暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「……」
鴉は
玉藻との戦いが始まれば、この日一日だけで四連戦となる。
いくらすさまじい体力を持っている鴉でも、大妖怪たちとこの短時間でひたすらに戦い続けるのは不可能である。
普通ならば。
「……
しかし、鴉の体も万全というわけではない。
長い間水という動きづらい中で動き、戦っていたために足腰は悲鳴を上げており。
コンクリート柱に掴まり続けていたことで、指の力も入りづらくなっていた。
(体こそ動かしづらいが、体力自体はまだある。身体は無理やり動かせば問題無い……。まさか、例の"太陽"が回復も手助けしてたのか?)
鴉は歩きながら考える。
窮奇戦で身体をバラバラにされかけたが、そこから傷一つない状態にまで再生できたのは空に浮かんだ"暗い太陽"の影響である。
目に見える負傷だけでなく、持久力までも回復させられるのならば。
「──あの太陽は、俺に戦い続けることを望んでるってことなのか……」
謎は深まるばかりであった。
茨木童子と別れて30分。
鴉の目に、星空の下にそびえる黒い建造物が大きく見えてくる。
玉藻の待つ、『NTC』の本社ビルである。
「明かりがついてる……」
現世に疎い鴉でも、その異常性は理解できた。
瑞子の起こした洪水により、玉藻のビル以外のあらゆる建造物は押し流され。
つまり、ほとんどのインフラが壊滅的状況にあるということである。
電線も無い、発電所も水没し機能不全。
ならば、電気はどこから来ているのか。
(……まさか、玉藻自身の妖力で……)
鴉にとってあり得ない話ではなかった。
茨木童子が用意したスマートフォンなどは、黄泉の資源を使って霊体の機器として成立していたのだ。
『四大財閥』の玉藻ともなれば、妖力を動力としてのエネルギーに変換することだって可能なのかもしれない。
そう考える。
「それか、水の来ない地下に発電機があるとかか? 何でもいいか」
明かりがついているのは、ビルの最上階付近のみ。
その程度ならば非常電源などで事足りるのだろう、と。
鴉は興味を持ちきれない中、それ以上考えることをやめるのだった。
「さて──着いたわけだが」
独り言をつぶやきながら歩き続け、鴉は本社ビルの入り口の前に到着した。
「……やけに綺麗だな」
(入り口がガラス張りになってるが、周囲がガレキだらけの割には傷も汚れも無い……。そもそもこの建物だけ残ってるのは──玉藻が結界でも張ってたってことか)
鴉はガラス張りのエントランスを眺めながらそんなことを思う。
そして、ビルのより中の方を覗くと、あることに気がついた。
「……血」
エントランスホールの至るところに、血しぶきが飛び散っているのが目に入る。
絨毯材の床、大理石の柱、壁。
それらは赤黒く染められ、しかし荘厳な印象を鴉に与えていた。
『やあ、鴉! 待っていたよ』
「……! これは」
『久しぶり、玉藻草司だ。今私は、君の脳に直接話しかけていマス……なぁんちゃって』
入り口の前にたたずむ鴉の中に、突如玉藻の声が響く。
霊力を使い、相手の魂に自分の心の内を届ける"念話"である。
『いやぁ、よく来たよく来た。今、入り口を開錠しよう……』
玉藻がそう言うと、ガラスのドアがガチャンと音を立てる。
鴉が試しにドアを押してみると、確かに開いた。
「……霊体の俺なら通り抜けられたが」
『ああ、そうか。たしかにそうだね。まあいい、私は37階の社長室にいる。エレベーターで上ってくるといい。使い方がわかれば、ね』
鴉の指摘に言い返すように、玉藻は彼の現代社会への不適合を嘲笑う。
"念話"はここで終わり、鴉は再び独りになった。
「37階か……。エレベーターの使い方は、テレビ局で加山に教わったな。案外甘いな、玉藻」
鴉はエントランスに足を踏み入れながらそんなことを口にする。
彼も彼で、現代の機器に疎いことを指摘されると
「……こいつは」
エントランスを進み始めた鴉の鼻を、生臭さと鉄の臭いの混ざった刺激臭がつつく。
彼の目の前に広がっていた光景は、人間の生首がずらりと並べられていた血液のレッドカーペット。
鴉が進む道を真っ赤に染め上げていた。
「悪趣味なやつだ。一体、どうやって殺した……?」
