暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
茨木童子は
「
「!」
茨木童子は無我の境地"鬼炎・
そのまま瑞子を火で包み、焼却させるつもりだ。
「やった……。本当に、瑞子を倒しやがった」
鴉は茨木童子と瑞子の姿を目に収めながら、「信じられない」と言いたげに呟く。
そんな彼と同じ柱に飛び移ってきて、腕を伸ばす鬼童丸。
鴉はハッと我に返ると、鬼童丸に問うた。
「鬼童丸、お前の部下たちはどうするんだ。捨て置くのか」
「……」
鬼童丸はそれを聞くと、背後を振り返る。
壁の崩壊が進み、流れ込んでくる水で水かさは増すばかり。
そんな水面に、『
「お前らがいいなら、それでいいが」
死んだ者は十数人だが、気絶で済んでいる者も同じ数いる。
鬼童丸もそれはわかっているが、振り返るだけで済ませて鴉の方へ向き直った。
仲間は仲間でも、対等ではなく部下。
大きな目標のための、資源に過ぎない。
それが茨木童子の考えであり、鬼童丸が従うルールであった。
「……!? 天井が……」
着水した茨木童子は瑞子を焼き払おうとするが、轟音を鳴らす天井に違和感を抱く。
網目上にヒビが入っている天井は、悲鳴を上げながら弓なりに歪みだしていた。
上から大質量の何かに、圧力をかけられているのだ。
「おかしい……。さすがに天井が完全に崩壊するほどのダメージは避けていた。洪水が地下になだれ込むのだけはワーストシナリオでしかない……! まさか瑞子、最後の力で……!?」
茨木童子は天井の崩壊を、地上の洪水によるものだと結論づけた。
そしてそれを誘発させたのは瑞子であると。
実際、瑞子の手によって引き起こされたことには違いない。
しかし彼が洪水そのものを操作したわけではなく、『四凶』
そこへ洪水が起こったため、西神宿の土地は限界を迎え、今崩壊せんとしている。
「……ガハッ」
「! 茨木童子……?」
茨木童子は突如、血を吐く。
そして倒れるように、水に身を委ねた。
「まさか」
「ハァ……ハァ……悪いな。俺も、
「瑞子……!!」
倒れた茨木童子を押しのけ、水を吸収した瑞子が復活を遂げる。
茨木童子の隙をつき、水流で胸を貫いたのだ。
息も絶え絶えで妖力も消耗し、確かに瑞子もパワーダウンしているものの、周囲は水しか無く。
鴉と鬼童丸は、これから回復していく瑞子を相手にしなくてはいけなくなった。
「ッ……!」
「待て、鬼童丸!!」
鬼童丸は鴉の制止を無視し、再び"火焔光背"を発動。
瑞子へ飛びかかる。
「蛮勇だな」
「……!?」
水中から水の虎が出現。
瑞子に鬼童丸の拳が届くよりも先に、虎は燃え盛る腹部に喰らいつき、一気に天井まで上昇する。
そして、限界に達しかけていたコンクリートにトドメを刺した。
「なッ……!?」
腹を食いちぎられ、コンクリートと水に押しつぶされた鬼童丸も戦闘不能に。
彼の落下とともに、崩落するコンクリートの天井と大質量の海水が地下神殿に降りそそぐ。
それだけでは済まず、天井の崩壊によって照明も全て暗転。
鴉の視界は闇に覆われた。
「……」
(やっぱり、最終的にはこうなるか。勝負には負け、だが俺が生き残る)
ガレキが降りそそぎ、恵みの水が落ちてくる中で瑞子は沈思黙考する。
(プライドを捨てて勝つ、か。誇りも守れず、自分でした宣言も守れずに。それでも生き残り、より強い敵に挑む。
そして今回の、茨木童子率いる『赫津鬼会』との戦い。
玉藻への挑戦をかけた、苦戦必至の連戦に勝利してきた瑞子であったものの、その心はあまりにも高すぎるプライドを捨てきれていなかった。
