暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「ぶはあっ!」
瑞子との戦いに決着がついてから15分が経過。
瑞子の死によって洪水はおさまり、破壊したあらゆるものと共に海へと引いた。
かつて西神宿があった土地は地盤の崩落により地下神殿が地上から丸見えに。
そして、残った海水によって巨大な池が形成されていた。
「はぁ……はぁ……。死ぬかと、思ったぜ……」
鴉は池から顔を出し、肩で息をしながら岸へと泳いでいく。
その両腕には、鬼童丸と茨木童子が抱えられていた。
「せっかく瑞子を倒したってのに……溺死は笑えん……。お前らも、早く起きろ……!」
岸に着いた鴉は、わざと乱暴に二人を打ち上げる。
鬼童丸の腹の傷は塞がりかけており、茨木童子の胸の傷はすでに完全に癒えていた。
鴉からして二人が死んでいないことは明らか。
だからこそ、
「……。次は、玉藻か」
鴉は海水から上がると、コートとシャツを脱いで水分を絞る。
瑞子は撃破した。
残るは最強の敵、玉藻草司。
(あの黒い太陽は、地下が完全に水没するよりもはやく俺に力を与えてくれた。そして、瑞子を斬ることができた……。やはり、あれは俺の味方──)
赤黒い炎は消えている。
夜空も暗雲が晴れつつあり、ぽつぽつと星の光が煌めく闇であった。
太陽はもう消えていた。
「いったい、何なんだ。本当に」
鴉は暗い太陽の正体を考えるが、何の心当たりもなく。
太陽は鴉にとって害はなく、妖怪を殺すための力を与えたり、肉体の損傷を癒す存在である。
しかし縁も由来も知らない以上、鴉は言いようのない不気味さも感じていた。
「……う」
「! 茨木童子。やっと起きたか」
寝かされていた茨木童子がゆっくり上体を起こした。
「外……。瑞子は、倒したようだな。お前がやったのか? 鴉」
「ああ。お前がやられてから、鬼童丸もすぐにやられて……。俺がケリをつけた」
「さすがだな」
茨木童子はあぐらで座りなおし、未だ目を覚さない鬼童丸に視線を落とす。
月明かりも
それでも人外二人は、互いの姿を確かに捉えていた。
「残るは、玉藻だな」
「……そうだな。早いところ
「仕事?」
「悔しくは話せん。無駄に喋って、お前から玉藻に何か話されちゃあ作戦は水の泡になる」
「フンっ、信用されてないものだな」
「そうでもない。瑞子を討てたことは褒めざるを得ない」
「……どこまでも上から目線だな……」
鴉は呆れながら口にする。
茨木童子は左手に巻かれた腕時計を見る。
時刻は21時を回っており、瑞子による
「壊れてないのか?
「ああ、防水性能が高い。ついでに熱にも強い。『暁グループ』の技術力を舐めてもらっては困るな。もう倒産したが」
鴉がすぐに「物理的にな」と付け足し、二人は小さく笑う。
次に待つ玉藻は瑞子よりもさらに強大だが、瑞子撃破をやり遂げた彼らは、水から上がった直後というのもあり爽快感を噛み締めていた。
「……話が変わるが、茨木童子」
「うん?」
「今回の瑞子もだが、俺は
「変な力だと?」
「赤黒い炎だ。俺が窮地に陥った時、空に赤黒い太陽が浮かぶ。そして、俺にその炎をもたらすんだ」
「……」
鴉の話を聞いた茨木童子は目を見開く。
その反応を目にし、鴉はすぐに尋ね直した。
「知ってるのか? あの太陽が何なのか」
「──いや」
「おい、誤魔化すな。明らかに何か知ってることがある反応だったぞ」
「気のせいだ。赤黒い太陽の力なんて……幻じゃないのか」
「おいっ」
鴉は声を大きくするが、茨木童子は態度を崩さない。
茨木童子の人となりは理解している。
そんな鴉は早々に諦めた。
「……教えてくれてもいいじゃねぇか。俺にとって、大事なことなんだよ。古い記憶の中にも、あの太陽はあった。おそらく、"俺"という存在の核みたいなものだと思ってんだ」
「……」
「言いたくないなら、それでいい」
「そうだな。諦めることは悪いことじゃない」
「諦めさせたお前が言うなよ」
茨木童子はおもむろに立ち上がると、鬼童丸を掴んで肩に担いだ。