レッドカーペットを挟み込むように並べられる生首たちは、どれ一つ例外なく悲痛な表情に歪んでいた。
尋常ではない苦しみを与えられながら殺されたことは、鴉にとって想像に難くなかった。
エレベーターの前まで来た鴉は、三角形のボタンを押す。
しばらくしてドアが開くが、その先でも赤い血液の色から逃れることはできなかった。
「……」
エレベーター内の両側の壁に、スーツを着た中年の男二人が五寸釘で打ち付けられていた。
彼らも同様に苦しみに満ちた顔で固定されており、口の中にまで釘を打ち込まれている。
「……吐き気がする。37階だったな」
鴉は二人の男を壁から強引に剥がし、ドアの外へ放り出す。
臭いの元を放り出してから閉鎖ボタンと37の数字を押し、玉藻の元を目指した。
───────────
「……着いたか」
ポーンとチャイムが鳴り、エレベーターが止まる。
37階に足を踏み入れた鴉の目には、先程までとは打って変わって闇に包まれた廊下が広がっていた。
血の臭いも無く、清掃が行き届いた
鴉は一瞬面食らうが、すぐに進み始める。
「ここか。社長室は──」
重厚な木造扉。
両開きのため、取手も大きく、太かった。
鴉はそれを握り、ひと呼吸おく。
(この先に、玉藻が……)
取手を掴む手に力が入る。
「……よし」
肩から力を入れ、扉を押した。
「ようこそ! 我が社長室へ。歓迎するよ、鴉!」
「玉藻……!」
明かりに目が慣れた頃には、今度は社長室の異様さが鴉の目に飛び込んだ。
玉藻は社長室の最奥で、マネキンのようにポーズを取らせた、筋肉むき出しの人形をいじっていた。
天井付近には、人皮を広げてカーテンか
「お前の趣味は最悪だな。一階から辟易させられたぜ」
「フフ、私は勇者を待ち構える魔王サマだよ? いい演出だったの間違いだろう。ま、ハロウィーンには二ヶ月ほど早いが……」
「死体は全部、ここの社員か」
「まあね。洪水の時にここでやり過ごそうとしていたから、私が代わりに殺してやった」
「……なんだと」
「洪水で死んだ他の人間たちが可哀想じゃないか。ちゃんと、キッチリ平等に。生き残るなんてずるいから、殺してやらないとね……。人間たちは好きだろ? 平等って言葉」
玉藻はケラケラと笑ってみせる。
鴉は玉藻に対し、怒りや恨み──それでいて純粋なそれではない、黒い感情を抱いたままに言葉を口にしていた。
静かな怒気をはらんだ彼の様子に気づいた玉藻は、「あ、そうだ」と言葉を続ける。
「ここに並んでる
「……それも死体か」
「せいかーい!」
玉藻は皮膚を完全に剥がした"死体"の肩をバンバン叩く。
「彼らもここに避難してきた……まあ、なんだろうな。いわゆる、裏社会の人間たち。金持ち仲間さ。避難してきたってよりは、私が招いたんだけどね」
「招いた上で殺したのか」
「そう。別に好きじゃなかったしねぇ、
「お前の愛着は信用できないがな。部下に心酔させるだけさせて、お前は全く手を差し伸べることはない」
「私のために死にたいらしいから死なせてるだけだよ。そんな酷いこと言わないでくれ」
玉藻はそう言いながら、皮膚無し死体の一つに触り始める。
踊りのワンシーンを切り抜いたような躍動感のあるポーズを取るそれは、体格の大きい男の死体だった。
「彼は宮田商事の御曹司でね、お金持ちだよ?
「……」
「お次は、
「さっきから何の話だ」
「聞いててわかるだろ? 解説だよ。はいお次は
玉藻は一方的に喋り続ける。
鴉がリアクションをとらずとも、彼は言葉を止めない。
鴉は玉藻の話を聞き流しながら、近くに置かれていた観葉植物に手をかける。
そして──
「フン!」
「おっと危ない」
植物の幹を掴み、玉藻に向かって思いきり投げつけた。
ひらりと身を
標的を失った植物と鉢植えは、窓ガラスにぶつかって亀裂を入れた。
「俺は戦いに来たんだ。てめぇのくだらん話を聞きに来たわけじゃないッ」
「そう死に急がなくてもいいじゃないか。君、今日だけで何連戦した? 休めてるかい? 私も
「……関係ねぇ」
「落ち着きなよ。君は自分で思ってるほど元気じゃないんだよ。私は君を買っている……だからこそ、君の力を全て出し切ってほしい」
「なに?」
「もうちょっと休んでいきなってことさ。そうだな……私の昔話でも、いかがかな?」