暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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116.つきもの

『……あれだけの"魂灰"、一体何に使うというんだろうねぇ』

 

 瑞子との戦いが始まる、その三時間前のこと。

 地下神殿へ茨木童子に連れられて来た鴉は、(もも)()の店を訪れていた。

 現世と黄泉(よみ)の隙間に存在するこの店は、『鴉』ご用達の補給場である。

 

『都を一つ、丸ごと水没させられる妖怪がいる。そいつを狩るのに必要だ』

 

『……確かに私は桃をお代としてもらっているが、あれだけの桃をもらっても使う前に腐らしちまうよ。あの妖怪どもに言っておきな、次は無いってね。ヒッヒッヒッ……』

 

『わかったよ』

 

 鴉は桃の婆に用意させた、新品のコートを羽織る。

 そして弾丸の補充、手榴弾などもそろえていった。

 

『そういえば鴉、この前一緒に来た人間は元気かい』

 

『……加山のことか? あいつは……死んだ』

 

『そうかい。妖怪に関わった結果としちゃ、上出来じゃあないかい。()()()()()()だが、気にすることではないよ』

 

『…………』

 

『あの娘が自ら選んだことだろう?』

 

 桃の婆は黒子のように、黒布で顔を覆っている。

 鴉にはその表情は読み取れないが、桃の婆は嘲笑うようでいて、しかしこれから行われる狩りのため、背中を押しているようでもあり。

 鴉は複雑に感じた。

 

『……気のせいかもしれないが、鴉。あんた、()()()()()()

 

『……? ああ。今日は朝っぱらから連戦だったからな。疲れもたまる。そんなにわかりやすいか』

 

『死ぬんじゃないよ。お前さんは、上客なんだからね……ヒッヒッヒッヒッ』

 

 

───────────

 

 

 

 鴉は立ち上がり、茨木童子の横に並び立つ。

 

「苦戦してるのか? 茨木童子」

 

「まさか。まだ構えたばかりだ」

 

「……そんなことできたんだな。鬼火を、腕の代わりにしてるのか」

 

「──目の前に集中しろ」

 

 二対一。

 瑞子はたった一人なのに対し、彼と同格の茨木童子とその部下たちまでいる優勢に、鴉の気は少しだけ緩んでいた。

 それでも(たる)んでいることはなく、鴉は確かに瑞子の一挙手一投足から目を離してはいない。

 

「調子こいてんじゃねェぞ、鴉。茨木童子! 俺の力の前じゃあ数の有利なんぞ意味ねェってこと、忘れてるわけじゃねェよな」

 

「当たり前だろう。だからこうして、俺自らが戦場に立ってるわけだからな」

 

 茨木童子は炎の右腕を力ませ、構えをとる。

 

「合わせろよ、鴉」

 

「ああ」

 

 鴉の返答とともに、茨木童子は床を蹴る。

 (すね)まで水に浸かっていることなど意に介さず、瞬間的に瑞子までの距離を詰めた。

 

「フンッ!!」

 

「──ッ!? とッ……!」

 

 繰り出される炎の剛拳を、紙一重で回避する瑞子。

 液体化して回避力を上げているが、むしろ的は広がっており。

 "魂灰"によって、液体となった体の水滴ひとつひとつまで緻密に操作しなくてはならなくなっていた。

 研ぎ澄ませた集中力は、消耗品である。

 

「……!!」

(なんてスピード……いや、パワーか! 鬼童丸よりも小柄だってのに、遜色ねェ脚力してやがるッ)

 

「オラァァッ!」

 

「ぐっ!?」

 

 瑞子は茨木童子の右手側へ避ける。

 体をひるがえして水鉄砲で彼の頭部を吹き飛ばそうとするが、茨木童子は炎の腕をなぎ払い、それを阻止。

 

「甘いな、瑞子」

 

 回避に徹する瑞子に、次に迫ったのは雅。

 "魂灰"の混ざった瑞子に、"魂灰"をまとった刃が迫る。

 

「チッ!」

 

 瑞子は水鉄砲で鴉の刀を弾く。

 しかし彼の抵抗は一時的でしかなく、茨木童子と鴉の応酬が始まる。

 茨木童子は炎とパワーで瑞子を寄せつけず、鴉は刀を振るって瑞子を追い詰める。

 瑞子も高速の水流弾を放ち反撃するも、二人に当てることはできず。

 

「はぁあああっ!」

 

「おおおおォッ!!」

 

「くぅッ……!!」

(啖呵(たんか)切ったそばでだが、さすがに強いッ!)

 

 瑞子は押されていた。

 彼からの近接攻撃は鴉に当たらず、茨木童子は堂々と受けて傷つかない。 

 水流弾も弾かれるか回避され、有効打にはならなかった。

 

("魂灰"は厄介だが、そもそもこいつらを近くに寄せとくのがまずいっ。ここは一旦──)

 

 瑞子は"魂灰"が自身に溶けるのを覚悟し、足元の水を急速に吸収する。

 異変を察した茨木童子が阻止しようとするも、瑞子は弾け飛ぶようにして水を全身から放出。

 茨木童子と鴉を押しのけた。

 

「何をする気だ」

 

「賢いてめェなら、想像つくだろ!」

 

 瑞子は指を弾く。

 その直後、強い震動が地下神殿を襲った。

 

「な、何だ!?」

 

「……まさか」

 

 鴉は理解していないが、茨木童子はすぐに予想がついた。

 混ざる"魂灰"が邪魔、数的不利を覆す戦法が必要。

 ならば、瑞子が取る行動は一つしかない。

 

「チッ──」

 

「! 茨木童子!」

 

 茨木童子は再び瑞子に飛びかかる。

 鴉もその後を追って、瑞子に斬りかかった。

 しかし、二人の行動はすでに遅く──

 

