暁の黄泉鴉   作:マサイのゴリラ

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125.虚像

「私は強いよ? この世の誰よりもね」

 

「くッ……!」

 

 玉藻は妖力を放つ。

 強風のような妖力が鴉を襲い、彼の髪を揺らした。

 

「……」

(『四凶』や瑞子より強いなら、今発しているこの妖力は……玉藻にとって息をしているようなものだろう。今の時点で、月兎(げっと)並みだってのに……)

 

 月兎もまた、日本を支配した『四大財閥』の一角。

 世界の支配者に名乗りをあげられるほどの──指折りの強者である。

 息をしているだけ、と言えるほどのリラックス状態で臨戦態勢の月兎と同じ力量。

 その事実を思い知り、鴉の頬を冷や汗が伝う。

 

「しかし、私に妖力を使わせたことは褒めてやる。ごほうびに、このまま戦おうじゃないか」

 

「……! なんだと」

 

「私も何度か、他の『鴉』と戦ったことはあるがね。あの鉄扇(おもちゃ)をはたき落とされたのは初めてだった。やはり君は、他の連中とは違う。明確に、イレギュラーだ」

 

 鴉は他の『鴉』とは違う。

 これまで他の妖怪との戦いの中でも、絶えず言われ続けてきた言葉であった。

 瑞子鳴河との初戦に、『フシテレビ』で絡新婦(じょろうぐも)に。

 言葉は無かったが、幾度となく用済みとなった『鴉』たちを狩り続けてきた祢々(ねね)もまた、言語とならない内心でこの鴉の異常性に気づいていた。

 

「……そうかよ。だったら、俺も全力でやるしかねぇな。最初から本気ではあったが」

 

「そう自信失くすなよ。君はよくがんばってる……。そしてこれからもっとがんばってもらわないとねっ」

 

 玉藻は鴉に向けて人差し指を向ける。

 

「!?」

 

 再びの妖力光線。

 その攻撃を察した鴉は、とっさに体を低く落とす。

 妖力光線は鴉の頭があった位置を素通りし、社長室の壁を貫く。

 鴉は気づいていないが、その一発だけの光線はビルの外壁すらも貫通して屋外へと伸びていた。

 

「いいねぇ! だが、指一本から出せるということは……」

 

「まさか」

 

()()()()()十発を同時に撃てるんだぞぉ!」

 

「くッ!」

 

 玉藻は左右の手の全ての指を開き、鴉に向けた。

 妖力が充填されていく様を目にしながら、鴉は低い姿勢のまま部屋を疾走する。

 玉藻の指から放たれるは光線ではなく、妖力を弾丸とした機関銃の如き掃射。

 

「クソっ!!」

(なんてメチャクチャなやつだッ)

 

「ハハハハハっ!」

 

 玉藻は高笑いしながら妖力を連射する。

 鴉は疾走しながら、置かれているソファやテーブルをひっくり返しながら盾代わりにしたり。

 カーテンを体に巻きつけ、目くらましに利用したりと玉藻の攻撃から身を守る。

 

「可愛いじゃないか隠れちゃって!」

 

「……うるせぇよ」

 

 玉藻の攻撃が中断した。

 追い詰めるばかりの蹂躙(じゅうりん)は、今の彼の気分ではないのである。

 

(どうする……。銃は今手元に無い。そんな中で玉藻に反撃する手立ては……チッ、キツいどころのもんじゃねぇ!)

 

 鴉は刀を握りしめ、絶望的な状況を反芻(はんすう)する。

 

(あの"力"が……ありさえすれば)

 

 "暗い太陽"。

 窮奇(きゅうき)との戦いで覚醒し、瑞子を破ったあの力がまた手に戻れば。

 玉藻に一矢報いることができるかもしれない。

 そう考えたのだ。

 

「……」

(焦っているな、鴉……。まだ彼がどれほど()()()に馴染めているか、私もそれを知らない。できれば見せてほしいものだが)

 

 玉藻もまた、自身の視界から姿を隠している鴉の力のことを考えていた。

 はじまりは祢々(ねね)戦。

 空から降り注いだ重厚な妖力を、玉藻だけしか感知していなかった。

 その奇妙な現象が、この鴉の異常性を決定的にしたのである。

 

(彼にリベンジしたがっていた窮奇、もしくは檮杌(とうこつ)と、昼間に戦ったはずだ。どちらも私には当然及ばないが、『四凶』である以上は尋常の戦力ではない。『四凶』の一角を崩した時、例の力を扱ったことにほぼ間違いは無いだろう)

 

 思考を巡らせる。

 『四凶』を崩した力、瑞子にトドメを刺した力は、鴉は何をきっかけに振るえるようになるのか。

 

「追い詰めれば、出し惜しまないかな」

 

 玉藻の妖力が、強まった。

 

「"建御奈堅(たけみなかた)"」

 

「……!?」

 

 玉藻は全身に妖力を流し、身体強化を施す。

 そしてカーテンの裏に隠れている鴉を、カーテンごと掴み上げた。

 掴まれた鴉の肩が、悲鳴を上げる。

 

「ぐ、ああああっ!?」

 

「逃げるばかりは、戦いとは言わないぞ!」

 

 カーテンを引きちぎりながら、鴉を部屋のど真ん中へと投げ飛ばす。

 

「うぐっ──」

 

「はァァッ!」

 

「がはっ!?」

 

 タイルの上を転がる鴉。

 玉藻は間髪入れず、彼の腹部に蹴りを打ち込んだ。

 鴉は苦しみ、唾を吐く。

 

