暁の黄泉鴉 作:マサイのゴリラ
「くっ!?」
「ハハッ、まだまだいくぞ!」
玉藻は両手に持つ鉄扇による連撃で、鴉をどんどん壁際に追い詰めていく。
「は、速いッ──!」
(玉藻の攻撃、
玉藻は両手に鉄扇をそれぞれ持ち、高速の連打で鴉を迎え討つ。
鴉は一本の刀を両手で握り、その攻撃は、人間に比べればはるかに素早い動きではあるものの大振りかつパワーに長けている。
玉藻はパワーこそ無いものの、スピードと小回りの効いた動きに長けていた。
「そらそらどうした」
「はぁあああッ!」
「おっと!」
鉄扇を弾き、玉藻のガードを剥がす。
ガラ空きになった胸に突きを放つ鴉だったが、玉藻は簡単に回避。
鴉の死角に立ち、蹴りをお見舞いして吹き飛ばす。
「ぐッ……!」
「やっぱり疲れが溜まってるようだね。
「……舐めるな」
実際、鴉の攻撃は大雑把になっていた。
そして、玉藻はそれを察知して余裕を見せている。
「……」
(玉藻は、やはり俺のことを舐め腐ってる。それでも頭が回るやつだってのが、厄介だな)
鴉は考える。
玉藻は鴉を見下しているが、鴉も鴉で全力を出しているつもりは無かった。
玉藻が様子見に回ることは最初からわかっていたため、鴉もまた同じように観察から入っていた。
そしてわかったのは、玉藻の隙をつくことの難しさ。
(茨木童子が言ってたように、玉藻は確かに慢心している。だが、俺の動きは全て視界におさめている。一挙手一投足すべて。こいつは手痛い反撃を許すほど
「なにか考えているのかな? 黙っちゃったけども」
鴉も頭で整理し、徐々に理解していく。
茨木童子がなぜ、玉藻は「世界で最も慢心している」と言ったのか。
「反撃の糸口を探してたんだよ」
「ほう。それで、見つかったかな?」
玉藻はニヤリと笑う。
「おかげさまで──」
鴉の姿が消える。
玉藻の目線は、すぐに彼自身の足元に落とされた。
初撃のように、鴉が懐に入っているのを目で捉えていたのだ。
「同じことを──」
玉藻は同じように、鉄扇で鴉の斬り上げを阻止しようとした。
が、ここで彼はあることに気がついた。
鴉が、刀を持っていない。
(どこへ──)
鴉の動きは見えていたはずだった。
それでも彼の刀の居場所がどこなのかを理解できておらず、玉藻の思考は一瞬で巡りゆく。
(上か!)
どこかのタイミングで頭上に投げた。
落ちてくる刀と、下からの鴉の攻撃での挟み撃ち。
それが狙いだと、刹那で玉藻は結論づける。
だが、実際違った。
「読み違えたな」
「!? 後ろ!?」
鴉は刀を投げてはいなかった。
斬り上げるために床スレスレに構えた刀を、そのまま手放して置いてきたいたのだ。
鴉の体がその光景を隠す陰となり、玉藻はそれに気づけていなかったのである。
腰をめいいっぱいに落とした姿勢から、玉藻の胴体に向けての渾身の上段突きが放たれた。
「フッ──!!」
外すはずがなかった。
鴉はそう思い、全力で拳を放った。
だが、その結果は思いもよらないもので。
「なっ」
(外した!? いや、玉藻が──)
消えた。
鴉は攻撃を外したと判断した次の瞬間、後ろへ飛び退いてすぐさま刀を回収する。
獲物を玉藻に奪われては、反撃の余地は完全に無くなるからである。
「どこに……」
社長室を見回すが、玉藻の影はなく。
妖力を感知しようと集中した瞬間、背後に気配を察知した。
鴉は反射的に刀を振るった。
「!? な、何だ……こいつは……!?」
『……』
鴉の背後にいたのは、紫電色に輝く人影。
玉藻と全く同じ背丈、同じ
鴉の頭に疑問符が大量に浮き上がる。
しかしすぐに、その存在が自身の敵であると理解できた。
その右手には、玉藻の使っていた鉄扇が握られていたから。
「くっ!」
『……』
鴉は思わず止めた刃を、そのまま振り抜いた。
シルエットは体を瞬時に屈め、鴉の攻撃を回避する。
そして跳び上がるのと同時に、鉄扇で鴉の顎を打突する。
「ガッ……!」
「残念! それは私の分身だ。名前は"
本物の玉藻が天井からゆっくり降下しながら解説を入れる。
"月夜深"は一言も発さず、手元で鉄扇を遊ばせている。
顎を打ち抜かれた鴉は、口からだらだらと赤黒い血を流していた。
その目は、忌々しさに満ちて"月夜深"に向けられており。
「ッ…………!!」
(分身、だとっ!? 何でもできるとは聞いてたが……!)
