暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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122.神獣

「私の昔話でもいかがかな」

 

「……昔、話?」

 

 鴉が怪訝(けげん)そうに訊き返す。

 

「ああ。気になるだろ? ならない? どうして私が、人間社会を支配したのか……。人間について恨みがあるのか? とか。瑞子みたいにね」

 

「……」

 

 鴉にとって、興味が無い話題ではなかった。

 加山の意志を継いで妖怪を滅ぼすと決めた彼にとって、玉藻は最強の敵。

 そんな彼が、なぜ日本を支配するに至ったのか。

 加山と(さとり)(かたき)()()が、本当は何なのかを理解できる。

 

「おや。結構興味出てきたかな。座りたまえよ、そこに」

 

 玉藻は自身のデスクの方へ向かいながら、ソファを指し示して言った。

 柔らかいデスクチェアに腰を下ろした玉藻を見届けたあと、鴉は何も言わずにソファに座る。

 

「さて、どこから話そうかな。正直幼い時の記憶はほとんど無い。なにぶん、7000年以上も生きてるからねぇ」

 

「7000年……!?」

 

「人間の歴史に触れてから知ったことさ。人間の残した伝承と照らし合わせながら逆算した結果、7000歳を超えてることがわかった」

 

 玉藻は「私年寄り〜〜」と苦笑しながら言う。

 だが、鴉としては全く笑えない話であった。

 妖怪にとって年齢はその分、妖怪にとっての格と強さに換算される。

 長生きしている妖怪は、それだけで強力なのだ。

 

「私が人間と初めて接触したのは、4000年前のことだった──」

 

 

 

───────────

 

 

 

 私は、『青丘山(せいきゅうざん)』という霊峰にいた。

 "神獣"。神の下に産まれた聖なる獣の一角だった私は、自身の生涯に満足も欠落感も無かった。

 だが、ある時。

 人間の姉弟が私の前に現れた。

 

『……おきつね、様……? 尻尾が、たくさん』

 

『わあ……きれい……。真っ白だ』

 

 幼い二人は採集のために山を訪れていた。

 私は人間という存在をその時に初めて知り、また、姉弟は私をえらく気に入ったようだった。

 私が人語という概念を彼らから知り、当時の中国語を学習して彼らの話を理解した。

 

『またね! また来るからね、おきつね様』

 

 私は、人間と関わりだしたことで、それまでの生涯がいかに空っぽだったかをそこで思い知る。

 初めての邂逅(かいこう)から、姉弟は何度か私の元を訪れた。

 『青丘山』は大きな山で、人間の子どもが足を踏み入れるには危険すぎる。

 だが私も彼らに会えるのが楽しみで、"力"を使って二人を私の元へ導いていたのさ。

 

『人間の子。お前たちはそうそうこの地に踏み入ってはならぬ。この山は神の地。お前たちのいるべき場所ではない』

 

『でも、おきつね様もわたしたちに会えるの楽しいでしょ?』

 

『そうだよ。この山から出たことないんでしょ。山の外のはなし、いっぱいしてあげるからね』

 

『……そうか』

 

 人間と神獣の住む世界は違う。

 住み分けはされているべきだ。

 だが、あの子どもたちは私のその価値観を破壊した。

 "神獣"という存在が、いかに神の哀れな傀儡(かいらい)に過ぎないか。

 そしてその数年後、人間もまた、神の哀れな傀儡であることを思い知る。

 

『…………山の下からきているのか。この、()()は」

 

 ある夜。

 山にいた私の鼻に、火と血の匂いが触れた。

 人間の子どもたちのおかげで、身の周りのものに興味と関心が生まれつつあった私は、定位置だった大岩の上から動き、山を降りた。

 そこで見たのは、燃え盛る人里。

 そして、里を襲う蛮族たちの姿だった。

 

『……これは』

 

 人から見えないように、自身に術を施して里が燃える様子を観察していた。

 蛮族たちは逃げる者たちを捕まえて、殴ったり、斬ったりして殺していたね。

 里の人間たちは泣き叫んで逃げ惑っていた。

 まあ、今思うにあれは里から金品や食料を盗むための襲撃だったんだろうね。

 そして、私の目には例の子どもの姿も入った。

 

『あれは……姉の方か。抱いているのは、弟か?』

 

 泣き叫ぶ姉の腕の中に、動かない弟の姿があった。

 元気のある少年が、その時には正反対な静かな死体になっていたよ。

 私が()()()"神獣"から変わるキッカケをくれた、それなりに重要な存在だった二人が悲劇を迎えている。

 だが、その様子を目にした私は別に何も感じていなかった。

 