「ほらほら、反撃はどうした!?」

 

 鴉の(えり)を掴み上げ、顔面に拳をお見舞いする。

 玉藻は妖力光線や妖力弾ではなく、強化した肉体で鴉を傷つけ始めた。

 

「そんな調子で、加山優香の(かたき)を討てると思ってるのか。(さとり)を殺した私に、報復ができるとでも!?」

 

「ぐフッ──!」

 

 鬼に匹敵するパワーで殴られ、蹴られ、倒れても無理やり立たされてまた殴られる。

 その繰り返し。

 だが鴉に赤黒い炎は宿らず、傷だけが増えていった。

 

「早く力を出してみたまえよ! そら死ぬぞ!」

 

「ッ……! ガハッ……」

 

 玉藻が拳とともに何度も煽り、焚き付け続けるも、鴉は弱っていくばかりだった。

 これでは(らち)があかない。

 そう判断した玉藻は、あることを思いつく。

 

「──ああ、そうだ。こういうのはどうだろう」

 

 鴉を手放し、床に落とした。

 

「ハァ……ハァ…………。な、何を……」

 

「どうすれば君が本気を出してくれるのか。どうしたら、君が()()()()()()()()。思いついたよ」

 

「…………?」

 

「人妖問わず、こういうのが一番話が早い──」

 

 玉藻は鴉の目の前で変化(へんげ)を行う。

 黒スーツに身を包んだ金髪の若社長という風貌から一転、徐々に猫背になり、恰幅(かっぷく)のある体型になっていく。

 服装はボロボロのコート姿、顔はやつれた壮年風の男。

 鴉にとって見覚えのある人物であった。

 厳密には人間ではなく、妖怪だが。

 

「……(さとり)……!」

 

「そうさ、私がこの手で殺した覚だよ。こうやってね──」

 

 玉藻は自身の両目に指を突っ込み、眼球を(えぐ)り出す。

 それは覚が殺害された際のトドメであった。

 月兎に胸を貫かれ、助かる可能性が著しく低くなっていたところへのトドメ。

 玉藻の両目からは滝のように血が流れ出て、そして止まった。

 眼球はすぐに元通りになっていた。

 

「サプラ〜〜イズ。会えて嬉しいだろ?」

 

 玉藻は覚の声までもを模倣する。

 妖狐をはじめとした妖獣たちは、変化能力に秀でている。

 中でも、玉藻のそれは別格であった。

 呆然として見上げてる鴉の目の前で、彼は再び姿を変える。

 次は、加山だった。

 

「──私は彼女とはほとんど接点が無いからね。合ってる? この姿。こういうことするなら、月兎から加山優香の魂をもらっておくべきだったかな」

 

 玉藻の変化は完璧だった。

 姿も、声も、匂いも。

 完全に加山優香。

 鴉はこの時、あることを思い出していた。

 それは今朝のこと。

 今日一日だけで、鴉は偽物の加山を二度見せつけられていた。

 

「────」

 

「うん?」

 

 加山の姿になっている玉藻の耳に、鴉の弱々しい声が聞こえてきた。

 しかし、何を言っているかまでは理解できなかった。

 

「何だって? もう一回──」

 

「十分だって言ってんだよ」

 

 鴉の低い声が、今度はハッキリと聞こえた。

 と同時に、鴉は体を起こして玉藻に斬撃を放つ。

 音を置き去りにするほどの素早い一撃。

 しかしそれは、()()()()に阻まれる。

 玉藻の結界だ。

 

「おっと……!」

(今までで一番速かった……! 結界を張るのが遅れていたら、真っ二つだったな)

 

 玉藻の口角は上がっていた。

 しかし、こめかみには冷や汗が一筋流れ落ちる。

 

「月兎といい……玉藻(てめぇ)といい……。人の神経を逆撫でするのが得意なやつらだ……」

 

「……怒ったかい?」

 

「怒ってはいねぇよ……。ただやる気が、出ただけだ」

 

 次の瞬間、鴉から膨大な妖力が溢れ出る。

 炎のような、それでいて鬼たちとは違う、禍々(まがまが)しい力の奔流が解き放たれた。

 玉藻は身震いする。

 

「こ、れは……!」

 

 鴉から流れる妖力は、やがて像を持ち。

 赤黒い炎そのものとなって、彼を包み込む。

 鴉の頭は赤黒い、太陽の如き火球に変貌した。

 

「……変わった」

 

 玉藻が思わずつぶやく。

 結界は張ったまま。

 だから彼は無事だった。

 社長室は全体が赤黒い炎に焼き払われ、人皮の天蓋や死体も焼け落ち、炭となって消える。

 

「ずっと待っていた……その力を、よこすのを。遅いんだよ」

 

「……!」

(誰に言ってる?)

 

 鴉は虚空に向けて言った。

 相手は、目の前にいる玉藻ではない誰か。

 そして、彼は玉藻に向かって一歩、踏み出した。

 

「っ……!?」

 

 その一歩により、赤黒い炎が床を伝って玉藻の結界に触れる。

 そして結界は、徐々に炎に包まれ。

 消滅を始める。

 

「っ、結界をすり抜けるやつはいたが……。破ってきたのは、お前で二人目だよ」

 

 玉藻の口角は上がっている。

 しかし、目は笑っていない。

 体も震えていた。

 しかし恐怖や驚きではなく、望んでいたものを目にできたという歓喜のそれであった。

 

「玉藻」

 

「……何かな」

 

「お前を殺す」

 

 鴉の炎が、揺れた。

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