暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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123.悪意の遺産──『九尾の狐』

 

 ──その時、御座から声が発せられた、

 

 ──すべての神の僕(しもべ)たちよ、神を畏れる者たちよ。

 ──小さき者、大いなる者も、

 ──共に、我らの神を讃えるのだ。

 

 ──わたしはまた、人々の声、多くの水の音、雷鳴のような音を耳にする。

 ──それらは言う、

 

 ──ハレルヤ、全能者にして主たる我らの神は、王たる支配者でおられるのだ。

 

 

 ヨハネの黙示録19章5-6節

 

───────────

 

 

 共に立ち上がった鴉と玉藻は睨み合う。

 しかし玉藻は笑っており、鴉だけが険しい顔で相手を見ていた。

 そして、彼は口を開く。

 

「自分が忌み嫌った神と、同じようにふるまいたいとはな。とんだ下衆(ゲス)野郎だ」

 

「神は神らしく、王は王らしくってことさ」

 

「その神(・)ら(・)し(・)さ(・)ってのも、お前が勝手に押しつけてるものだろ。はた迷惑な話だ。お前だけの理想のために、一体何人殺してきた」

 

「力と強さが世の理(ことわり)……。強い者が、自分の力と理想を世界に行使できるというのは、立派な権利の一つだ。人間は自ら自分たちを縛った愚か者。私は違うがね」

 

「人間は秩序(ちつじょ)を手に入れた。お前のように、自分の力を身勝手に振るったりはしない」

 

「本当にそうか? なら、悲劇なんて起きないだろ」

 

 鴉の脳裏にフラッシュバックする。

 暗い太陽が昇る、過去の戦場の光景が。

 人間が引き起こした、人間の戦争。

 人間の、醜さそのものである。

 

「…………っ!」

 

「理解できたようだね。人間は、私の下にいるべきなんだよ。そして神は、私に引きずり下ろされるべきだ……」

 

 玉藻は歩きながら、ポーズをとらせている死体に肩を組む。

 

「君は、人間を守りたい?」

 

「……どういう意味だ」

 

「そのままだよ。祢々(ねね)って覚えてるかい?」

 

 祢々。

 鴉が加山と出会い、その翌々日に交戦した虫の妖怪である。

 当時、玉藻の保有する妖怪たちの中では最も強かった存在であり、警察や消防を殺戮する中で鴉に討伐された。

 

「君は、祢々から人間を守ってたよね」

 

「……」

 

「祢々が人間を殺してたり、食ってたり。そうやって君から意識を外してる隙を突いて、刀で攻撃しておけばよかったのに。あえて目立つ方法で奇襲した」

 

 鴉は祢々に声をかけながら、羽を銃で撃ち抜いた。

 刀よりも銃の方が肉体に与える損傷は少なく、一撃で仕留められないとしてもその選択をする利点は鴉にはなかった。

 それでも銃を使ったのは、「相手は俺だ」と祢々を引きつけるため。

 

「本当は人間のこと、好きなんだろう。そうでもなければ、私が飾った死体の数々に憤りを覚えることだってないはずだ」

 

「……。誰だって、好き勝手に生命を殺す様は見てて気分が悪いもんだ。てめぇにはわからないだろうがな」

 

「ハハっ、そういうことか。でも東饗(とうきょう)の人間を目にしても同じようなことが言えるんだろ? 大抵の連中なら愛想を尽かせると思うけどなぁ」

 

「ああ。俺も尽かせたさ。だから瑞子の洪水は……止めなかった」

 

「ほう。止められなかった、じゃなくて止めなかった?」

 

 玉藻が興味深そうに尋ねる。

 

「加山は、あんな連中でも助けようとしていた。社会を守ろうとな。だが、欲望に呑まれたのも、お前たち妖怪に支配されたのも、元はと言えば人間の落ち度。そういう点では、玉藻、お前と意見は同じだ」

 

「……」

 

「俺は黄泉(よみ)の『鴉』。人助けは使命じゃない。だが……仲間の意志は継ぐ。加山の意志に沿い、妖怪(てめぇら)を殺す! 俺にはそれしかできないからだ」

 

 加山と初めて会った夜。

 彼女に言った言葉と、全く同じだった。

 人助けは使命じゃない。

 だが、『鴉』は妖怪を殺せる。

 「だから加山(おまえ)は人を助けろ、鴉(おれ)が妖怪を殺すから」と。

 

「……なるほど。人間を直接守るようなことはしないが、加山優香の"妖怪を倒して人間を守る"という悲願は叶えたいってわけだ」

 

「だから俺はここに来た。黄泉の『鴉』として。そして、あいつの意志を果たすために」

 

 二人の間に沈黙が流れる。

 鴉の覚悟を聞き届けた玉藻は、しばらく黙って彼を見つめて。

 その後、笑い始めた。

 

「フフッ……ククククク」

 

「……」

 

「アーーハッハッハッハッハッ!」

 

