暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「「はぁあああああああッ!!」」
龍と化した瑞子。
炎の腕をぶつける茨木童子。
二人の衝突はやがて押し合いになった。
大量の蒸気を放ちながら、相手を打ち砕こうとする両者の全力が拮抗する。
「死ねッ、茨木ィィッ!」
「!」
水の龍の中で、水鉄砲の銃口を茨木童子へ向ける。
すぐさま音速の水流が放たれ、茨木童子の脇腹に直径2cmの風穴を空けた。
「ぐッ」
「茨木童子!」
柱に掴まった鴉が叫んだ。
しかし彼の心配は杞憂に終わる。
「"鬼炎・
茨木童子は左手の中に、赤と青の入り混じる火球を生成。
瑞子はそれに気づくと、彼の攻撃を妨害するために再び水鉄砲を撃とうとした。
「馬鹿が」
「ッ!? ごばァッ──!?」
「オルァァァッ!!」
瑞子の意識が左手に向いたとたん、茨木童子は鬼火の腕の力を抜き、あえて水の龍を自由にする。
前進するままに茨木童子に近づくと、龍はその顎を剛拳で打ち上げられてしまった。
龍の中にいた瑞子も鬼火による熱、そして打撃によりダメージをもらい。
天井に、龍ごと衝突する。
「"鬼炎・──」
「くッ!?」
──
天井に激突した瑞子と龍に、茨木童子は間髪入れず追撃する。
鬼火の腕から巨大な火球を放ち、瑞子と龍を天井と挟んで押しつぶし──大爆発させた。
「くぅっ……。や、やったか!?」
「…………」
爆風を腕でさえぎりながら、鴉は瑞子の生死を確認しようとする。
しかし、黙って見上げている茨木童子は、瑞子の死は確信できていない。
水の龍を消すことはできたが、手応えを感じられていなかったから。
(避けられたな……。龍の体を、尾の方にさかのぼって逃げた……といったところか)
瑞子を見失った茨木童子は、周囲を警戒する。
すると、地下神殿の空間を二つに区切っていた激流の壁が消滅。
茨木童子側の水が反対側へ流れ出ていき、それに気づいた鬼童丸が鴉と茨木童子の方へ顔を向けた。
鬼童丸に小さな傷が増えていたが、水の虎たちはすでに消え果てており、鴉と別れたあとに独りで全てを相手にし切ったことを示していた。
「茨木童子! 鬼童丸と固まるべきだ! まだ瑞子の妖力は消えてないぞ」
「わかってる──」
「させるかよ」
「「!?」」
突如、茨木童子の両脚に激痛が走り、赤い液体が水に混じりゆく。
バランスを崩した茨木童子は、炎の腕を水底のコンクリートについて体勢を保つ。
「……まさか」
茨木童子は脚の感覚が無いことに気づき、試しに右の太ももを水面から上げる。
水に浸かっていた部分から下は、切り落とされたように。
真っ赤な血を垂らしながら、綺麗な断面となっていた。
「ぐッ……!!」
「茨木童子……!?」
(嘘だろう……!? 瑞子は、何をした……!?)
両腿を分断された茨木童子は、当然その場から動くことができず。
炎の腕に体を預け、痛みをこらえた。
瑞子は、彼らが浸かっている水そのものに溶け込んでいる。
そうして、
「鬼童丸! 水から出ろォォッ!!」
「!」
鬼童丸も遠目から茨木童子の異変に気がつく。
鴉の声を聞いた瞬間、"
近くの巨柱に飛び移る鬼童丸だったが、瑞子の魔の手からは完全に逃げきることはできず。
彼の右足は切断されていた。
「茨木童子ッ、こっちに来い! 掴まれッ」
「ッ……! ああ」
鴉は茨木童子に向けて手を伸ばす。
炎の腕をバネ代わりにして体を飛ばし、茨木童子は左手で鴉の手を掴んだ。
両腿の断面からは血が未だ絶え間なく流れている。
「クソ……俺としたことが」
「気にするな。再生できるんだろ? 早いところ治せ」
「言われなくてもわかってる」
柱の亀裂に指をかけ、鴉は片手で二人分の体重を耐える。
茨木童子は両下肢の再生に気を回しており、今の二人は瑞子の攻撃に備えられていない。
鬼童丸は一瞬で足を治しているが、茨木童子は切断された部位が大きくどうしても時間がかかっており。
瑞子がそれを見逃すはずがなかった。
「……無様じゃねェか、茨木童子」
「瑞子……」
「くッ!」
水中から出現する瑞子。
