暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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11.『鬼』

 

 ドウッ!!

 

 

 鬼童丸は再び刀を掲げ、地面を蹴って鴉に迫る。

 

「ぐッ──!」

 

 攻撃を刀で受けた鴉。

 しかし鬼童丸の勢いを止めることは叶わず、そのまま吹き飛ばされてしまう。

 後方にはコンクリートの壁。建物の地下の駐車場を隔てる壁がある。それに鴉と鬼童丸は突っ込んでいき、大穴を空けたのだった。

 

「鴉!!」

 

「よせ……あんたが行ってもどうにもならない。ましてや武器が無いなら……な。あれは鬼だぞ。普通の(あやかし)ですら敵わない……」

 

 砂埃が舞い上がる穴に、加山は叫ぶ。

 浮浪者は加山の近くにまで這いずって行き、今にも鴉たちの元へ走り出しそうな彼女を制止した。

 

「あなた、妖怪なんでしょう! 何か弱点とか知らないの!?」

 

「鬼に弱点は無い……。屈強な肉体、莫大な妖力……それに奴は、あの()()()()()血を継ぐ者だ……。鬼の中でも最たる実力者と言える」

 

「そんな……!」

 

「それが『赫津鬼会(あかつきかい)』の若頭、鬼童丸だ」

 

「あかつき……? まさか……それって、茨木童子の……!?」

 

 加山にとってそれは聞き覚えのある言葉だった。

 先程まで鴉と彼女が追っていたのは、暁グループの代表である茨木童子。彼の牛耳っているという噂の、極道組織の捜索だった。

 赫津鬼会。鬼。鬼童丸という、()()

 パズルのピースが、綺麗に当て嵌まった。

 

「探っていたのか……。茨木童子が極道だという話は、事実だ。だが、この話の裏を取れていても警察は動けないだろう……。相手が妖だからというのもあるが……グフッ……!」

 

「! 大丈夫!?」

 

「ハァ……ハァ……た、頼む……。俺を助けてくれ……。鬼共は、俺たち妖を奴隷のように使い、捨てる……! し、死にたくないんだ……。黄泉へ、行きたく……!」

 

「で、でも…………」

 

 妖怪の浮浪者は胸を押さえて苦しむ。

 格好からして、今までかなり悪辣で不衛生な環境に身を置いていたのだろう。先程男たちのリンチに遭っていたのも含めて、彼は被害者に違いないというのは加山にもわかる。

 しかし、彼女の心の中ではブレーキが踏まれていた。

 相手は妖怪だ。本当に助けていいのか……?

 彼を助けるために、この場を離れていいのか?

 そんな疑問が彼女の中で渦巻いていた。

 

 

───────────

 

 

 

「うぐっ……! あぁッ……」

 

 瓦礫と砂埃の中で、鴉が痛みに耐えながら立ち上がる。

 背中から強く、コンクリートを破壊するほどの勢いで壁に叩きつけられたのだ。いくら人間より頑丈な鴉とはいえ、受けた衝撃は彼にとってとても強く、一時的に呼吸まで難しくさせるには十分だった。

 

 一方で、鬼童丸は一切表情を変えていない。

 鬼の頑強さと腕力は妖怪の中でも頭抜けている。この程度の衝撃では彼は動じない。

 

「はぁ……はぁ……。くっ……まさかいきなりかち合うとは……思ってなかったが……!」

 

 鴉は帽子とコートを脱ぎ去る。

 魃と姑獲鳥の時には脱がなかったが、今回は相手が違いすぎる。本気で挑まなくては、死ぬのは鴉の方だ。

 

「……かかって来い」

 

 腰を落として構える。

 鬼童丸もはだけていたシャツと上着を脱ぎ捨て、上裸になると、再び刀を掲げて戦闘態勢に入る。

 ただ服を脱いだだけというのに、鬼童丸のまさに筋骨隆々という様の肉体は鴉を十分すぎるほどの威圧を与えた。

 

 

 ダンッ!!

 

 

 鬼童丸は床を陥没させるほどの脚力で跳躍。両手で刀の柄を握り締め、振り上げ、そして敵の脳天目掛けて振り下ろす。鴉はその動きを、一切視線を動かさず瞬きも無くし、全て視界に収めていた。

 

 振り下ろされる刀は、鴉を捉えなかった。

 空を切る。鬼童丸の目の前には誰もいない。

 

(もらった──!)

 

 鴉は鬼童丸の背後にいる。刀を持ち手の逆の肩辺りで構え、刺突を放とうとしていた。

 鬼童丸のガラ空きの背中、ちょうど心臓のある位置に向けて、鴉は素早く鋒を突き立てた。

 

「ッ……!?」

(さ、刺さらない……!)

 

 肩甲骨の隙間は狙った。しかし、刀は肉を貫くどころか刺さりもせず、血の一滴も流れはしなかった。

 骨だけではない。鬼童丸、いや鬼の筋肉は甲冑に守られる必要はなかった。それはただ、強固な肉の鎧であるから。裸体であれ、鬼の命は常に越えられらない分厚い壁に囲まれているのだ。

 

 

 ドカッ──!