 

 

───────────

 

 

 

「その時、私が抱いたのは神への興味だった」

 

「……興味?」

 

「ああともさ」

 

 玉藻は自身の爪にマニキュアを塗り始める。

 目の前に、自身の命を取りにきた者がいるにも関わらず、堂々と。

 

「神は自分たちの手足となり、また自分の格を示すための"神獣"を生んだ。だが神は、その獣たちよりも人間を好んで見守っている。だが、人間たちの醜い争いを見過ごすばかりか、その醜悪な性質を変えようともしない」

 

「……」

 

 鴉は『四大財閥』によって、金や欲望に狂った人々の姿を思い出す。

 

「だから思ったんだ。そんなやつらは、この世の頂点に本当にふさわしいのか? ってね」

 

「だから、神殺しを果たしたのか」

 

「そのとおり」

 

 玉藻は笑って肯定した。

 

「私の目的は人間の支配じゃない。人間なんてどうでもいいんだ。だが、神は人間を愛している。そんな神への──挑戦さ」

 

 鴉の目つきが鋭くなる。

 人間なんてどうでもいい。

 ただ、神が気に食わないから。

 そんな理由で、この世界のあらゆる悲劇を招いたというのか。

 そうした思いから、鴉の殺気が強まった。

 

「──で、だ。さっきの話に戻るが、姉の方は生き残っていてね。彼女は、再び『青丘山』に足を踏み入れてきた。弟の死体を抱いてね──』

 

 

───────────

 

 

『おきつね様……』

 

『人間の子、どうかしたか──その後ろの者たちは何だ』

 

 弟を抱いた姉の背後には、大量の人間がいた。

 どいつもこいつもボロボロで、悲痛な表情を浮かべていたよ。

 彼らは焼かれた里の生き残りだった。

 そして、皆が私を見ていた。

 

『おきつね様……弟を、この子を生き返らせてください……』

 

『……!』

 

 姉の言葉を皮切りに、背後に控えていた里の生き残りたちも口々に言った。

 誰々を生き返らせてほしい、里を元通りにしてほしい、蛮族たちに報いを与えてほしい、この傷を癒してほしい。

 ハッキリ言って、うんざりだった。

 だが、同時に理解したよ。

 神の気持ちをね。

 

『──いいだろう。そなたらの願い、この私が聞き入れよう。神に代わって──』

 

 私は姉だけを残して、あとの人間どもは麓に帰した。

 人間たちの陳情を聞き入れる神の気持ち、あそこまで気持ちの悪いものだとは。

 だが、とても楽しくもあった。

 神の真似事が、これからできると思ったらね。

 

『我が力を、そなたに与えよう──』

 

 私は姉に、溢れんばかりの力を授けた。

 復讐の力を。 

 そして、約束した。

 姉が復讐を果たした時、弟も生き返らせることを。

 力に呑まれた姉は、その後、蛮族たちを滅ぼしたよ。

 頭部の無い、醜い肉の塊という怪物の姿になってな。

 

『……これが、そうか。神の視点。神の、領域』

 

 天に向かって咆哮する、姉が変身した怪物は里の生き残りたちの元へと向かっていった。

 私は人間に変化し、その姉を、生き残りたちの目の前で派手に討伐してやった。

 生き残りたちは、怪物が例の弟を失った少女だとは思いもせず。

 私を英雄として祭り上げた。

 それが、そうさ。

 

 

 ──私の支配のはじまりだ。

 

 

 

───────────

 

 

 話を終えた玉藻は、同時にマニキュア塗りも終わらせる。

 紫色に染まった爪を見て、満足そうに笑った。

 

「神に、成り代わるつもりなのか」

 

「そんなことしないよ。私は神より、"王"になりたい。今の神々なんて、軽蔑の対象だからね。彼らの座を奪って、私は世界の王になる──そう、目指すは天下の魔王さまさ」

 

 玉藻はデスクチェアから腰を上げ、鴉を一瞥(いちべつ)する。

 鴉もまた、待っていたかのように腰を上げた。

 

「私はとっくに、この世の王座に座っている。そして目の前にはチャレンジャー。まさに、私が疑った神の立ち位置に、私がいる。皮肉なことだよねぇ」

 

「……」

 

「でも、だからいいんだよ。神は挑戦者では遊ばない。私は神じゃない。だからこそ、歓迎するよ鴉」

 

 

 ──私の生涯を(いろど)ってくれ。

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