二人して柱にぶら下がっている様子を笑いながら、水鉄砲の銃口を向ける。
鴉は両手が塞がっており、茨木童子も体力を消耗している。
攻撃によっては、瑞子の格好の的である。
「こっからだったら簡単に蜂の巣にできんぜェ。鬼火で全部さばくのも難しいんじゃねェか?」
「……かもな」
「なんだ、まだ素直になれねェかよ。認めたらどうだ? もう打つ手無いですってな」
「別に。そんなもんいくらでもあるさ」
「おい、煽るな!」
鴉が茨木童子を止めようとするが、彼は瑞子を煽り続ける。
しかし、現在有利なのは確実に瑞子。
短期な彼もさすがにその挑発には乗らず、ゆっくりと水鉄砲の引き金に指をかける。
「じゃあ……止めてみな」
「くっ!」
「……」
瑞子が高圧水流を放とうとした
「!? なんだ!?」
突然、強烈な熱波が瑞子の体を叩いた。
熱波が放たれてきた方へ顔をやった瞬間、目の前に熱波の主が迫っていた。
鬼童丸だ。
「ぶがぁッ!!?」
「鬼童丸!」
「……
"火焔光背"の猛火を、背後どころか全身にまとい。
鬼童丸は渾身の一撃を瑞子の頬に叩き込んだ。
瑞子の顔を覆う水のベールに、赤い血液が混ざる。
ダメージは確かに入り、鬼童丸は逃げられないようにすぐに連撃を打ち込んでいく。
「ッ!!」
「うがッ、ぶはッ! ごはッ! ガフゥッ」
鬼童丸の燃える拳と蹴りを高速で叩き込まれ、瑞子はされるがままにサンドバックに。
"火焔光背"をジェット代わりにすることで水面に足を着くこともなく、空中殺法が瑞子に有効となっていたのだ。
「てめッ、いい加減にッ──」
「フンッ!!」
「ッ…………!!? ガッ」
瑞子の水鉄砲が鬼童丸の胸に押しつけられた瞬間。
引き金を引かれるよりも速く、鬼童丸の拳が炸裂する。
胸が陥没するほどのパワーで殴られた瑞子は、そのまま水しぶきを上げながら数十メートル先の壁に激突した。
「ガッ、ハッ……!」
「……よくやった、倅殿」
「……」
茨木童子は両脚を完全に修復させた。
そして鴉の手を振り払って柱から降り、着水してしまう。
「おいっ、茨木童子。またぶった斬られるぞ」
「もうやられねぇよ」
「なに?」
「やつに借りを返す。それだけは倅殿に任せていられんからな」
そう言うと、茨木童子は鬼火の腕を解除する。
そして鬼童丸のそばに立つと、同じように鬼火を全身にまとった。
燃えたぎる二人を、頭を押さえながら壁際から睨みつける瑞子。
彼もまた、忌々しそうに妖力を昂らせる。
戦いはヒートアップするが、鴉だけはそこへ介入することができない。
力不足。その事実が、彼を焦燥感に駆り立てさせていた。
───────────
同時刻、瑞子の洪水に完全に呑まれた地上では。
彼の技、"
あらゆる建物を破壊され、地上であるはずなのに海と変わらない光景に変えられている。
神罰のごとき所業だが、たった一つだけ、ある建物は洪水から生き延びていた。
「……瑞子鳴河。やればできるじゃないか。実力として『四大財閥』のナンバー2を張れるだけはあるね」
社長室から、洪水と嵐を眺める玉藻。
彼のいる建物とは『Nined Tailer Corp.』の本社ビルである。
玉藻が張った結界によって守られ、このビルだけは洪水に破壊されることなく
彼はビルの真横を通り過ぎる虎や、風を吹きつけて揺らす龍を眺めながら、瑞子の力を褒めていた。
「"大妖魔"の私を除けば、おそらく神の領域に踏み入っているのは瑞子だけ。とはいえ、片足だけだがね。オーストラリアを一晩で沈めたのも、誇大主張ではなかったわけだ……」
ビルの中には玉藻しか残っていない。
残っている人間は全員殺したか、ビルの外に放り出してしまった。
全員平等に死んでおいた方がいい、という玉藻なりの死者への気遣いであった。
「さて、鬼と鴉と瑞子。私へ挑んでくるのは誰になるやら」
コーヒーを
「……?」
異変に気がつく。
虎と龍が、天に向かって吠えていた。
「……何に吠えてる? いや、
玉藻には何も見えない。
夜の闇と、星と月の光をさえぎる曇天と豪雨が全てを隠している──わけではない。
虎と龍にだけは見えているのだ。
曇天を割り、赤黒い太陽が、地上に降ってきている様が。