(意味、意味か──)
瑞子が思い出すのは、妻であるミズコを失ってからの復讐と憎悪の旅。
人間を憎み、その尊厳をあえて踏みにじる殺し方にこだわっていた時のことである。
『う、うああああっ! やっ、やめろ! 俺たちが何したってんだ!』
『……』
瑞子は目についた人里を片端から襲い、人間を殺していた。
どの里の人間がミズコと胎児を殺したのかなどどうでもよく、とにかく殺すことだけが目的だった。
『ヒィッ、あああっ』
『なんで殺すか、って聞いたよな』
『え……!?』
『復讐……仕返しだ。俺の妻子を奪った、その報復をお前たちに受けさせてる』
『な、なんの話だってんだよぉ! このへんのやつらが本当にそんなことしたなら、俺の耳にだって入るだろ! 人違いだッ』
『でも人間だろ』
瑞子は腰を抜かしてへたり込む男を、容赦なく水のカッターで断頭する。
首から血が噴き上がるのを浴びながら、瑞子は小さくつぶやいた。
『誰がやったなんてのはどうでもいい。お前らが、学ぶまで……。千年先まで、命の重さを学ぶまでだ。生きとし生けるもの、全て特別──』
──だからこそ、殺すことに価値があるということを。
瑞子の価値観。
価値があるからこそ、
価値があるからこそ、殺した命に敬意を払わねばならない。
それが、人間が捨てた自然の
人間がそれを学ぶまで、瑞子の復讐は終わらない。
ガレキが降る闇の中、瑞子は激流の装束をまとい直す。
(そして俺は、最終的に玉藻に消される。クソみてェな結末。だがそれが、俺が払うべきツケってわけだ……)
瑞子は復讐を通して、自らも憎んでいる対象と同じところにまで堕ちた。
その覚悟はできていたが、待ち受ける結末は決して保証されない。
玉藻に玉砕覚悟で立ち向かうため、崩れゆく天井に目を向ける。
「……? 何だ──」
暗闇の中、瑞子は光に気がつく。
それは頭上からではなく、真横から彼を照らしていた。
地下神殿に元々ある照明ではない。
温かみのある白や黄色の明るさではなく、赤黒い、炎のような──
「……何だ、それは」
腹まで水に浸かっている鴉。
その頭部は、赤黒い太陽のような火球となり。
全身を燃え上がらせていた。
「チッ──」
瑞子は水鉄砲を生成し、鴉に銃口を向けた。
ここからは、上から迫る海水が地下神殿を押しつぶすまでの二秒間の出来事である。
瑞子は高圧水流を鴉に向けて連射。
鴉はそれを回避も防御もせず、堂々と、水の中を疾走して瑞子に立ち向かう。
水流弾は鴉の体に穴を空けていくが、彼は止まることはなく。
腰に差した刀に手をかけ、瑞子の懐へ潜り込んだ。
そして、抜刀──
『復讐だと!? 俺たち人間だって、お前らみたいな強い妖怪の被害に遭ってるんだ! それを一方的に恨んで……! この卑怯者め!』
一人、瑞子に立ち向かってきた勇敢な男がいた。
刀を持った青年で、人間に危害を加える妖怪を許せないという熱血漢であった。
当然瑞子に負け、今まさに、殺されんとしている。
『……そうだな。俺もお前らの立場だったら、そう言うと思うぜ』
『じゃあなんで!』
『俺は、復讐には意味があると思ってる。だが、復讐が何か他の事象に意味を与えるとは思っていない。俺の復讐は──ただの
「クソっ、俺の負けか──」
赤黒い炎をまとった、鴉の刀が振り払われる。
瑞子の胴体を斜め一文字に斬り上げ、真っ二つに。
胴体の断面からは同じ色の炎が燃え盛り、あっという間に瑞子を包んだ。
二人の頭上から迫る海水とガレキは、戦いの決着を轟音によって告げるのだった。