「玉藻との戦いに備える。俺は倅殿を起こして、他に要るものを用意してくる」
「……あとで合流するってことか?」
「ああ。お前は先にやつの牙城へ向かえ」
鴉の方を振り向いた茨木童子は、南東へ視線を向ける。
晴れつつある星空の下に薄らと小さく見える、黒い建造物。
玉藻の居所、『Nined Tailer Corporation』の本社ビルである。
「玉藻があの場所から動くことはないだろう。優雅に茶でも飲んで、俺たちを待っているはずだ。お前が先に行って、玉藻を引きつけるんだ」
「お前たちはどうする? あとの作戦は?」
「さっきも言ったが、お前にも話すわけにはいかん。玉藻は油断も慢心もしているが……酒呑殿がいない今、最強はあの男だ。強く、賢い。何もかも悟られないように徹する必要がある」
茨木童子は
「お前は引きつけるだけでいいからな。それ以上のことは……俺たちがやる」
「……」
去っていく茨木童子の背を見届けながら、鴉は地面に突いた拳に力を込めた。
「引きつけるだけでいい」。
その言葉は、鴉を戦力として扱っていないことを意味していた。
「……クソ」
(現実として、茨木童子の戦略に従う方が勝機はあるんだろうが……俺もこの手で玉藻を殺したい思いがある!
覚の直接の仇であり、加山の意思の継承のために玉藻を自分の手で殺したい。
それが鴉の本心であった。
しかし玉藻の情報は茨木童子が圧倒的に多く握っており、気持ちだけで彼の作戦に意見するほど、鴉も愚かではなかった。
「引きつけるだけ……か。だが、ぶつかった時には全身全霊で行かせてもらうぞ。あの太陽があろうが、無かろうが関係なく……!」
"暗い太陽"も、所詮は武器の一つ。
鴉の認識がこれを逸脱することはない。
絞ったものの水気が抜けきらず、未だに重いコートを羽織りなおし、鴉は立ち上がる。
そして魔王の住む、孤独な摩天楼を目指し始めた。
───────────
「赤黒い、太陽か」
鴉と別れ、鬼童丸を担いで歩く茨木童子はつぶやく。
「まさかとは思うが……あの
茨木童子の脳裏に浮かぶは、とある百鬼夜行絵巻。
妖怪たちの大行進を描くその終わりには、赤黒い太陽が描かれていた。
絵巻は人間が描いたものであり、当然人間の解釈により説明されており。
絵巻ではかの太陽は、夜明けを示すものとしていた。
(だがどうして、アレが鴉の味方をする……? 古い記憶の中にもあるとか言っていたが、長いことあの鴉につきまとっているということか?)
茨木童子は考えを巡らせる。
(黄泉から逃げた妖を殺す、黄泉からの使者。そして、
赤黒い太陽は妖怪である。
茨木童子はその仮説を前提とし、太陽よりも、鴉を案じた。
「もし俺の考えが当たってるなら今の鴉は……鬼の世にとって、玉藻よりもデカい壁になる。やつから目を離すわけにはいかないな。まだ自覚が無いなら、なおさら──」
──"天中殺"の化身に、化けぬかどうか。
キャラクター紹介
種族:水虎 年齢:1158歳
身長・体重:172cm・65kg(可変)
元々は日本の妖怪ではなく、中国から渡ってきた水虎である。日本に来てからは近畿のとある山奥に住み着き、自身をメイコウと名乗って妻のミズコと暮らしていた。
人間に妻子を殺されてからは、その復讐として周囲の人里を襲って殺していた。後に大妖魔となる"神喰らい"とはその時期に出会い、今なお人間態の右頬から首にかけてまで残る傷を付けられるも、辛勝して"神喰らい"に自分が考えた名前を与えた。
その後、高名な陰陽師によって討伐されて黄泉に向かうが、そこで妻子と再会することは叶わなず。怒りに任せて他の妖怪との小競り合いを繰り返し、力をつけていくことになる。
『四大財閥』の発足後、最初は不動産会社を経営していた。築いた莫大な資産を元手に水道会社を始め、下水道で隠れて暮らしていた大蝦蟇をスカウト。以降、自身の右腕に置いていた。
人間への恨みが緩和することはなかったが、孤独と怒りを紛らわせる者たちに出会えたことに関しては「東饗も悪くない」と感じていた。