱり弱ってんだな。おい! とっとと決着つけるぞ!」
「……」
鬼たちはジリジリと距離を詰めてくる。
それに対して、瑞子は黙ったままその場から動かない。
何かを、待つように。
ボンッ────!!
「ンばッ」
「うおおおっ!? 何だ!?」
突如、鬼の一体の上半身が弾け飛ぶ。
その血肉を浴びて、近くにいた鬼たちは驚嘆した。
が、間髪入れずに二体目が破裂。
また破裂、また破裂、また破裂。
鬼たちの数は次々に減っていく。
「なっ、何だってんだ!? 仲間が爆裂していきやがるッ」
「……なにって、さっき俺の攻撃受けただろ。そのせいに決まってんだろうが。ほら、お前も弾痕あんぞ」
「えっ──んぎゃッ」
瑞子が水鉄砲で指し示してやるが、鬼は確認もできずに破裂した。
28体いた鬼たちは、この攻撃によってすでに過半数が死亡。
メカニズムがわからない他の鬼たちは、瑞子を警戒して足を止めてしまっている。
「圧縮」
「……え?」
「圧縮した水だ。お前らが大したことないっつった水流弾は、俺がめちゃくちゃに圧縮して小さくした水滴……。体内に入った瞬間、圧縮を解いて体を内側から破壊してンだよ」
「なっ……」
「まだ撃ち込んだやつ、いたよな……」
瑞子が妖力を発し、残る圧縮水流弾を解放しようとする。
鬼たちがおののく中、瑞子と彼らの間に落下してくるものが。
水しぶきを上げて着水してきたのは、茨木童子だった。
「! てめッ──」
「フン!!」
瑞子が言い終わらないうちに、彼の腹部に強烈な蹴りを叩き込む。
茨木童子に吹き飛ばされた瑞子は、さきほど激流の壁に激突。
そのまま溶け込んでしまう。
「……不甲斐ないやつらだ。圧縮されてることがわかったら、今すぐ力むなりして排出しろ」
「へ、へい!」
茨木童子はため息を吐く。
自身と鬼童丸以外の鬼の不出来さは、千年かけても改善できず。
瑞子を前にして醜態をさらしたことに、茨木童子は苛立ちを超えて呆れを覚えていた。
「……とはいえ、俺もいよいよ本気を出さないとな」
茨木童子は力無く垂れている右袖を、左手で巻き取るようにして掴む。
そしてそのまま、力いっぱいに引っ張った。
「"
スーツのジャケットとシャツを強引に引っ張った勢いで、全ての上衣を脱ぎ去った茨木童子。
上裸姿になった彼は、腕が存在しない右肩に妖力を込め──
鬼火を発し、腕の形に練り上げた。
「フン!」
「おわああ!?」
「会長!?」
茨木童子は振り向きざまに炎の右腕を振るった。
鬼たちはとっさに身をかがめ、炎を回避。
茨木童子は積み上がった木箱や段ボール箱を完全に焼き払い、大量の"魂灰"を水に溶かした。
「水を使ってもいいが、これで、それなりのリスクも抱えるようになった。かかって来い、瑞子鳴河」
"魂灰"が溶け、鬼たちの足元の水は白く濁っていき。
瑞子が近づこうものなら、彼の体に灰がすぐさま混ざってしまう水域が出来上がった。
ひとまず安全圏を確保できたところで、茨木童子は部下たちをそこへ押し込めて自身が瑞子に立ち塞がることに決める。
「……俺の力をみくびりすぎだな、茨木童子。今に思い知るぜ。黄泉の力を借りようが、
茨木童子の前で、水が盛り上がって瑞子の姿に変化する。
そして彼が持つ二丁の水鉄砲のうち、右手のものを消して
茨木童子と、殴り合いをするために。
「行くぞぉぉッ!」
「……来い!」
───────────
「はぁあああっ!!」
鴉は迫る水の虎を一刀両断する。
"魂灰"をまとった刀での一撃は、瑞子から供給される妖力を断ち切り、虎の再生を完全に妨害。
斬られた虎は形を崩し、ただの水に戻る。
「はぁ……はぁ……。くそ、斬っても斬っても湧いて出てきやがる!」
「……」
虎一頭を倒すのは容易だった。
頭から左右に真っ二つにしてしまえば、それ以上再生することはなく撃破できるのだから。
しかし一頭を倒したところで、また水から虎が生まれる。
一頭から二頭、二頭から三頭と、ひたすら数を増していく。
「鬼童丸、まだ体力あるか?」
「……」
背中を合わせる二人。
鴉の問いかけに、鬼童丸は頷いた。
「龍を倒せたのはいいが、虎が邪魔すぎる! 早いところ瑞子に向かわねぇと、あいつ自体を消耗させられない。一気に焼き払えるか」
「……」
「ついでに、あの水の壁も頼みたい。向こうじゃ、茨木童子と他の鬼が瑞子と戦ってる。壁が壊れたところで、俺が飛び込む」
鴉では虎たちをなぎ払うための決定打に欠ける。
何よりそれを理解しているのは鴉本人であり、鬼童丸にその役割を負ってもらおうと言うのだ。
無論、鴉は鬼童丸に頼むだけでは終わらない。
そうして開けた道を突っ切り、瑞子を直接叩く役割を買って出る。
「……!」
「よし、頼むぞ」
鬼童丸は鴉に力強く頷く。
言葉を交わさずに通じ合った二人は、激流の虎の群れに走り出す。
妖力を
そしてその火を、真正面の虎に投げつけた。
『グオオオオオォッ……!!』
虎は断末魔を上げながら、蒸発。
鬼火は虎一体を仕留めるだけでは止まらず、その後方に控える虎たちをも消滅させていく。
鴉はその蒸気の中を駆け抜けた。
「ッ!」
鬼童丸は投げた鬼火を操作し、瑞子のつくり上げた水の壁に直撃させる。
触れたもの全てを削り取ろうとする激流の壁と、鬼童丸の火球が拮抗。
甲高い音を発しながら、蒸気を上げ続ける。
「……!」
『『『オオオオオオオオオォォッ!』』』
鬼童丸は鬼火を手にし、ダメ押しの追撃をしようとする。
が、彼を囲む虎たちは動き出しており。
それを阻止しようと飛びかかってきていた。
「十分だ、鬼童丸!」
鴉は走りながらコートの内側に手をやる。
取り出したのは、
"
鴉は手榴弾のピンを抜き、火球と激流の拮抗するところへ投げ込んだ。
「よしッ!!」
(壁に、穴をッ!)
爆発により、激流の壁に大きな穴が空けられる。
鴉はさらに疾走のスピードを上げ、すぐに閉じていく穴へと飛び込んだ。
「ッ…………! 危ねぇッ……!」
穴を潜り抜けた鴉は、
激流の壁はすぐに穴を閉じ、空間はまたも二分化された。
「鴉!?」
「……やっと来たか」
転がり込んできた鴉に、瑞子は驚愕。
茨木童子は呆れを見せる。
水の龍を背後に顕現させる瑞子と、炎の腕を燃え盛らせる茨木童子の睨み合いに乱入するも、鴉は
「瑞子、第二回戦はまだ終わってないぞ。決着を、つけようぜ」
「ハッ……上等だ。願ってもない! 全員沈めて、二度と浮き上がってこれねェようにするのに変わりはねェんだからな!」