 

 

「ぐっ」

 

 動きを止めた鴉に向け、鬼童丸は背を向けたまま蹴りを放つ。それは鴉の腹に突き刺さり、彼を怯ませた。

 生まれる隙。鬼童丸はそれを逃さない。

 鴉が体勢を整えない内に振り向き、刀を持ち直す。鋒を地面に下ろし、斬り上げんとする。

 

「うあアァッ!」

 

 刃が鴉に向かう。

 しかし何とか身を翻し、胸元の皮を斬られてしまうだけに留めると、鴉は後方へ跳んで鬼童丸から距離を取った。

 血が服の一部を赤く染め、頰を汗が伝う。

 鴉が鴉として生き、戦ってきた時間の中で最も強大な相手。加えて、鬼童丸はまだ一切本気を出していない。故に、彼の緊張も最大級であった。

 

「……何か喋ったらどうだ」

 

 鬼童丸へ投げかける。

 しかし、相変わらず口を開かない。表情も変わらない。

 

(不気味なやつだ……。知性の無い化け物ならまだしも、こいつは人の形をとって……服を着て、社会に混ざってる。なのに…………まさか喋れねぇのか?)

 

 口はある。そして力む時の呼吸のために、口を動かしていたのも見えた。

 口は確かに機能している。だが喋らない。

 表情も変わらない。

 

「ッ!?」

 

 鬼童丸は一瞬で距離を詰め、斬りかかる。

 何とか回避し、真っ二つになるのを防いだ鴉は自身も負けじと刃を振るう。鬼童丸の腹は鴉の刀を受け止め、薄皮一枚も切れることはない。

 だが、鴉は臆さない。

 転じて攻勢をかける。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

 鴉の猛攻が鬼童丸を襲う。

 鬼童丸もまた刀を振るうが、鴉の体にそれが当たることはない。

 回避、あるいは刀で受け流す。受け止めはせず、滑らせるようにして攻撃を自身から遠ざける。手数なら鴉の方が上だった。

 防御も回避もしない鬼童丸の体に幾度となく鴉の刃が当たるが、明確なダメージはやはり与えられない。しかし、薄い透明な皮膚片は鴉の斬撃によって確かに斬り飛ばされていた。

 

「はりゃああっ!」

 

 

 ザシュッ──!

 

 

「っ……!?」

 

 刀の鋒が鬼童丸の左目を掠る。すると、待ちに待った瞬間が訪れた。

 舞ったのだ。血が。

 

(目なら通る──!)

 

 鴉はすかさず右目も潰そうとする。

 しかし鬼童丸はそれを許しはしない。

 空いている左手で、鴉の刀を握り攻撃を妨げる。そうなれば今度は鴉がピンチだ。

 だが……

 

 

 バキュゥゥゥゥンッ!!

 

 

「ッ!!」

 

 鴉の刀は動かない。動きは封じたはずだった。

 刀を握っていたのは、鬼童丸と同じく右手。

 つまり左手は空いていた。そこには、拳銃が在った。

 古い、百年ほど前に日本軍で使われていたような回転式拳銃(リボルバー)が握られていた。

 

 放たれた弾丸は鬼童丸の右目にヒット。

 鮮血を撒き散らしながら大きく怯み、思わず後ずさる。

 初めてダメージを与えられた。そう実感するには十分すぎる成果。この確実な隙がある中、鴉が容赦する理由は無かった。

 

(粘膜なら攻撃は通る……!! だったら、口から脳天貫いてくれるッ!)

 

 鬼童丸が刀から手を離したことで、鴉は自由を得る。再び刺突の構えを取り、狙うは鬼の口の中。そこから脳を刺し貫くつもりだ。

 腰を大きく落とし、膝を曲げ、そして力を解放。バネのように推進して鴉は鬼童丸の顔面を鋒で襲う。

 

 

「なっ…………」

 

 

 突如、鴉の眼前から鬼童丸が消える。

 刺し貫くため、伸び切った刀は空を切って……そして何より、無防備であった。

 鴉がここからどのように動くにせよ、ワンテンポ遅れてしまう。

 その事実に彼が気づいた頃には手遅れだった。

 

 

 ガッシャァァーーンッ!!

 

 

 鴉の視界がブレる。

 その瞬間、体は後方にとてつもないスピードで吹き飛ばされ、駐車していたワゴン車に激突。

 それで止まるどころか、車体を貫通してコンクリートの壁にめり込んでしまう。

 壁一面にひびが入り、その中心に磔になったようにして身動きが取れなくなった鴉は、完全に意識を手放してしまっていた。

 

 両目から血を流す鬼童丸。

 傷は未だ癒えず、瞼も閉じている。

 振り抜かれた剛拳は力強く握り締められていた。

 

 

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