 天を仰ぎ、腹を抱える。

 そしてピタリと笑うのをやめた。

 

「ずっと、君を見てきて良かったよ。やはり私の目に狂いはなかった」

 

「なんだと?」

 

「月兎(げっと)を殺し、『四凶』を超え、瑞子(みずこ)を打ち砕き──そして私の前に立つ。そんな『鴉』は、これまで一人として現れなかった」

 

「……」

 

「鬼たちの助けがあるにせよ、彼らと協力できるほどの格というものが、君にはあるのだろうさ。それが何なのか、まだ正(・)体(・)は掴めていないが、余程のものであることは想像がついている」

 

 鴉はそれを聞いて察する。

 玉藻は、自分に力を貸す"暗い太陽"に気がついているのだと。

 

「そろそろ始めようか? 私を殺したくてうずうずしているのが、空気を伝って肌でわかるよ」

 

「……やっとやる気を出したか」

 

「君の回復を待ってたんだよ? まったく……感謝というものを知らないな」

 

 玉藻は肩を組んでいた死体を殴り、吹き飛ばす。

 血抜きをしっかりされており、体の内側を乾燥させられていた死体たちは簡単にバラバラになった。

 

「そうだな。私のことをもう少し教えてあげようか。私が"大妖魔(だいようま)"という存在なのは知っているかな?」

 

「……神を殺した大妖怪、だろ。お前をふくめて、黄泉で認知されている大妖魔は三体」

 

「ああ、合ってる。ならいいか? 『妖魔啓蒙(ようまけいもう)』のことも教えなくて」

 

「……!? ようま、けいもう……?」

 

 玉藻の口から発せられた単語は、鴉にとっては初耳のものだった。

 鴉の反応を目にして、玉藻は得意げな顔になる。

 

「おや、大妖魔は知ってるけど『妖魔啓蒙(ようまけいもう)』は知らないって? 知っといた方がいいよ」

 

「……何だそれは」

 

「これから戦おうっていう敵に聞いちゃうかぁ。まあ、教えてあげよう。『妖魔啓蒙』は大妖魔に共通する"権能"さ。当然、私も持っている」

 

「権能だと」

 

「さっきも言ったが、大妖魔に共(・)通(・)す(・)る(・)権能だ。大妖魔は皆『妖魔啓蒙』を扱えるし、『妖魔啓蒙』を扱えるのなら、その者は大妖魔だ。そしてそれは──」

 

 

 ──この世を書き換える力をもつ。

 

 

 『妖魔啓蒙(ようまけいもう)』。

 それは大妖魔が神を殺したことで身につける、神のごとき権能の行使である。

 何かを司る神々のように、大妖魔はその世界の理を書き換えてしまい、絶対の存在となれるのである。

 

「……そんな、能力を……」

 

 あまりにもスケールの大きい話に、鴉も驚きを隠せない。

 それとは対照的に、玉藻は笑う。

 

「さて、君は私に『妖魔啓蒙』を引き出させることができるかな。発動条件は簡単だ、全力で妖力を解放すること。逆に言えば、妖力を阻害されれば発動できない」

 

「……!」

 

「いいもの持ってるだろ? "魂灰(こんはい)"で、防げるといいね……」

 

 玉藻はニヒルな笑みを浮かべた。

 その笑みに隠された言葉が何なのか、それは鴉にはわからないが、彼は察していた。

 

「……どうせ通じないだろ」

(それに、今は"魂灰"を持っていない……)

 

「ははっ! わからないよ。意外と効いたりして。それで──どう? まだ私と戦う気はあるかい? 力の差がある。圧倒的な権能がある。絶望的な戦力差だが……それでも、加山優香と使命のために、私に挑むか?」

 

 その質問は、引き返せる最後のチャンスであった。

 あくまでも形式上の中身のない確認であり、鴉が「挑まない」と答えたとしても玉藻は逃さない。

 だとしても、それが違っていても。

 鴉の答えは変わらない。

 

「たとえどれだけお前が強くても。俺が弱かったとしても。お前に挑まない理由はない」

 

 毅然として言い放つ。

 答えを聞けた玉藻は、笑みが止まらなかった。

 

「……ッ! すばらしいっ、それでこそ鴉だ!」

 

 その言葉がゴングになった。

 鴉は不意をつくように、玉藻の懐へ滑り込むように入り込む。

 刀はすでに抜かれており、玉藻の胴体を真っ二つに斬り上げんとしていた──

 

 

 ガギィィッ──!

 

 

「!?」

 

「ははっ、丸腰かと思ったか?」

 

 刀は止められた。 

 硬い金属同士がぶつかる、不快な音を鳴った。

 鴉の攻撃を受け止めた玉藻の武器の正体。

 それは、鉄扇(てっせん)である。

 

「くっ!」

 

「さあさ、まずは味見からだ。待ちに待った鴉の刃! この身で感じさせてもらうよ!」

 

 

 

 大妖魔"白面金毛九尾の狐"

 玉藻草司

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