「ハッ、馬鹿が」

 

「うぐぅ……!」

 

「ぐあッ!?」

 

 茨木童子と鴉は、瑞子の背後から飛び出してきた激流の塊に殴りつけられてしまう。

 吹き飛ばされた二人。

 顔を上げて見てみれば、彼らを殴ったのは巨大な猫科動物の前足であり。

 茨木童子の心配や、驚きの声をあげる鬼たちを巻き込んで水が大きく膨れ上がっていく。

 形を成したのは、巨大な水の虎だった。

 

「この期に及んでまた虎か!」

 

「違う。鴉、壁を見ろ」

 

 茨木童子に促され、鴉は地下神殿の壁、またコンクリートの巨柱に目をやる。

 瑞子の虎が巨大化していくにつれ、いたるところに亀裂が走っていくのが目に入った。

 

「まさか……」

 

 鴉が言いかけた瞬間、亀裂が一気に崩壊。

 凄まじい勢いで、地下神殿に水が流れ込み始めた。

 

「ハハハッ、これでてめェらにはタイムリミットができたわけだな! わかってるか!? この地下より上は全て、俺の支配下なんだよッ!」

 

 瑞子は虎の頭部から上半身を生やしており、下に見える鴉と茨木童子を嘲笑う。

 

「うわあああっ」

 

「かっ、会長ーー!!」

 

「……クソ」

 

 成す術なく溺れていく部下たちを見て、茨木童子は静かにつぶやく。

 地下神殿に水が流入し、その量が増えてしまえば、せっかく用意した"魂灰"混じりの水が希釈されてしまう。

 そうなれば、灰の用意も無意味となる。

 茨木童子は焦燥感をわずかに募らせた。

 

「ぐおおッ……ふっ、"風鬼拳"!」

 

 水の虎の体に呑み込まれていく嵐童子が、せめてもの悪あがきに技を放つ。

 彼の暴風は虎の体の一部を削り、大きく抉り取るが、虎が吸収し続ける水によってあっという間に修復されてしまう。

 

「嵐童子か……。鬼童丸に比べたら雑魚も雑魚だな。てめェに相応しい舞台はもう現世にゃねェよ。眠ってな」

 

「うッ!? ゴボッ、ガゴボボボッ────」

 

 瑞子は水流を操作し、嵐童子の鼻と口を塞ぐ。

 大量の水を流し込み、気絶させて戦闘不能にしてしまった。

 

「くッ、どうするんだ茨木童子!」

 

「どうって、やるしかねぇだろ。決着を急がねぇと、俺たち全員溺死だ。それだけは笑えねぇ」

 

「その通りだ! だがどうするんだよ、こんなに水を吸っちまったら、もう"魂灰"の効果は消えてんだろうぜェ!? てめェの炎だけでやれんのかよ」

 

「ああ、やる」

 

 茨木童子は毅然と言い放つ。

 

「そうかよ。じゃあ、楽しみにしてるぜ。てめェのその反抗心が、どこまで続くかなァァ!!」

 

 瑞子の虎が咆哮し、二人を喰らおうと頭から突っ込んでいく。

 その瞬間、茨木童子は鴉の腕を左手で掴み、思いきりコンクリートの柱へと投げつけた。

 

「ぐああっ!?」

 

 コンクリートにヒビが入るほどの衝撃を一身に受け、鴉は苦痛を声にする。

 「何をするんだ」と言いかけるも、茨木童子は自分を庇ったのだと理解し、そのまま閉口した。

 虎が茨木童子を呑み込んだ──と思いきや、間一髪で回避しており。

 炎の腕で手刀を放ち、虎を断頭した。

 

「やるなッ、だが──」

 

 瑞子は虎が撃破されると同時に、体を水流に変化させる。

 そして壁中から流れる水と一体化しながら、再三巨大な存在へと姿を変えていった。

 水のかさは更に増し、茨木童子の腰に届きかけている。

 柱の上部にぶつけられた鴉は、浸水の状況を見て彼の不利を理解する。

 

「茨木童子! 一旦退け! 今のままじゃ水嵩(みずかさ)が増して不利にしかならないッ。瑞子のつくった水の壁を破って、鬼童丸の方へ向かうべきだ!」

 

「……意味ねぇよ。どのみちあの壁を解除されたら、もっと大量の水が向こうに流れるだけだからな」

 

 茨木童子は天井付近を流れる水流を見つつ、鴉に答える。

 瑞子によって、自分たちの命は保証されている。

 むしろ守られている。

 口にはしないが、茨木童子の認識は常に最悪を想定しているのだ。

 

「俺たちが狙うは短期決戦。戦況に怖気(おじけ)て無駄に時間をかけた瞬間、死が確定する」

 

 茨木童子は右腕の火力をあげる。

 瑞子は巨大な水の塊となり、やがて、巨大な(こい)の姿になって茨木童子を睨みつけた。

 

「鴉、常にこう思えよ──」

 

 

「一撃で決めるとな」

 

 

 その一言が合図となり、水の鯉が茨木童子に突進。

 すぐさま細長い形となり、巨大な龍の姿に変貌して襲いかかる。

 これにタイミングを合わせ、茨木童子は右腕を大きく振りかぶり、迎撃──

 

 

 ──"昇鯉墜龍撃(しょうりついりゅうげき)"!!

 

 

 ──"鬼炎・破邪顕正(はじゃけんせい)"!!

 

 

 水の龍と、炎の剛拳。

 そのぶつかり合いの衝撃は、コンクリートに覆われた地下神殿にさらに甚大なダメージを与える。

 亀裂は広がり、コンクリートが砕け、尋常でない蒸気が上がり……

 決着は、近づく。

 

 

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