「計算が狂った、とでも言いたげだね。"月夜深"は知能が搭載されていると言ったろ? 相手の動きを学習して、どんどん対応できるようになる。しかも、私と同じ力や技まで使えるというおまけ付きさ」
「……!?」
"月夜深"は鉄扇を開き、そして閉じ。
鴉に飛びかかる。
命は無く、知能のみの存在だが無意味な行動も取るのかと、敵の攻撃を視界に収めながら鴉は悠長に考えていた。
だが、刀を握る手は力んでいた。
「……」
(学習する、か。それならその前に破壊すれば──)
鴉は"月夜深"の攻撃が自身に到達するギリギリまで動かなかった。
閉じた鉄扇の、硬く平たい先端。
そこでの突きが鴉の顔面に向かってまっすぐ放たれる。
「フッ!」
鉄扇が直撃するよりも速く、鴉は"月夜深"を真っ二つに斬り裂いた。
鉄扇での攻撃も同時に回避しており、空を切った鉄扇は"月夜深"の手を離れて部屋の壁に当たる。
「ほう!」
(速いな。出したばかりの"月夜深"を即座に消した。良い判断だ。そして、それを実行できる身体能力も……)
「次はお前だ。玉藻!」
「もちろんだとも、きちんと相手してやる」
鴉は本気で床を踏み締め、玉藻に向かう。
硬い床をタイルを破壊するほどの脚力で、すぐさま距離を詰めて連撃を放つ。
玉藻は二本から一本になった鉄扇だけでこれに応戦する。
「っ……! なかなかにっ、強いな……」
「はぁああああッ」
右手に握る鉄扇だけで鴉の全ての攻撃を受け切ること。
それは、いくら全能に近い玉藻であろうとも困難であった。
鉄扇二刀流の時とは違い、今度は玉藻が壁際へと追い詰められ始める。
「やるじゃないか鴉! いいね、いい攻撃だ!」
「……!」
(こいつ、まだまだ力を隠してる。わざとだな、左手が手持ち無沙汰なのを見せびらかしてやがる)
玉藻が使っているのは鉄扇のみ。
何も持っていない左手は、ひらひらとわざとらしく鴉に向けて振られていた。
「舐めてんじゃねぇ!!」
「うっ!?」
玉藻が攻撃を防ぐ。
それが確実だとわかった瞬間、鴉は渾身の力を込めて刀を振り抜いた。
玉藻の握力は力負けし、ついに鉄扇を弾かれてしまう。
「終わりだな」
「……っ!」
相手が武器を失ったのを見届けて、鴉はすぐさま刀を持ち直す。
玉藻を真っ二つにせんと、両手で握った刀を振り上げた。
そんな鴉の視界の端に、あるものが映る。
玉藻の左手が、鴉に人差し指を向けかけている様子。
「ッ──!!?」
「バンっ」
玉藻の人差し指から、紫電色の光線が放たれる。
鉛筆一本ほどの太さのそれは確かに光速で、ほとばしる軌道にある全てを貫いていった。
「すごいなっ! 避けるとは」
鴉は異変を察知した瞬間に、右足で地面を蹴飛ばして身を
光速に反応することはいくら鴉でも不可能。
玉藻に攻撃を食らわせるよりも、回避を選んだ結果だった。
「……!!」
(くっそ……! あんな
「侮ってもらっては困るねぇ、鴉。私は強いよ。月兎よりも、瑞子よりも、茨木童子よりも……そして『四凶』全員よりもね。ククク……」
玉藻は低く笑った。
彼はいまだに
鴉はそれが玉藻が本気になった証であるということを知らず、またそうした姿に彼がなるということすらも知らない。
一切の情報が無い鴉の戦いは、まだ始まったばかりである。